走れトラック   作:じょーく

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 友情や信頼などとくだらない。そんなものは裏切られるためにあるものだ。最後までそれ(・・)があろうとも、神も人も誰もが裏切られることに恐怖する。だから裏で切られぬために努力し、抗い続けて、裏切りから目を逸らして、裏切られるはずのないという思い込みを信頼などと言い換える。

 信じられることを頼んでいる。トラック運転手にとってのクロネコは、この短い時間で友情や信頼に似た何かを持っていた。

 諦めるにゃ。あれはどっちなのだろうとトラック運転手は思う。何度もそう言い、何度だってそう囁き、最後まで聞いたその言葉を俺に聞かせてどうしたかったのだろうと、考える。

 考えて、トラック運転手は自分に呆れていた。クロネコを信じないと言いながら、自分の心を疑うなと思いながら、今、自分はいったい何をしているんだと考えようとしても、呆れ果てて何も言えやしない。

 

「ご苦労だった。ご足労だった。貴様の体力は回復させ、そこに居る青年と一緒に別の世界に転生させてやろう」

 

 傷つけ、荒れ果て、疲れ果てていたトラック運転手の身体は、少年DIOニスが手をかざすと同時に、まるでビデオが逆再生されるかの如くみるみるうちに治っていった。血も焦げも腐りも何もかもが、まるで今までの冒険さえもが何もなかったことのように、全てが治っていった。

 喉の痛みさえなくなり、トラック運転手は思い切り顔を歪ませながら、地面に向かって振り絞るように叫んでいた。

 俺は――なんなんだろうか。滑稽で間抜けだ。DIOニスを追いながらにして、DIOニスと試練を乗り越えていた。なんて馬鹿な道化を演じていたことだろう。DIOニスと共演をする、DIOニスだけが見る二人舞台、これを滑稽と言わずしてなんと言おう。

 世界が涙で歪む。DIOニスへの怒りも、元がクロネコだと知ってしまうと不思議と湧かない。今でさえトラック運転手は友情や信頼をクロネコに抱こうとしているからだ。裏切られながらにして、自分は裏切られてなんかいないのだと思い込みたくて、クロネコでありDIOニスである少年の怒りをも否定する。

 

「何を迷う必要がある。貴様は戦い、見事勝利した。試練を乗り越えて見せ、このゴールにたどり着いた。顔を上げろ、前を見ろ、貴様が浮かべる表情は勝者の顔であるべきだ」

「…………」

「必要とならば、良いだろう。糞尿を垂れながら土下座でもしてみせようか? 神でありながら神の尊厳を捨て、貴様たちの命など指一本でどうともできながら、貴様らをまるで神の上の存在であるかのように振舞っても良い。許してくれと涙を浮かべながら、お詫びに異世界へと転生させると言いながら、貴様に現実ではできなかった能力を付与してやる」

 

 自分の懐が広いものであることを表すように、DIOニスは天にまで届く塔を背景にしながら両手を広げる。赤い夕焼けはトラックを、トラックの運転手を、DIOニスを赤く照らす。

 トラック運転手は思う。自分はこれで良いんじゃないのかと、そう思う。神の言う通り、何を迷う必要があると言うのだろう。自分は自分の憧れたメロスというヒーローになれたのではないのだろうか、走って試練を乗り越えて、そしてそこにはハッピーエンドが待っている。青年と一緒に別世界で今のような日曜日のプリキュアしか楽しみにできない世の中から逃れ、別の世界へと別の自分となって生きていけるようになる。正真正銘のこれからに繋がるハッピーエンドで、ハッピースタートだ。

 だからこそ、トラック運転手は眉尻を下げながら首を振った。

 

「それでも、ダメなんだよDIOニス――――いや、クロネコ」

「……ほう、何がだ。一体貴様に何の不満がある。青年は助けられ、貴様は報われる。青年も結局のところ、こんな世の中から逃れたいと――」

「関係ないんだ、DIOニス。青年の気持ちなんて、何一つとして関係ない。そこに居る青年がどのような気持ちで生きてきて、何を見て、何を聞いて、何を思いながらにして過ごしてきたのかなんて、もう40となるおっさんにはこれっぽっちも理解できやしない。もしかしたら、昔の俺と同じでメロスというヒーローに憧れたのかもしれない。もしかしたら、昔の俺と同じで青空を見て良い気持ちになったのかもしれない。もしかしたら、今の俺と同じでプリキュアを見ることを楽しみにしているのかもしれない」

 

