弓道場を後にした提督は、加賀を連れ司令室へと戻る事にした。
(どうすれば、加賀に催眠術を掛ける事ができる?)
きっかけが思い浮かばない。今も会話などはなく、提督の後ろを一歩下がって加賀が付いてくる感じだ。これでは、せっかくの秘書艦と言う比較的やりやすい状況なのになにもできないまま終わってしまう。
「提督」
「ん? どうかしたか、加賀?」
不意に声を掛けられる。
「提督、失礼かもしれませんがお聞きしてもよろしいですか?」
「別にかまわんが、なんだ?」
「もしかして何か悩んではいませんか?」
「……どうしてそう思う?」
「先ほどからどこか遠くを見ているような気がして。気のせいであればいいのですけど」
まさか、加賀に催眠術を掛けてエッチな事をどうやってやろうか悩んでいましたとは言えない。しかし、心配してくれていたのは嬉しいな。
「心配してくれたのか。ありがとう、加賀。だが……これは、私が――」
待て。これは、チャンスなのではないか?
「実はな、加賀。少し悩みがあるのだ。もしよければ、業務が終わった後にでも相談に乗ってはもらえないだろうか?」
「私でよけば相談に乗ります」
ウッシッ! やったぞ! これでとりあえず機会は得られた。後は、部屋に連れ込んでなんとかしよう……なんとかできるかな?
「ありがとう、助かるよ。では、早いところ業務を終わらせてしまおう」
気持ち浮かれ気味だが平然を装い司令室へと急ぐ。早めに終わらせて事に備える為に。
♢♢♢♢♢♢
業務を物凄い早さで行い、先に大淀に休みをとらせている頃に摩耶と鳥海が派遣先から帰還した。
「提督! 摩耶様と鳥海が今帰還したぜ!」
「摩耶。司令官さんにはちゃんとしないと」
久しぶりに見るがどうやら変わりはないようだ。
「無事で何よりだ。それで、何か報告があるか?」
「いんや、特にはないな。鳥海からは、あるか?」
「相手先から提督に感謝の言葉を預かって来ました。これが手紙になります」
鳥海から手紙を受け取る。
「……なるほど。二人の事に関しては適時報告を受けていた。彼は、私の上官の御子息になる。上官から私の所に居る艦娘を送ってほしいと要請があり二人を送る事にした。おかげで、いい刺激になったようだな」
実際は、元ではあるが上官から相談を受けた。退役した私の代わりに息子を頼むと。摩耶は、戦闘面で発破をかける為に送る事にした。鳥海は、そんな摩耶の補佐兼秘書艦の指導の為に送った。
「でも、他所に行くと提督って優秀なんだなって思うよ。他は、なんだかバタバタしてるんだもんな」
「単純に私が古いだけだ。新人は、誰しもがそれなりに大変なものだよ。摩耶だって今でこそこうして派遣として送れるが、着艦したての頃は使い物にならなかったからな。なぁ、加賀?」
「そうですね。戦闘では、常に先走り危険な目に遭っていました。秘書艦としては今もですけど」
「クソッ……加賀さん相手だと言い返せない……」
摩耶の新人時代。加賀を旗艦として随伴していた時期があるために上下関係が構築されている。他にも何人か頭の上がらない者が居るが、残念ながら提督の名はそこにはない。
「それに比べて、鳥海は他の姉二人と同じように秘書艦として優秀だ」
「アタシは、頭より身体を使う方が性に合ってんだからいいだろ! これでも提督の艦娘の中じゃ腕は立つ方なんだからな!」
「知っている。摩耶が居ると安心だからな。頼りにしているぞ、摩耶様」
提督の摩耶に対して様を付けた発言に部屋の中で笑いが起きる。
「なんだかアタシの扱い悪くないか? せっかく頑張って帰って来たっていうのに」
「ちゃんと労いはしてやる。今日は、私の部屋にある間宮アイスを二人にやる。後は、二日の休暇だ。好きに過ごすといい」
「食べていいのか!? アレって数に限りがあるから滅多に食えねえんだよな」
「鎮守府や大きな泊地にはお店がありますけど日によっては食べられない事もありますからね」
