哀歌   作:ニコフ

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4話 『ばか』 前編

 

「3丁目のお化け屋敷ぃ?」

 

 本日全ての授業が終了した帝丹小学校1年B組の教室に、帰り支度をするコナンの訝しげな、呆れたような声が聞こえる。

 

「そうです、あの薄暗い雑木林の前に佇んでいる洋館ですよ。もう何年も前から人が住んでいないらしいんですが、裏口に小さな抜け穴を見つけまして」

「おー! 面白そうじゃん! 行こうぜ行こうぜ!」

「えー、なんだか怖いなぁ」

 

 少年探偵団一行がコナンの机を囲み、光彦が「本日の探偵団の活動」について話しを切り出す。乗り気な元太に対して怖がる歩美。コナンの隣では灰原が興味なさそうに耳を傾けている。

 

「やめとけ、やめとけ、そんなとこ行くの。誰の敷地かもわかんねえし、危ないだろ」

 

 コナンが片手をパタパタと扇ぐように振りながら子供たちに計画の中止を勧める。しかしコナンのその態度は益々子供たちのやる気に火をつける。

 

「ばっかやろ、コナン。あぶねえからオレらが確認しに行くんだろ!」

「そうですよコナン君。なにやら最近あの屋敷には妙な噂もありますから、近隣の方々に安心していただくためにもボク達で調査するんですよ!」

 

 元太が右の拳を握りしめて唾を飛ばしながらコナンへ熱く語りかける。光彦も両手をコナンの机につき、説得するように話しかける。歩美は2人の言葉に「うーん」と悩んでいるようだ。

 こいつ等は止めても行くな、と察したコナンは子供たちだけでは危険と考えたのか「しゃーねーな」と共に行くことを渋々承諾した。

 

「灰原さんも一緒に行きましょう!」

「そうね……」

「灰原も少年探偵団の一員なんだから来いよなっ」

「だってよ」

「まあ、特に用事もないし、構わないけど」

「哀ちゃんが行くならあゆみも行く!」

 

 終始興味なさそうな雰囲気で眠たげな目をした灰原だったが、子供たちに付き合うのも悪くないと言うように肩を竦めて小さく微笑み、共に屋敷探索へ行くことにした。保護者としての責任感のようなものも、彼女の中にあるのかもしれない。

 

「「ようしっ、少年探偵団、レッツゴー!!」」

 

 子供たちの無邪気な掛け声が、まだ高い陽の光が差し込む教室に響き渡った。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「ここか?」

「おうっ」

「ですっ」

「やっぱり、あゆみちょっと怖いかもぉ」

 

 コナン率いる少年探偵団が下校途中に噂の廃墟へと立ち寄ったのは、まだ日も傾き始めて間もない夕前の時刻。まだ明るい時間にもかかわらず、洋館の後ろに佇む雑木林は暗い影を落としている。木々が風になびく音が洋館の悲鳴のようにも聞こえる。その様相に怯える歩美が灰原の裾を握り締めた。

 

「で、最近この屋敷にある妙な噂ってなんだよ?」

 

 コナンが話のタネに光彦へと尋ねる。

 

「はい、実は誰も住んでいないはずのこの屋敷に、最近複数の人間が出入りしているとか何とか」

「なにそれ、こわーい……」

 

 光彦の案内で一同が雑木林へと足を踏み入れ、建物の敷地の裏へと回り込むように歩きながら“妙な噂”について話す。敷地は高い塀に囲まれていて中の様子を窺い知ることはできない。

 

「ここです、ここ」

 

 光彦の指差した先には、確かに子供1人が通れそうな小さな穴が塀に空いている。穴の奥は洋館の裏庭へと繋がっているようだ。

 いざとなって少し腰が引けたのか、元太と光彦に押されるようにコナンが先陣を切って中へ潜入を試みる。光彦、歩美、灰原と続き、元太が穴につっかかりながら強引に通り抜ける。

