終了予定を大幅に超過しそうですが、今後とも応援を宜しくお願いします!
千話に相応しい話に仕上がっていればいいのですが!
そして迎えた次の日の朝、八幡は若干緊張していた。
(くそ、知らなきゃ良かった、自然な演技が出来る自信が全く無ぇ………)
八幡はそう考えつつ、校門から車が入ってくる気配を感じ、チラリとそちらを見た。
その車には藍子と木綿季が乗っており、八幡は慌ててそちらに気付かないフリをした。
(危ない危ない、先に見付けちまうところだったわ)
そして八幡は、窓の外には自分は全く気付いてないよとアピールしつつ、
仲間達を絶対にこちらに近寄らせないように気を張りつめた。
「八幡君、ところで………」
その時明日奈がこちらに近寄って来ようとした為、
八幡は慌ててパタパタと手で自分の顔を扇いだ。
「あれ、どうしたの?」
「いや、今日は結構日差しが強いなと思ってな、
冬だからって油断してると日焼けしちまうぞ、こっちに来ない方がいい」
「えっ、本当に?」
「おう、俺の顔を見てみろ、汗かいてるだろ?」
「本当だ、そんなになんだ」
実際は冷や汗であるが、あと少し時間を稼げば二人の姿が見えなくなる為、
八幡はそれまでの辛抱だと思い、演技を続けた。
「だってよ里香」
「私は日焼けとか気にしないけど、確かに冬に一人だけ色が黒いのって、
日サロにでも行ったの?みたいに思われそうでちょっと嫌よね」
「ですねですね!」
どうやらそれで、三人娘は誤魔化せたらしい。
八幡はため息をつくと、チラリと外を見て、二人がもう校舎に入った事を確認すると、
安心したように肩の力を抜いた。
「八幡、どうかしたのか?」
そんな八幡の姿に気付いた和人がそう声をかけてきた。
「ん、おう、何でもない何でもない」
「どう見ても何でもなくは無さそうだったけどな、
三人を窓に近づけないようにしてたよな?」
さすがは和人である、相棒が何をしようとしていたのか理解しているようだ。
「ん、まあすぐ分かるって」
「ふ~ん」
そしてホームルームの時間が近付き、八幡の緊張は頂点に達しようとしていた。
おそらく二人は先生と一緒に前から入ってくるだろう、
そう思い、八幡は前にばかり集中していた。
「あっ」
その時明日奈がそんな声を上げ、八幡は遂に二人が来たかと教室前方の入り口の方を見た。
だがそこは閉じられたままであり、八幡は、違ったかとホッとして再び前を向いた。
緊張のあまり、明日奈が何に対して反応したのかについて考える余裕はない。
後方で人が何人か動いている気配はあったが、その事についても考えを巡らせる余裕がない。
(胃が痛い………早く来てくれ………)
八幡はそう思い、一心不乱に祈りを捧げていた。
そんな八幡の左右の腕が、いきなり誰かに抱きしめられる。
「ひゃっ!」
思わず八幡はそんな変な声を上げてしまい、
左右からどこかで聞いたような笑い声が聞こえてきた。
「あはははは、八幡、面白い!」
「何よその声、まるで女の子みたいじゃない」
その声に八幡は慌てて左右を見回し、
至近距離で藍子と木綿季が自分の顔を覗き込んでいる事に気が付いた。
「おわっ、お、お前達、いつの間に!?」
「えへへぇ、リハビリが終わってやっと自分の足で学校に通えるようになったんだよ!」
「今日から本当の意味でクラスメートね、しっかり私達の面倒を見るのよ」
「お、おお、そ、そうか、やっとか、それは良かった」
八幡は演技のつもりでそう言ったが、大根な事この上ない。
だが他の者達は、逆に八幡が驚きのあまり、まともに喋れないのだと思ったらしく、
そんな八幡を微笑ましく眺めており、当の藍子と木綿季もそんな八幡に、
左右から思いっきり抱きついたのであった。
要するにさっきの明日奈の驚きの声は、
二人が教室の後ろのドアから中に入ってきた為であり、
その時二人が唇の前で人差し指を立てて、シ~ッという仕草をしていた為、
それでクラスメート達も皆、ピタリと静かになったと、まあそんな訳なのであった。
「八幡、八幡!」
「ボク達八幡のおかげでやっと元気になれたよ!」
「お、おう、よく頑張ったな」
ここに来て八幡の緊張もとれたのか、優しい口調でそう言うと、
