休憩を兼ねて大淀、暁とトランプをしていたところに来客がやって来た。
「えーと、スペードの10を北上様は出してあげちゃうよー」
「流石、北上さん! 私の為に出してくれたんですね!」
「そう言いながらハートのJなんだな」
「うるさいですよ、提督?」
「うぅ……パスしかない」
「暁さんの出せる場所はどうやら止められているようですね」
ゲームは、七並べ。場の流れを見る限り、北上、大井、大淀の三人が暁の持っているカードの手前を止めているようだ。もちろんコレは、自分の手札を見て分かる事だが。
(大淀)
提督は、大淀に目でサインを送る。そろそろ暁が泣き出す。あるなら出せと。
「今度は、私の番ですね。そうですね、クラブの9を出します」
「やった! やっと暁も出せる!」
「おっ! これから暁ちゃんが巻き返しちゃうのかな? じゃあ、私も出しちゃおう」
「また来た! これからは、暁の独壇場ね! 見ててね、司令官!」
カード一枚でここまで変わるとは、少し羨ましい限りだ。
「ねぇ、提督。せっかくだから賭けしない?」
ゲームも終盤に入りかけた時、北上から不敵な笑みと共に勝負を持ちかけられる。
「賭け?」
「そうそう。私と提督とで。それともやめておく? 結構、良い手札なんだけどこっちはさ」
「北上。私が逃げるとでも?」
「そうこないと面白くないよね。三人は、賭けに乗る?」
「先ずは、内容を聞いてからでないと」
大淀の言葉に北上は考える。
「アレなんてどうかな? ねぇ、提督。久しぶりにアレやろうよ、アレ」
「アレ?」
「ドラム缶風呂。最近、入ってないっしょ?」
ドラム缶風呂。それは、ドラム缶を利用して作られた風呂の事だ。他に言いようもないがたまにだが外風呂と言う事で入っている。
「それが賭けか?」
「用意するの面倒だからね」
「ドラム缶風呂なら私はやめておきます」
「大淀さん、付き合い悪いよ~」
「前に見た事ありますけど、簡単な仕切りしかないじゃないですか。北上さんは、恥ずかしくないんですか?」
「別に。だって、男なんて提督しかいないし」
「そうですけど……」
顔を赤くした大淀にチラチラと見られる。
「解放感も醍醐味の一つだが恥ずかしいのなら無理はしない方がいい。こればかりは性分だからな」
「いえ……その、そう言う意味ではなくてですね……。私も別に……提督になら……」
ドンドンと声が小さくなり最後の方がよく聞こえない。
「ねぇ、司令官。ドラム缶風呂って、浜辺に置いてあるやつ?」
「そうだが……そうか、暁達は知らないのか」
ドラム缶風呂は、消灯時間の後にしか使用した事が無い。駆逐艦の中でも幼い第六駆逐隊の四人は寝ている時間だ。
「暁。今日は、少しだけ遅くまで起きられるか?」
「頑張ってみる」
「では、経験の一つとしてやってみるといい。響、雷、電の三人も誘ってみるか」
「じゃあ、大淀さんと暁ちゃん抜きで勝負だね」
「私は、参加ですか北上さん?」
「大井っちは、嫌?」
「それは……」
大井と目が合う。
「覗かないでくれますよね、提督?」
「上官を信用しろ」
「……信じますからね?」
大井に念を押される。
少し前なら胸を張って答えられたが今は少し自信が無い。流石に自ら率先して覗こうとは思わないが機会があれば覗いてしまうかもしれない。第六駆逐隊の四人はともかく、北上と大井は見るだけの価値がある。
♢♢♢♢♢♢
ゲームの結果は、提督の負け。北上と大井がどうやら組んだらしく三人の中では提督が最後となった。ちなみに一位は、暁。最後が大淀だった。なんだかんだ最後に暁に花を持たせるあたり仲が良いのだなと思う。
ドラム缶風呂自体は、前に使用した分があるので洗浄するぐらいでいい。後は、仕切りと水。火の準備ぐらいだ。身体とかは此処では洗わないので本当に入るだけ。一人でも準備はできる。
「綺麗な星空だ」
見慣れてはいるが、改めて見るとやはり素晴らしい。今日は、この星達を見ながら、波の音に身を任せながらゆっくりと風呂に入る。
「これがドラム缶風呂なのね!」
「どうやって入るのかしら?」
「この風呂底板の上に乗るように入るんだよ」
「緊張するのです」
仕切りの向こうから聞こえる第六駆逐隊の四人の声。提督用のドラム缶を隔離するように着替え用とは別に仕切りが一つある。
「うーん。この開放感がたまらないね♪」
「絶対に見ないでくださいよね、提督」
「大井。お前も覗くなよ」
仕切りから顔を出して大井がこちらを覗いている。
「確認です。確認」
「わかった。だが、これから脱ぐからな」
「――い、いきなり脱ぎ始めないでよ、バカッ!」
上着に手を掛け脱ぎ始めると大井が顔を真っ赤にして仕切りの向こうに逃げた。
「私は、別に見られたところでなにも思わん」
士官学校時代の共同生活に訓練中の野宿を考えれば裸を見られたぐらいどうってことはない。こちらには、着替え用の仕切りなどないぐらいだ。
(とは言え、なんだか変態みたいだな)
全裸で海に対して仁王立ち。解放感は素晴らしいが誰かに見られて誤解が生まれるとまずい。
「サッサと入ってしまおう」
既に仕切りの向こうからは入浴後の声が聞こえてくる。……少し寂しい気もするが混ざる訳にもいかないので我慢しよう。
「ふぅ~、いい湯だな」
夜風で冷えた身体に熱が染みる。思わず大きなため息が出る。
「どうだ、暁。気持ちいいか?」
「うん、楽しい♪」
素直な感想だ。他からも似た様な感想が出る。
(社会勉強の一つとしてやった甲斐があったな)
本来なら禁止されている行為ではあるが気晴らしは大事だ。戦場に居るからこそ休める時は休んだ方がいい。
「――ん? 誰か居るのか?」
視線を感じる。木の影からだ。
「にゃ、にゃ~。ネコデース」
「猫か。珍しいな。此処には、居ないはずだが?」
「Shit! ちょっと道に迷っただけデース。失礼しマース!」
声の主は、足早にその場から逃げていく。ただ、足音は一つだけではない。何人か居たようだ。
「金剛さんは、自分に正直だね。大井っちも少しは見習ったら?」
「わ、私は、いつでも自分に正直ですよ! 今だって北上さんの事だけを考えてますから!」
「大井っちも面倒な性格してるよね。でも、それはそれでいいけどね~♪」
なんだか仕切りの向こうが更に賑やかになってきたな。
「まったく、金剛も入りたいのなら言えばいいものを」
今度やる時は金剛も誘ってみるか。これだけ素晴らしい中で入る風呂を知らないのはもったいない。