 子供の視点で見上げる洋館は、入口の門から見るよりも遥かに高く不気味さが際立っている。足元は雑草が生い茂り、アスファルトの所々が砕けている。一同は屋敷の内部へ侵入できる場所はないかと、裏庭から正面へと回り込みながら調べまわる。

 

「くっそ、ここもダメかよ」

「ダメです、こっちも開きませんねー」

 

 元太と光彦が屋敷の窓やドアの鍵が開いていないかと小まめに探っている。さすがに窓ガラスを叩き割ってまで入ろうとは思わないようだ。

 コナンは興味深そうに周りの様子や洋館のなりを眺めている。ここまで来ても特に興味のなさそうな灰原は欠伸をしながら男子陣の後を付いて歩き、歩美はまだ灰原の裾を掴んだまま不安そうにキョロキョロしている。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「あ、噴水だー!」

「走ると危ないわよ」

 

 一行が屋敷の周りを塀沿いにぐるりと周る。もうすぐ一周し入ってきた穴のある場所まで戻って来るかというところで歩美が声を上げる。侵入してきた時には気づかなかった小さな枯れた噴水を見つけたらしく、駆け寄っていく。灰原が歩美に注意しながら心配そうに後を追いかける。

 噴水の奥には屋敷の裏の雑木林へと繋がる、錆びて赤茶色に変色した裏門が存在した。

 

「あれ……?」

「どうしたの?」

 

 枯れた噴水に入りはしゃいでいた歩美が、ふと視線を上げて門の方を見たときに、キョトンとした声を上げる。釣られて灰原も様子を窺う。

 

「あの林の方に誰かがいた気がしたんだけど……」

「あ、ちょっと」

 

 歩美の指差す先には薄暗い雑木林が続いている。元は細い林道があったようにも見えるが、草木が生い茂り獣道程度にしか分からない。眉間に小さなしわを寄せて、その林のさらに奥を見つめる歩美。確認しようとゆっくりと門へ近づいていく彼女を止めるように一緒に付いて行く灰原。

 ギギギという錆びた金属の軋む音と共にゆっくりと門が開かれる。続く獣道のような林道は雑草や落ち葉が踏みしめられ、つい最近誰かが通ったような跡がある。その痕跡に灰原も気づいたようで、先程までの眠たげな顔が険しくなる。

 ゆっくりと林道の奥へ進もうとする歩美。そんな彼女を庇うように灰原は歩美の前に立ち、歩美よりも先に歩を進める。彼女らの軽い体重にも、足元の乾いた枯れ木は音を立てる。

 洋館からいくらか進んだ先で、動く人影が彼女らの視界に入る。木々の葉に陽の光は遮られ、黒い影だけがうごめいている。

 

「あの、誰かいるの……っ!」

「……っ!」

 

 歩美がその人影に声をかけながら覗き込む。しかし歩美は言葉の最後を詰まらせ、目を見開いて恐怖と驚愕の色を顔に浮かべる。灰原も思わず息を飲んで驚きを隠せない。

 暗い林の中で彼女らと目が合ったのは眉間に黒々とした風穴を開けられた遺体の、光の宿さない虚空の瞳だった。しかしそれよりも問題なのは、その遺体が2人の男に担がれていることだ。

 驚きを隠せない2人の少女の方を、男たちもまた驚いた様子で見ている。

 

「キャーーーーーー!!!!」

 

 少女の悲鳴が静かな林にこだまする。大きな木々に阻まれて遠くまでは届かないその声だが、周りの人間がアクションを起こす合図には十分だった。咄嗟に灰原が歩美の手を握り、体を翻して来た道を戻るように駆け出す。男たちは死体を手放して落とすように投げ出し、2人を追いかける。

 草木をかき分ける荒々しい音が少女2人の後ろから迫ってくる。子供の足では逃げ切れそうにない。そして男の手が歩美に届きそうになったとき、洋館の方から飛来した鋭いボールの一閃が男の顎を捉えた。思わず倒れこむ男をもう1人が支えて足止めを食らう。

