百発百中の狙撃手は嘲笑う   作:燕子花(かきつばた)

2 / 3
第2夜「土翁と空夜のアリア①」

 黒の教団、地下水路。

 教団に所属する者は普段、この水路から教団本部に出入りする。

 だから昨日の新人のように、切り立ったあの崖を登ろうとする人はなかなかいない……が、仮にそんな物好きがいたとしても、科学班が総力をあげて途中で落とすことになっている。あそこを行く物好きの中で無事に登り切ったのは、私が知っている限りでは彼が初めてだ。

 

「サフィー、神田くんたちを待たないのかい?」

 

 水路に面している銀色の柵に背を預け、これから向かう任務の詳細資料をぱらぱらと捲る。

 僅か半日で作ったとは思えない、素晴らしい出来だ。一ページごとにあるリナリーを模したであろう可愛らしいイラストがなければ、もっと早くに完成しただろうに。

 見送りに来たコムイが隣に並んだのを確認し、告げる。

 

「待ってたら汽車に乗り遅れるでしょう」

 

 今回の任務は、南イタリアにあるマテールの地で発見されたイノセンスを回収すること。

 エクソシストを三人も派遣するのは大げさな気もするが、内一人は実力も知れない新人。

 用心に越したことはない、ということだろう。

 

「そこまで付き合ってられない、私は先に行くよ」

「行ってらっしゃい、サフィー」

「ん」

 

 金で彩った団服を翻し、待機していた今回の案内人、探索部隊(ファインダー)のトマと共に用意されていた小舟へ乗り込む。

 私が座ったのを確認し、トマが舟をこぎ出した。

 先ほどと同じ場所でこちらに大きく手を振るコムイに軽く振り返す。

 今回の任務は新人がいる分、何が起こるか分からない。

 舟を操るトマを見遣り、小さく安堵の息を吐いた。

 探索部隊はエクソシストの任務をサポートすることが仕事。

 ある意味、イノセンスを所持しそれを思いのままに操ることができる私たちエクソシストよりも多くの危険を伴う部署だ。

 トマは、その探索部隊の中でも古参にあたる。

 最も、死亡率の高い探索部隊では人の入れ替わりが激しく、一年も続けられたら古参に数えられるのだが。

 

「よろしく、トマ」

「こちらこそよろしくお願いします、サフィール殿」

 

 軽く挨拶を交わし、再び資料に目を通す。

 しばらくすると、視界が明るくなった。

 地下水路を抜け、外へ出たようだ。

 近くにある船着き場で小舟を下りると、共に下りようとしていたトマを止める。

 

「ここまで一緒に来てもらって悪いんだけど、一度教団に戻ってほしい。神田がいるなら心配いらないだろうけど、この時間だとまず汽車には間に合わない。今日は新人の子もいるから、一応迎えに行ってあげて」

「分かりました。では後ほど」

 

 トマには神田たちの道案内を頼み、私は先に汽車へと乗り込む。

 イノセンスが発見されてから、すでに半日が経過している。

 これ以上の遅れは、現地にいる探索部隊が危険だ。

 悠長に次の汽車を待たず、すぐに追ってこいという意思は伝わるだろう。多分。

 

 

 汽車に揺られること数十分。

 小舟で資料を読み終えていた私は、静かな内に少し睡眠を取ることにした。

 座席の上に膝を抱えて座り、常に持ち歩いているイノセンスも一緒に抱えた姿勢で膝に顔を埋める。

 いざ目を瞑ろうとした、そのとき。

 上から大きな音が複数回、聞こえた。

 まるで何か重い物が落ちたような衝撃音と、続いて破壊音が一回。

 私はこれを、汽車の中で何度か経験したことがある。

 それは必ず他のエクソシスト、特に遅刻癖のある子と任務に向かうときが多く……つまり、あの衝撃音は追いついてきた神田たちが汽車に飛び乗った音だったのだろう。

 更に、飛び乗っても入り口がないから汽車の中に入るには(人によって方法は異なるけど)屋根の一部を破壊する。これが最後に聞こえた破壊音なのだと思う。身内としては切実に外れていてほしい推測である。

 常習犯は神田とラビ。

 私はそれを非常識だと思っているけど、彼らは気にしていないらしい。

 苦言を呈しても何処吹く風と聞き流される。

 分からず屋な後輩たちへ舌打ちをして僅かに溜飲を下げると、扉を見やる。

 落ちてきた音はそう離れていなかったから、すぐにここへ来るはずだ。

 耳を澄ませると案の定、少しもしない内に少し高めの男の子の声が聞こえてきた。

 他にも聞き覚えのある声が二つ。

 それらが扉の前まで来たとき、規則正しいノックと共に遠慮がちな声がした。

 

「サフィール殿、トマです。開けてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 

 返事をすると間髪入れずに扉が開いた。

 最初に部屋へ入ってきたのは神田で、いつも通りの仏頂面だ。

 昨日、治療の途中で勝手に部屋へ戻ろうとしていた神田を強引に婦長の元へ連行したことが尾を引いているようで、目が合った瞬間、睨まれた。

 次に、ゴーレムの映像で見た白髪の少年が顔を覗かせ、私に気づくと目を丸くして緊張したような面持ちになった。

 

「あ、あの僕、アレン・ウォーカーっていいます。コムイさんが言っていた、もう一人の同行者って──」

「サフィール・レイド。サフィールでいいよ、アレン」

「はい! よろしくお願いします!」

「こちらこそ」

 

 差し出された右手を握る。

 あのクロス元帥の元にいた割には、びっくりするほど礼儀正しい少年だった。

 反面教師にして育ったのかも知れない。

 あれを真似ないとは、なかなか賢い子だ。

 

「アレン、そこに立ってるとトマが扉を閉められないよ」

「あっ、すみませんトマ!」

「いえ、お気になさらず」

 

 神田が私の向かいに座ったことで、私の隣に座るか、それとも神田の隣にするか交互に見比べて悩んでいたらしいアレンは、未だ廊下に立って顔を覗かせたままでいた。

 どうするのかと思って見ていると結局、神田の隣に座るようだ……端と端でかなり距離は空いているけど。

 一方のトマはといえば、自分は廊下に出たままで扉を閉めた。

 部屋をエクソシストに譲り、自分は廊下で待機する。

 この対応はトマだけに限らず、探索部隊はエクソシストの任務に同行する際、皆こんな感じだ。

 アレンはそれに眉をひそめていたけれど、これは探索部隊なりのエクソシストに向けた誠意のようなものだから、好きにさせてあげた方が亀裂を生まない。

 さて。

 マテールの地まで、まだ時間がある。

 さっきは遅刻組に邪魔されたけど、今度こそ睡眠を取りたい。

 昨日は監視室で中途半端な時間に仮眠を取ってしまったからか、目が覚めたのは夜中だった。

 リーバーに伝えたとおり出発の一、二時間前に少しだけ手伝うつもりが、暇を持て余して深夜から科学班の仕事を手伝っていた。

 要は、今になって眠くなってきたのだ。

 膝に顔を埋めると、アレンの質問やら神田の舌打ちやらトマの説明やらが聞こえたが、私は全て無視して浅い眠りに就いた。




「土翁と空夜のアリア」は次で終わりです。

お気に入り登録、評価、感想をくださったユーザーの皆様、そしてこの小説を読んでくださった皆様、ありがとうございます。大変励みになります。続きも楽しんでいただけたら幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。