【未完終了】魔法少女リリカルなのは ━三途川に落ちる少年━ 作:針鼠
「ふぁあああ……あぅふ」
俺がこの世界で蘇ってから早2週間が経った。率直な感想を述べるなら、辛い。辛すぎる。
朝から晩まで訓練に次ぐ訓練。局員としてのデスクワークを四苦八苦しながら終わるとまた訓練。内容も青汁原液並の濃ゆさだ。どれくらいキツイかというと、筋肉痛に次ぐ筋肉痛で今痛いのかどうかわからなくなるくらい。
しかもなのはさん、こちらが訓練に慣れてしまわないように日々限界を少し越えるくらいに調整してくるんだからもう……。ぽんやりした雰囲気に似合わず性格はSである。ドの付く。あのにっぱり笑顔が最近少し怖くなってきた。美人じゃなければ耐えられなかった。
しかしおかげで体力はクソほどついたと思う。少なくとも前世とは比べくもない。今なら体育の時間でヒーローだぜ、とかくだらないことを考えながら朝の訓練へ赴く為に宿舎を出る。宿舎の前では先に出ていたエリオが熱心にも屈伸運動をしていた。こちらの存在に気付くとストレッチを中断して律儀に姿勢を正す。
「おはようございます、ユキカゼさん」
「はよーさん、エリオ」
おぅ……眩しいぜ。幻覚などではなく彼の笑顔はキラキラと輝いている。多分俺は輝いていない。てか絶対に。これがイケメンとそうでない者の差なのか。将来は女泣かせになりそうだ。
「どうかしましたか?」
「……いや、ちょっとエリオの将来の心配をな」
「僕の、ですか? ありがとうございます?」
わけがわからないのだろう、小首を傾げている。
とまぁ、余計なお世話この上ない話はほどほどに俺もストレッチをするとしよう。とのその前に、
「ユキカゼさんなにを食べてるんですか?」
「ん? チョコ」
尋ねてくるエリオの前に差し出したのは茶色パッケージの長方形をした紙箱。中身部分をスライドさせると銀紙で小分けにされたチョコが入っているものだ。この間隊舎の食堂前にある売店で見つけた。昔っからチョコ好きで、持ち歩くのはアメやガムではなくいつもチョコだった。夏以外。
「食べるか?」
「いいんですか?」
「遠慮すんなって」
「じゃあいただきます」
おずおずと手を伸ばすエリオ。銀紙を剥がし口に入れると顔が弛んで見えた。俺もひとつ、と。モグモグ。
「こっちの世界にもチョコあって良かったわー」
「こっちの世界?」
「あ、いやいやこっちの話」
一応、俺がこちらの次元世界とはまた別の異世界からやってきたことは誰にも明かしていない。バレたところで別段ペナルティといったものは無いとルビーは言っているが、やはり言ったところで信じ難いものだろう。俺自身どう説明したらいいかわからんし。
にしても、ただの高校生をやっていた俺がまだ2週間とはいえ朝から晩までこうして厳しい訓練を続けられていることは自分自身驚きだ。その理由は教えてくれる教官が美人だから――――というだけではない。ちらりとエリオを見やる。
小さい体だ。俺の胸元くらいまでしか無い身長。女性のとはまた違った未成熟な細い手足。自分よりおよそ8つは下の年齢のエリオ達が弱音も吐かず同じ内容の訓練をこなしているのだからまさか俺が辛いだキツイだとか言えやしない。しょうもないプライドだと笑いたければ笑え。その頬を思いきりぶん殴ってやるから。
でも、
「ほんと、よくやるもんだ」
今まで誰かを心底から尊敬したことなどなかったのに、まさか8つも年下の少年にこれほど敬意を抱くことになるとは思わなかった。
「おっはよー! ユキカゼ、エリオ!」
どうやら女子組もやってきたようだ。先頭を歩いて朝から元気いっぱいのスバル。
「おはようございます」
「はよー。スバル、寝癖立ってんぞ」
