その後、明日奈は一人で雪乃の部屋に向かい、優里奈は洗濯を始めた。
理央は外出の準備をし、優里奈に挨拶をした後、八幡と共に部屋を出た。
「忘れ物とかはないよな」
「うん、まああってもすぐに取りに来れるし」
「違いない、それじゃあ行くか」
そしてエレベーターで下の階に向かいながら、八幡が言った。
「約束の時間まではまだ早いが、まあ先に何か注文して待ってればいいよな」
「う、うん、そう………だね」
八幡に返事をしてすぐに、理央は今の自分が置かれている状況に気が付いた。
(こ、これってある意味デートなんじゃ………
うん、そうだよ、フラウをプリンセスさん達に引き合わせた後、
帰る前にどこかに寄り道すれば………)
八幡と二人で行動した事は何度もある理央だが、
何度目だろうとやはり心が踊ってしまうものらしい。
そしてキットに乗り込んだ後、理央は八幡から見えない時は、によによと頬を緩ませ、
八幡の方を向く時だけキリッとした表情を保っていた。
だがそんな理央の行動は、余裕で八幡に気付かれていた。知らぬは本人ばかりなり、である。
(こいつは何を浮かれてやがるんだ………ま、まさか、こいつも腐ってるのか!?)
八幡はそう考えるのも無理はない。何故なら自己評価が低い八幡は、
自分と一緒にいる事で相手がここまで浮かれているなどとは思いもしないのだ。
(って、んな訳ないな、これは単に寝起きだからだろう)
朝の記憶がまだあった為、八幡はそう判断した。
こうして理央の腐女子疑惑は未遂のまま終わる。
そのまま二人は秋葉原の駅前に到着し、目的の喫茶店へと足を踏み入れた。
「さて、ここはもちろん奢るから、のんびりしようぜ」
「う、うん」
注文の品はすぐに運ばれ、二人は何となく窓から空を見上げた。
今日は十二月にしては気温も高くぽかぽかしており、とても気持ちがいい。
(こんな幸せな時間がこれからも続くといいな………)
そう思い、理央が紅茶を口にした瞬間に、目の前にいた八幡が、あ、と声を上げた。
釣られて八幡の視線の先を見た理央は、窓の外の歩道から、
咲太がこちらを見て驚いている事に気が付き、唖然とした。
(え、何で梓川がここにいるの?
もしかして私の邪魔をしに来たとか?ってか空気読んでこっちに来んな)
理央はそう思い、じろっと咲太を睨みつけたが、
その気持ちは咲太には全く届かなかったようで、そのまま咲太は店の中に入ってきた。
それを見た理央は舌打ちし、八幡は一瞬ぽかんとした後にクスクスと笑った。
「………何よ」
「いや、咲太の事が嫌いなのかなと思ってよ」
「別に普段は嫌いじゃないよ、普段はね」
「今は嫌いなのか?」
「………せ、せっかくのんびりしてたのに、騒がしいのが来たら嫌だなって」
理央はそう、やや苦しい言い訳をし、
そんな理央を、八幡は微笑ましいものを見る目で見つめた。
「まあそう言うなって、咲太としちゃ、
さすがに俺達を無視してそのまま通り過ぎるなんて事は出来なかったんだろ」
「それはそうかもだけどさ」
そう言って頬を膨らませた理央に、こちらに近付いてきた咲太がいきなり言った。
「おい双葉、ほっぺたが腫れてるぞ」
「腫れてない、ってか隣に座んな、座る前に相席してもいいか許可を取れ」
「八幡さん、お久しぶりです。お~い双葉、相席お願いしてもいいですか?」
「嫌」
理央は即答し、咲太は鼻白んだ。
「………八幡さん、こいつ、何でこんなに不機嫌なんですか?」
「さあ、ツンデレなだけじゃないか?」
「ああ、確かに双葉は昔からツンデレでしたけどね、国見には」
その名前が出た瞬間に、理央は怒りの形相で咲太の足を思いっきり踏んだ。
「い、痛ってぇ!」
「こ、このブタ野郎………」
「はい、ブタ野郎頂きました、あざっ~っす」
「へ、変態度が増してる………」
「すみませ~ん、注文お願いします!」
咲太はそれをスルーし、平然と注文を済ませた。
さすがは芸能人と付き合っているだけあって、メンタルが強い。
理央のイライラは頂点に達しており、八幡がトイレに立った瞬間に、それが爆発した。
「ちょっと梓川、八幡の前でおかしな事を言わないで」
「八幡さんはそんな事、気にしないだろ」
「私がするの!いい?今度同じような事をしたら、もぐからね」
さすがの咲太もその言葉に顔色を変えた。
「ど、どこをですかね?」
「今咲太が想像したところ」
「ひっ………」
「ついでに麻衣さんにもこの事は報告しておくから」
「すみませんそれだけは勘弁して下さい、俺が間違ってました」
咲太は即座に頭を下げ、理央はフン、と顔を背けた。
咲太はそれで、理央に許されたと判断したが、
本気で不機嫌だった理央は、この時許したとは一言も言っておらず、
後日麻衣にこの事を報告し、そのせいで咲太は麻衣にお仕置きされる事となる。
丁度その時八幡がトイレから戻ってきた。
「で、咲太は何でこんな所にいるんだ?
