カフェインの過剰摂取の影響か具合が悪い。比叡の気持ちの量と考えれば悪くもないのだろうがフラフラする。
「大丈夫かい、提督」
「あぁ……時雨か」
廊下を歩いていたら前から時雨が歩いて来た。
「なに、少し疲れてな。最近、歳を感じるようになってきた」
「提督は、そんな歳じゃないと思うけど。……ねぇ、提督。今、時間あるかな?」
「特に用事はないが、何か用か?」
「その……なんだけど……またお願いできないかな?」
またか。別にかまわないのだが、なんだか上手くできているか自信が無いんだよな。
「私でよければ力になろう。では、私の部屋に」
時雨を連れ、自室へと向かう。
「ごめんね、提督」
「遠慮などするな。私は、時雨の上官だ。上官としては、部下の悩みを聞くのも仕事の内だ。それで、椅子とベッドのどちらにする?」
「ベッドでいいかな?」
「かまわんが、男臭いぞ?」
「平気だよ。じゃあ、失礼するね」
時雨は、提督のベッドに横になる。
「時雨。仰向けでなければできない」
「……そうだったね。ついいつもの癖で」
時雨は、うつ伏せになり枕に顔を埋めていた姿勢から仰向けになる。
「時雨は、うつ伏せで眠る癖があるのか」
「……ボクの事が気になるのかい? 提督が知りたいのなら教えてもいいよ?」
「確かに上官としては気にはなるな。まぁ、機会があれば聞こう」
「……そうなんだ。そうだと嬉しいな」
時雨との会話もそこそこに準備に入る。
「今回も『甘え上手になる』でいいのか?」
提督が催眠術にハマっていると噂になってから少しして時雨から相談を受けた。内容は、甘え上手になる事。同じ白露型の夕立と時雨は仲が良いのだが夕立に比べると時雨は自分の感情を表に出すのが下手だ。単純に時雨は真面目で常に周囲に気を使ってしまう。その為、催眠術で感情を表に出せるようにしてほしいと相談を受けた。
「うん。提督に迷惑を掛けてしまうけど、受けた後は気分がいいんだ」
「ストレスの発散になっているのだろう。己が欲を解放するのは大事だからな」
そう、大事だ。それこそ世界が変わってしまうほどの衝撃がある。私も今ではすっかりと欲望の虜だ。
「さて、それでは始めるとするか」
ベッドの上で横になる時雨に手をかざす。
「だんだんと力が抜けていく~。ほ~らだんだんと力が抜けてきた~。リラ~クス。リラ~クス」
提督の声に合わせるように時雨は目を閉じ、心を落ち着かせるように深く呼吸している。
「いい感じだ。このまま行くぞ」
正直に言って上手く行っているのかは分からない。しかし、時雨が言うには効果があるらしいので問題はないのだろう。欲望を満たすだけの催眠術が部下の役に立っているのは良い事だろう。
「時雨。お前は、甘え上手にな~る。普段と違い、自分の欲望のままに行動できるようにな~る」
「ボクは、甘え上手になる」
「そうだ、甘え上手になるのだ」
提督の言葉を繰り返し、自分の中に染み渡らせるように時雨も言葉を口にする。これを何度も繰り返す。そうすれば今の私の催眠術パワーなら成功するはず。
「……どうだ、時雨?」
催眠術による暗示は掛け終わった。時雨を起こす。
「……提督」
時雨はそう言うと、顔を覗き込んでいた提督に抱きつく。
「提督! 提督!」
まるで豹変。二重人格とでも言わんばかりに時雨ははしゃぎ提督へと抱きついている。
「よしよし、上手く行ったようだな」
時雨の居るベッドに腰掛ける。するとそれに合わせるように時雨が覆いかぶさるように更に抱きついてくる。なかなか力が強いんだな、時雨は。気を抜けば押し倒されてしまいそうだ。
「普段の真面目で大人しい姿はどこへやらだな」
「提督のおかげだよ。ねぇ、提督。ボクの頭を撫でてくれないかな?」
「あぁ、かまわんよ」
時雨の頭を撫でてやる。
「えへへ、気持ちいいなぁ♪ 提督の手って大きいよね。力強いし」
「痛かったか?」
「ううん、もっと……強くしてほしいかな? うんそうだね、強くしてほしい」
あまり人を撫でた経験はないがこれ以上力を入れては痛いのではないのだろうか? とりあえず時雨が言うので少しだけ力を込める。
「ん……良い感じ……」
どうやらこれでいいようだ。撫でるのもなかなか奥が深いな。
「しかし、白露型は仲が良いように思える。甘えるのはまだ難しいか?」
「そうだね。仲は良いけど、甘えるのはまだ難しいかな。恥ずかしいんだ」
「そうか」
普段との反動なのだろうか、時雨は提督の胸に顔を押し付けている。相手の匂いを嗅ぎ、自分の匂いをこすり付けているような仕草はまるで犬のようだ。なかなかに思い切ったスキンシップだな。
「ねぇ、提督。横になってもらっていいかな?」
「横にか? まぁ、いいだろう」
言われた通り横になる。そうなると必然的に時雨も後に続き上に覆いかぶさる。
(これは……ラッキースケベと言うものか!?)
