「こっちだこっち………ここだ」
このマンションはかなりの高級マンションであり、
一同は萌郁以外は興味深げにきょろきょろと辺りを見回していた。
そして八幡はそのままインターホンを押した。
『は~い、八幡君だよね?』
「おう、俺だ俺」
『ふふっ、八幡君、オレオレ詐欺みたいになってるよ、待っててね、今行くから』
そしてすぐにドアが開き、中から明日奈が顔を出した。
「お帰りなさい、随分人数が増えたんだね」
「悪い明日奈、全部で五人になっちまった」
「ううん、実は上から見てて、もう人数分のお茶を用意してもらってるの、全然問題ないよ」
「そ、そうか、サンキューな、それじゃあみんな、上がってくれ」
そのまま部屋に入ると、当然最初に内装に目がいく。
広い室内、豪華な家電、そして少女趣味が入った各種小物類、とにかくかわいい物が多い。
台所では優里奈がお茶の準備をしているが、まだこちらに挨拶する余裕は無いようだ。
「八幡の部屋が思ったよりかわいい件について」
「やっと来れた………」
「う………私の部屋より絶対に女子っぽい………」
上からフラウ、萌郁、明日香の言葉である。
一人無言だった蔵人は、ぼそりと明日香に呟いた。
「言っておくが明日香、これはボスの趣味って訳じゃないからな」
「えっ、そうなの?」
「おおハリュー、分かるのか?」
「当然でしょうボス、この部屋には、かなり多い女性の
要するにここに泊まる
「うわぁ、そこまで分かるんだ、凄いね!」
明日奈が感心したように横から蔵人にそう言ったのを契機に、
蔵人はそんな明日奈に即座に臣下の礼としか言えない態度をとった。
「これは正妻様、ご挨拶が遅れました、初めまして、私は針生蔵人と申します、
この度ボスの部下の末席に名を連ねる事になりました、今後とも宜しくお願いします」
「そうなんだ、宜しくね、ハリュー君!ふふっ、和人君に続いて二人目の男の子だね」
明日奈はその仰々しい仕草にも動じる事なくそう答えた。これぞまさに女王の風格である。
「それは光栄です、私はボスと一緒の時じゃないとここには参りませんが、
お会い出来た時に何かあれば、何でもお申しつけ下さい」
「うん、その時はお願いね」
「はい、かしこまりました」
蔵人の事を古くから知る明日香は驚愕を通り越して呆然としていた。
蔵人がどれほど本気で八幡の部下をやっているのか理解したのである。
そして明日奈は次に萌郁に話しかけた。
「萌郁さん、遅くなっちゃってごめんね、ようこそ八幡君の部屋へ!」
「こちらこそ我侭を言ってしまって………よ、宜しくお願いします」
萌郁は恐縮しきりだったが、その瞳はとても嬉しそうに輝いていた。
「それで八幡君、そちらのお二人は………」
「神代フラウと渡来明日香だ、フラウは俺の専属でプログラマー、
明日香は秘書になる事が決まっている」
「そうなんだ、これから八幡君を支えてあげてね、神代さん、渡来さん」
「フ、フラウと呼んでくれても良くってよ」
それに対するフラウの反応は、実はフラウ的にかなり頑張った、親愛の表現であった。
だがその口から出た言葉は、これはもうかなり最悪と言っていい。
さすがは対人関係が壊滅的なだけの事はある。
だが明日奈がそんなフラウを色眼鏡で見る事はなかった。
「いいの?それじゃあ遠慮なく、フラウ、私は明日奈だよ、宜しくね」
そこでフラウは一瞬押し黙った。実はこの時フラウは、
他人とコミュニケートを取るのが苦手な自分に対し、
明日奈が動じる事なく普通に返事をしてくれた事にやや感動していた。
「よ、宜しくお願いします」
そのまったくもって常識的な受け答えには、聞いていた八幡の方が驚いた。
「フラウ、随分らしくないじゃないか」
「む、無茶を言うな!私にだって常識くらいはある、
正妻様相手に素のまま喋るなんて、そ、そんな失礼な事、絶対に無理」
「あ、あは………」
明日奈はそう苦笑しつつも、素のフラウと仲良くお喋り出来たらいいな、とも思っていた。
同じ事をフラウも思っていたのだから、この二人が仲良くなるのは時間の問題だろう。
そして次は明日香の番である。
「よ、宜しくお願いします、私の事は明日香と呼んで下さい!」
「宜しくね、私は明日奈だよ!ふふっ、私と一文字違いだね」
「あっ、はい、偶然ですね!」
この辺り、明日香は如才なく受け答えが出来る。
伊達に高校時代からプリンセス呼ばわりされていないという事か。
だがその内心はかなり動揺していた。女としての格の違いを思い知らされたからである。
そんな明日奈への挨拶を終えた明日香に、蔵人がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「お前もらしくないんじゃねえの、プリンセス・アスカ」
「そんな偽の称号を出してきても無駄だよ先輩、
私は雑草だけど、向こうは大輪の薔薇だよ?」
明日香はつい先ほど八幡相手に一瞬ときめきはしたが、
