ARMORED STRATOS 兎と鴉の唄 作:バカヤロウ逃げるぞ
加えて、ラストレイヴンの主人公のイメージも著しく破壊しております。
それらをご了承の上、お読みください。
ゴールデンウィーク。四月下旬から五月上旬にかけての大型連休の通称である。
多くの人々が休養に旅行にと、それぞれ思いを巡らせる。それはIS学園の生徒たちとて例外ではない。
あの様な襲撃を受けたこともあり生徒達の外出を規制することも考えられたが、こういう時だからこそ外出してストレスを解消させた方が良いのではという考えの方が多かったため、IS学園は生徒達の外出、帰省を許可することにした。その代わりに、先の事件が未解決であり要らぬ混乱を起こさないため口外無用とされた。
実は噂として外出禁止の話が生徒達の間で流れており、皆飄々としていたが杞憂に終わったことでのびのびとゴールデンウィークを堪能することになった。
その中に一夏も含まれていた。
彼のカウンセリングを担当していた養護教諭の報告を基に職員会議が行われ、精神面に関してはこれ以上の心配は必要ないと判断された。加えて倉持技研に出していた白式の修理も無事に終了し一夏に返却されたことで、自衛能力を取り戻したこともあり外出許可が出された。カウンセリングルームで養護教諭と雑談していたところでその報告を山田真耶から聞いた一夏は、二人のことを忘れたかのように小躍りしてしまうほど喜んでしまった。
そんなわけで彼は無事に帰宅し、中学時代の友人との交友を楽しんでいる。
ところで、IS学園の立地条件で一番近く手頃な娯楽施設と言えばショッピングモール『レゾナンス』だろう。
IS学園から少ない乗り換えで訪れることが出来、所要時間も少ない。都内へのアクセスの要所でもあり、活用しない人の方が珍しい駅一体のショッピングモールである。店舗とその品揃えもその地域では一番の豊富さであり、地元の住民は、ここで無いものは他所に行っても無い、と言い切る程である。
IS学園の生徒だけでなく教員も活用するこの大型ショッピングモール。その日も多くの観光客に混じってIS学園の生徒たちが遊びに来ていた。
ある者たちは他の場所へ出かける交通アクセスとして使い。
ある者たちは学園の購買では購入出来ない化粧品を探して。
ある者たちは少し背伸びをしてブランド品を扱う洋服店にアクセサリー店に向かい。
ある者たちは事前に調べていたレストランで食を楽しんだ。
IS学園の教員もこの大型連休を楽しんでいる……ということはなく、先の襲撃者に関する調査に情報の整理と、刷新された緊急時対応マニュアルを頭と身体に叩き込んでいた。
損傷した学園の修理費は十蔵と楯無の協力もあり何とか勝ち取ることは出来たが、だからといってまた襲撃者が現れた時に何も出来ず生徒を危険な目に遭わせるわけにはいかない。そう考えた教員らが千冬と共に既存の対応マニュアルを見直し、次同じような事が起きた場合、迅速に対応出来るように作り変えたのだ。
しかしこの時期に刷新してしまったが故に教師たちは別の意味で地獄を見る羽目に遭う。
何故ならば大型連休と言えどたかが五日程度。夏休みのように教員だけによる訓練をするような時間は無く、しかも連休明けの授業のための準備も進めなければならないという、殺人的スケジュールが出来上がってしまった。
そしてその後には学年別トーナメントが控えている。例年通りであれば政府高官が自国の代表候補生の成長の視察に現れ、企業のスカウトが有望な操縦者をチェックしにやって来る。絶対に身の安全が侵されるわけにはいかないのだ。
血尿が出ようとも、ぶっ倒れたら叩き起こすという軍隊式で全ての教員は刷新した緊急時対応プログラムを、余すことなく己に叩き込むのであった。
そしてそんな教員たちをあざ笑うかのように、襲撃犯たちは日本を観光していた。
レゾナンスにある喫茶店。品質も味も品ぞろえも良く、特に昼食に訪れる客が多い。
その喫茶店のテラス席に居る二人の外国人が、その周囲を歩く者たち視線をかき集めていた。
一人は明るい色を基調とした服装だがそれとは裏腹に落ち着いた雰囲気を醸し出し、誰もが見惚れてしまう程の美しいロングのシルバーブロンドを持つ少女。もう一人は欧米人特有の大きな躰に少女にも劣らぬ整った顔をし、シックな服を着ている男だった。
まるで芸術品が現実になったかのような二人に周りの人々は釘づけになるが、当の二人は知らん顔で注文した品物を嗜んでいた。
「ここまで注目されると……まるで、人気俳優になった気持ちです」
シルバーブロンドの少女、クロエ・クロニクルは目の前に座る男性、ジャック・Oに英語でそう言いながら、喫茶店のおススメの一品として紹介されていたチョコパフェをスプーンで突っつく。
「初日と比べれば、慣れてきたのではないか?」
一方のジャックは、コーヒーフレッシュをかけたコーヒーゼリーをスプーンですくって食べている。彼にとって初めて食べるデザートは意外に美味しく、研究所に帰ったら自力で作ってみようと味と風味を確かめながら味わった。
「しかし、ここまでくると流石に予想の範囲を超えています」
クロエはパフェに乗せられているチョコシロップがかけられた生クリームをスプーンですくうと、瑞々しい唇を開き口の中へと入れた。その姿だけでも十分CMの映像としても使えるだろう。
生クリームとチョコが彼女の舌の上で溶け、口の中を甘さで満たす。その美味しさに笑みが零れそうになり頬を手で押さえる。しかし、表情で隠せても目はまるで星の様にキラキラと煌いており、その喜びようを隠すことは出来ていなかった。
無理もない。研究所では、料理こそジャックの主導により高級料理店並みの食事を毎食食べられているが、間食――即ちデザートの類についてはあまり手を入れられておらず、なかなか食べる機会に恵まれていない。あるとしてもジャックが持っているレーションに残されたブロック状のビスケットぐらいだ。
「美味いか?」
「はい、ジョシュア兄さん」
