「それじゃあ行きましょうか」
「ここだとどこがいいかな?」
「任せて、私、近くでいい所を知ってるから」
クルスがそう言い出し、四人はクルスの案内で買い物へと出発した。
土曜という事もあり、街は人で溢れ返っている。
明日奈、雪乃、クルスの三人はきゃっきゃうふふ状態で仲良く話しながら歩いていたが、
理央だけが若干気後れぎみであった。もちろん一人だけ年下だという事もあるが、
とにかくこの三人は、人目を引きすぎるのだ。
そもそも雪乃とクルスは大学在学中は、二大美女と讃えられていた存在であり、
明日奈がもし同じ学校に通っていたら、二大美女が三大美女になっていただろう。
(うぅ、私だけ浮いてるって、周りの人に思われてそう………)
理央は三人と普通に話してはいたものの、かなりネガティブな精神状態になっていた。
そんな時、理央の耳に、少し離れた所でこちらを見ている男達の会話が聞こえてきた。
「おい見ろよあの三人、レベル高くね?」
理央はその言葉にドキリとし、やっぱりそうだよねと気落ちした。
涙こそ出なかったが、本気で泣きたい気分であった。
「どうする?こっちも三人だし声をかけてみるか?」
「いや、無理だろ、あそこまでいくと、住んでる世界が違うって」
「ん?あれ、後ろにもう一人眼鏡の子がいるじゃん」
(あ、あれ、私、気づかれてなかった?)
「あれ、本当だ、あの子もかわいいな、うん、やっぱ無理だわ」
「四人とも美人だなんて、珍しいよな」
(えっ?それって私の事?)
理央は思わずそちらの方を見てしまったが、
その男達はそれに慌て、愛想笑いしながら理央に手を振ってきた。
もちろん理央は手を振り返したりはせず、キョトンとした表情のまま男達の前を通り過ぎ、
その背中に再び男達の会話が聞こえてきた。
「やっぱり無理だったかぁ」
「でも嫌がられてる感じじゃなかったよな!?」
「ははっ、まあそういう事にしておくか」
「少なくとも目の保養にはなったんだからそれで満足しようぜ」
「だな」
三人はそのまま歩き去っていき、理央は嬉しさがこみ上げてきた。
(良かった、私、この三人と一緒にいても大丈夫なんだ)
八幡と会う直前の理央は、
かつて恋していた国見佑真の事を諦めてからそれなりに時間が経っていた事もあり、
基本そういった方面に無頓着であったが、
八幡と出会ってソレイユに通うようになった後は、
逆に良く会うようになった姉貴分のような麻衣や、
そういった方面では社内で一番頼りになるかおりの影響を色濃く受け、
ファッションや化粧についてもかなり気を遣うようになっていた。
その努力が実った結果、理央は自分でも理解しないままに、
女性としての魅力をかなり増す事になっていたのである。
「あれ、理央ちゃん、何か嬉しそうだね?」
「何かいい事でもあったのかしら」
「え?あ、う、ううん、別に何も」
理央は知らない男達の反応に一喜一憂していたのが知られたら恥ずかしいと思い、
慌ててそう否定した。
「そう?う~ん、気のせいだったかぁ」
「まあ笑顔でいるのはいい事、八幡様もきっと喜ぶ」
「は、八幡が?」
「ああ、うん、八幡君は、仲間が笑顔でいる事を凄く喜ぶもんね」
「わ、私が笑顔だと八幡が喜ぶ………?」
「うん、もちろん!」
「そ、そっか………」
(わ、私の笑顔で喜んでくれるなら、
私がもっとかわいくなったら八幡はもっと喜んでくれるのかな)
理央はそう飛躍した事を考え、テンションが上がるのを感じた。
「着いた、ここだよ」
それからしばらく歩いた後、クルスがとある店の前で足を止めた。
理央はそのテンションのまま店に入り、勧められるままに色々な下着を試着し、
多くの候補の中から、勢いのままに一番エロい下着を選択する事となった。
「ほ、本当にそれでいいの?」
選んだ明日奈が若干心配そうにそう声をかけてきたが、
テンションの上がった理央は、問題ないという風にコクコクと頷いた。
「ね、ねぇ、自分で選んでおいてなんだけど、本当に良かったのかな?