「え゛!?」
顔を赤くするスバル。擦り寄ってきた彼女の髪を、ティアが呆れながら整える。
スバルはいつだって元気いっぱいで、ティアは口うるさくて。キャロは可愛いし、エリオは良い子だ。なのはさんにはやて達……俺があのまま普通に生きていたならば絶対に会うことはなかった人達。
毎日の訓練は本当にキツイ。慣れない仕事だって大変だ。
だけどまあ、彼女達に会えたことだけは感謝してやってもいいかもしれない。
すでに日常になった六課での1日が始まる。
★
「はーい、みんな集合ー」
浮遊魔法で仮想都市の空を飛ぶなのは。そんな彼女の格好は局の制服ではなく純白のバリアジャケット。
開けた場所でなのはが呼びかけると散開していた新人達が文字通り体を引きずるように集まってくる。その顔ぶれに欠員がいないことを確認してなのはは口を開く。
「今朝の訓練のラスト、シュートイベーションやるよ」
『はい!』
いい返事が返ってきたことになのはは微笑む。誰も彼も肩で息をしているもののこれくらいで音をあげるようなヤワな子達じゃないことはこの2週間の訓練で確認済みだ。
なのはが彼女の愛機《レイジングハート》を振るうと、彼女の周囲に数十という桃色の魔法弾が浮かぶ。新人達の顔に緊張が満ちる。
シュートイベーションはいくつかの条件下でなのはの魔法弾から誰も直撃せずに逃れるか、或いはなのはに一撃当てれば終わりという内容の訓練。最近の訓練ではよく締めとしてやっているもの。
「今日は時間は5分間。全員逃げ切るか……もしくは私にクリーンヒット入れればクリア。誰かひとりでも当たったら最初からやり直しだからね」
彼女の場合、本当に出来るまで続けることを知っている新人達は顔をひきつらせる。
「今の状態で5分、なのはさんの攻撃から逃げ切れる自信ある?」
「無い!」
「つうかもう5分も体力もたねえよ」
ティアナの問いに最初に無駄に元気よく返事をしたスバルに続いて各々も否定を唱える。最初の訓練以降からも成り行きで指揮官を任されているティアナが大きく頷いた。
「オーケー。じゃあなんとか一発いれるわよ! ――――それとユキカゼは弱音吐かない」
「準備はいいね? ――――レディー……ゴー!」
なのはが挙げた右手を振り下ろすと同時、浮遊していた光球が一斉にティアナ達を襲う。
「全員撤退回避! 2分で決めるわよ」
ティアナの指示に従ってそれぞれが散る。
暫定とはいえ最初の訓練から新人達の中で指揮官の立場にあるティアナ。確かに成り行きだったがこれがまた堂に入っている。視野が広く頭の回る。なにより決断する度胸がある。指揮官訓練を受けさせても面白いかもしれない。
そんなことを考えていたなのはの視界の端に映る。仮想の都市に無尽に伸びる光の帯。ウイングロード。となれば一番手はいつも通りスバルだ。
「はああああっ!」
その予想違わずなのはのいる高さまで駆け上ってくるスバル。足にはローラーブレードのような車輪付きの靴。両の手には厳しい鉄甲。接近戦主体のスピードアタッカー。
それだけではない。スバルと対角の位置からは二丁拳銃のデバイスを構えるティアナ。放たれるのはなのはの魔力光とは違うオレンジ色の魔法弾。
「アクセル!」
なのはの指示にレイジングハートが呼応。待機していた魔法弾をそれぞれスバルとティアに撃つ。桃色の魔法弾は真っ直ぐスバル達に向かい――――
「シルエット……」
幻術魔法。希少魔法の中では比較的ポピュラーながら、燃費の悪さと使い難さから使い手が少ない魔法。なのはの知り合いでも適正を持った魔道師は少ないが、使われるとこれがまた厄介極まりない。