クロエはジャックの偽名を使いながらパフェの感想を述べる。
「このコーヒーゼリーというデザートも、なかなか面白い。帰ったら自分で作ってみたいものだ」
「でしたら、是非パフェもお願いします。きっと、お母さんも喜ぶと思いますから」
研究所に帰ったらデザートを自作したいと述べるジャックに対して、クロエは是非パフェを初めとしたデザートを作ってほしいと催促する。勿論、今ここに居ない
「考えておこう。まずは、機材と材料を集めないことには、どうしようも出来まい」
クロエからのおねだりに、ジャックは頭を掻きながら現状の厨房にある調理器具と材料では作りようがないと答える。
「ならば、買い足しましょう。是非!」
クロエはテーブルから身を乗り出しながら、更に強く催促する。
ジャックは少し驚くそぶりを見せながら、コーヒーゼリーを食べ続けた。
(歳相応と考えるべきか……そんなに気に入ったのか)
思い返せば、デザートを作る機会が無かった。そうなると自然とクロエも甘味に触れる機会が少ない。そんな少女がこんなに美味しい甘味に触れてしまっては、病みつきになってしまうのも無理は無い、とジャックは考えた。
「買い足すか。私が作れば、お前の母も喜ぶと思うか?」
「言うまでもありません。ジョシュア兄さんが手掛けるデザートなのです。美味しくないわけがありません」
クロエは絶対の自信を持って言う。ジャックは自分の料理の腕前にそこまで高い評価をもらえていることを嬉しく思った。
「ならば、この後に器具を探すとするか。確か、取り扱っている店舗があったはずだ」
そう言うとジャックはデニムのジーンズのポケットから、レゾナンスの案内が書かれたパンフレットを取り出す。それを広げ、調理器具などを取り扱っている店舗があるか、その場所はどこかを探していく。
「あるには、あるな。私が思うような器具を扱っているかは分からないが、行ってはみよう」
「では、朗報をお待ちしております」
そう言うが、クロエの中では既にジャックが調理器具を買うという未来が浮かんでいるのか、プレゼントが待ちきれずそわそわする子供のような落ち着きのなさが出ていた。
(これで買わなかったとクロニクルに言ったら、どうなるのだろうな?)
あえてそんな姿が見てみたい。
悪戯心が芽生えたジャックは頭の中でそんなことを考えながら、伝票を持ち会計を行う。レジ打ちを担当するアルバイトの女性店員は、男前の外国人を相手にするという緊張でタジタジになってしまう。しかしジャックは既にそうなると予想もしていれば経験もしていたため、特に何も思わずに料金を支払い、クロエを連れて外に出た。
「さて、私は調理器具を探しに行くが……キャロル、お前はどうする?」
「そうですね……お母さんへのお土産を見たいと考えています。ジョシュア兄さん」
柔らかい笑みを浮かべながらクロエはそう言った。今着ている柔らかい生地で作られた白いシャツワンピに明るい緑色のカーディガン、薄い桜色のフラットシューズ、頭に着けている薄黄色のリボンという明るい印象を持たせるコーディネートが、その笑顔をより一層引き立たせる。
因みに、流暢な英語で会話しているのは周囲の日本人に聞き取られづらくするためであり、そして偽名を使うのは英語を聞き取られたとしても名前を知られないようにするためである。因みに二人の関係は北アフリカへの調査の時と同じく従兄と従妹というもので、偽名はジャックが『ジョシュア・オブライエン』、クロエが『キャロル・オブライエン』としていた。
「母に土産か……先にそちらを一緒に探すか?」
ジャックにそう言われると、クロエは少し考えたが首を横に振る。
「ごめんなさい。出来れば、一人で選んで渡したいと考えているのです」
ジャックが見たクロエの瞳には、
「そうか。だが気を付けるんだぞ? お前は母に似て美人だから、ナンパされたとしても不思議ではないのだからな」
ジャックがそう言うとクロエは少し紅潮しながら頷き、お土産を選んだら連絡するという旨をジャックに伝えるとレゾナンスのパンフレットを片手に、束用のお土産を探しに人混みの中へと消えて行った。
(態度と言葉遣いはしっかりしていても、中身はやはり子供か……)
あの一件でジャックもクロエが見た目と不相応に子供であるという事を知り、彼女への態度も少し変えていた。ただ教えるだけの存在から、クロエにとって師とも呼べる存在として。
(さて、私も目的地へと向かうとするか。尾行は……なさそうだな)
IS学園の襲撃犯であるジャックをマークする存在が居るのではないかと、彼は何時も警戒心を抱き続けていた。各国の有望な人材が集まる学園へ前代未聞の攻撃を行ったのだ。合成音声も徹底的に加工していたが、それでもクリーニングし、彼の声と一致させるかもしれない。
ジャックは脳内に埋め込まれた半径400mまで探索出来る特製グリッドレーダーで怪しい動きをしている人物がいないかどうか隈なく確かめるが、警戒すべき対象が居ないことを確認する。
(クロニクルに対しても特に尾行は無いと見える)
念のためクロエに対して誰か尾行していないかを確認するも、杞憂に終わる。
もっとも強化人間であるジャックと、その直弟子であるクロエに対して普通の人間がどうこうしようとしても振り切られるか、もしくは返り討ちにされるかの二択だろう。
(
耳に胼胝が出来るほど束から聞かされた織斑千冬の武勇伝。ただの人間でありながらそれほどまでの身体を持っているのかとジャックは疑問を持つことが何度もあったが、類は友を呼ぶと言うか、あの束が言うのであれば本当のことなのだろうと思う。
もし仮に千冬が出てきたら、自分は逃げ切ることが出来るだろうか? ジャックは束から聞かされ続けた情報を基に、そう考えた。
(さて、目的地は……やや離れているな)
ジャックはパンフレットを広げ、目的地である店舗の場所と現在地を見比べる。残念ながら、直ぐ傍にあるわけではなく今いる場所とは別の棟にあった。
これでは少し時間が掛かってしまい、暫くの間クロエを放置することになってしまうとジャックは思う。