――だが違うんだよDIOニス。俺は自分を誇れやしないんだ。

 

「何がだ。貴様はメロスに匹敵するヒーローではないか」

「違うよ。俺はメロスなんて大層なヒーローなんかじゃない」

 

 ここまで一緒に来てくれたトラックを思う。それはメロスの偉大なる脚だ。

 ここまで一緒に来てしまった青年のことを思う。それはメロスの偉大なる友だ。

 ここまで一緒に来ることになったクロネコを思う。それはメロスの――――――王様だ。

 

「この物語にはお前の改心がないじゃないか。友情努力勝利。ああ結構だ。だけどなあクロネコ。それでもなあクロネコ! 俺はこんな終わりが! お前が土下座して許しを乞いたって良い終わりが! お前自身が悪神のままで結局終わっちまうような終わりが俺は嫌なんだ!」

 

 トラック運転手は今日で魔法使いになるほどの貞操を守り続けた戦士である。だからこそ、彼は今日だって妥協という二文字を許さない。青年やインフィニットストラトスが許そうとも、何よりトラック運転手自身が許せないのだ。だからこそ化粧などで騙されない本物を逃がさず、トラック運転手は正直に生き続ける。

 

「ならばどうする?」

「決まってる。俺は――――諦めない」

 

 友情愛情信頼、思い願い考え、どれだけ裏切られ、絶望しよう。それでもトラック運転手は今、ようやく分かった。どれだけ間違っていても、嘘でも、偽物でも、諦めるべきではないのだと。

 さあ、今こそ笑顔を見せて、悪神DIOニスに拳を向けるのだ――トラック運転手。

 

「DIOニス。よくも俺を騙してくれたな。ぶん殴ってやる」

「トラック運転手。貴様は人だ。インフィニットストラトスの言っていたことを思い出せ。あいつも――貴様が死ぬことを願っていないぞ」

「おらあっ!」

「ぐはあっ!」

 

 何食わぬ顔をしているDIOニスの頬をトラック運転手はぶん殴った。悲鳴を上げてDIOニスは地面を転がり、二転三転して勢いが止まると、何があったか分からないように、殴られた頬を押さえながら、今さっき自神を殴った人であるはずの男を見上げた。

 

「な、なぜだ。貴様はただの人で――」

「馬鹿め。俺が一体どれだけの数の神を相手取ったと思う」

 

 百人ではまるで足りぬ。トラック運転手はその荷物を運び、時には喜ばれながら、理不尽に怒られながら、冷たい世の中に泣きながらお客様という神に荷物を届けてきた。そう、今更DIOニスごとき神に、拳という荷物を届けられる道理はないのだ。

 辛い過去を思い出したあまり、ハゲ散らかることを気にし始めているトラック運転手は声を荒げて少年DIOニスに怒鳴り散らしていた。

 

「貴様に分かるか。プリキュアにしか希望を抱けない40のおっさんの気持ちが!」

「わ、分からん!」

「貴様に分かるか! そんなおっさんが青年を轢いてしまった男の気持ちがあ!」

 

 恐怖だ。自分のこれからを思い、自分のこれまでを思い、トラック運転手である前に、おっさんである男は恐怖した。神でもないのに糞尿を垂れそうになったくらいの恐怖だった。

 

「DIOニス! 俺は貴様が泣いて改心するまで、改神するまで、決して殴るのを止めん!」

「暴力に訴える気か!」

「馬鹿が! プリキュアも最後は暴力で終わるのだ! 今はメロスなんて前時代ヒーローは流行らん。現時代ヒーロープリキュアに俺はなる!」

 

 トラック運転手は背後に効果音を付けながら、尚もDIOニスに襲い掛かる。少年に襲い掛かる40となるおっさんの画はヒーローというよりも別の何かに見えるが、それでもトラック運転手は気にすることも無い。悪人と悪神の醜い争いが、今ここで繰り広げられていた。

 

「き、貴様(きひゃま)ぁ……! 我は神(わえはひゃみ)だぞ!」

うるさい(うるひゃい)! (おえ)トラック運転手(とらっひゅうんてんひゅ)だ!」

 

 土の地面を転げまわり、お互いの頬を引っ張りあいながら睨み合う。距離があまりに近すぎるため、下手に殴ると隙が生じると二人は考え、結果、そのまま頬を限界まで引っ張りあう暴力しかできなくなっていた。

 

「ぐ……どけえ!」

「ぐわあああああああああああああ!」

 