 

「2人とも大丈夫か!?」

 

 ボールを蹴ったコナンが元太、光彦と一緒に肩で息をする灰原と歩美を迎える。歩美の悲鳴は生い茂る木々に邪魔をされながらも洋館にいるコナンたちには聞こえたようだ。

 

「お前らは先に行け! 早く!」

「お、おう!」

 

 コナンは立ち上がる男たちの足止めをするためその場にとどまり、子供たちを侵入してきた穴へと向かわせる。男たちの方へ向き直り、身をかがめて再びキック力増強シューズに指をかける。ボール射出ベルトのボタンを押そうとした時、コナンの背中に低い男の声がかけられた。

 

「動くな、坊主」

 

 慌てて後ろを振り返ったコナンが目にしたのは、さらに別の男3人。1人が元太を押さえ込み、1人は光彦と灰原の腕を後ろ手に抑える。最後の1人の手には拳銃が握られ、その銃口は歩美の頭に押し当てられている。黒々とした拳銃が木の葉の隙間から差し込む陽光に鈍い光沢を反射させる。

 元太は抵抗したのか顔に殴られた痣が出来ており、光彦はすっかりと怯えてしまっている。苦虫を噛み潰したように忌々しそうな顔をする灰原。歩美は少し小突かれただけでも零れそうなほど、両目一杯に涙を溜めている。

 

「こ、コナン、わりぃ……」

「コナンくん……」

 

 コナンはゆっくりと立ち上がり、抵抗する意志が無いことを示すように両手を上げる。誰1人として声を上げることなく、男たちが探偵団を連れて屋敷の中へと消えていった。

 薄暗い雑木林の前に建つ不気味な洋館。誰もが気味悪がり近づこうとはしない。そこで行われる凶行に誰一人として気づくものはいなかった。鬱蒼とした木々の葉鳴りの音だけが変わりなく響いていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 眩しい西日に空が鮮やかなオレンジに染まる頃、伊吹が阿笠邸へと帰宅した。鞄をソファへと投げ出し、ネクタイを緩めながら室内に声をかける。しかし彼を迎える返事は返ってこなかった。

 伊吹がお茶でも飲もうかとリビングへ足を踏み込んだとき、ふとダイニングのテーブルの上に置かれた博士の書置きを見つける。

 

「んー? 『発明品が故障したという連絡が来たので、少し修理に行ってくる。夜には帰るので、悪いが哀君、夕食の準備をよろしく頼むぞ。伊吹くんも夕方には帰るじゃろうし』ねぇ」

 

 さらっと手紙を一読した伊吹が辺りを見回す。明かりを点けていない室内は窓から差し込む西日だけに照らされている。どこにも人の気配はなく、灰原のランドセルも見当たらない。玄関にも灰原の靴はなかった。

 

「哀に宛てた手紙だよなぁ……けど、いないみたいだし。寄り道でもしてんのかね。普通の小学生の生活をしてるようで、結構、結構」

 

 独り言を呟きながら自室で制服を着替える。キッチンへと戻ってきて腕まくりをし、黒猫のイラストが描かれたエプロンを着ける。灰原や博士がいつ帰って来てもいいよう先に夕食の準備に取り掛かろうとする伊吹。冷蔵庫を開けて残りの食材を確認する。

 

「カレーかなぁ。けどこの前もだったし、シチューかな」

 

 玉ねぎを片手にメニューを思案する。おもむろに、テーブルに放置していた携帯を手に取り灰原へと電話をかける伊吹。「ホワイトかなぁ」と呟く彼は、灰原にシチューの種類は何がいいか尋ねようとしているようだ。

 

「……あれ?」

 