(念のために、連絡だけは入れておくか)
ジャックはジーンズのポケットからプリペイド携帯電話を取り出すと、素早くクロエのモノの電話番号を押し時間が掛かる旨の電話をした。
◆
(さて、手に入れるべきものは全て購入できたな)
両手に持つ袋。そのどれもが調理用器具がいっぱいに詰め込まれていた。
ジャックが向かった店舗だが、彼の予想以上に調理器具の品ぞろえが充実していたのだ。今研究所で使っている器具は、料理に全く興味のなかった頃の束が揃えたものだ。どうしても使い勝手は悪い。包丁も研ぎ続けることで何とか使えている状態であり、本来であれば既に買い替えていても良い状態だった。そんな粗末な道具で、絶品ともいえる料理を作れるジャックの腕前は凄まじいという証明になっているが……
そんな不遇な厨房を任されていた彼からすれば、その店舗に揃えられていた器具は正に宝の山。幸いにも旅費に加えて束から支払われた報酬によって、彼の財布は潤っていた。一つ一つを手に取り、料理しているところを想像して使いやすいかなどの選別を行う。
選別を行ったにもかかわらず、新しいものに加えて厨房の調理器具を刷新する程の器具を買い込む羽目になってしまった。
(流石にこれを持ち運ぶのは、厳しいな。一度ホテルに戻る必要があるな。その前に、のどを潤したい)
最初は自分を守るため、次いで趣味になった料理をするための器具の選別に夢中だったためか、ジャックの口の中はカラカラに乾いていた。
(この先の出入り口から出れば、棟の傍にフードワゴンが設けられていたはずだ)
ジャックは記憶を遡り、パンフレットに描かれていた地図と店舗を思い出す。今いる場所の近くにある出入り口から外に出れば、フードワゴンがあったはずだ。
そこで飲料を買おうと思い、彼は大きくなった袋を両手に外に出る。
彼の記憶通り、フードワゴンが幾つも並べられていた。それは地方から出張してきたと思われる地方名産品を扱うもの、あっち系の業者らしい人物が経営しているものなどがある。
ジャックはどこか適当で空いているフードワゴンから飲料を買おうと思い、どれにしようかと選んでいるとホットドッグを扱うフードワゴンから声が聞こえる。
「おっちゃん、相変わらずこのホットドックは美味いな!」
「おいおい、冷凍品をただ単に焼くだけだぞ?」
「その焼き方が上手くなきゃ、こんなに美味いホットドックになるわけないだろ!」
そのフードワゴンの付近に設置されたテーブルと椅子に一人の長い髪を無造作に後ろで結んだ女が腰をかけ、山盛りのホットドッグを頬張りながらフードワゴンの店主を褒めていた。その女性が腰かけている椅子には、クラッチ杖が立てかけられている。
傍から見れば外国人観光客が店主に絡んでいるという光景に見えるだろう。だが、その場に出くわしてしまったジャックは、思わず目を見開いてしまう。動揺を短い時間で収めると、ジャックは意を決しその女性の方へ近づく。
その女性に近づきしっかりとその声を聞くと、ジャックの予想は確信へと変わっていった。
「こんなところで、何をしている?」
今度は英語ではない。
「んぉ~、びっくらこいた!」
その女性はジャックの方を向くと、彼と同じように企業間公用語で話してきた。
「そういうあんたこそ、何してんのさ!? 狐の大将!」
「その豪傑っぷりは相変わらずだな、ランク二位……いや」
ジャックはその女性に食べかけのホットドッグを渡すと、彼女の名前を口にした。
「MxS7HGS」
嘗てナービス領レイヴンズアークにおいて『アイアンLow-75』という名のタンク型ACを駆り、数々の武勇伝を築き上げたレイヴン。
その遠慮もなくホットドックをバクバクと頬張るレイヴンが、ジャックの目の前に居た。
嘗てンジャムジから提供された情報で、彼女も転移していることはジャックも知っていた。しかし余りにも予想外の解融であり、同時に敵対したくないレイヴンを前に彼は動揺を隠そうにも隠せずにいた。
「んまぁ、そう慌てなさんな! ほれ、食うか?」
ジャックの心境などお構いなしに話を進めるMxS7HGSは、山盛りになっているホットドックのうち一つを取ると彼に差し出した。
「その前に水が欲しい」
「何? 喉カラッカラなの? しょーがないなぁ」
MxS7HGSはどこからともなく缶ビールを取り出し、それをジャックに差し出す。
「……酒ではない飲料は無いのか?」
「自分で買えよ」
もっともなことを言い返されてしまう。ジャックは彼女から飲料を貰うことを諦めると空いていた椅子に調理器具が詰められた袋を置き、幸いにもこのフードワゴンで取り扱っていたペットボトルの飲料を購入した。一般相場と比べるとやや高めだが、あの女から目を離したら直ぐにどこかへ消えてしまうと思い、やむを得なかった。
購入した飲料の蓋を開けると一気に飲み干して口を潤し、MxS7HGSと向き合う形で椅子に座った。
「ほれ、食ってみろよ」
再び渡されるホットドッグ。ジャックはまるで彼女に餌付けされているような気がするのと、彼女が何を考えているのか把握しきれていないこともありそれを受け取ることを拒む。
「んな別に借りを作ろうとか、そんなせこいこと考えていないから、な!」
ンジャムジとは別の意味で表裏の無い豪快な性格の彼女は、警戒しているジャックに対してそう言いホットドックを取るように促した。ジャックも彼女のその性格に折れて素直にホットドックを貰うと、一口食べた。
「美味いな……」
「だろっ! おっちゃん、あたしの友達も美味いってよ!」
確かにこれは工場で生産された業者用のホットドッグだろう。しかし彼女の言う通りパンとソーセージが絶妙な焼き加減で調理されているためそのようには感じさせなかった。ジャックはこれを作った店主の腕前を素直に認める。
「あまり騒ぐな、私は表立って行動出来ない身なのでな」
「あん? あんた、お料理の陰謀家なんてけち臭い商売やってんの?」
(こいつ、見やがったな!)
