居酒屋鳳翔。それは、娯楽の少ない泊地の憩いの場所。
「お疲れ様です」
「お疲れさま~」
「お疲れ」
大淀と愛宕と杯を交わす。場所は、店の奥のカウンター席。私の特等席だ。最近は、こうして大淀や秘書艦が席を共にしてくれるようになった。静かに一人で飲むのも良かったが……悪くはない。
「御通しになります」
此処を切り盛りしている鳳翔がお新香を盛った小皿を三人の所へと置く。居酒屋鳳翔は、あくまでも普通の居酒屋の体裁に則って営業されている。あくまでも仕事を忘れ、憩いの場としてある為だ。
「美味そうだな。鳳翔の漬物は、野菜不足になる此処では食の癒しだ」
「ありがとうございます、提督。明日は、輸送艦が来ますので沢山食べて下さいね」
「あぁ、そうさせてもらう。明日は、休みだしな」
「鳳翔さんは、わざわざ提督の休みに合わせていますからね」
「うふふっ、やっぱり仲が良いのねぇ~」
大淀と愛宕に茶化される。鳳翔だけならいいが、おっさんを照れさせて何が楽しいのか。
「鳳翔さん、すみませんが味見をお願いします」
「分かりました。提督、また後で」
鳳翔は、手伝いの翔鶴に呼ばれる。出すかどうかはあくまでも鳳翔の判断で行われる。他にも何人か手伝いは居るが大変そうだ。
「しかし、こうして見ると人が減ったものだな」
居酒屋鳳翔は、そこまで大きな造りではない。収納可能人数は30人程。今はそれで丁度いいぐらいだ。
「派遣、支援要請で大部分が居ません。当然、今も任務にあたっている方々も居りますので」
「摩耶ちゃんも鳥海ちゃんも居なくて寂しいのよね~」
「仕方あるまい。本来なら私達は、前線の方に居るべき戦力なのだから」
己が招いた事とはいえ不甲斐ないばかりだ。
「流石に有力者の御子息を殴られたのはまずかったですね」
「……あの馬鹿がお前達を物のように見たのが悪い」
国を守り、資源を獲得している海軍は今や花形とも言える。箔を付ける為に海軍に自分の子供を入れる者達は後を絶たない。中には真面目な者も居るがしょうもない者も居る。上官としての立場を利用して艦娘達に手を出そうなどと言う者も。……今の私が言える立場ではないが人間の屑だ。
「でも、カッコよかったですよ、提督。他にも嫌な思いをしていた子達はいっぱい居ましたから」
「だが、今はこの様だ。無能共は、自分では育てる事もできないからと必要以上に戦力を集めている。こちらとしてもお前達を死なせるわけにもいかない。腹立たしいが戦力を送らねばならぬ。まだ前線に信頼できる者達が居るからいいが、もし居なくなったら海軍本部に乗り込んでやる」
「ぶっそうなこといってるわねぇ~。でも~、ていとくのそういうところはすきよぉ~」
酒の臭さと共に足柄が一升瓶と共にやって来た。
「ええい、絡むな酔っ払い!」
もたれかかるように、抱きつかれるように足柄に背中から襲われる。酒くっさ!
「もうすなおじゃないわねぇ~。うれしいくせにぃ~ヒック……」
「そう言う言葉は、素面の時にでも言え。大淀、愛宕、この酔っ払いを送還しろ」
「了解しました」
「お部屋に帰りましょうね~」
「なにいってるの。わたしはまだのむわよ」
足柄は、大淀と愛宕に脇を抱えられ退場していく。
「足柄があそこまで……」
嫌な予感がして足柄が来た方を見てみる。
「天龍、貴様はこの私の酒が飲めないとでも言うのか! 妙高姉さんも言ってやってください!」
「アハハッ! 私は、隼鷹だよー! 那智は面白いなー!」
「那智姉さん、妙高姉さんは支援任務で今は居ないよぉ~」
「うぅ……もぅのめましぇ~ん。おれがわるかったですぅ……。うぇへ……ゆるひてくだはい……」
「あらあら天龍ちゃん。那智さんに勝つんじゃなかったの?」
「……見なかったことにするか」
どうやら那智と隼鷹に煽られたのだろう。足柄も強い方だが酒豪の二人には敵わんか。しかし、なんで天龍は那智に勝負を挑んだ? あながち龍田に何か言われでもしたか? まぁ、どうでもいいか。
「あの提督。お隣、よろしいですか?」
「別に構わんぞ、榛名」
大淀と愛宕の代わりに隣に榛名が着く。
「どうかしたのか?」
「いえ、少しお願いがありまして」
榛名は、日本酒の入った徳利で注いでくれる。
「お願い?」
「はい。明日、金剛お姉様達が帰られます。もしよろしければ、お茶会に参加して頂けたらと思いまして。ダメでしょうか?」
紅茶好きな金剛が開くお茶会。普段は姉妹艦だけで行われているが参加自体は誰でもできる。そう言えば、金剛達とは本を手に入れてからは会っていないな。
「私が席を共にしていいのか?」
「もちろんです。金剛お姉様は、提督と一緒に紅茶を飲みたがっていましたから」
「そうか。自分で言うのもどうかと思うが、私は寡黙な方だった。こうして鳳翔が気を使い酒が飲める場所を作ってくれなければ榛名達との交流はないほどに」
あくまでも上官としてしか接してこなかった。今思えば、良い上官ではなかったのかもしれない。
「提督は変わられました。だから、お姉様にも……榛名と同じ思いをしてもらいたいのです」
「分かった。私は、酒には強いがその代わり眠りが深くなる。昼までは寝ているだろうからそれからなら参加しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます、提督!」
満面の笑みを見せてくれる。これなら早くしておけばよかった。
「そう喜ぶ事でもあるまい。榛名、お前も飲め」
「そんなことはありません。提督を慕っている人は少なくないんですよ?」
「はははっ、そんなことはないだろう。こんなつまらない男など」
居るはずがない。もし居るのなら相当な物好きだろう。
しかし、金剛か。
(金剛には催眠術が効くのだろうか?)
実は、派遣や支援に行っていた者達の情報は本には書かれていない。本がそれほど分厚くない事もあるのだが本を手に入れた時に泊地に居た艦娘達の分しかなかった。
(神か悪魔かは知らないが私に力を貸してくれ)
明日は、本土から荷物が届く。密書に関しては正直もういらないが試しに頼んである。しかし、既に何度か頼んではいるが全て不発。もうそろそろ新しい本が来てもいいのではないだろうか?