セクハラ提督と秘密の艦娘達   作:変なおっさん

14 / 27
『弓道場にて』

 結局、散歩中に出会った艦娘達と話が出来たぐらいで特に成果は得られなかった。諦めて司令室に戻り作業を再開したが、此処に籠っている限り何もできない。

 

「提督。もしよろしければ空母の鍛錬を見られませんか?」

 

 そんな折、加賀から一つの提案があった。他に良い案も浮かばなかったので加賀の言葉につられ弓道場へと足を運んだのだが、そこでは厳しい鍛錬が行われていた。

 

「いいですか、皆さん。今度の演習は、海軍本部から香取、鹿島の両名を招いて行われます。私達空母が制空権を獲れるかどうかが重要となります」

 

 普段の物腰の柔らかい鳳翔とは違い、たすき掛けはもちろんだが鉢巻までしている。温厚な鳳翔が気合いを入れている以上他の者達も気合が入ると言うものだろう。提督と加賀が来た事により急遽各自の確認が始まったのだが緊張感で場は重苦しい。

 

「それでは、翔鶴さんお願いします」

 

「はい」

 

 鳳翔の補佐をしている赤城の指示で並んで正座をしている空母達の中から翔鶴が立ち上がり、一人前に出て的へと向かい合う。

 

「翔鶴の最近の調子はどうなんだ?」

 

 邪魔にならないように少し離れた所で、提督と加賀は同じように正座をしながら様子を見ている。

 

「悪くはありませんが、良くもないですね」

 

 加賀の評価はどちらかと言うと厳しい。自他共に厳しいがその評価は正確だ。

 

「翔鶴、行かせて頂きます」

 

 気合いを入れ、集中する。的は、遠的用の60メートル。的は、普段は100センチのを使用するのだが見る限りそれよりも小さい50センチのを今回は用いているようだ。

 

(早いな)

 

 射に至るまでの基本動作は一般的には八つある。的へと向かう、足踏み。足踏みを基本として上体を安定させる、胴造り。矢を番える、弓構え。弓を引き分ける前に行う、打起し。打起した位置から弓を押し弦を引く、引分け。矢で的を狙い次へと繋げる、会。矢を放つ、離れ。離れ後、心身ともに一息置く、残心。

 

 これらを不安定な海上で行うのが一般的な空母の戦い方となる。確かに矢を放った後は、矢から艦載機になった物に乗っている妖精に意識下で指示を出すだけなので一見するとあまり意味が無いように思える。しかし、実際はかなり大事な部分らしく戦果の大部分に影響があるとされている。これが上手く行くかどうかで艦隊の命運が決まると言っていい。

 

 翔鶴は、実戦を想定して普段よりも早くそれらの動作を行った。提督の目には、確かにそれらは早く行えているように見えたが――ただ、それだけだった。前に赤城のを見た事があるが、それと比べるとあまりにも違う。しかしだ、提督の記憶の中にある翔鶴の弓はこうではなかったはずだ。

 

「――翔鶴さん、もう一度お願いします」

 

 赤城の声が淡々と翔鶴に次の矢を射るように告げて行く。最初のを入れ、一つ、二つ、三つと矢を的へと放ったが結果はあまり良くはなかった。最初の矢は的から外れ、二本目で当たり、最後は的を掠めた。

 

「翔鶴さん。なにが原因か分かりますか?」

 

 鳳翔が翔鶴に問う。

 

「……はい」

 

 どうやら翔鶴自身は、この結果に至る原因が分かっているようだ。翔鶴がこちらを見る。その目には、申し訳なさがある。

 

「確か、今度の演習では瑞鶴と共に最前線で戦うのだったな」

 

 プレッシャーだろう。今度の演習相手は、海軍本部に席を置く者達。彼らは、今でこそ前線から外れているが元々は最前線で功績を上げた武勲艦達だ。圧倒的劣勢だった状況からここまで押し返した功績者達を相手に一番槍を打って出るのはなかなかに厳しい。

 

「加賀、私の代わりに此処に居ろ」

 

「翔鶴をお願いします」

 

 本来なら最初に行うべき事を私が来るまで後に回していた。早く言ってくれればいいものを。

 

「鳳翔。翔鶴を少しばかり借りる。ついて来い、翔鶴」

 

 必要のない返事を待たずに翔鶴を弓道場の外へと連れ出す。

 

「すみません、提督」

 