 何度かコールするも、冷めた彼女の声は聞こえてこない。思わず画面をチラリと覗き、電話をかけた相手を確認する。そこには間違いなく「哀」と表示されているものの、彼女が電話に出る気配はない。一度呼び出しを切り、再びかける。それでも電話から愛しい声は聞こえなかった。

 

「……」

 

 伊吹は心がざわつくのを感じた。頭によぎる嫌な予感、心の草原を撫でる不安の風。右手に持った玉ねぎをその場に置き、窓辺へと近寄る。見上げる空のオレンジは次第に濃紺に塗りつぶされていく。自身を落ち着かせるようにソファへと腰を掛けてニュース番組をつけた。

 携帯を片手に視線をテレビに向けながらじっと考える伊吹。思い返せば彼女が電話に出ないことは珍しかった。何かしら電話に出られない状況があっても、着信を確認すればすぐに折り返してくるのだ。その折り返しに期待して少し様子を見ることにする伊吹。

 しかし、30分ほど待っても彼女からの電話はない。両手を組んで口元に添え、前かがみになるように肘は両膝についている。テレビを見ながらも、その視線はチラチラとテーブルの上に置かれた携帯に向けられている。

 ゆっくりと暗い影に染められる部屋に煌々と光るテレビ画面。もう待っていられない、と伊吹は携帯を手に取り、三度(みたび)彼女へ発信する。それでも彼女が電話に出ることはなかったが、伊吹は諦めず「電話に出るまでかけ続ける」と言わんばかりに何度も何度も電話をかけた。

 何度目かの発信。数回のコールのあと、ようやく電話が繋がった。伊吹が声をかけようとしたとき、受話器の向こうから聞き覚えのない男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

『だから誰なんだッ!!』

 

 その声に伊吹の眼が鋭く鈍く研ぎ澄まされた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「死体の方は処理したか?」

 

 薄暗い廃墟と化した洋館内の一室。電気は止まっており、所々ひび割れた窓ガラスから差し込む西陽だけが館内をオレンジに照らす。中には3人の男と子供たちがいるが、誰一人として声を上げない重苦しい沈黙が場を満たしていた。探偵団が壁際に並んで座らされており、1人の男が子供たちを見張るように近くの椅子に腰掛け、手には拳銃が握られている。

 子供たちは両手を後ろ手にガムテープで縛られ、両足首もぐるぐる巻きにされている。口こそ塞がれていないものの、大声を出したところで誰にも届かないことはわかっていた。

 2人の男がホコリの溜まった薄汚れたソファに腰掛けており、室内の沈黙に歩美の涙をしゃくる音だけが聞こえる。すると、唐突に電子音が室内に響き渡る。灰原のランドセルに入った携帯電話が鳴っているようだ。だが彼女がその電話に出られるはずもなく、男たちも音のするランドセルの方を一瞥しただけでそれ以上反応はしない。コール音が切れると間髪いれずにもう一度鳴る。しかし、その電話に出るものはやはり1人もいなかった。

 しばらくすると外に出ていた2人の男が汗と泥に汚れた姿で屋敷内に戻ってきた。そしてリーダーと思しきソファに座った男の内の1人が声をかける。

 

「あぁ、大丈夫だ。かなり深く埋めた上にコンクリもたっぷり使った」

「野犬に掘り返されることもねえだろうよ」

 

 先ほど歩美と灰原が見かけた死体の話しだろう。戻ってきた2人の男が足元に置かれたクーラーボックスから缶ビールを取り出し煽る。

 コナンたちが屋敷の敷地内に侵入した時にはまだ明るかった空も、男たちが死体を埋めている間に日が傾き始めたようだ。かれこれ数時間、子供たちは監禁されている。

 

「しかし、このガキ共をどうするか」

「顔も見られてるんだ、殺すしかねえだろ」

 

 ソファに座った2人の男たちの会話に、「ひっ」と息を呑む子供たち。コナンと灰原の顔にも焦りが見える。

 