気配を感じたなのはは上に障壁を展開。直後建物から飛び降りてきた本物のスバルの拳とかち合う。スバルとティアナの二人は六課以前からコンビを組んでいた。チームの中でもコンビネーションは随一。だが、
「ぐ、うぅ!」
なのはのシールドを破壊しようと一層力を込めるスバルだが、なのはの表情にはまだまだ余裕が見える。
「下がれスバル!」
「え? うわっ!?」
さらに前へでようとしたスバルの体が不自然に後ろへ。下がるというより引っ張られるように。その眼前を、なのはが死角から飛ばしていた魔法弾が通り過ぎる。下がっていなければ確実に被弾していた。
なのはは即座に全面にバリアを展開。叩きつけられるのは同じ形状をした白黒の二刀。
「来たねユキカゼ君」
強襲してきたのはユキカゼ。しかし彼の姿は初訓練で見せた黄金の剣を振るう騎士甲冑のそれではない。赤い外套に反りのある二振りの剣。普段は黒で、セイバーモードでは白金だった髪の色は今は白髪。肌の色は褐色に変化している。この姿こそ彼の第二の姿……《モード・アーチャー》と彼が呼ぶものだ。
今の一連の流れは、突っ込みすぎたスバルの襟首を引っ張って強引に下げさせた後、ユキカゼが攻撃を仕掛けた。
「のおおおおりゃああああああ!!」
ユキカゼの剣はなのはのシールドに阻まれる。しかし彼は構わず加撃。両手持ちのセイバーの剣より軽い、しかし速い剣撃が絶え間なく桃色の障壁を打つ。
以前ならばそろそろ息が上がってくる頃だがその予兆は無い。むしろ剣撃はさらに速くなっていく。ユキカゼはチームの中でもダントツでスタミナ不足だった。体が弱いということではなく一般人のそれと変わらないという意味で。しかしここ最近の訓練で気力共に鍛えられてきた証拠だった。
ユキカゼの魔法はかなり特殊だ。そも魔力の質そのものが違うらしいから彼の魔法がなのは達のそれと同じではないのかもしれないが。フォームチェンジを使う魔道師はなのはの周りならばフェイトがいる。彼女の場合はよりスピードに特化したスタイルを切り札にしている。しかしユキカゼの魔法はバリアジャケットだけでなく容姿そのものから変えている。フェイトは自身の容姿までは変えないし……そういう点でははやて達ヴォルケンリッターとリインによるユニゾンが近しい気もするが、それもやはり違うとなのはは思っている。彼女達は確かにユニゾンにより力を増幅させ見た目にも変化をもたらすが根本的な能力そのものは変わらない。
しかしユキカゼは違う。外見だけでなく根本的な能力そのものを変えてしまう。例えば両手剣の剛剣と硬い鎧で近接戦闘を蹂躙するセイバーと、局部装甲のみを纏い速度と二刀流の手数で翻弄するアーチャー。戦闘のスタイルそのものが違っている。
彼については未だなのはにも判断がつかないでいた。可能性の塊という意味ではスバルや他のメンバーと遜色ない。稀有な能力もそうだが、彼自身の呑み込みの早さと意外に器用なところ。素直だし集中力もある。けれどそれ以前になのはは天野 ユキカゼという少年を測り切れずにいるのだ。
なのはと同じ地球出身者の魔道師。歳は自分よりやや下。六課以前に目立った経歴はなく、またおかしな所もない。それははやても言っていた。性格は陽気。すぐに弱音を吐くもののエリオやキャロの前では変なプライドがあるのか無理に強がっていたりする。マの抜けたミスをよくするのにここぞというときは妙な頼もしさを感じる。シグナムやヴィータが絶賛するほど高い剣技を持ってるかと思えば、感心した次の瞬間には素人丸出しの動きを見せたりする。それととんでもない常識知らず。
本当に不思議な男の子。けれどこれだけはわかる。
(この子は悪い子じゃない)
ティアナとは違った意味でいつもメンバーの中心にいる。彼らもユキカゼには変な期待と信頼を抱いている。かくいうなのはも。本当に不思議だ。