グサグサと物言う姿にズケズケとプライバシーに踏み込む無礼さ。ジャックは目の前の人物がMxS7HGSであることを確信した。
ジャックはあの世界で生きていたときから彼女が苦手だった。レイヴンとして生きていた頃に彼女と共闘し敵対したこともあるのだが、どちらもジャックにとっては苦い思い出として未だに残っている。
ジャックはその頃も策士としての一面を見せており、相手を的確に追い詰めて止めを刺すというスタイルをとっていた。それに対して彼女は猪突猛進と形容される程の力押しを主軸とした戦法をとっていた。それが絶望的に噛みあわなかった。
ジャックが苦労して考えた作戦は、彼女の独断専行によって水の泡にされ、敵対した時も猪と形容できる力押しに敗れ去った。
そんなこともあり、ジャックは彼女を苦手としている。それは、今も変わっていない。
「だからあまりデカい声を出すな」
「わーったわーった、あたしが悪かったって」
ヘラヘラと笑いながらホットドックを頬張り悪びれる様子もなくMxS7HGSは謝罪するも、ジャックは密かにこの場で殺しておこうかと考えてしまう。あくまでも考えるだけであり、最低限の冷静さは保っていた。
「んで、大将もこの世界に来たってことは、あっちの世界でおっちんだってことか?」
「遺憾だが、そうだ」
そう答えるとアッハッハと笑うMxS7HGSに対してジャックは更に怒りを募らせる。
「貴様こそ、何をしている? 無職か?」
ジャックは話のペースを掴もうと考え、彼の方から話を振った。
「うん? そんなんだったらこんだけのホットドック、食べられるわけないじゃん? バカなの?」
(こ、この女っ!!)
ジャックは彼女が表情を偽れない女だという事は知っているので、無意識に毒を吐くその態度に頭の血が沸騰するかのような感覚に襲われる。ふと、束を相手にしている時の方がまだ楽だと思ってしまった。
「あたしゃ別の国に転移したんだよ。んで、そこで知り合った中小企業の警備員やらせてもらっているのさ。今は休暇貰って、同僚とここに旅行に来たっつうわけ」
彼女はそう言いながらホットドックを食べ終え包み紙を丸めて後ろに放り投げる。放り投げられた包み紙は設置されているゴミ箱へ的確に放り込まれた。そして新しいホットドックに手を出す。
「その同僚は何者だ?」
「あー、残念。一般人。レイヴンじゃない」
ジャックが何を聞こうとしたのかを理解したMxS7HGSは即座にそう答える。
「同僚の姿が見当たらんぞ?」
「そいつは荷物をホテルに運んでいる。その間、あたしゃ気に入ったホットドックを頬張るっつうわけだ」
すると再び缶ビールを何処からともなく取り出し、MxS7HGSはそれを開けると一気に飲み干した。
「……一つ訊きたいか、お前の
「知りたい? 知りたいの!?」
イラつく訊き返しをされるがここでできるだけ情報を聞き出しておきたいと考えているジャックは、尚も沸き上がる怒りを抑えながらゆっくりと頷いた。それを見たMxS7HGSは満面の笑みを浮かべると、彼女の愛機について話し始めた。
「最初に転移した時ゃびっくらこいたわな。性能が上がっていたのも驚いたけれど、なにせ
「頭部パーツのことか?」
「そっ。
ジャックはその説明を聞いて疑問を抱く。
彼が転移した後にフォックスアイを調べたがパーツの欠品などなく、右腕のレーザーライフルがKARASAWA-MK2に変わっただけで新品同然の状態だった。ンジャムジのウコンゴ・ワ・ペポもざっと見た感じそんなことは無かったこともあり、彼女の愛機だけその現象に巻き込まれたのではと考えた。
「頭部パーツが無いとなると、姿勢制御システムが無いようなものではないか」
「そうなんだよ。だからさ、あたしが警備員として勤めることになった企業にデータ渡して作ってもらおうと思ったん」
とてもではないが彼女の大胆すぎるその行動は、ジャックでは出来ない行動だった。
「そしたらオーバーテクノロジーの塊だから時間が掛かる、とか言われちゃって途方に暮れてたんだよ」
「……過去形という事は」
MxS7HGSは指を鳴らしてそのままジャックを指さす。
「流石は狐の大将。ご名答。突然戻って来たんだよ」
「戻って来た?」
ジャックの質問に対して彼女は新しいホットドッグを頬張りながら応える。
「ある日様子を見に行ったらさ。なんか、元に戻ってたんだよ。あるべきものがちゃんとあったんだよ。もうわけわかんねえ。大将、何か思い当たる節は無い?」
そう言われた以上何らかしら考えようと思ったジャックは、記憶の限りを尽くして原因を探る。
(奴の頭部パーツ……カラーリング……突然戻って来た……何かが、何かが……)
口元を手で覆いながらジャックは記憶を呼び覚ましていく。この世界に来る前と、この世界に来てからの全ての記憶を総動員させた。
(何故戻ってくる? 置いて行かれたからか? まて……)
ジャックの脳裏に、一機のACが現れる。
「……貴様には、己のACパーツを託せる程親しいレイヴンが居たか?」
そう質問されたMxS7HGSは後頭部を乱雑に掻きながら必死に思い当たる人物を探した。うんうん、と唸る姿を見るに心当たりのある人物が居るのだろう、とジャックは思った。
「あいつか? いやでも……まさか、ねぇ……」
彼女にしては珍しく一人でブツブツと呟いているところにジャックは更に踏み込む。
「推測で構わん、思い当たる人物がいるのか?」
その押しに折れたのか、MxS7HGSは頭をガシガシ掻きながら推測した人物を一人上げた。
「居るとすりゃ、あたしの
その答えに対してジャックは眉をひそめてしまう。何故ならば彼女の身体についても、彼は良く知っているからだ。
