「意外と綺麗にしてるんだな」
「い、意外とは余計、私は基本綺麗好きだよ」
「そうか、悪い、それは失言だったな」
「とりあえず私は買ってきた物をしまっちゃうから八幡はこれでも飲んで待ってて」
「お、悪いな」
そう言って理央は乱暴な態度でマックスコーヒーを八幡に押しつけ、
寝室の方へと消えていった。
「やれやれ、完全に機嫌を損ねちまったみたいだな………」
困った顔でそう呟きながら、
八幡は相変わらず
「ん、美味い………」
だが事実は八幡の認識とは全く違っていた。
理央は八幡から見えない位置へと移動するなり、頭を抱えてその場に蹲ったのだ。
「や、やっちゃったぁ………」
実は理央は、八幡を家に上げた直後に我に返り、冷静さを取り戻していたのだった。
今更ながら、自分の部屋に八幡と二人きりという事実に気付いた理央の一番の心配事は、
ちゃんと片付けてはあったはずだが、
自分の部屋に、おかしな物が置いていなかったかどうかという事であった。
「た、多分大丈夫だよね、見られて困るような物は何も無かったはず………、
あ、待って、まずいまずい、洗濯物が干しっぱなし………」
干しっぱなしというか、干したばかりなのであるが、
幸いレースのカーテンが閉まっているはずなので、八幡からは見えないと思われる。
「で、でも一応確認しないと………」
そう呟き、物蔭から窓の様子を伺った理央は、今まさに八幡が立ち上がり、
ベランダの方に向かおうとしているのを見て心臓の鼓動を跳ね上がらせた。
「ちょ、ちょっと八幡、ど、どこに行くの?」
「ん?あ、いや、ここって十階だろ?寮から見る景色ってどんな感じなのかなって思ってな」
「た、確かにここから見る景色は凄く綺麗だけど………」
「おお、やっぱりそうだよな」
(特に今は私の下着も干してあるから、八幡は喜ぶかもしれないけど………)
八幡に答えつつそんな事を考えた理央は、即座に自分に突っ込んだ。
(ちっが~う!私ってば何を考えてるの!これじゃあまるで痴女じゃない!)
まるでというか、その思考は完全に痴女である。
「違くて!そうじゃなくて!」
「ん、いきなりどうした?」
「え~とえ~と、うぅ、何も思いつかない………、
もういいや、えっとね、い、今そこには洗濯物が干してあるから、その………ね?」
理央は八幡を止めるいい言い訳が思い付かず、正直に事実を伝える事にした。
「あっ、わ、悪い、そりゃ休日の朝は洗濯するよな」
八幡はすぐに状況を理解し、慌てて元の場所に戻った。
「わ、分かってくれたなら、別にいいよ」
理央はそう言って寝室に戻ると、
多少おめかしした服に着替え、ついでに奉納用のいい下着があるか、
洋服ダンスをチェックする事にした。だが結果は散々なものであった。
「うぅ、全体的に地味、いいのが無い………」
実際問題十分かわいいと思われる下着は沢山あったのだが、
背伸びしたいお年頃の理央にとっては満足がいく物は無かったらしい。
「こ、こうなったら明日奈さんに相談しよう………」
理央はそう決断し、八幡の所に戻った。そんな八幡の視線は台所の方に向かっていた。
八幡は理央が戻ってきたのを見て、開口一番にこう尋ねてきた。
「なぁ、アルコールランプとビーカーは無いのか?」
「は?むしろ何でそんな物があると思ったの?」
「何だ無いのか、お前は家でもそうやってコーヒーを入れてると思ったんだけどな」
「そんな訳ないでしょ!」
理央は思わずそう叫んだが、八幡がニヤニヤしているのを見て、
自分がからかわれていた事に気が付いた。
「もう、もう!」
理央は拗ねた顔で八幡をぽかぽかと叩き、
八幡はその攻撃を甘んじて受けながら理央に言った。
「やっとツンツンしてたのが収まったな、今回の事は俺が悪かったよ、
明日奈が渋るようなら俺からも口添えしてやるからそれで勘弁してくれ」
「えっ?あ、うん、わ、分かったなら別にいいよ」
理央は咄嗟にそう言いつつも、
冷静に戻ったせいなのだろう、八幡に対して罪悪感を感じていた。
だが八幡のマンションの部屋に自分の居場所がどうしても欲しかった為、
その罪悪感は一瞬で消えた。
(目的の為には仕方ないよね、うん)
初心だった理央も、どうやら大人の駆け引きを身に付けつつあるようだ。
「それじゃあ雪乃の部屋に行くぞ、明日奈はそこにいるらしい」
「そうなんだ、それじゃあ行こっか」
そして二人は二つ上の階にある雪乃の部屋を訪れた。
インターホンを押すと、直ぐに雪乃と明日奈が顔を出す。
「いらっしゃい、待ってたわ」
「理央ちゃん!話は聞いたよ」
「あっ、はい、何かすみません」
「いいよいいよ、理央ちゃんの気持ちも良く分かるからさ」
二人が雪乃の部屋に入ると、中にはもう一人女性がいた、クルスである。
「八幡様、おはようございます!」
「お、マックスもいたんだな」
「はい、洗濯物を干していたら明日奈の声が聞こえたんで、遊びに来ちゃいました」