 しかし、DIOニスの身体が突如光り出したかと思うと、悪神を下敷きに地面に四つん這いになっていたトラック運転手を吹き飛ばす程の突風が吹いた。そしてトラック運転手は背後にあったトラックに背中を打ち付ける。トラックは動いてはいないものの、その痛みは想像を絶した。呼吸することは一時的に困難になり、しかし突風は吹き続け、地面に落ちることも許されない。トラック運転手の打ち付けられ続けている形はさながら十字架で、それはまさしく神の罰であった。

 

「う……うぅ」

「ふ、ふふふ、ふははははは! そうだ、我は神だ! 貴様など我自身が直接に手を触れるまでもない! 神の怒りを知れい!」

 

 神は地面から起き上がりながらその笑いを轟かせると、途端に手の平を天に向け、そこから一寸ほど浮かび上がっている青い炎を作り出した。

 

「死ぬが良い。慈悲は……ない!」

 

 横に振り被り――放つ。青い炎はそこから火炎放射のよう大きく成長し、そのままトラックごとトラック運転手を包んだ。地面を焦がす程の勢いある炎は、周りの土を剥がし、DIOニスからはもうトラックが見えなくなるほどの土煙が舞った。だが、神からすればもはや見るまでもない。ひょっとしたのならトラックだけは、神が青年をトラックに撥ねさせる前に変えた『転生トラック』だけはその神の恩恵を受け無事かもしれないが、そのトラックにも十字架の影がさながらエンブレムとして刻まれていることだろう。

 だが――神のその予想は大きく外れていた。

 

「な……!?」

 

 トラックは――予想通り傷一つなく。そして張り付いていたトラック運転手もまた全裸になりながらも無事であったのだ。

 

「な、なぜだ! 貴様……今度はいったい、何をした!」

 

 トラック運転手はその問いに何も答えず俯いたままだった。その様子に逆行したDIOニスは、ケリがついたとして止ませていた竜巻のような突風をもう一度その目の前の男に向かって放った。舞い終わったはずの土煙は再び舞い始め、もはや人の目線ではなく、DIOニスの後ろにある塔の見えない頂上程高く舞い上がる。それだけの突風はもはや、トラックであろうと家であろうと吹き飛ばすことができるだろう。

 だが――土だけが舞い、それ以外は何者も浮かび上がらなかった。

 

「あ、ありえん……何者だというのだ、貴様は」

 

 もはやDIOニスも驚愕ではなく、怒りではなく、浮かび上がる表情はと言えば――畏怖だった。得体の知れないただのトラック運転手を、他でもない悪神DIOニスは顔を青く染めていた。だが、一つの解答がその悪神の頭に浮かび、そのたった一つのピースが徐々に周りのピースを当てはめていく。

 

「……もしや、もしや貴様。貴様貴様! あの、あの試練か!? 我が与えたあの試練を乗り越え、我の力でその身の穢れを消した結果が、我の力でその身を穢した結果が、貴様だと言うのか! 貴様という――――神に成ったのか! 答えろ、トラック運転手!」

 

 神の試練を乗り越えた。神の力を直接その身に受けた。だからといって神の子ならばともかく、人が神に成るなど本来はありえない。あってはならない。

 だが、そうでも考えなければこの現状を説明できないDIOニスには、もうその答えしか考えることはできなかった。それでもトラック運転手は、神を哀れむような表情を浮かべ、無理やりな笑顔を作った。

 

「惜しいな。だが、そうだ。神に近いんだろう、きっと、今の俺というやつは」

 

 先ほどまで少年の見た目をした神に拳を振るっていた人間と同じとは思えない、悟りを開いたような表情で、トラック運転手は自身の存在を確かめるように、手を握り、開放することを、二度三度繰り返して観察した。

 

「だが、だから――なんだと言うんだ!」

 

 その神を前にして尚、余裕を見せる人間であったものの態度に憤りを隠さず、DIOニスはもう一度手を振りかざし、火を水を風を土を金をあの子のスカートの中を目の前にたたずむトラック運転手に浴びせる。それでもその力は、トラック運転手に到達する前に、まるで見えない防壁に阻まれているかのごとく消失した。

 

「我と同じ神であるなら! 我の試練を乗り越え、我の力を受けただけであるなら! どうして貴様は我を凌駕する!」

 

 DIOニスの言う通り、それは有り得ることではないだろう。試練を乗り越えたからと言って、力を直接的に受けたからと言って、だからといって、このような圧倒的なまでに力を寄せ付けない、そのような現象が起こるはずはない。そんなご都合主義は有り得る筈が無い。