「だが、貴様の身体は子を産めない」
「ああ、そうだ。あたしゃ、女としての責務を捨てた
MxS7HGSの強化人間度合は最高レベルであり、戦闘に必要の無い臓器は一切摘出され全て人工のモノに置き換えられている。彼の言う通り、彼女の身体から子宮は《《余計な物》》として摘出されており子供を宿すことは出来ない。
「ならば何故、倅が居る? そして何故、そいつが候補に上がる?」
容赦なく問いかけるジャックに対してMxS7HGSは慌てるなと彼を手で制し、その理由を口にした。
「倅っつっても血の繋がりはない。所謂拾い子さ。んで、その子がレイヴンになった直後に
「
名称を言わずとも二人の間で通じるモノ。
大破壊を再び引き起こした新資源――大量の特攻兵器だ。
「そん時にあたしが囮になってあの子を守って死んだ。で、今思い返すと、アイアンL-OW75は頭部だけ無傷だったから、多分生き残ったあの子が残骸から回収して使ったんじゃないかと。それがあたしの推測さ。どうだ、狐の大将? 満足か?」
MxS7HGSは理由と推測を同時に述べ終えると、ホットドッグを一本手に取り口に運ぼうとした。それにガブリつこうとした時、彼女の目にジャックの表情が入る。その表情は、摩訶不思議な現象に出会った人間がするものであり、至上の歓喜の中に立った人間がするものであり、信仰強い者が神への感謝をする時のものが織り交じった、複雑怪奇なものであった。
鉄仮面とも言える彼がそんな表情を浮かべていることに驚き、MxS7HGSはホットドッグを口に運ぶ手を止めてしまう。そしてジャックはと言うと――
「フ、フハハハハハ……ウワーハハハハ!!」
笑わずにはいられなかった。
なんという狭い世界か
なんという因果か
なんという奇跡か
「お、おいどうした狐の大将。何がツボに入ったんだよ?」
「こ、これが、笑わずにいられるか……っ!」
咳き込みながらジャックはそう言う。
無理もない。彼が推測した人物と、彼女が語った人物。それが
「身の上話と推測を語ってくれたお礼だ。貴様の倅は生き残ったようだぞ。」
「おお! ホントか!?」
MxS7HGSは彼女の息子が生存していたということを聞き、歓喜の声をあげてしまう。
「そして貴様のACに頭部が帰ってきた理由を教えてやろう。貴様の倅が使用していたACにそれが装備されていて、私がそれを破壊したからだ!」
それをMxS7HGSが聞いた瞬間、喜びの表情はなりを潜めさせると、ジャックに対して敵対心を隠そうとはしなかった。
「落ち着け。貴様が考えている事態にはなっていない。私がここに居ることがその答えだ。貴様自身が既にその答えを口にしているだろう?」
「……おっちんだ? まさか、あたしの倅がお前を倒したっていうのかい?」
MxS7HGSの答えに対してジャックは満足そうに頷く。そしてそのことに驚いている彼女に更なる事実を教えた。
「貴様の倅は最強のレイヴンだ。強化人間にならずに戦いの天才、イレギュラーの中のイレギュラーとも言える存在に達したのだからな。そして陰謀家として生き過ぎた私を、再びレイヴンとして舞い上がらせてくれるだけでなく限界を超えさせてくれた恩人だ」
ジャックとしては非常に珍しく絶賛をする。それに値するほどあの人物――ドミナントはジャックの記憶の中に強く刻まれていた。
一方のMxS7HGSはというと、手に持っていたホットドッグを机の上に落とすと背もたれに寄りかかるほど深く座り込み、額の上に手を置きキョロキョロと周りを見た。見ると言っても、風景を眺めるものではなく、告げられた事実を処理しきれずに戸惑ってしてしまうものだった。
「あはは……褒められるのは嬉しいが、素直に喜べないなぁ」
乾いた笑い声をあげながら、MxS7HGSはそう呟く。嬉しいことは嬉しいのだろうが、同時にそうであってほしくなかったという願望がそこに含まれていた。
「何が受け入れられないのだ?」
ジャックとしては絶賛したつもりだったのだがそれをあまりお気に召していない彼女を姿を見て、その理由を尋ねる。
「……ちと長話になるが、聞くか?」
MxS7HGSはジャックにホットドッグを差し出しながら、身の上話を聞くかどうか尋ねる。ジャックは先程とは違い、迷うことなくホットドッグを受け取り話を聞く姿勢を見せた。
◆
「あたしゃ若い頃に調子に乗っちまってな、企業にしたら目障りだったんだろうよ。見事に騙し討ちされちまってさ。お陰でこっちはハンバーグになりかけたのさ」
「ハンバーグか……凄まじい喩え方だな」
MxS7HGSのジョークをジャックは理解しそう言った。
つまり、身体の至る場所が潰され、そこを爆風で煽られ全身大火傷を負った状態をハンバーグと彼女は喩えたのだ。
「奇跡的に生き延びたはいいが、死は眼前。それを受け入れられるほど、そん時のあたしゃ悟っちゃいなかった」
「それが、貴様が強化人間になった理由か」
MxS7HGSは頷くと、まるで飲み込むようにホットドッグを一本丸ごと食べる。口にあるそれを飲み込むと話を続けた。
「あたしゃ死を逃れたけど人間を捨てちまった。まさかここまで酷いことになるとは思っていなかったさ。んで思い知らされたんだよ。『あたしゃ、二度と人を愛することは出来ない』ってね」
「ほう。だが、貴様はそれほど絶望したようには見えんぞ?」
「最初の頃は、表面上はこの性格を見せて誤魔化していたんだよ。裏じゃ絶望しきっていたよ。だれかあたしを殺してくれって思ってもいた」
そんな裏の感情を一度も出したこともなく、感じ取ることも出来ていなかったジャックからすれば、彼女がそんなことを思っていたとは考えられなかった。