「って事は、隣がマックスの部屋なのか?」
「はい、実はそうなんです!」
「ふふっ、友達が隣の部屋に住んでる生活っていいわよね」
「そうだな、楽しそうだ」
「はい、とっても楽しいですよ!」
八幡はこの時疑問に思うべきであった。
すぐ隣が自分の部屋なのにも関わらず、クルスが八幡の来訪を願わなかった事を。
「それじゃあ理央ちゃんはちょっと私とあっちで話そっか」
「う、うん、お願い………します」
明日奈と理央は少し離れたソファーの方に移動し、
残された八幡は、雪乃の部屋をしげしげと観察した。
室内はやはり猫グッズで溢れ返っており、時々パンさんグッズが顔を覗かせている。
と、その時八幡の足に何かが触れた。
下を見ると、お掃除ロボットの上に猫のぬいぐるみが乗っている。
「お?こんな製品あったんだな」
「いいえ、お手製よ」
雪乃は何でもないという風にそう答え、八幡は頬をひくつかせながら、
雪乃に愛想笑いを返した。
「そ、そうか、かわいくていいな」
「ふふっ、でしょう?」
「雪乃って本当に器用ですよね」
「ああ、それはそう思う」
他にも用途が分からない猫グッズが沢山あり、
八幡はもう少し猫トークをしておかないと雪乃が拗ねるかもしれないと思い、
そのうちの一つを手にとって雪乃に尋ねた。
「これは?」
「それは首筋のこりをほぐす猫ちゃんよ、こうやって使うの」
雪乃はその猫型の物体を仰向けに置き、床に寝そべってその上に首を乗せた。
「え、何それ、まさかそれもお手製か?」
「いいえ、これは既製品よ」
「マジか、色々考えるもんだな………」
八幡は素直に感心し、試しに自分も使わせてもらう事にした。
自分の知らない物に出会ったせいか、その表情はわくわくしている。
「お、俺もやってみてもいいか?」
「ふふっ、子供みたい、もちろん構わないわよ」
「それじゃあ遠慮なく………」
雪乃が立ち上がり、場所を譲ってくれた為、
八幡は床に寝そべり、雪乃を真似て同じようにその猫の上に首を乗せた。
「おお、思ったよりも気持ちいいな………」
「でしょう?さすがは私よね」
「ああ、面白いなこれ」
そう言って八幡は雪乃の方を見上げた、そう、見上げたのだ。
ちなみに雪乃と、ついでにクルスは今はスカートを履いている。
そうするとどうなるか、答えは簡単である。
この場には明日奈もいる為に八幡は内心でかなり焦ったが、
辛うじて表情を変える事なく強化外骨格を駆使し、何事もなかったように立ち上がった。
そう、八幡は何も見ていない、
猫のワンポイントが入った布も、Gストリングの布も見てはいないのだ。
「そういえば雪乃、今ベランダに洗濯物とかを干したりしてるか?」
八幡は今何があったのか悟られないように話題を変えた。
「………どうしてそんな事を聞くのかしら?」
「いや、外の景色を見てみたいんだけど、洗濯物が干してあったらまずいなって思ってな」
「あら、予めその事を尋ねるなんて、殊勝な気配りね、
そうね、残念ながら、今は何も干してないわ」
「何が残念なんだ?」
「私の下着が干してある事を期待したのではなくて?」
「んな訳あるか!それならちょっとベランダに出てみてもいいか?」
「ええ、別に構わないわよ」
「おお、サンキュー!」
八幡は嬉しそうにベランダに出ていき、二人はそれを見ながらひそひそと囁き合っていた。
「私達が胸への視線はすぐ気が付くって分かってるのに、
八幡様は、さっきのが気付かれてないって思ってるみたいだね」
「そうね、まあ武士の情けよ、この事は私達の心の中にしまっておいてあげましょう」
「見られて困るものでもないしね」
「ええ、まあそうね」
どうやら先ほどの八幡のやらかしはバレバレだったようだ。
そこに明日奈と理央が戻ってきた。
「二人とも、ちょっと相談が………あれ、八幡君は?」
「八幡君ならベランダで、子供みたいにはしゃぎながら外の景色を見ているわよ」
「そっか、それなら丁度いいや、あのね、理央ちゃんがね、
下着を買うのに付き合って欲しいんだって」
「ああ、もしかして奉納用?」
そう尋ねてきたのはクルスであった。
どうやら事前に八幡達の来訪の理由を聞かされていたようだ。
「は、はい」
「分かったわ、それじゃあみんなでかわいいのを選びましょう」
「うん、行こう行こう!」
戻ってきた八幡にその事を告げ、四人はそのまま出かけていった。
八幡は自分が説得するまでもなく、理央の奉納が明日奈に認められた事に安堵していた。
奉納という行為自体を歓迎している訳ではないが、
確かに先輩である理央が、本人が主張する通り問題になる可能性が限りなく低いのに、
後回しになったという事は、やはり気の毒だと思っていたからである。
「それじゃあ俺は、蔵人達を送っていくか」
一人残された八幡は、蔵人達と合流し、そのまま三人を家まで送り届けたのであった。