 そしてトラック運転手はまた、その表情は誰に向けたのか、哀れむように笑って言った。

 

童貞(魔法使い)だからさ」

 

 そう、穢れを知らないトラック運転手の貞操。それがついに――トラック運転手を覚醒させたのだ。

 

「それにな、DIOニス。言っただろう。俺はお前以外にもたくさんの神様と、王様と闘ってきたんだ。そう、お客様という存在とな」

 

 そう言うトラック運転手の顔には笑みはない。さながら死んだ魚のような目で、ゾンビのような腐った目で、虚ろで光の灯っていない目で、しかしトラック運転手は人を神だと言ってのけた。

 いつものことだった。どこにでもいる、そろそろ魔法使いになってしまう予定のおっさんは、どこにでもいるトラック運転手だった。朝も昼も夜も深夜も早朝も、道路を走り、駆け巡り、会社の集まりではお客様は神様ですと叫ぶことを強要されるような、どこにでもいるトラック運転手だ。

 ある客はそんなトラック運転手に、暑い中ご苦労様ですと言いながら、冷たいキンッキンに冷えてやがる……麦茶を差し出してくれた。トラック運転手はそんな麦茶一杯で泣きそうになったことがあった。しかし、どこの客もがそんなに優しい、そんな世の中のわけがない。多くの客は自分が神様のようだと思い、上の立場であると思いながら、トラック運転手が運んだ荷物に不備があるようなら怒鳴っていた。それがトラック運転手とは無関係で、最初からそうであったにも関わらずに、トラック運転手は謂れのない叱咤を受けていた。例えエレベーターの無いマンションの一番上へ重い荷物を抱えながら階段を上ったとしても、そこに客が居ないのなら何もできない。例え客から文句を叱咤を怒鳴り声を受けても、トラック運転手は何一つ、神に歯向かうことはできない。そう、神に人が抗えて良い理由なんて、あるはずがないのだから。初めは――ただ悔しかった。悲しかった。怒りたかった。しかしいつしか、トラック運転手だけではない多くの世の中のトラック運転手の顔は死んでいき、ただただ暗い顔をして死んだ雰囲気で、客の前でだけは文句を言われないように笑顔で荷物を運んでいた。

 ある時トラック運転手は自分に聞いた。「どうしてお前はそんなにも暗いのだと」。

 同じくトラック運転は答えた。「お客様は……トラック運転手を苦しめます」。

 しかし、そう答えられたからといって、何かができるわけでもない。ただただ死んだように、さながら機械のように荷物を運び続けた。

 運んで――青年を轢いた。

 

「神に近い存在となり、魔法使いであり、神の裁きから幾度も耐えてきた。それで理由は十分だ」

 

 悪神は食いしばりながら、トラック運転手を睨みつけ、唸る。トラック運転手はそんな悪神に憐れみながら、悪神に近づいていく。赤い夕陽は向こうの緑の山にもう半身を隠している。明るい時間が終わり、人々の仕事が一応は終業時間となる瞬間に近づいていっているのだ。

 

「青年は……青年はどうする! あの青年に罪はない、貴様はその青年を見殺しにすると言うのか!?」

 

 それでもトラック運転手は近づく歩みを止めない。一歩一歩、力強く、全裸で、少年DIOニスに近づいていっている。

 

「貴様、それでも人間か!?」

「人間なんて、もう辞めているよ」

「く、来るな来るな来るな! こっちに来るなああああああ!」

 

 自然界の天敵となり得る物質を、トラック運転手めがけて放る。時には爆発を、時には電撃が、時には土塊が、トラック運転手に当たる。それでも、それはただ周りに土煙が起こるだけで、それ以外には何もない。

 そしてついに――トラック運転手はDIOニスの前に立ちはだかった。

 

「あ……あぁ……」

 

 トラック運転手は屈み、DIOニスと同じ位置に目線を合わせる。そして恐怖で顔が歪むその悪神をそっと抱きしめた。

 

「我は……我は改心など、改神などしないぞ!」

「そうだな。だからまあ、そこは残虐非道のメロス様に頼もうや」

 

 全裸のおっさんは少年が逃げないように、しっかりと抱き留める。DIOニスはその全裸の言葉の意味が分からず、何が起こるのかを考えた。

 考えて――――戦慄した。

 先ほど当てはめたパズルのピースを全て剥がし、新たなピースを一つ埋める。その周りがそのピースに合わせて、繋がっていく。記憶が、都合が、全てが―――繋がっていく。

 

 

走れトラック(・・・・・・)