身体の上に時雨が乗っかったことにより全身で時雨を感じる。駆逐艦は基本的には幼い体型をしている場合が多いが、時雨はどちらかと言うと育っている部類だ。胸を押し付けられ、太ももが触れ合うとなかなかにまずいことになる。
「どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
軍人は狼狽えない。抱きつきながらモゾモゾしている時雨の影響で全身に刺激が来るが平気だ。匂いも……これは汗の匂いか? もしかすると運動でもしていたのか少し匂いが強い気がする。
(素数を数えるのだ。2、3、5……)
無理だ。正常で健全な成人男性にはこれを耐える事などはできない。時々ではあるが、時雨の足がナニに当たる時がある。
「ねぇ、提督……提督も触っていいんだよ?」
先ほどからナニを静める為に集中していたので、時雨からの刺激を無抵抗に受けていた。そう言えば、頭を撫でるのだったな。
「よし……任せろ」
少し体勢的に撫でにくくはなったが時雨の頭を撫でる。
「それもいいけど、ギュってしてほしいな。お願いしてもいいかな?」
そう来たか。ええい、ままよ!
「い、行くぞ、時雨」
「うん、来て……提督」
覚悟を決め、時雨の背中に手を――
「――失礼しまーす! 青葉、艦隊新聞のお届けに来ましたー!」
部屋の扉が勢いよく開けられ、青葉が部屋へと入って来る。
「青葉か!? どうしたんだ!?」
その動きは歴史に語られるべき動きだったと後に提督は語る。ドアノブが動く音が聞こえた瞬間、咄嗟に身体を起こし時雨を座らせ、自分は何事もなかったようにベッドに腰掛けて青葉を出迎えた。その間、僅か1秒未満。軍人としての意地か? それとも生存本能かは分からないが奇跡を起こした瞬間である。
「もしかして青葉はお邪魔でしたか?」
「そんな訳ないだろう。私は、時雨の相談を受けていただけだ。だが、ノックも無しに上官の部屋に入るのは感心しないぞ、青葉」
「青葉と提督の仲じゃないですか。それよりもこちらをどうぞ」
「もう持っている。いつも通り、私の机に置いといてくれたのだろう?」
「そうでした! いや~、青葉うっかりですね! そう言えば、時雨さん呼ばれてましたよ?」
「そう……じゃあ、行くよ。ありがとう、提督。少し気分がよくなったよ」
「そうか。役に立ててよかった」
「では、青葉も用が済みましたので一緒にお部屋から出ましょうか?」
時雨は青葉と共に部屋から出て行く。
「ふぅー、なんとか無事に終えたな」
あのまま行けば危なかった。駆逐艦とは言えスキンシップはほどほどにしないと危険だ。
「……そう言えば、暗示を解いていないな? まぁ、あれだ。慣れるよりも暗示を掛けたままの方がいいような気もする。別に害はないようだしな」
少し様子を見るとしよう。これで上手く行けばそれに越したことはない。