「――――本当に、ほんっっっとうに大丈夫だよな!?」
『安心して下さいユキカゼさん。非殺傷モードなので無問題DEATH!』
「物騒な言葉にしか聞こえねえ!?」
思考の海からなのはの意識が浮上する。
なのはのシールドを破れないと見てユキカゼが大きく後退。すでに剣の間合いからは遠く離れている。そこで建物の屋上に立つと彼の愛嬌ある――――なのは的に――――デバイスと大きな声で言い合いをしている。隠れるつもりは無いらしい。
次はどんなことをしてくるのか。
上官と部下。教導官と生徒。
訓練だというのになのはの胸に不思議な期待感が高まる。思わず口元が綻ぶほどに。
敢えてユキカゼの行動を見守るなのは。するとユキカゼは手にしていた剣を消してしまう。代わりに出したのは黒色の大弓。ようやくその名にらしい武器を出してきた――――そう思っていたなのはは目を見開く。彼が弓と共に手元に出して番えたのは矢ではなく剣。剣身の捻れた奇妙な形状をしたそれを構えた瞬間、
『ロックオーン!』
「っ」
尋常ならざる圧力がユキカゼの番える剣から発せられる。ユキカゼに魔力は無いが、それに類する力は確かに存在する。そして今なのはが感じるそれはかつて戦った守護騎士達の必殺の一撃と同等の大きさ。
なのはが全力の障壁を3枚重ねて展開したのと、ユキカゼが剣を射るのは同時だった。
「
剣は光となってなのはの障壁と激突。1枚目は間もなく突破。2枚目も僅かな時間で砕かれた。最後は長く拮抗するも遂に破られる。――――が、力尽きたのはユキカゼの矢も同じ。なのはの障壁全てを破ると同時にユキカゼの矢も粒子となって空気に溶けた。
「危ない危ない」
微笑みながら、なのはの首筋に汗が伝う。今の魔法はユキカゼ自身も使うのが初めてだったのだろう。狙いは良かったが制御が甘かった。しかし逆に言えばそれでいてなのはの全力のシールドを破壊しきったのだ。もし魔力制御が完璧だったなら結果は変わっていたはずだ。
それでも今回はなのはが防ぎきった。ユキカゼにとっては必殺の一撃だったはずだ。どんな顔をしているかとビルの屋上に立つ紅の弓兵と目が合い、彼は悪戯を成功させた子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。
「若き槍騎士に、駆け抜ける力を」
その答えは背後からの詠唱だった。慌てて振り返った先ですでにキャロの強化魔法がエリオへ施された後だった。最初からスバルとティアナ、それにユキカゼの攻撃も全てはこの為の布石。本命は術式強化されたエリオによる一点突破の重突進攻撃。
「行っけー! エリオ」
ユキカゼの声援に押されるように、エリオの足が地面から離れる。瞬間、槍を突き出した格好でロケットのように突っ込んでくる。なのはは再び障壁を展開。しかし直前に全力の障壁をユキカゼに突破され、今また急造のシールド1枚ではエリオの攻撃を完全に防ぎきることなど出来るはずもなかった。
「お見事。ミッションコンプリート、だね」
そう告げたなのはのバリアジャケットの胸の辺りにほんの僅かに攻撃が届いた跡が残されていた。
閲覧・感想ありがとうございます。
>こんにちわー。最近の更新速度を思えば早々と7話。でも他の作者様を見ているとまだ7話かよと思わなくもない今日このごろ。
>てなわけで、初訓練のドローンはユッキーのお披露目の為に短かかった戦闘でしたが、今回は少しまともに戦っております。二つ目のモード登場です。予想はされてるでしょうがみんな大好き格好いいぜアーチャーさん!弓兵なんだから弓だって使うのよ!(矢を使うとは言ってない)