 

 

 数多もの無実の人間を殺し続け、邪知暴虐の限りを尽くして置きながら、誰に処罰されることも無いそれは正に、現代においての絶対王。逆らうことは許されず、抗議をしても誰も耳を傾けない。戦いを挑んだとしても即死で終わる。

 絶対にして最強の殺人道具。最高にして最悪の転生道具。

 それこそが――――大型トラックである。

 

 神の力を宿し、宿させた――――転生トラックである。

 

 クラクションが鳴り、暗くなり始めている辺りを、強い光が新たに塗りつぶした。

 

 

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「ん……」

 

 トラック運転手は目を覚ます。覚ましてもすぐに、先ほどのことが夢ではないと気が付いた。なぜなら助手席に、夢ならば居ない筈の青年と、見覚えのない少女がいたからである。周りの風景はと言えば黒に染まりつつあり、夕の時刻が終わることを知らしめていた。脇には車が次から次へと通っているところを見ると、道路から外れた木の葉が散らばっている林へと置かれているらしい。

 

「気が付いたか、トラック運転手」

 

 尊大に、横暴な口調でその見覚えのない少女はそう聞いた。金色に濡れている髪はツインテールにしており、真っ赤に染まる瞳は凶暴に見え、人々の恐怖心を煽るような少女だった。見覚えのないはずが、その声を聞いたらすぐに、トラック運転手には答えが分かった。

 

「全く、神を転生させるとはどういうことだ。おかげで我はこんな変ちくりんな少女の姿に変えられるわ……。なぜ姿を自由に変えれなくさせたんだ、こいつは」

 

 不満そうに少女はアクセルの無い床を小さな足で踏みつける。それがどうも愛しく見えて、トラック運転手はプリキュアを思い出しながら笑った。

 

「しかも猫耳や尻尾は自由に付けられると言うのがまた意味わからん。見ろ、これ。本当に訳が分からんだろ。我が猫に姿を変えたことなんて、ただの猫らしい気まぐれだというのに」

 

 そう言って、頭に両手を乗せ、すぐに離したかと思えば、そこには立派な金色の猫耳が乗せてあった。背後にも同じ色の尻尾がゆらゆらと揺れているのが見える。その尻尾が揺れて揺れて、青年の鼻辺りを通ったかと思えば、青年は身体を震わせ、息を何度か吸って、思い切り噴射させた。

 

「くしゅん!」

「おうわっ! そうか、青年か! いたなあそんな奴!」

「…………」

「へ、あれ、あの、どこです……って、ああ」

 

 青年は戸惑いを隠さず、周りを見たかと思うとすぐに合点が言ったように声を挙げた。その膝に少女を乗せたまま、身体ごと向き直るように顔だけをこちらに向けて、頭を下げた。謝罪するその声は震えており、どこから体も本来よりずっと小さくなったように感じられた。

 

「あの、ありがとう、ございました。それと、ごめんなさい。僕、助けなきゃって思って、それで……それでつい……」

「やれやれ、誇れよ青年。我を救ったことは死んだ後も誇れることなのだぞ?」

「あ、あはは……って、あの、えと……どうぞ」

 

 苦笑いをしたかと思えば、青年は顔を真っ赤にして俯きながら、着ていた制服の上着をトラック運転手に差し出した。その上着がどういう意味かトラック運転手は首を傾げたが、答えにたどり着く前に少女が代わりに教えた。

 

「おいおい、気が付けよ。この青年はお前の裸を誰にも見せたくないのさ」

 

 今度はトラック運転手が赤面する番だった。そして少女が笑い、青年もつられて笑い、トラック運転手は死のうか悩む。

 笑いがトラックに響く中、トラック運転手はそっと、ダッシュボードに手をかけて微笑んだ。

 

「ありがとうトラック……インフィニット、ストラトス」

 

 試練を一緒に乗り越え、神に力を与えられた転生トラック。それは立派な神様である。

 青年を轢き、おっさんは吹き飛ばされてトラックに叩きつけられ、最後には悪神と一緒に跳ね飛ばした。

 ああ、メロスはここにいる。そこにいる。どこにだっている。

 いつでもどこでも、早朝でも昼でも夕方でも深夜でも、世界中を走り続けている。誰がため、その英雄は今日も走り続ける。

 

 さあメロスよ、今日も走るのだ。

 

 メロスは今日も荷物を送り続ける。

 差し当たり、今から王様へと送り届ける荷物は――メロスの親友と決まっていた。

 




青年の性別は不明です

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