「そもそも何でこんな子供がいるんだよ。お前が借金の形に頂いた土地だから大丈夫って言うからここにしたんだろう」

「知るか。近所の悪ガキの行動までわかるかよ」

 

 子供たちの傍の椅子に座る男が握った拳銃をヒラヒラと動かしながら、ビールに舌鼓を打つ片方の男へ困ったように声をかける。

 話しかけられた男は2本目のビールのプルタブを開けながら苛立たしそうに答えた。

 

「おい、お前らどっから入って来やがった?」

 

 拳銃を持った男が探偵団の方を向き直り、一番近くにいた光彦に銃口を突きつけながら尋ねる。しかし恐怖に体が竦んだ光彦は答えることができない。咄嗟に口を開いたのはコナンだ。

 

「裏庭の塀に子供が抜けられるくらいの穴があるんだよ」

「やっぱりあそこじゃねえか! お前が猫くらいしか入って来ねえって言うから!」

「だったらお前が塞ぎゃよかったじゃねえか!」

「やめろ、喚くな。こうなった以上、今更理由なんぞどうでもいい」

 

 コナンの言葉に男たちが声を荒げて言い合う。リーダーと思しき男が静かな声で男たちを制する。それだけで舌打ちをして黙り込む男たちを見るに、この男がリーダーと見て間違いない、と確信するコナン。

 5人の男が顔を付き合わせて今後の動きを話し合う。子供たちの顔には恐怖と疲れが見て取れた。コナンは男たちを睨み、聞こえてくる会話から何とか情報を得ようとするが、肝心な現状を抜け出す打開策が見当たらず焦っていた。そんな中、最も落ち着いていたのは灰原だった。少なからず疲労の色や、緊張が見られるものの、その表情はいつものように澄まされたものだった。彼女の心を落ち着けているのは、つい先程からまた鳴り出した彼女の携帯のコール音である。

 コナンが隣の灰原の落ち着いた様子になにかを察し、小声で話しかける。

 

「……おい、まさか、この電話……?」

「ええ、彼ね」

「なんでわかるんだよ……?」

「……」

「……おい」

 

 コナンの質問に不意に口をつぐむ。そんな彼女の様子を窺うように見つめるコナン。

 

「なんでこの電話が萩原だってわかるんだ……?」

「……こんなにしつこいのは彼だけよ」

「……それだけで?」

 

 自分の顔を覗き込むコナンと目を合わせないように前を向く灰原。何やら言いづらそうに口を動かす。普段と変わらない薄い表情からはハッキリと察せないが、どこか恥ずかしそうにも見えた。

 

「……この着信音は、彼からよ」

「……あー……」

「なに、悪い?」

「いや、別に……」

 

 彼女の言葉に察し、思わずニヤつきそうになるコナン。そんな彼を忌々しそうに睨む灰原が冷静な声で問いかける。コナンは苦笑いをし、それ以上の追求をやめた。どうやら彼女は伊吹からの着信音のみ別のものに変更しているらしい。

 

「あぁ、さっきから鬱陶しいなこの電話ッ!」

 

 1人の男が子供たちの方を、正確には子供たちの横に置かれたランドセルの山に振り返る。そしてランドセルを漁り、音源である灰原の携帯電話を引っ張り出す。

 

「この電話無視していいのかよ!?」

 

 携帯を掴んだ男が残りのメンバーへ向き直り、電話を見せながら尋ねた。

 

「放っとけ、どうせガキどもの保護者からだろ」

「だったら出ねえと、親がサツに連絡して騒ぎになるんじゃねえのか!?」

「日が暮れてきてはいるがまだそんな遅い時間じゃねえ、そうそう騒ぎになるかよ。第一、電話に出てどうすんだ。知らねえ酒やけしたオッサンの声が聞こえてきたらそれこそ騒ぎになるだろ。子供たちに出させても、喚かれたら面倒だ。今は無視するのが最善だ」

 