 二人になった途端に翔鶴に謝られた。重症だな。

 

「なぜ謝っているのか私には分からん。相手は、同じ艦娘だ。何を気後れする必要がある」

 

「私がもし結果を出さなければ提督の評価に傷が付いてしまいます」

 

 呆れて大きなため息が出てしまう。おかげで、翔鶴が余計に落ち込んでしまった。

 

「私の評価などに価値はない。別に出世や保身の為に軍に居る訳ではない」

 

「ですが、提督は本来であるなら前線に居られるべき人です。今度の結果次第では復帰する事も」

 

「くだらん。翔鶴、私が求めるのはただ一つ。お前が成長するかどうかだ。お前と比べれば多くの物など大した価値もない。ゴミ屑以下だ。そもそもこうして居るのは、他でもない私自身に原因がある。翔鶴が背負う事はない」

 

「提督……」

 

 私の事を思い重圧を感じてしまう。翔鶴の優しい気質が悪い方に出てしまったようだ。

 

「翔鶴、私にお前を見せてくれ。私の知る翔鶴なら彼らと十二分に戦える。私が言うのだから間違いはない。それとも、私の言葉に嘘はあったか?」

 

「いえ、提督は嘘を吐かれるような方ではありません」

 

「お前は、私の自慢だ。だからこそ瑞鶴と共に重要な役目に就けた。赤城や加賀ではなくな。不安であるのなら私を思い出せ。いくらでも檄を飛ばしてやる」

 

 言葉を掛けるしかできない自分が歯がゆい。共に戦えればいいが他所と行う演習では口を出す事ができない。演習は、あくまでも艦娘同士で行う必要がある。実戦を想定して。

 

「提督、一つだけお願いを聞いて頂いてもよろしいですか?」

 

「私にできる事なら言ってみろ」

 

「私、頑張ります。ですから見ていては頂けませんか?」

 

「言われるまでもない。今度の演習を楽しみにさせてもらう。翔鶴が瑞鶴と共に敵艦載機を撃ち落とし、艦隊を沈めるのをな」

 

 翔鶴の表情が少し緩む。

 

「翔鶴、お前にはその顔の方が似合う。悩みなどは全て私に預け、お前は笑っていろ。せっかくの美人がもったいない」

 

「……はい、提督」

 

「では、戻るか」

 

 踵を返し、弓道場へと戻ろうと――

 

「翔鶴?」

 

「少しだけでいいです。少しだけで……」

 

 後ろから翔鶴に抱きつかれる。

 

「提督のお背中は大きいですね。安心します」

 

「それだけが取り柄だからな。……気が済んだら言え」

 

「はい」

 

 気恥ずかしさと手持ち無沙汰に落ち着かないが、翔鶴の気が済むまでその場に立ち尽くす。

 

 翔鶴も甘えるのが下手な方だったな。瑞鶴と言う妹が居る以上、どうしてもしっかりしようとしてしまう。弱音を吐く機会が翔鶴にも必要なのかもしれない。

 

(時雨で上手くいくのなら翔鶴にも)

 

 流石に演習前には難しいだろう。タイミングを見て翔鶴に話を持って行くとしよう。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 弓道場に戻り、一周回って翔鶴の番が再びやって来た。本来なら一回限りだが、鳳翔の判断で行う事になったのだろう。

 

「――どうですか?」

 

 鳳翔が結果を見て翔鶴に問う。

 

「本番では、瑞鶴と共に必ずや結果を出します」

 

「そうですか。その気持ちを忘れないように」

 

 翔鶴は、自分が座っていた場所に戻る前に提督の方をチラリと見てから座る。

 

「弓が軽くなったように見えます」

 

「そうだな」

 

 先ほど行われた翔鶴の動作は美しかった。赤城のそれとはまた違う、静かで大人しい弓。しかし、それは確かに的を射るもの。

 

「提督」

 

「なんだ?」

 

「ほどほどにお願いします」

 

「…………」

 

 加賀の言葉にどう答えろと? 機嫌の良い翔鶴を見た者達からの視線が痛い。私はただ悩みを聞いただけだ。そんな目で見られる言われはない。特に鳳翔と赤城が怖い。位置的に表情が見えるのだが笑顔とは思えないぐらいに覇気がある。それに比べれば、隣で顔が見えないだけ加賀がマシに思える。

 

 私が何をしたと言うのだ……少なくとも今はナニもしていないぞ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。