二人はわんわんと泣き出した。
途中で担任が前から入ってきたが、二人が登校してくる事を知っていたのか、
何も言わずに目視で出席だけ確認し、そのまま明日奈に一言だけ何か言うと、
そのまま部屋を出ていった。
そして場が落ち着いた頃、明日奈はクラスメート達に向かってこう言った。
「みんな、一限目は先生が自習にしてくれるって、
で、とりあえず席替えだけしてもらって、後は歓迎会でもしてくれだって!」
その言葉を受け、和人が真っ先に動いた。
教室の窓側の最後尾の席を八幡の席に、その前を木綿季の席に、木綿季の右を明日奈の席に、
そして八幡の右の席を藍子の席に指名したのだ。
「この四人だけはここでいいな、後の席はみんなでくじ引きで決めようぜ」
その言葉に従ってクジが引かれ、どんな運命の巡り合わせか、
結局和人と里香、珪子も木綿季の前の辺りにまとまる事となった。
「よし、これで席替えは終わりな、残りは四十分しかないぞ、急げ!」
そして和人が何人かの男子と共に購買に買い出しに出る事になり、
八幡は和人に財布を渡した。
「おい和人、支払いはこれでしてくれ」
「さっすが八幡、太っ腹!」
そして和人達は全力で走り出し、凄まじい速度で買い物を終え、
五分もかからず教室へと帰還した。
「お待たせ!よし、歓迎会を始めるぞ!」
そのままクラスメートの正式な自己紹介が始まり、
二人を囲んで楽しくお喋りが行われる事となった。担任の先生の粋な計らいに感謝である。
この時の記憶があったせいか、クラスの者達は、
その先生が三月に転任していく時に、その後ろ姿が見えなくなるまで、
ずっと頭を下げ続けて見送る事になる。
そんな楽しい時間が続いていき、時刻は一限目の終了五分前となった。
「よし、残り五分だ、一気に片付けるぞ!」
その八幡の指示に従い、全員総出で片付けが開始された。
実に統率のとれたその動きに藍子と木綿季は驚いたが、
何か困った事があった時に頼りになるクラスメートばかりだという事も分かり、
これからもっと仲良くしていこうと、二人は未来に明るい希望を持つ事が出来た。
そして二時限目からは普通の授業が行われ、その度に藍子と木綿季は、
これが本当の自分ですという風に先生達に授業が始まる前に挨拶をした。
そんな微笑ましい光景が何度か繰り返された後、
そのまま時刻は昼休みとなり、最初は教室で机をくっつけて食べる予定だったのだが、
天気がいい事もあり、一同は屋上へと上がる事となった。
この学校にも詩乃の学校と同様に風がまったく来ないベストポジションがあり、
一同はそこにマットを敷いて、楽しく昼食をとる事となったのである。
「う~ん、やっぱり外の方が気持ちいいね」
「もう十二月なのに暖かいよなぁ」
「まあ風が当たる所だと無理だと思うけどね」
実際ここには八幡達以外の生徒の姿はない。天気は良くても風が冷たいからである。
「よし、弁当をシェアといこうぜ!」
「その弁当、和人は自分で作ったのか?」
「そんな訳ないって、八幡から連絡を受けた後、
コンビニで色々買ってきて、朝に昨日のご飯の残りと一緒に詰め合わせただけかな」
「ごめんね、私が作ってあげられれば良かったんだけど」
八幡から連絡を受けた時、里香の部屋には二人分の食材のストックが無かったらしい。
ちなみに里香は和人にその事を伝え、今から買い物に行くと主張したようだが、
それは里香の身を心配した和人が止めた。
もっとも二人で買い物に行けば良かったはずなのだが、
恥ずかしさが先に立って、その事はどちらも言い出せなかったようである。
実に微笑ましい二人であった。
「まあ和人は女子力が足りないからな」
「いや、俺に女子力は必要ないだろ!」
その会話に一同は楽しそうに笑った。
ちなみに藍子と木綿季の弁当は、今日は経子が作ってくれたらしい。
明日奈、里香、珪子は自分で作ったらしく、八幡の分は当然優里奈が作ったものだ。
「よし、食べるとするか、いただきます」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
そしてその昼食の最中に、八幡は藍子と木綿季に寮に入るのかどうか尋ねた。
