ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1003話 萌郁の反乱、そして新人秘書

 議論百出し、そろそろ意見も出尽くしたという頃、八幡は専属達に告げた。

 

「さて、今日はこのくらいでいいだろ、そろそろお開きにするか」

「そうね、確かにもういい時間だわ」

「中々いい話し合いが出来たと思う、今日はご苦労だった」

 

 そしてそれぞれ帰宅する事になったのだが、

雪乃は既に寮の部屋を確保済であり、今日はそこに泊まるらしい。

 

「八幡君、もし良かったら今度私の部屋を覗きに来て頂戴、結構頑張っていじったのよ」

「お前の事だ、どうせ部屋中パンさんと猫のグッズで溢れてるんだろ?」

「さ、さあどうかしらね」

 

 そう答える雪乃の顔が赤く染まっていた為、おそらくその指摘は正解のようだ。

要するに雪乃は八幡に自分が集めたグッズを見て欲しかったのだと思われる。

 

「そうだな、また今度な」

「いいの?ありがとう、それじゃあまた今度ね」

 

 同様にクルスも既に自室の確保に成功していた。

もっともこの二人は早くからソレイユ入りが決まっていた為、

部屋が準備済みなのは当然なのである。

小猫と紅莉栖、理央、それに萌郁も寮住まいであり、そこに帰るだけで事足りる。

事実萌郁以外の五人はそのまま帰っていった。

 

「今日はどこに泊まるの?」

 

 残った萌郁はどういう意図なのか、八幡にそう尋ねてきた。

 

「そうだな、ハリューとフラウを送ったら、戻ってきて一人でマンションで寝るさ」

「そう」

 

 萌郁はそう答えつつ、その場を動こうとしない。

 

「………萌郁は帰らないのか?」

 

 その八幡の問いに、萌郁は決意を込めた瞳でこう答えた。

 

「今日はマンションに泊まる」

「え、いや、別にその必要はないだろ?」

「泊まる」

「お前も疲れてるだろ?泊まるのはまた今度にして今日はゆっくり休めって」

「泊まる」

「………業務命令だ」

「だが断る」

「なっ………そんな用語、どこで覚えやがった」

「ダル君」

「あいつめ………」

 

 業務命令と言われても、萌郁は頑なにその場所を動こうとしない。

八幡が知る限り、萌郁が八幡の指示に従わなかったのはこれが初めてとなる。

こうして萌郁は八幡に反乱を起こした。

 

「どういう事なんだ?とりあえず理由を説明してくれ」

 

 八幡は怒る事もなく、むしろ戸惑いながらそう尋ねた。

 

「今日奉納したい」

「奉納?奉納………………げ」

 

 八幡はその言葉の意味に気付き、

そういえばアメリカから帰る時にそんな約束をしたなと思い出した。

あれからかなりの時間が経っており、さすがの萌郁の堪忍袋の緒も切れたのだろう。

 

「悪い、すっかり忘れてたわ、すまなかった」

 

 とりあえず八幡はそう謝った。完全に自分のミスである以上、これは当然の謝罪である。

 

「で、でも明日奈の都合も聞いてみないと………」

「確認済み、もうマンションにいる」

「有能かよ!?」

 

 どうやら萌郁は事前に明日奈に手を回していたらしい。これで八幡の逃げ道は無くなった。

直後に萌郁がいきなりバッグから何かを取り出そうとしたのを見て、

何をしようとしているのか直感した八幡は、慌てて萌郁を止めた。

 

「そ、それは部屋に行って、明日奈の同席の下でな」

 

 その言葉に納得してくれたのか、萌郁はコクリと頷いた。

一方少し離れた所で二人の様子を観察していた蔵人とフラウが、

何か揉めているとでも思ったのか、こちらに近付いてきた。

 

「どうしましたボス、こんな公衆の面前で痴話喧嘩ですか?」

「ち、痴話喧嘩の相手は是非ハリューでおなしゃす、ホモクレ、ホモクレ」

 

 突然そんな事を言い出したフラウに、蔵人は苦々しい表情でこう答えた。

 

「俺にはそういう趣味は無えよ、この腐れ女」

 

 だがフラウはこういう時、そう言われて萎縮するような人物ではない。

 

「事実を指摘されて、悔しい、でも感じちゃう、ビクンビクン、って事ですね分かります」

「ハッ、とことん押すねえ、そういうのは嫌いじゃないが………」

「まあお前ら落ち着け、大した事じゃない」

 

 そんな二人に八幡が割って入った。これは別に二人の仲を心配した訳ではなく、

単にフラウの言葉にこれ以上精神が汚染されるのを防ぐ為である。

 

