汽車を降りた後は、目的地まで徒歩で向かうことになった。
マテールの地は岩場が多く、乗り物が使えないらしい。
「マテールの亡霊が、ただの人形だなんて……」
「イノセンスを使って造られたのなら、ありえない話じゃない」
アレンがつぶやいた言葉に、神田が反応する。
途中で聞いた話だと、アレンはこちら──教団側の情報をよく知らないらしい。
イノセンスという言葉自体、昨日コムイから聞いたのが初めてだったという。
クロス元帥の弟子ならば、こちらの情報に詳しいのだろうと勝手に思っていたのだが、案外そうでもなかったようだ。
それを聞いて私は、どうせクロス元帥の横着だと結論づけた。大きく外れてはいないだろう。
違うなら違うで、何だか複雑な事情がありそうで嫌だ。
知ったら容赦なく巻き込まれそうだから、私は知らぬ存ぜぬを貫くことにする。
しばらく岩場を走り続けると、殺気に似たものが体中を駆け巡った。
他の三人も同じように冷たい空気を感じたのか、足を止める。
止まった先、その崖の下には広大な廃墟が広がっていた。
街中を見ると、
生死は不明だが、形が残っているだけ幸運だろう。
しかし肝心のイノセンスと思しき人形は視認できない。
屋内に居るのか、はたまた建物の陰に潜んでいるのか。
どちらにしても、時間がないことは確かだ。
アクマの姿も数体、確認できた。
資料によると、このマテールの地には相当数の探索部隊を派遣していたはず。
それがほぼ壊滅状態ということは、アクマがそれだけ人間を殺したということ。
最悪、進化したアクマがいるかもしれない。
先頭に立っていた私は、他の三人とこれからの動きを確認しようと振り返った──と同時に、今まで私たちが走ってきた方向から黒いものが迫っていることに気がつく。
かなり遠いが、あれはおそらく……
「第二群が来る」
「どこからだ?」
「え、えっ? 何の話ですか?」
神田、そして恐らくトマにも伝わったが、アレンには伝わらなかったらしい。
言葉が足りなすぎた自覚はあるから、説明する。
しかし時間がないから手短に。
「私たちが走ってきた方向から、アクマの大群が迫ってる」
「ッ!? …………えっと、それらしきものは見当たりませんけど」
「私は目が良いから見えているだけ。神田やトマにだって見えてないよ」
アレンは視線を彷徨わせているが、まぁ見えないだろう。
こういうのは幾度も見た反応だけど、私は別にアレンをからかっているわけではなく、ましてや嘘でもない。
けれども信じてもらえないのは仕方がない。
──この距離で見えている私の方が異常なのだから。
私は生まれつき、特殊な力を持っていた。
幼い頃に聞いた話を鵜呑みにするならば、これは私の一族特有の呪いのようなもの。
千里を見通す目〝千里眼〟。
一族の者たちはそう呼んでいた。
昔は力の制御が難しく、無意識に遠くを見ようとして頻繁に眩暈を起こしていた。
酷使すると目も頭も痛くなるため、あの頃はあまり好きではなかったこの力は今、エクソシストとなった私にはひどく役に立つ、必要不可欠のものとなっていた。
なにせ私のイノセンスとは
「三人はイノセンスの回収を優先して。私が残って迎え撃つ」
「一人でですか!? それなら僕も一緒に──」
ああ、この子は正義感が強いのか。
それに加えて、優しい子なのだろう。
昨日から薄々そうなのではないかと思ってはいたけど、やはり神田とは相性が悪そうだ。
正義感が強いのも、優しいのも、悪いことではない。むしろ良いことだ。エクソシストであるなら尚のこと。
でもそれは、時に自滅を招く。
黒の教団には、主に境遇が原因で〝そういう人〟が多い。
だが彼らが一番、早死にするのだ。
「神田。早くアレンを連れて行って」
返事のない神田に一瞬だけ振り返ると、それはもう嫌そうな顔をしていた。
しかしいつまでもここで固まっているわけにもいかない。
イノセンスの回収は、今回の任務の最優先事項なのだ。
アレンにも早く、エクソシストとしての仕事を最低限だけでも覚えてもらわないと。
でないと、一緒にいる仲間の寿命まで縮めてしまう。
「──イノセンス、発動」
小さく呟くと同時に、布地の袋に入れていた私自身のイノセンスを取り出す。
