ある晴れた日に   作:空潟 聿

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引っ越しの日のふたり

 

 新しい土地に越してきた者がいた。

「この辺りはやたらと緑が多いね、朝栄(あさはる)

「ああ。この辺は昔とあまり変わってないからねぇ。穏やかでいいところさ」

「ふぅん」

 おかっぱ頭の女性が相槌を打つと、朝栄と呼ばれたその隣を歩く女性は更に言った。

「ふた月ばかりお世話になるんだ。しっかりご挨拶しとかないとね」

「うん」

 田んぼのあぜ道を歩いていると、ゆったりとした風が二人の横を通っていった。おかっぱがその風に気を取られていると、田んぼで作業中の老夫婦に声をかけられた。その声におかっぱは笑顔で返す。その隣で朝栄は会釈を返していた。

「あんたら、旅人ね?」

「はい、あちこちを旅して回ってるんです」

「へぇ。それはそれは、ご立派なもんで。でもってあんた、陰陽師ね?」

「よ、よくお分かりですね!」

「それ格好見たら分かるさぁ。荷物からそんな感じのにおいがする」

「え、もしかして、妖気が分かるんですか?」

 おかっぱが驚き気味に尋ねる。すると老夫婦は笑いながら顔の前で手を振った。

「いやいや、妖気が分かるってもんじゃねぇんだけどよ、長年草花とつきあってると不思議とそんな感じなもんが分かってくんのかなぁ、あんたらがそんな感じのもんを背負ってるっちゅーのがなんとなく分かった」

「へぇ……」

「もしかしたら、自然の神や妖に好かれているのかもしれませんね」

「あー、それは嬉しいねぇ。うん、それより嬉しいこたぁねぇよ」

 朝栄の言葉に老夫婦は嬉しそうに笑みを見せる。

「じゃあ、私たちはこれで。先を急ぎますので」

「ああ。こんなとこで呼びとめて悪かった。いい旅を」

「ありがとう」

 老夫婦に見送られ、二人はまた歩き出す。もう少しすれば町に入るようだった。

「いやぁ、分かる人には分かるんだね。これが妖に関する道具だってこと」

「分かるさ。お前だって、あのご夫妻が妖に好かれていることには気が付いていたんだろう?」

「うん、まあ、それは分かったけど」

「なら簡単だ。前から言っているように、妖に好かれる人間同士は惹かれやすい。ご夫妻は気が付いておらんかったが、それでもその妖気の集合体に何か気配を感じ取るのは至極当然のことじゃ」

「あー、そっかぁ」

「ちょっと急ごうか。今日中にこの地の大妖に挨拶を済ませておきたい」

「うん、そうだね」

 二人は歩む速度を早歩きにする。今までゆっくりと流れていた景色の移り変わりが少し早くなり、それを楽しむようにおかっぱはきょろきょろ辺りを見回しながら歩いた。

「ねぇ朝栄」

「なんじゃ?」

「この地、妖に好かれてるんだね」

「ああ、そうじゃな。まあ、自然が豊かな土地だからな。妖にとっても棲みよい地なんじゃろう」

「そうだね」

 田んぼのあぜ道を歩いていると、気持ちのいい風が吹いてくるのが分かる。緑がさらさらと揺れ、川が流れてる。時折ぷんと土のにおいをさせ、実に気持ちのいい土地であることをおかっぱは実感していた。

 暫く歩き、田んぼのあぜ道を抜けると、ぽつぽつと民家があった後に住宅街が見えてきた。その町並みは少し古びたような、どこか懐かしいような感じがした。そして、住宅街に入った途端に妖気が増すのをおかっぱは感じ取る。

「あ、におうね」

「そうか? あたしにはまだ分からんなぁ」

 おかっぱは鼻がいい。妖である朝栄よりも鼻がいい。一般的に妖が見える人間は妖気を感じ取れるほど鼻がいいとされているが、おかっぱはそれらとは桁違いに鼻がよく、あらゆる妖気をいち早く感じ取る。