「んまぁ大将と出会った頃は、あの子とも出会っていてこれが表裏の無い性格になっていたからさ、あたしがそう思っていただなんて大将が察知出来るわけないよ」
「ほう。で? どのようにして倅と出会ったのだ?」
ジャックの問いに対してMxS7HGSは再び指を鳴らして答える。
「偶然だったんだよ、あの子と出会ったのは。絶望していたあたしを救ってくれた子だよ」
昔を懐かしみ小さく微笑むMxS7HGS。豪快な笑い声を上げ、何事にも猪突猛進する普段の彼女からではとても考えられないその柔らかい表情に、ジャックは少なからず魅了されてしまう。
「昔の話さ。ある地上都市の防衛を依頼されて向かったんだが、都市は既に壊滅状態。住民も見境なしの皆殺し。依頼は既に失敗だったけど一応襲撃者だけ片づけて帰ろうと思ったんだ。そん時にさ、見つけたんだよ。ガキンチョだったあの子が瓦礫の中で生き残っている姿を。あたしゃそれを見て『悪運の強い奴め』って興味を抱いて拾うと、そのまま連れて帰っちまったのさ」
「大胆なところは昔と変わらずか。それでその後はどうしたんだ?」
「調べたら身寄りが居ないってことで、そんままあたしが預かってあたしの手一本で育てた」
考えられない発言にジャックは頭を鈍器で殴られたような感覚に襲われる。
確かに先ほど育てたと彼女の口から聞いていたが、それは何処かの施設に預けるか、他の者に任せるということを想像していた。しかし目の前の、女とはおもえないガサツで猪突猛進のこいつが、子育てをしていたなどと彼からすれば全くをもって想像できない光景であったからだ。
「最初は滅茶苦茶苦労したよ。何をあげても全然食べてはくれないし、全く反応を見せちゃくれない。目を離したら自殺しようともしていたさ」
「苦労が絶えなかったようだな」
「まあな。でも、そん時のあの子を見ていると、自分の心を見せられているような気がしたんだ。生きることを諦めているのに、惰性で生きているってやつさ。そんであたしゃ考え方を変えた。『生きているのならば、死ぬまで足掻き続けよう』ってね。それまでの機械的な生き方からおさらば出来たのも、あの子のお陰だ」
それは自分の心の負の面が具現化し、それを毎日直視するようなもの。そんな境遇に立たされたら誰だって変わろうするだろうとジャックは思った。
「仮初の性格が本物になって、あたしゃあの子との接し方を変えた。ちゃんと正面から向かい合おうってね。そしたら段々あの子から棘が無くなっていって、自然と傍に居るようになったよ。あたしが変わるだけで、あの子も明るくなっていった。んしたらある時だ。あの子があたしのことを『お母さん』って呼んでくれたのは」
そう言う彼女の表情は、女性でもなく、レイヴンでもなく、母親のものだった。
「あん時ばかりは情けなく泣いちまったよ。あたしのしたことは無駄じゃなかったって。二度と母親になれないと思っていたのに、血は繋がっていないけれど子供を持てたことに。生きていてよかったってことに」
「人間らしくなった、とでも言いたいのか?」
「悪い気はしないぜ、狐の大将」
母親の表情は失せ、ケタケタと笑いながらMxS7HGSはジャックに言い返す。
「あの子が居るだけで、生きる気力が湧いた。あの子が笑ってくれるだけで、小さいことがどうでもよくなった。あの子は確かにあたしにとって、かけがえのない存在になっていたのさ。だけど、暫くしてあの子が成長した時だ。『自分もレイヴンになる』って言いだしたのは」
語るMxS7HGSの表情は、どこか寂し気を纏っていた。
「それをお前は認めたのか?」
「あたしが育てたんだ。あたしそっくりの自分を曲げない子になっちまったからさ、あたしがどうこう言っても無駄だと思って認めた。でもレイヴンにさせてみたらいい筋あったよ。もう少し、見守りたかったなぁ」
遠くを見るように虚ろになるMxS7HGSの瞳。彼女の言葉の続きは、ジャックでも容易に予想できた。
「大破壊の再来、か」
「……都市の防衛。まだヒヨっ子だったあの子と一緒に出撃したんだよ。あの子は二脚タイプ、あたしゃタンク。あたしの愛機じゃ火力と防御力はあっても、避けられないからねぇ」
ジャックは彼女が語る光景を容易に想像できた。
四方八方から大群で空から迫り来る死の赤い雨――あの状況で生き延びられるのは余程の悪運の強い者か、機動力を持つACだけだ。
MxS7HGSはタンクタイプのACだ。防御力もあり圧倒的な火力がある。だが、終わりが見えない雨の中に立たされては、タイムリミットを先延ばししただけで死ぬことには変わりはなかっただろう。
「貴様は雨に打たれ、野垂れ死んだのか?」
「厳密には、違うな。あのイナゴどもがあたしに夢中になっていることに気が付いて、それを利用させてもらった」
MxS7HGSは何本目になるか分からない缶ビールを取り出し、語りで乾いた口と喉を潤すべく一気に飲み干す。腕で口元に付いた泡を拭き取ると、缶を握りつぶし話を続けた。
「つまり、あたしがどっか行けばイナゴどももついて来るんじゃないかって思ったのさ。んで防衛拠点から離れたら面白いくらいについてきやがって、狙い通りだった」
そう言うMxS7HGSの表情は彼女にしてはかなり険しくなり、その瞳には覚悟と誇りが宿っていた。そしてそれは、クロエを娘として受け入れ、母親になると決心した束と同じものだった。
「あの子は泣き叫んだけれど、あのままじゃ二人ともお陀仏だった。ならばせめて、あの子にだけは生き延びてほしいと思ったのさ。わが身を犠牲にすればあの子は助かる……そう思うと、一度は拒んだ死が面白いほど簡単に受け入れられたよ」