それは黒をベースに、白銀の装飾がなされたシンプルな狙撃銃。
十一年前に適合したイノセンスを加工した、私の対アクマ武器。
ライフル型の狙撃銃『
一度に装填できる弾丸は五発まで。
次の弾丸を装填するのに時間は掛かってしまうが、それでもあの大群がここにたどり着くまでに全滅させることはできるだろう。
手が必要なら借りるが、今ここでアレンに手伝ってもらうことは何もない。
「さて。気づかれる前に、全て撃ち落としてしまおう。接近戦は嫌いでね」
イノセンスを構え、向かってくる適当な
距離が遠いから難度は高いが、問題ない。
ヤツらは親切なことに密集している。
少し外れてもどれかには当たるだろう。
一方的な殺戮を始めた私に、アレンは呆然としていた。
それもそのはず。
自分には見えない敵に向かって攻撃しているのだから。
そもそも本当にアクマが迫ってきているのかさえ疑っているかもしれない。
少なくとも、私だったら疑う。
何か聞きたいことでもあったのか、もしくは加勢でもしようとしたのか。
アレンが私に近づく気配がする。
しかしそれを阻止したのは、意外にも面倒そうに口を開いた神田だった。
「おいお前、始まる前に言っとく。お前が敵に殺されそうになっても、任務遂行の邪魔だと判断したら俺はお前を見殺しにするぜ。戦争に犠牲は当然だからな。変な仲間意識持つなよ」
「嫌な言い方」
殺伐としている。
アクマそっちのけで
真後ろでやられると気が散るし、せめて任務が終わってからにしてくれないだろうか。
もう何でもいいから早く行け! と思いながら弾丸を装填していると、崖下から大きな破壊音が聞こえた。
廃墟で何か動きがあったのだろうか。
直後、アレンの気配が消えた。
まさか音の方へ突っ込んでいったのだろうか。
「あいつ、馬鹿だろ」
突っ込んでいったようだ。
神田の声が苛ついている。
そのすぐ後に神田とトマの気配も消え、私はようやく一人になった。
ちょっと強いアクマがいても、神田がどうにかするだろう。
イノセンスは彼らに任せて、私は帰路を確保しなくては。
なにしろ──
「……第三群、か」
二群のさらに後方。
丸いシルエットから、レベル1のアクマだということは分かる。
その大群が、またしてもこちらに向かって迫ってきていた。
命じているのは伯爵だろうか。
だとしたら、とんだ嫌がらせをしてくれたものだ。
千年伯爵、いつか会うときが来たら蜂の巣にしてくれる。
しばらくして、ようやく全てのアクマを撃ち落とした。
酷使したからか、目と頭が痛い。
一時休憩をしていると、微かな気配が近づいてきた。
「お疲れ様です、サフィール殿」
「苦戦したみたいだね。イノセンスは回収できた?」
戻って来たのは、ボロボロになったトマだった。
聞くと、イノセンスは無事であるが事情があって未だ人形から取り出せず、回収に向かったはずの二人は重傷で動けないらしい。
これから駅で待機しているはずの探索部隊を呼びに行き、共に重傷者二名を近くの病院に運ぶのだという。
どんな事情でイノセンスを人形の中に放置しているのかは知らないが、確保できたのなら何より。
伯爵が寄越したのであろう〝保険〟も全滅させたことだし、あとは任せていいかな。
残る問題は……神田か。
あの子は昔から怪我が多い。
すぐに治るといっても、あれは有限のもの。
ちゃんと理解しているのか、いないのか。
こうやって心配しても、こっちの言うことなんて聞きやしないことは過去何度か実証済み。
私は一枚の紙切れをトマに渡した。
「これは?」
「今回の報告書。と言っても、私がやったことの箇条書きだけど。別行動だったからね」
普段なら自分で提出するのだが、私はこの後に別の任務が控えていた。
ここから近いからついでに、だそうだ。
「代わりによろしく、って伝えて。それから、待機してる探索部隊にも声を掛けておくから、トマは神田が無理しないように見張ってて」
そう言い残し、わたしは駅へと走り出した。
「……撃退ボーナスとか、もらえないかな?」
駅へと向かう途中で一面に広がるアクマの死骸を横目に、コムイ……は無理そうだから、中央庁にでも直訴することを決意した。
続きはもうちょい待って。