「まだまだまっすぐかなぁ。町中に入ったところくらいまで行かないといないかも」

「ほう」

 ずんずんと突き進んでいくおかっぱの後ろを、ゆったりとした足取りで朝栄がついていく。そして町に入ったところで、朝栄も妖気を感じ取った。

「おかっぱ、お前の鼻は本当に嘘をつかんな」

 クスリと笑いながら朝栄が言う。おかっぱは、へへっと自慢げに笑った。

「確かに、この先に妖がおるようじゃな。しかも、この辺りを牛耳っておるようじゃ」

「ちょっと獣くさいね」

「そうじゃな」

「たぬき、きつね、しか……」

「狼、じゃな」

「オオカミかー」

 その妖が何者であるのか、それに関しては朝栄のほうが詳しい。おかっぱは鼻はいいが、特に訓練されているわけではないため、妖の種類を言い当てることはまだできない。単に経験の差で、妖の種類当ては朝栄のほうが勝っている。しかし、それをおかっぱ自身は悔しいとも何とも思っていないようで、おかっぱは妖の種類を言い当てる朝栄を「すごいなあ」くらいにしか思っていない。

「おそらく神狼の類じゃろう。この地で生きた狼が、そのまま神となったんじゃろうな」

「ふぅん」

「とにかく、失礼のないようにしないとな」

「そうだね」

 二人は町の中を歩いていく。町には他の町と同じように商店がずらりと並んでいる。活気に溢れているというわけではないが、人が絶えているわけでもない。これを無理やり言葉にすると、静かに賑わっている、というところだろうか。そこを歩きながら、二人はどうやらこの町の商店街にあたるところにいることに気がついた。

「商店街なんじゃなぁ、ここは」

「みたいだね」

「でもここじゃない」

「うん」

 今はその神狼に挨拶をするのが最優先だ。おかっぱと朝栄は後でまた来ようと約束をし、神狼のにおいを頼りに歩き進めた。

「あ」

「どうした? ここを曲がるのか?」

「うん」

 もう少しで商店街を出てしまうというところにあった横道。そこでおかっぱが歩みを止めた。

「こんな細道じゃぞ?」

「でもここだもん」

 人ひとり入るくらいの細道。おかっぱは朝栄を先に進ませ、朝栄の背中を押す。朝栄は本当にこの道を通るのかと何度もおかっぱのほうを振り返り、問いながら歩いていった。

 そのうちに、朝栄は少し歩くのを速くしたかと思うと、すぐに歩みを止めた。そして、「ここか」と呟くと自身の身だしなみを整えた。それを真似しておかっぱも装いを正す。

「おかっぱ、行くぞ。失礼のないようにな」

「分かってるよ」

 相手はここを牛耳る大妖なのだから。万一失礼なんかをすれば、朝栄のここでの仕事ができなくなる可能性だってある。朝栄の仕事をおかっぱが邪魔するわけにはいかない。

「おかっぱ、先に行ってくれるか?」

「分かった」

 朝栄が外門を開け、そこをおかっぱが通っていく。

 民家に妖が住んでいると思われるとき、おかっぱが先に行って話をするのがふたりの間での決まりだ。なぜなら、それは朝栄が龍神だから。人間に妖は見えない。朝栄の力を持ってして姿こそ人間の姿でいるものの、朝栄の力を持ってしても人によっては見えなかったり声が聞こえなかったりするのだ。だから、おかっぱがその家の人と話している間に、その家の人が妖を見れる人がどうか確認するのだ。

「あの、すみません」

 今回の家は家であるようで店だった。おかっぱは店の奥にいる店主らしき女性に声をかけた。

 

     ◇◆◇◆◇

 