私、あれはネタのつもりだったんだけど………」
そして帰り道、浮かれる理央の背中を見ながら、明日奈が雪乃とクルスに話しかけた。
「そうね、まあ本人がいいと言うのだからいいんじゃないかしら」
「理央は今、明らかにハイになってるから、後で我に返った時にどう思うか楽しみ」
「あ、あは………」
「でもまあこういう経験も必要だと思うわ、人は失敗を繰り返して成長していくものよ」
「まあ別に奉納の時にあれを実際に履く訳じゃないし、別にいっかぁ」
「そうそう、あれはただの見せパン、きっと履くのは人生で一度あるかないか」
「確かにそうかもしれないね」
三人はそんな会話を交わしつつ、理央の背中に生暖かい視線を向けた。
「ええと、あ、八幡君はもう戻ってきてるみたいだね、それじゃあ理央ちゃんはこっちね」
「き、緊張してきた………」
「あはははは、大丈夫大丈夫、さ、行こ」
「う、うん」
「雪乃とクルスも来る?」
「ごめんなさい、私は今日はクルスの家に行かなくてはいけないの」
「うん、前からの約束」
「そっかぁ、あ、雪乃、今日は中途半端になっちゃったから、
明日改めて部屋を見せてもらうね」
「分かったわ、それじゃあ明日の朝にね」
「それじゃあまたね、二人とも」
「ええ、理央も頑張ってね」
「うん、が、頑張る」
「二人ともまた!」
そして雪乃とクルスは去っていき、理央は明日奈と共に八幡の部屋へと向かった。
「理央、頑張ってるかしらね」
「今頃顔を真っ赤にしてるんじゃないかな、ふふ、可愛い」
「八幡君の表情も見てみたかったわね、後で明日奈に聞かないと」
「おいおい、一体どんな下着を選んだんだよ………」
クルスの部屋で、そんな会話を交わしていた雪乃とクルスに、
この場にいるはずのない八幡が、呆れたようにそう言った。
「現物を見せられればいいのだけれど………」
「あ、私、メーカーとか品番を覚えてるよ、ちょっと調べてみよっか」
「あらそうなの?それじゃあそうしましょっか」
そしてクルスはスマホをいじり出し、しばらくして答えにたどり着いたのか、
その画面を誰もいない方に向けて見せた。否、正確には誰もいないが、何かはいた。
そう、先日陽乃からクルスに送られた、デレまんくんである。
要するに雪乃の訪問の目的は、デレまんくんと遊ぶ事であった。
クルスが八幡に部屋を見せようとしなかったのも、
デレまんくんを八幡に見せていいのかどうか分からなかったからである。
「あ~………これか………」
「デレまんくん、どう思う?」
「断じて俺の好みという訳じゃないが、
理央のあか抜けなさとこれのエロさのギャップに関してはいいんじゃないか?」
「確かに八幡君は、ギャップ萌えという概念がお気に入りだったわね」
「要するに相手を選ぶという事だ、例えばマックスや雪乃が履くならあり、
ミサキさんが履くのは無しだ」
「なるほど、分かるような気がするわ、奥が深いのね」
「私も買ってみようかな、デレまんくんも嬉しいよね?」
「べ、別に嬉しくなんかねえよ?」
デレまんくんは、明らかに動揺したような口調でそう答えた。
「やっぱり嬉しいんだ」
「ど、どどどうしてそうなる、俺はう、嬉しくねえって言ってるだろうが」
「「きゃ~、かわいい!」」
クルスと雪乃はそう言ってデレまんくんを抱きしめた。
その後も二人は明け方近くまでデレまんくんとお喋りを続け、
次の日は明日奈に起こされるまで、爆睡する事となったのである。
一方聖布収納の儀に臨んだ理央であるが、結論から言うと、
八幡が今まさに理央の奉納した聖布を手にとった瞬間に、理央は我に返ってしまった。
(え、あれ?わ、私が選んだのってあんなんだっけ?さすがにちょっとエロすぎじゃ………)
理央は自分がその下着を着用している姿を想像し、顔を真っ赤にした。
それを見ていた明日奈は、やっと気が付いたかと心の中で理央を応援した。
(恥ずかしいよね、でも頑張って、理央ちゃん!)
そして当の八幡は、理央の聖布を手にしたまま、ずっと無言であった。
「えっと………」
理央はそんな八幡に何と声をかけていいか分からず、口ごもった。
出来る事ならやり直しを要求したい所だが、
我侭を言って今日の儀式に臨んでいる以上、とてもではないがそんな事は言えない。
「ギャップ萌えか………」
その時八幡がそう呟いた。もしこの場にデレまんくんがいたら、
然り、と同意した事であろう。
「お前は相対性妄想眼鏡っ子の名が示す通り、知的かつエロいのが持ち味だ。
今後もその名に恥じぬように………」
そこで八幡は理央の方を見て顔を赤くし、再び口ごもった。
おそらく理央がこの聖布を装着している所を想像したのだと思われる。
「いや、その、まあ、ほどほどにな?」
その瞬間に理央は、八幡の背中をバシバシと叩いたのだった。
八幡はたまらずこれで儀式は終了だと言って部屋の外に逃げ出し、
明日奈と優里奈は理央を慰めにかかった。
「な、何かごめん、お薦めしたのがちょっと過激すぎたね」
「う、ううん、決めたのは私だし、
思い返せばもっといいのを沢山薦めてもらってたから………」
「し、失敗は成功の母ですよ、ドンマイです!」
「あ、ありがと………」
その後も二人は理央の気が晴れるようにと怒涛の勢いで楽しい話題を振り、
理央は理央で、八幡だけの為に買ったんだしこれはこれで別にいいかなと思い始めた。
そして夜、三人仲良く川の字で寝る事になり、ベッドに横になって天井を見ていた理央は、
遂に八幡のマンションに居場所を確保出来た事を実感し、
とても幸せな気分で眠りにつく事が出来たのだった。