「分が悪い賭けだとは思わなかったのか? 貴様が犠牲になったとしても、特攻兵器の飛来が止むとは限らなかっただろうに」
「だけどあたしゃその賭けに勝った! あの子が生きていると言う証人が、目の前にいるんだからな」
賭けに勝ったという喜び、守ることが出来たという誇り。MxS7HGSは自身に満ち溢れた表情で声高らかにそう言う。だがその表情も、再び寂しさを含んだ笑みに変わった。
「狐の大将。あんたはあたしの倅を大層褒めてくれたつもりだろう? でも、あたしゃあの子にそんなことは望んじゃいなかった」
MxS7HGSは目を瞑り、望んでいたことを語りだす。
「あの子は、襲撃で住んでいた街も、本当の親も、友達も全部失ったんだ。あたしたちみたいに望んで戦いの世界に入ったわけじゃないのに、だ。悲しすぎるぜ、そんなの。戦いがあの子を深く傷つけ、あの子から全てを奪った。ならば戦いとは無縁の、平穏な生活を送ってほしいと本当はそう思っていたんだよ」
それがMxS7HGSの望み。戦いの天才と謳われるような人物になってほしいというものではなく、戦いで全てを奪われたのならばそれとは無縁の人生を歩んでほしいというものだった。
ジャックは知らず知らずのうちに彼女の神経を逆撫でしていたということにようやく気付く。
「……しかし、貴様は倅がレイヴンになることを止めなかったではないか」
「バカ。子供が望むものってのは、親が望んでいることと正反対を行くもんなんだよ。いい歳だったてのもあるけど、それ以上にあの子なりに覚悟を決めていたことは間違いなかった。ならば、親であるあたしゃもう止める権利も義務も存在しない。あの子が往く道を、あたしゃあたしなりにサポートするしかないのさ。たとえそれが、戦いとは無縁であってほしいと願っていたとしてもだ」
危険な道へと進む我が子を、止めるどころか喜んで送り出し、その道へ進むための手助けをしたというMxS7HGS。その行いは彼女の願いとは正反対であり矛盾していると言われたとしても、否定できるものではなかった。
「理解出来ないっつう面してんな、大将」
「出来ないわけではない。共感は出来ないがな」
ジャックは彼なりにその矛盾した行動に対してある程度は理解しているつもりだった。
あの戦争でも、譲れない思いから最適な過程と結果を放棄してまで矛盾のある行動をとった者たちが居たのを彼は覚えている。それが麾下のレイヴンなら尚のことだ。
だからこそMxS7HGSが望むことと現実が反比例していたにもかかわらず、我が子の為にその願いを放棄して背中を押してあげるという想いを、ジャックはジャックなりに理解した。
しかし彼は陰謀家であり総帥だった。常に最適な過程と最高の結果を残さなければならない彼からすれば、その思いを理解はすれど共感は出来なかった。
「狐さんは冷たいねぇ。そんなんだからあたしに一度も勝てなかったんだよ」
「なんだと……?」
MxS7HGSの言う通りジャックは実戦とアリーナの両方において、彼女に勝ったことが一度もない。
彼女のズケズケと土足で人の心に入り込む言動にある程度免疫が出来ているはずのジャックだが、その一言は聞き過ごすことが出来ず声を低くして言い返してしまう。
「あんたにゃ、なんにも無かった。それに対してあたしにゃ、帰る場所もありゃ帰りを待ってくれる人も居た。なんにも無かったあんたがあたしに勝てなかったのは、当然の結果だったんだよ」
帰るべき場所と帰りを待ってくれる人が居る。
それの有る無しが勝負の結果を分けていたとは、ジャックは考えたくもなかった。彼からすれば、それは雑魚の戯言でしかなかったから。
だがそんな戯言を信じ、そして勝ち続けた存在が目の前にいる以上、最早それは妄言ではなくなってしまう。
そしてなによりも、MxS7HGSの言い放った『自分には何も無かった』という一言が、彼の心に深く鋭く突き刺さった。
ジャックの心に一撃を与えたMxS7HGSはそんなことにも気づかず、ホットドッグを食べつくしたことで生じたパン屑を手で払い包み紙を集めると、大きな一つの塊にする。そしてそれをバスケットボールのようにゴミ箱へ向けて放る。ただ単に集めただけならば空中で分離、四散しただろうがそうなることを見越して紙と紙を組み合わせていたため、それが分散することは無かった。紙のボールはゴミ箱の淵に当たることもなく、中央にストンと入っていった。
「やるじゃないか」
ホットドッグのフードワゴンから店主の声が聞こえる。MxS7HGSは頭の後ろを掻きながら豪快に笑い飛ばした。
「ハッハッハッハッハッ! いやぁ、こういうことは慣れっこだからねぇ」
MxS7HGSは笑い終えると今度は握りつぶした缶ビールを、先ほどとは違って野球ボールを投げるように連続して次々とゴミ箱へ向けて投げる。そしてそのどれもが外れることなく、むしろ磁石で吸い寄せられているかのようにゴミ箱の中へと入っていった。
彼女なりのゴミの片づけが終わると、MxS7HGSは椅子の後ろに立てかけているクラッチ杖を取り腕にはめる。
「んじゃ、あたしゃそろそろ行くわ」
MxS7HGSは杖を地面に立てるとゆっくりと立ち上がり、その場を去ろうとする。しかし、ジャックに背を向けて一歩踏み出したところで彼女は言い忘れていたことを思い出したかのように、彼の方へ振り返った。
「大将。言い忘れたけど、ここはあの世界じゃないんだ。それなら、あたしたちが意味も無く戦う必要なんてどこにもない。あたしゃ大将とは積極的に敵対しないってことは伝えておくよ。けど、あたしが務めている企業に攻めてきた時。そんときゃ警備員であるあたしゃ、あんたを排除しなきゃならんのよ」