「できそうだね、雨降らし」

「そうじゃな」

 帰路、おかっぱと朝栄は会話を交わしながらこれからの住まいに向かっていた。

「それにしても、大妖にしては小さい妖だったね」

「そうじゃな。が、侮ってはいかん。彼は、確かにこの地を牛耳る大妖じゃ」

「そうなの?」

「そうじゃ」

 朝栄は頷く。それに同意するかのように木々が揺れた。

「何があってあの姿でおるのか不思議なくらいじゃが……まあ、彼がこの地の主であると考えて間違いはない」

「ふぅん……」

 あの妖が本当に朝栄の言う大妖であることを信じきれないまま、おかっぱは相槌を打った。正直に言えば、あの妖が神狼であることすらもおかっぱは疑っている。獣くさいにおいも実は自分の鼻がおかしくなったのかと思うくらい、あの妖はにおい以外に獣くささを放たなかった。

「納得しておらん顔じゃな」

「あ、バレた」

「まあ、いずれ分かるさ」

「ふーん」

 納得しようかしまいか一瞬悩み、それでも納得はできないと思いながらおかっぱはまた相槌を打った。

「あ、でもあの子は付喪神でしょ? あれは分かった」

「ああ、あやつは付喪神じゃ。おそらく、宝石か何か、その類の付喪神じゃろう。いやしかし、あやつも何か足りぬ」

「え? 足りない?」

「そうじゃ。何か、何か足りぬ気がする。今のあやつだけでは成り立っておらぬはずなんじゃが、どうにも分からん」

「なに? つがい?」

「あー、番か。その線も考えられるじゃろう」

「他になにがある?」

「うーん……」

「あ、あれが新しい宿?」

「ああ、そうじゃ」

 話しているうちに、新しく世話になる宿はすぐ目の前にきていた。外見はそこまで綺麗ではないが、かといって汚くもなく、一般庶民の家といったところだろうか。いわば普通の宿屋だった。

「汰の朝栄と申します。鳩に遣いを頼んだ者ですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、汰の朝栄様。承っております。二階のほうにお部屋を用意させていただいております。椿の部屋になります」

「ありがとうございます」

「今回はひと月のご予約ですが、よろしいでしょうか?」

「はい。状況によっては早くなったり遅くなったりするかもしれませんが」

「承知しました。その際はご遠慮なくお申し付けくださいませ」

「ありがとう」

「ご飯の時間などを書いた紙をお部屋のほうに置いてありますので、ご一読ください。それでは、ごゆっくりお過ごしくださいませ」

 受付で鍵を貰い、朝栄は階段のほうへと歩いていった。おかっぱは受付のほうに一礼し、その後ろをついていった。

「ねぇ朝栄、あの子は?」

 おかっぱは朝栄に尋ねる。受付の妖は何者か、おかっぱは問うたのだ。

「あやつは子鬼。少し大人びて見えるが、生まれてまだ二十年も経っておらんじゃろう。若娘といったところじゃ」

「ふーん」

「ほれ、部屋についたぞ」

「はーい」

 朝栄が鍵を回し、ドアを開けた。ドアからはまっすぐ先の窓が見え、その先に森が広がっているのが見えた。二人がやってきた宿は、ちょっとした森の中にあるのだ。

「綺麗な部屋だね」

「そうじゃな。やはり、妖が多い土地はいい。宿も充実しておる」

「そうだね」

 おかっぱは荷物を床に置くと早速ベッドの上に飛び乗った。

 二人は、雨を降らしに行った土地では妖が経営する宿に泊まることにしている。朝栄がしょっちゅう訪れる土地であれば朝栄が持っている家で生活するのだが、初めて行く土地や滅多に行かない土地ではそれができないからだ。

「おかっぱ、片付けは明日にしよう。おまえも疲れたじゃろう?」

「んー」

「飯を食って、風呂に入って、今日は寝てしまおう」

「そうしよー」

 と言ったものの、そのままおかっぱが寝入ってしまったことは言うまでもない。もちろん、朝栄がそのおかっぱに布団を掛けなおしたことも。

 そうして明日には、おかっぱと朝栄の新たな生活が始まるのだ。

 

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