「うん、その予定よ」
「初めての一人暮らしだね!」
「そうか、まあ明日奈達もいるし、何か困ったらすぐに相談するといい」
「うん、任せて!」
明日奈はドンと胸を叩き、初めての一人暮らしに緊張していた藍子と木綿季は、
神を見るような目で明日奈を見つめていた。
「後は卒業後の話だが………」
「え、まだ早くないか?」
和人がそう突っ込んできたが、八幡は首を横に振った。
「いや、アイ、ユウ、お前達、いずれ眠りの森を出るんだろ?」
「うん、もちろんそのつもりよ」
「経子さんはずっといてくれてもいいって言ってるけど、
ほら、あそこはやっぱり健康な人がいつまでもいていい場所じゃないからさ………」
二人の分の部屋が空けば、他の患者が施設に入る事が出来る。
というか、二人が寮に入ってそのまま戻ってこなければ、今すぐにでもそう出来る。
もっとも経子は今のところ、別の患者を入れるつもりは無かったのだが、
将来的にどうなるかはまだ分からない。
「だよな、なので俺は今度、家を買う事にした」
「えっ?」
「そ、それって………」
「ああ、お前達二人は俺が引き取る。アイとユウはそこに住めばいいし、
マンションも引き払って、優里奈もそこに住む事になる」
八幡が家の事を考えている事は前から知っていた為、
藍子と木綿季以外の者達はそこまで驚かなかったが、
さすがに一年後を目安とは考えていなかったようだ。
「か、可能なのか?」
「新築って訳じゃないからな、理事長にいい物件を紹介してもらって、
そこをリフォームする予定だ」
「ああ、理事長はソレイユ建設の社長だったっけ」
「それなら何とかなるのかな?」
「最悪間に合わなかったら、しばらくマンションに住んでればいいだけの話だろ」
「あ、確かに!」
「でもそうすると、あの部屋のクローゼットは………」
明日奈がそう言い出し、八幡は若干嫌そうな表情でこう答えた。
「それも引越しだな、正直俺としてはあまり気が進まないんだが」
「そっか、それならみんな安心だね!」
「で、明日奈はどうするの?」
その時里香が、明日奈にそう尋ねてきた。
「どうするって?」
「いや、だからその家に一緒に住むのかって話」
その言葉に八幡と明日奈は意味が分からないという風にキョトンとした。
「当たり前だろ?」
「当たり前じゃない?」
「あ、当たり前なのね………」
里香は聞くまでもなかったかとそう呟き、八幡と明日奈は顔を見合わせた。
「当たり前すぎて説明する気にもならなかったな」
「うん、当然だよね?」
「そ、そうね、確かに聞いた私が馬鹿だったわ………」
里香はひくひくと頬を引きつらせ、珪子はそんな里香をどうどうと宥めた。
「そんな訳で、二人も今からそのつもりでいろよ、
卒業後の進路については好きにするといい、進学してもよし、就職してもよし、
とりあえず金の心配はしなくていいが、気になるなら就職した後に返してくれ。
あと、これからは俺の事を父親だと思って敬うように」
「「パパ!」」
二人は間髪入れずにそう言い、八幡は渋い顔をした。
「二人とも、その言い方はやめようね」
「え~?別におかしくないわよね?」
「うん、パパはパパでしょ?」
「確かにそうだが世間体が悪いだろ?もっと別の呼び方をだな………」
「「パパ!」」
二人はそんな八幡を無視してそう言い、八幡は再び苦渋の表情をした。
結局二人は一歩も引かず、その話は平行線で終わる事となった。
「まったくあいつらときたら………」
「優里奈ちゃんもだよね?」
「おう、そうなんだよ………」
「全く三人には困ったものだよね、パ、パ?」
明日奈までそう言い出し、八幡は情けない顔で明日奈の顔を見た。
「あ、明日奈まで………」
「私のは別の意味だけどね、パ、パ?」
「別の意味?」
「私と八幡君に子供が出来た時にその、ほら、ね?」
「あ、ああ~!そ、そうだな」
そんな二人のバカップルぶりを、五人は呆れた顔で眺めていた。
「ぐぬぬ………」
「今日の主役は私達のはずだったのに………」
「まああの二人だから仕方ないわよ」
「うんうん、仕方ない仕方ない」
そんな一同を祝福するかのように、
十二月だというのに太陽は、明るく一同を照らし続けていた。