 リーダーの男の落ち着いた状況説明に、携帯を持った男は舌打ちをするも、それ以上反論はしなかった。そして男がふと手元の携帯の画面を見たとき、「なんだこりゃ?」と不思議そうな声を上げた。

 男は思わず探偵団の方に画面を見せながら尋ねる。

 

「おい、こりゃなんだ? 誰からの電話だ? 親じゃねえな」

 

 そこに表示されている発信者の登録名を見て、灰原は静かに、そして安心したように頬を緩める。コナンは最初、その登録名が誰なのか分からなかったが、灰原の反応と先ほどの会話から発信者は伊吹であろうと見当をつけ、ニヤリと笑う。

 子供たちも頭に「?」を浮かべて考えていたが、こちらも灰原の表情から電話の向こうの相手を察したようだ。

 

「あ、哀ちゃん。これってもしかして……?」

「ええ、彼よ」

 

 尋ねてくる歩美の瞳を力強く見つめ返して、答える灰原。その言葉に疲労と恐怖で沈んでいた子供たちの顔に光が差し込む。思わず笑みがこぼれる。

 

「だから、誰からなんだ?」

 

 イラつくように催促する男。コナンがその男を見ながら、そして後ろでこちらの様子を窺っている他のメンバーを見ながら不敵に笑った。眼鏡のレンズが沈みかけた夕日の光を反射する。

 

「くくく、はっはっは」

「あぁ? なにがおかしいんだ、坊主?」

 

 携帯を持った男がコナンと向き合うようにしゃがみこむ。男は腰のベルトにかけていた拳銃を引き抜き、声を出して笑うコナンの額に銃口を突きつける。しかしコナンはそれに怯えた様子も見せず、男の顔を見返す。

 

「おめーらの一番の失敗を教えてやろうか?」

「あ?」

 

 不敵な笑みを浮かべたままのコナンが目の前の男と、その後ろに控える連中に聞こえる程の声で話し出す。

 

「おめーらは、絶対にやっちゃならねえ事をしちまったんだよ」

「……面白い小僧だな、その状態でそんな口が聞けるとは。どうせ日が暮れるまでここに居るつもりだったんだ、その“俺たちの失敗”とやらを聞かせてくれよ」

 

 リーダー格の男が汚れたソファに座り、コナンへと聞き返す。暇つぶしと言わんばかりに、ニヤつきながらコナンの顔を見る。周りの男たちも声を上げる様子はない。

 そんな男達に気圧されることもなく、コナンは淡々と語りだす。

 

「おめえらはさっさと逃げるべきだったんだ。俺たちを縛ったまま放置して、さっさと逃げてりゃ、もうしばらくは捕まることもなかったかもな。それがどうだ、俺たちを監禁して、今もこうして一緒にいる。これはまずい」

「ほう。どうしてお前らガキどもを監禁してるとまずいんだ?」

 

 コナンはチラリと隣の灰原の方を見ながら言葉を続ける。

 

「この茶髪の女の子いるだろ、こいつが厄介だ。こいつに手を出したのが、一番の失敗だった」

 

 男たちの視線が灰原へと向けられる。怖がる様子もなく、いつものように澄まし顔の彼女。どこからか、「助かる」という確信が溢れているようにも見える。周りの男たちが話半分で聞く中、リーダーの男だけが胸中に不穏な影を感じた。

 

「その嬢ちゃんに手を出したら何なんだよ?」

 

 携帯を持ったままの男が半笑いで聞き返す。

 

「こいつに手を出すと、おっかねえのが来るんだよ。どんだけ離れていても、隔離されていても、地球の裏側からだって来る。未来から来た殺人ロボットみたいなやつがな」

 

 そのコナンの言葉に思わず笑い出す男たち。子供の戯言、ヒーローの登場を夢見る少年の妄言。そう感じた男たちは、コナンの“忠告”に耳を傾けない。そんな中で1人笑みを零さないリーダーの男が冷たい声で聞き返す。