どう考えても秋葉原はお前の行動範囲に入ってないよな?」
「あ、実は近くで麻衣さんの撮影があったんですよ、それでちょっと見学に。
丁度日曜日でしたしね」
「あ、そうなんだ、へぇ、麻衣さん、頑張ってるんだね」
理央は一転して機嫌良さそうにそう言った。
仲がいい麻衣が活躍している話を聞くのはやはり嬉しいらしい。
「ああ、妹ちゃんと共演するやつか」
「えっ、のどかちゃんと?」
その八幡の訳知り顔な発言に、理央は驚いた。
「おう、うちがスポンサーだからな。社報にも載ってたはずだぞ、
たまには他の部署の記事にも目を通しておけよ」
「そ、そうだったんだ、今度見てみる」
ちなみにこの社報、陽乃が趣味で発行しているものであり、
その内容が面白い為に、社員の間ではかなり人気が高い。
「で、俺の方はそんな感じですけど、お二人はデートですか?」
理央としては、その言葉を即座に肯定したいところだったが、
さすがに八幡の前で、そうだとは言えなかった。
代わりに理央は八幡の言葉に期待したが、当然八幡がそうだと認めるような事はない。
「デート?う~ん、そういう色っぽい話ならまだ良かったんだがな」
「それはどういう………」
だがその言葉にすら、理央は内心で激しく食いついた。
(デ、デートなら良かった!?)
それだけで天にも登る気持ちになってしまう、恋する乙女の理央である。
「双葉?お~い双葉?」
理央はそのままトリップしてしまい、咲太の言葉には一切反応しない。
そんな理央を見て八幡と咲太は苦笑し、そのまま話を続けた。
「って事は仕事ですか?」
「いや、腐った友人に腐った部下を紹介する予定になってるんだが、
早めに逃げるのに理央を口実にしようと思って連れてきたんだよ」
「うわ、マジですか、俺も付き合いましょうか?」
「いや、お前が一緒だと、腐った友人に新しいネタを提供する事になるからやばい」
「た、確かに………」
「敢えて理央なのも、そういう妄想を抑える為だな、
俺が女子を連れてたら、そういう妄想もしにくいだろ?」
「なるほど、その発想はありませんでした」
「だから咲太も早く逃げた方がいい、ここにいると精神が汚染される事に………………ひっ」
その時八幡がいきなりそう悲鳴を上げ、身を低くした。
「ど、どうしたんですか?ま、まさか………」
「そのまさかだ、まだ約束の時間には全然早いのに、
その腐った友人が店に入ってきやがった!」
その八幡の言葉通り、丁度店の入り口から、姫菜と梨紗が入ってきたのだった。
梨紗の事はお忘れかもしれないが、コミケこと伊丹耀司の元奥さんで、
姫菜と一緒に腐海のプリンセスとして活動している女性である。
「やべぇ………マジでやべぇ………」
「ど、どうします?」
そう言っている間に、姫菜と梨紗はまさかのまさか、八幡達の隣の席に案内されてきた。
(とりあえず俺と場所を代わってくれ、この位置だと俺がいるのがバレバレになっちまう)
(分かりました)
二人はそっと場所を交換し、
理央の隣に座った八幡は、理央をつんつんつついて覚醒させた。
(おい理央、緊急事態だ、戻ってこい)
理央はそれで覚醒し、八幡に声をかけようとしたが、
八幡がシ~ッという風に唇に人差し指を当てていた為、空気を読んで押し黙った。
(ど、どうしたの?)
(まずい事になった、約束の時間にはまだ一時間くらいあるのに、
プリンセスがもう来ちまったんだ、今後ろの席にいる)
(そ、そうなの?でもまあそれならそれで別にいいんじゃない?)
(お前と二人きりならな、だが今は咲太がいる、
こんなところをプリンセスに見られたら、どうなるかは分かるよな?)
(あっ………)
それで理央は、今の状況を完全に理解した。
こうして不運が重なったせいで、八幡は絶体絶命の窮地へと陥る事になったのである。