この機会に失恋のショックを乗り越えようとしていた明日香にとって、
明日奈の存在は凄まじい高さの壁のように感じられた。
そんな萎縮した明日香を見た蔵人は、肩を竦めながらこんなアドバイスをした。
「俺にとってはボスと正妻様が忠誠の対象だが、
お前とも一応付き合いだけは長いしな………なので言うのは一度だけだぞ、
いいか、相手は
そしてそれは一人とは限らないだろ、ブレイキングハート」
「そ、それって………」
「ほら見てみろ、噂をすれば………」
そこにやっとお茶の準備が出来たのか、優里奈が姿を見せた。
「いらっしゃいませ、八幡パパの娘の櫛稲田優里奈です、気軽に優里奈と呼んで下さいね」
「おい、いきなりかよ!だからパパはよせと………」
そんな八幡の抗議は、明日奈によって中断させられた。
「パパが何か言ってるね、優里奈ちゃん」
「ふふっ、パパはまったく往生際が悪いですよね」
「もう勘弁してくれ………」
そんな正妻と側室(あくまで他の者の主観だが)のまさかの仲良しぶりに、
萌郁以外の三人は目を丸くした。普通ではこんな事はありえない。
「リ、リアルハーレムがここにあった………」
「だからハーレムじゃないっての、しばくぞフラウ」
「で、出来るものならやってみればいいじゃない、
経験してみれば、あ、案外いいものかもだし」
「いや、やんねえよ!?」
そう言いつつも、お茶が冷めてしまうのを心配したのか、
八幡は一同にソファーに座るように言い、自らもくつろぎ始めた。
「ふう~、生き返るわ」
「八幡さん、お疲れみたいですね」
優里奈はそう言いながらすっと八幡の背後に立ち、その肩を揉み始めた。
「お、サンキュー」
「私達は荷物を片付けちゃおっか」
一方明日奈は女性陣を寝室へと案内し、そこに荷物を纏めてもらった。
「ごめんね、私は萌郁さんとちょっと用事があるから先にくつろいでてね」
明日香とフラウは、すわ制裁かと一瞬ビクっとしたが、
明日奈がずっと笑顔だった為、どうやら違うようだと安心し、居間へと戻った。
そして五分後、明日奈が八幡を呼びに来た。
「八幡君、いいよ」
「お、おう」
そのまま八幡は寝室に入っていき、明日香とフラウはひそひそと囁き合っていた。
「い、今のは………」
「ガタッ、ま、まさかのお床入りのレクチャー!?」
「や、やだ、恥ずかしい!」
「おい明日香、カマトトぶってんじゃねえぞ」
そんな三人の視線は自然と優里奈に向かう事になる。
その疑問を解消出来るのは優里奈だけだだからだ。
「えっと………」
優里奈はどうしようかと迷ったが、八幡がここに三人を連れてきたという事は、
別に説明してもいいのではないかと思い当たり、事情を説明する事にした。
実は八幡はそこまでは考えていなかったのだが、
さすがに連絡不足すぎて、優里奈も八幡の考えを推し量れなかったのである。
「実は今、中でですね、この部屋の住人となる為の儀式が………具体的には………」
その優里奈の説明を聞いた蔵人は、虚を突かれたように押し黙った後、
本当にとても嬉しそうに爆笑した。
「げらげらげら、さすがはボス、俺達には出来ない事と平気でやりやがる」
「今あなたの心に直接呼びかけています、
針生蔵人よ、今すぐ脱いだパンツを持って寝室に入りなさい」
「ああん?」
「フ、フラウさん、動揺するのは分かるけど落ち着いて!
先輩も落ち着いて、フラウさん、完全に飛んじゃってるから!」
いきなり暴走したフラウを宥めた明日香は、振り返って優里奈に質問をした。
「優里奈ちゃん、それじゃあその儀式が出来れば、いつでもここに遊びに来れるの?」
「まあ一応そういう事になってますね、もっとも基本私に連絡してもらう必要がありますし、
八幡さんが毎日いる訳でもありませんけど………」
「むむむむむ」
「ぐぬぬ」
明日香と、いつの間にか復活していたフラウは顔を見合わせながら唸った。
「これはもう………」
「乗るしかない、このビッグウェーブに!」
「えっ?えっ?二人とも、いきなりどうしたんですか?」
「げらげらげら、お前らマジかよ」
戸惑う優里奈をよそに、二人の考えを理解した蔵人は再び笑った。
「私、丁度着替えを持ってる」
「ぐぬぬ、さすがに持ってないお………、
ゆ、優里奈氏、この部屋に、予備のぱんつとか、あ、あったりする?」
「それは一応ありますよ、何か合った時用の予備ですけど………え?ま、まさか………」
「そのまさかだ!そのパンツ、言い値で買おう!」
「えええええええええ?」
優里奈もやっと二人の意図を理解し、どうしようかと迷ったが、
決定権があるのは優里奈ではない為、ここは明日奈に任せる事にした。
「分かりました、今お出ししますけど、明日奈さんの許可はちゃんととって下さいね、
明日奈さんが駄目と言ったら次の機会を待って下さい」
「「イエス、マム!」」
「どうしてそのセリフがハモるんですか!」
優里奈は苦笑しつつ、先に二人にこの部屋のルールを教えておく事にした。
明日は萌郁の奉納シーンからですね!