MxS7HGSはそこまで言うと財布を取り出す。ブランド物でもない、縦長式の黒い革製の財布だ。それを開くと一枚の紙を取り出し、ジャックに差し出す。ジャックは無言のままそれを受け取り見る。それは、彼女の名刺だった。
「いちいち口で伝えんのは面倒だし、狐の大将なら情報収集はお手の物だろ? 後は自分で調べてくれ。んで、その名刺に書かれてある企業は襲わないでくれよな」
そう言うと今度こそMxS7HGSはジャックに背を向けて立ち去って行く。
「おっちゃん! また日本来たら食べに来るからな!」
最後にホットドッグ屋の店主にそう言い残して。
「……」
ジャックは受け取った名刺を眺めていたが、そこに書かれてある情報は頭に入っていない。ただ、MxS7HGSに言われたことが頭から離れず、彼の思考を阻害していた。
そんな状態の彼を現実に引き戻したのは、ポケットのプリペイド携帯のバイブレーションだった。ジャックはハッと我に返ると、ポケットから携帯電話を取り出す。画面には『新着メール1件』と表示されていた。
慣れた手つきで携帯電話のロックを解除し、メールを確認する。差出人はクロエからで、内容は良い土産が見つかったとのことだ。
(行くか)
地面に置いていた調理器具がいっぱいに入れられた袋を持ち、ジャックもそこから立ち去って行った。
◆
「ジョシュア兄さん!」
ジャックはクロエのメールに書かれてあった待ち合わせ場所に到着すると、彼を見つけたクロエが偽名を呼びながら小走りで近づいた。そんな彼女の腕には、買った土産が入れられているであろう白い紙袋がぶら下げられていた。
「ああ、キャロル。良い土産が見つかったらしいな?」
「はい。色々悩んで、お母さんにぴったりなものが見つかりました」
余程自信があるのか、あの一件以来表情が柔らかくなり始めた彼女にしても珍しく満面の笑みを浮かべる。もし、彼女が普通の人生を歩み学び舎に入っていたとしたら、この笑みだけでどれだけの男子が虜になるのだろうか、とジャックはらしくもないことを考えてしまう。
「それは良かったな」
「はい! ところで、ジョシュア兄さんのそれは……」
クロエはジャックが両手で持っている、金属音が偶に聞こえる膨らんだ袋を見ながら訊いた。
「思ったよりも良い調理器具があってな。全部新しくするつもりで買い込んでしまった。悪いが、一度ホテルに戻る必要があるが、いいか?」
「はい、勿論です。それだけの量を持ち運ぶのは少々無理があるかと」
クロエもその量の多さに苦笑いを浮かべながら、ホテルに荷物を置きに戻ることに賛成する。少しの量ならば彼女の量子変換技術を使って直ぐにでも手ぶらになれるし気づかれることもないだろうが、大の大人でも持ち続けるのが難しい程の量が詰められた袋が一瞬にしてなくなるのは流石に怪しまれると理解しているからだ。
二人並んでショッピングモールの出口へと向かう。ジャックが両手に持っているモノのせいで喫茶店に居た時よりも注目されていたが、二人はそんな周りの視線などどこ吹く風と涼しい顔で歩き続けた。
「キャロル」
「なんでしょう、ジョシュア兄さん?」
ジャックは隣を歩くクロエに視線を向けると声を掛け、クロエも直ぐにそれに応える。
「……お前は、何のために強くあろうとする?」
普段の彼らしからぬ質問に、クロエは少し戸惑ってしまう。
果たしてこれは、自分が道を外していないかどうかを確かめるためのものなのか? それとも、自分を試しているのか?
彼女なりの憶測が頭の中で飛び交うが、今は自分の思っていることを素直に述べる方が良いと判断し、クロエはその答えを口にした。
「私は、お母さんのため、家族のために、強くなりたいと思っています。皆が一緒に居られるように、強くなりたいと思っています」
周りの人に聞こえたとしても、あまり不自然ではない内容で答えるクロエ。彼女は、束とジャックのため、そして三人が一緒に居られるように強くなりたいと思いをぶつけた。
クロエの家族愛に溢れた思いを聞いたジャックは、クロエから視線を外し正面を見た。クロエは何故視線を外したのか気になるが、ジャックが何かを深く考えている雰囲気を僅かながら察知し開きかけた口を閉ざした。暫しの間二人の間に沈黙が訪れる。
やがて再び、ジャックの目がクロエの方を向き見下した。
「……家族の為か。ならば、より精進するのだな。キャロルよ」
彼からの答えは、クロエの強くなろうとする理由を、思いを否定するものではなく、むしろ肯定してくれるものだった。
それを聞いたクロエは嬉しさで頬を紅潮させ、目を輝かせる。
「はい! これからも、ご指導よろしくお願いします! ジョシュア兄さん!」
輝かしい笑顔でそう言われたジャックは僅かに、本当に僅かに微笑みを浮かべた。それは普段の研究所で見る皮肉の混じったものではない。純粋に微笑みかけたのだった。
自分と別れたこの僅かな間にジャックに何があったのか?
クロエはジャックの純粋な微笑みを見て少しそう思ったが、まるで彼が自分を認めてくれているような気がしてしまい、先ほどよりも上機嫌になる。
明るい印象を持たせる服装にシルバーブロンドで容姿端麗の少女が上機嫌な笑顔を浮かべているのだ。元々二人に注目していた周りの人々は少女の、その愛くるしい天使のような表情に見とれざるを得なかった。クロエも自分が更に注目されていることに気が付き、直ぐにそのテンションを抑えた。
しかし、ジャックに肯定してもらえたことの嬉しさを抑えることは出来ず、ホテルに戻るまでの間クロエは終始ご機嫌な様子であった。
MxS7HGSを女性にしたのはまだ許せてもらえるかもしれない。
でも拾い子が居て、そいつがACLR主人公ってどうなのさ、日向?