 

「そうか。そいつは怖いな。だったら、さっさとお前らを殺してずらかるとするか」

 

 暗い目をしたまま、ボロボロの机に突き刺していたナイフを引き抜いて立ち上がる。再び怯えた顔をする子供たちに対し、コナンの笑みは消えない。

 

「いや、殺しちゃダメだ。俺たち、ましてやこの子を殺そうものなら、お前らは地獄の底まで……いや、地獄にいきたいと思える程に酷い目に遭うよ。だから、お前らは俺たちを放置して逃げるべきだったんだ。それが最善手だった」

 

 脅しても、確信に似た余裕の色がコナンの顔から消えることはない。その自信に満ちた声と表情に、隣の全く怯えた様子を見せない茶髪の少女に、先ほど見せた子供たちの明るい笑顔に、男たちの心中は落ち着かなくなっていく。

 リーダーとコナンの目が合い、お互いが相手を見透かすように視線を交差させる。いつしか笑い声は消え、緊張の糸が室内に張り巡らされていた。

 そんな中、その空気を乱すように、何度目になるか分からない携帯のコール音が鳴り響いた。全員の視線が携帯を持った男に降り注ぎ、男はゆっくりと携帯の画面を確認する。そこには先ほどと同じ、何度もかかってくる発信者の名前が。

 

「その電話だよ。その電話がかかってくる前に、そいつから電話が来る前に逃げるべきだった」

 

 コナンの瞳には哀れみさえも見え、声色には同情さえも含まれていた。そんなコナンの態度に携帯を持った男が声を荒げる。

 

「だからッ、この電話はッ、誰からなんだッ!?」

「だから、その電話が、さっきから話してるおっかねえヤツからだよ」

「だから名前を言えッ! どこのどいつだッ!」

「焦んなよ、そのうちここに来る」

 

 余裕綽々のコナンの態度に一層腹を立て、携帯と拳銃を振り回すように腕を動かしながらコナンに詰め寄る。

 

「だから誰なんだッ!」

『お前が誰だよ』

「「!?」」

 

 血の通っていない腕で心臓を鷲掴みにされたような、臓物の内側から凍えさせるような、冷たい声が電話から聞こえた。携帯を持つ男の指先が画面に触れ、通話状態となってしまったようだ。

 

「萩原っ!」

「伊吹お兄さんっ!」

「助けてください!」

「伊吹の兄ちゃん!!」

「黙れぇッ!」

『……』

 

 ニヤリと笑ったコナンが離れた電話の向こうまで聞こえるように大きな声で叫んだ。それに釣られるように子供たちも口々に「助けてくれ」と喚き散らす。男たちが焦ったように子供たちへと怒声を浴びせる。全員の大声が絡み合い、受話器の向こうの伊吹には雑音としてしか届かない。

 何度も電話をかけ、ようやく出たかと思ったら見知らぬ男の声がした。その上、その後ろから子供達と思われる喚き声が小さく聞こえる。「何かあった」容易にそう察した伊吹は少しでも情報を集めようと目を閉じ、静かに受話器の向こう側に集中する。しかし聞こえてくるのは何を言っているかも分からない騒ぎ声のみ。

 子供たちが必死に声を上げ、男たちが黙らせようとする。そんな中、1人落ち着いた様子で静かにしていた灰原が大きく深呼吸をし、さらにもう一度目一杯に大きく息を吸い込んだ。

 

「キャーーーーーーー!!」

 

 彼女の吸い込んだ息は、耳を(つんざ)くような金切り声となって室内の隅々にまで反響する。その声にその場にいた全員が驚き、思わず黙り込む。そして電話の向こうにも、彼女の助けを求める悲鳴は確かに届いた。

 

『わかった、すぐに行く』

 

 彼女の悲鳴の意味を伊吹は確実に読み取った。灰原は1人、満足そうに微笑んだ。

 

 


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