「とりあえず二人とも、車で送ってくわ、萌郁、お前は部屋で待っててくれ」

 

 八幡は自身のそのセリフが地雷だという事に気付かなかった。

傍から見れば、そのセリフはどう解釈しても、そういう意味以外の何物でもない。

 

「分かった、準備して待ってる」

「悪いな、あまり待たせないようにするから」

 

 蔵人とフラウはそのやり取りに顔を見合わせた。

蔵人は精神的にはかなり大人なので特に何も言わなかったが、

フラウは精神的にはお子ちゃまなので、こういう時に思った事をそのまま口にする。

 

「それ何てエロゲ?」

「はぁ?何の事だ?」

 

 本当に意味が分からないといった感じのその八幡の反応を見て、

蔵人は何かに気付いたような顔をし、笑い始めた。

 

「げらげらげら、おいフラウ、ボスにとってはこんなのはもう日常すぎて、

まったく特別な事じゃないらしいぞ」

「日常?ああ、あるあ………無えよ!い、いくら何でもヤリチンにも程があるお!」

「ヤ………は、はぁ!?」

 

 絶句する八幡の背中を、萌郁がつんつんとつついた。

 

「な、何だよ萌郁」

「部屋で待っていろと聞かされたら、普通の人はそういう事なんだと思うはず」

「………………あ」

 

 それで八幡はやっと自分の言葉が持つ意味に気付いたようで、

顔を赤くし、二人にブンブンと手を振った。

 

「い、いや、違えから、そういうんじゃねえから」

「す、すごく………怪しいです」

「っ………わ、分かった、ちゃんと説明するから」

 

 八幡は目の前のマンションに自分の部屋がある事、

そこが女性陣の宿泊所も兼ねている事、そして八幡が寝る場所は女性陣とは完全に別で、

誰かと二人きりになる事は絶対にありえないという事を強調して二人に説明した。

 

「ガタッ」

 

 その説明が終わった後、フラウが口に出してそう言った。

おそらく慌てて立ち上がったという表現なのだと思うが、

元々立っていた為にその姿勢には一切変化がない。

 

「な、何てこった………」

 

 あげく、蔵人までそう言い出し、

八幡は自分の説明に何かおかしな点でもあったかと気になった。

 

「ど、どうした?俺の説明、何かおかしかったか?」

「い、いやボス………」

「常に複数が相手の絶倫って事でおk?」

「全然オッケーじゃねえよ、お前らは何を聞いてたんだよ!」

「ボス、冗談ですよ冗談」

「そ、そうか、ならいいが………」

「じ、自分、そういった経験が一切無い喪女なので、優しくリードをお願いするであります」

「お前はまだ言うか!」

 

 八幡はそう言って、フラウの頭に拳骨を落とした。

 

「い、いきなりSMとかハイレベルすぐる………」

「はぁ………お前、ロビン並みに性質が悪いな」

「ロビンが誰かは知らないけど、そ、そんなに褒められると照れる………」

「いや褒めてねえよ!?」

 

 八幡は、フラウとの会話に付き合うのに疲れたのか、盛大に肩を落としてため息をついた。

 

「分かった分かった、こうなったら仕方がない、

今日は二人ともうちに泊まっていけ、明日奈もいるみたいだし、まあ平気だろ」

「ボス、それはどちら様で?」

「ああ、明日奈は………」

 

 八幡は明日奈の事を説明しようとしたが、そこに萌郁が横から口を出した。

 

「正妻様、敬いなさい」

 

 萌郁にしては珍しい言い方である。その表情はやや興奮ぎみであり、

この事から萌郁が明日奈の事をどう思っているのかよく分かる。

そして当の二人は、その言葉に大興奮であった。

 

「それはそれは、是非ご尊顔を拝してご挨拶しないと」

「あえて言おう、それ何てエロゲ?」

「いいからさっさと来い、ほら、置いてくぞ」

 

 そう言ってマンションに向かおうとした八幡であったが、そこで再び邪魔が入った。

 

「あっ、お~い針生先輩、先輩も今日ここに来てたんだ?」

 

 それは蔵人をソレイユに誘った噂の新人秘書、渡来明日香であった。

 

「何だ明日香か、お前こそ何やってんの」

「ん~?私は秘書見習いの研修かなぁ。せっかくいい会社に入れたんだし頑張らないとね」

「へぇ、お前にしちゃ殊勝だな、あ、お前、もしかして、

失恋のショックを未だに引きずってて、家にいるのが嫌なんじゃねえの」

「先輩はデリカシーを学んでね?」

 

 その蔵人の余計なひと言に明日香は笑顔でそう答えると、直後に拗ねた表情になった。

 