間宮アイス。それは、艦娘達にとって最高の御褒美ともなる特別な物。間宮は、艦娘の中でも最も建造数が少なく、その存在は貴重となっている。その為、作る事のできる数が限られており間宮製作の甘味は決められた分しか購入する事ができない。間宮アイスだけで言えば、二週間に一度来る輸送船の時に個人で二個を頼むぐらいだ。それとは別に責任者管理で褒美として与えるアイスが少しあるぐらいで本当に貴重なのだ。
「あくまでも一人に付き一個だ」
「分かってるって。じゃあ行こうぜ、鳥海」
「司令官さん、失礼します」
先に行く摩耶を追いかけるように鳥海も部屋から出て行く。
「本当に変わらんな、摩耶は」
「そうでしょうか? 摩耶も随分と変わったと思いますけど」
「そうか? まぁ、人は変わるものだからな。加賀、大淀が戻ってきたら休憩に入れ」
「わかりました」
残りの仕事もサッサと終わらせてしまおう。加賀が休憩に入っている間に大淀とやれば今日の分は終わるだろう。そうしたら夕食を挟んで加賀に……上手く行けばいいな。
♢♢♢♢♢♢
今日の分を終わらせ、夜勤者に引き継いで自分の部屋に戻って来たのだが。
「おう、提督。邪魔してるよ」
摩耶がベッドでうつ伏せになりながら本を読んでいた。
(別にかまわないが……)
ベッドは、頭側が部屋の奥の方にある。つまり部屋の構造上入り口側が必然的に足側になる。摩耶は、丈が短いスカートを履いている訳だが――あと少しで見えてしまう。むしろ見えろ! 動くんだ、摩耶! 本当にあと少しでいろいろと見えるんだよ!
「どうかしたか、提督? 早く部屋に入れば?」
「そうだな」
扉を開けたまま立ち尽くしていた提督に摩耶は声を掛ける。流石にこのまま見続ける訳にもいかず部屋へと入る。あと少しだったのに。
「なぁ、提督。この本の新刊ってまだ出ないのか?」
「また随分と珍しい物を選んだものだな。ベルセルクは、気長に待つものだ」
「そっか。残念だな」
机の位置が部屋の奥の方なので今度は前から摩耶を見る事になる。椅子に座って見ている訳だが、前から見た摩耶は若干前かがみのような体勢になっている。高雄型は、全員スタイルがいい。それなのに摩耶は露出が高い服を着ている。けしからん。本当にけしからん。近代化改修で更に露出が増したのもけしからん。
(少し前までは、まったく気にもしていなかったのが不思議でしょうがない)
本を手に入れるまでは、艦娘に欲情するなど軍人の恥だと考えていた。それこそ真面目な人柄を見込まれ、大将直々に教官も兼任するようにと命令が下ったものだ。あの頃は、新人達に無理をしいていたのだと今なら分かる。こんな露出度の高い美少女達に欲情しないで過ごせとか無理過ぎるだろう。
(確か、新しい本に摩耶の情報があったな)
《高雄型 摩耶》
危険。ちょっとした命令ならできますけど、エッチなのとかは絶対にやめておいた方がいいでしょう。羞恥心が人一倍高いので催眠術に掛かりにくく簡単に解けてしまいます。時間を掛け、じっくりゆっくりと行いましょう。それこそ催眠術無しで褒めてあげるぐらいが丁度いいです。
「クソがッ!」
思わず、机を思い切り叩いてしまった。
「ど、どうしたんだよ、提督……」
いけない。摩耶が驚いて畏縮してしまっている。なんだかんだ根は女の子なのでこういうのは苦手なのを忘れていた。
「いや、なんでもない。虫が飛んでいたんだ」
「そ、そうか。まったく脅かすなよな」
訳を聞いて安心したのか、予め本棚からまとめて取っていた内の一つを読み始める。
(危なかったな)
エッチな姿をしているのにエッチ禁止と言う不条理に思わず手が出てしまった。これは、加賀に挑戦する前の前哨戦とかの話ではない。ラスボス級だ。誘惑の度合いも含めて。今も無防備に足を投げ出している。触りたくなるようなお腹も丸見えだ。
今はこの誘惑に耐えながら時間を待つしかない。待つしかないが……なんと苦しい試練を神はお与えになるのだ。