「べ、別にいいもん、私、次の恋に生きるんだもん、

とりあえずは玉の輿を狙って、私を気に入って採用してくれた次期社長と………」

「げらげらげら、だそうですよボス、このハニトラ女を今すぐクビにしましょう」

「えっ?」

 

 そこには困った顔をした八幡が居り、明日香は慌てて表情を取り繕った。

 

「や、やだ、いたんですか?冗談、冗談ですからね」

「いや、まあ別に構わないけどよ、俺にお前の強化外骨格は通用しないからな?」

「う………」

 

 そう明日香をやり込めた八幡を、蔵人が賞賛した。

 

「さすがはボス、こいつは昔から、狼の皮を被った羊なんですよ、

見た目は派手で友達付き合いもいいけど、裏じゃ恋に臆病なただのチキンだっていうね」

「う、うるさいな、もうこの話は終わり!で、先輩は今日は何してたの?」

 

 明日香はこの流れはまずいと思ったのか、強引に話題を変えた。

 

「ああん?ボスと一緒に悪だくみだよ、チキンガール」

「え、何それ、私も混ぜて?」

「悪だくみと聞いて即参加希望とか、相変わらず性格悪いなお前」

「先輩ほどじゃないって」

「まあまあハリュー、あんまりこいつをいじめるなって。

いい度胸してるじゃないか、さすがは俺が選んだだけの事はある」

 

 冗談なのだろうが、八幡、まさかの自画自賛であった。

 

「ふふん、まあここはボスの顔を立てましょう」

 

 そう言う蔵人の表情がとても楽しそうなのを見て、付き合いの長い明日香は驚愕した。

 

「え、先輩、普段は何もかもつまらないって感じなのに、今日はどうしてそんなに上機嫌?」

「ん、そう見えるか?まあ実際楽しいからな。

そしてこれからもっと楽しくなる予定だ、まったくボスと一緒だと飽きないわ」

「先輩がこんなに人に懐くところ、初めて見た………」

 

 明日香のその言葉に八幡は、確かに面接の最初の時はそうだったなと感慨にひたった。

 

「ふ~ん?ふ~ん?その悪だくみ、やっぱり私も混ぜて?」

 

 明日香は蔵人の顔を覗き込みながら、尚もそうアピールしてくる。

 

「それ、本気で言ってんのか?お前、他人が苦手じゃないかよ」

「違うよ先輩、私が嫌なのは、プリンセスとか持ち上げられて、

本当の私じゃない私を演じさせられるみたいな事だよ、

素の私でいられるソレイユみたいな所には私、適応するよ?

それにほら、ここじゃ私のルックスはまったく平凡だから、悪目立ちする事も無いし」

「げらげらげら、確かにソレイユには美人しかいないからな、違いないね、ボーダーガール」

「という訳で私も混ぜて?これからどこに行くの?悪の秘密組織?」

 

 わくわくした顔でそういう明日香に、八幡は仕方ないという風にこう告げた。

 

「分かった分かった、お前もうちに招いてやるからとりあえずついてこい」

「え、もしかしてこれからお泊り会?

一応と思ってお泊りセットを持ってきておいて良かったぁ………、

えっと、一応確認しますけど、ただのお泊り会ですよね?」

「もちろんだ」

 

 八幡はそう答えたが、蔵人は八幡に念押ししてきた。

 

「ボス、このハニトラ女を招いて本当にいいんですか?」

「ちょ、先輩、裏切るな!」

 

 明日香は当然抗議したが、八幡は何でも無いという風に首を振った。

 

「問題ない、こいつは狼の皮を被った羊なんだろう?

って事は、さっきの玉の輿云々も、こいつの狼の部分が言わせたセリフだろ、

要するにこいつは人畜無害だ、それに何かあっても俺なら対処出来る」

 

 明日香はその言葉に、自分の事をよく理解してくれていると何故かときめいてしまったが、

そんな自分の考えを打ち消すように、ぶんぶんと首を振った。

 

「なるほど、ボスの御心のままに」

 

 そして蔵人は、そう言って大人しく引き下がった。

 

「まったく、普通のお泊り会なんでしょ?別におかしな事はしないってば」

 

 そっち耳打ちしてきた明日香に、蔵人もそっと耳打ちした。

 

「さ~てな、俺の勘だと普通じゃないはずなんだが、それは後のお楽しみだ」

「そ、そうなんだ、先輩の勘はよく当たるから、

何があっても驚かないように覚悟だけはしとく」

 

 こうして五人に増えた八幡一行は、そのままマンションの部屋へと向かって歩き出した。


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