ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

1020 / 1227
第1013話 姫菜がもたらすもの

 そこからはしばらく和やかな雰囲気で話が進んだ。

姫菜は昔の八幡の事を理央やフラウに話し、咲太も興味深そうにそれを聞いていた。

梨紗は今は色気よりも食い気とばかりに食べ物を腹に詰め込んでいる。

お金はあるのだが忙しくて食事をまともにとっていなかったようで、

ちゃんとした食事は久しぶりだと笑っていた。

 

「さて海老名さん、俺達はそろそろ帰るわ、こいつは適当に放り出してくれて構わないから」

 

 そう言いながら八幡は、フラウの頭をつついた。

 

「そんな事しないって、フラウちゃんともっと色々話したいしね」

 

 要するに、八幡達のいない所で腐った話題で盛り上がるという事なのだろう。

 

「それよりもさ、帰る前に、ちょっと話があるんだよね」

「お、俺には無いが………」

 

 八幡は警戒しながらそう答えた。

 

「あはははは、私達の趣味の話じゃないよ、もっと別の大事な話」

「ん、そうか、分かった、聞こう」

 

 八幡は警戒を解いて身を乗り出した。姫菜の事は友人として信頼しているからだ。

 

「えっとね、私ってば意外と顔が広くて、

普通の同人誌を売ってる人達にも知り合いが多いんだよね」

「ふむふむ」

「で、そういった人達でこの前集まってちょっと早めの忘年会をやったんだけどさ、

その中に一人、凄くぶち切れてた子がいて、話を聞かせてもらったんだけどね、

あ、ちなみにその日は女の子だけの集まりだったんだけど………」

「ふむ………」

 

 八幡は話の要点が分からずに首を傾げたが、次の姫菜の言葉で納得した。

 

「その子、ALOをプレイしてる子だったんだよね」

「ほう?」

「で、何に切れてるのか聞いたら、

先日あったイベントで買った同人誌の内容がひどかったからって」

 

 そう言って姫菜は、八幡に一冊の本を差し出してきた。

 

「これか?どんな内容なんだ?」

「まあ読んでみれば分かるよ」

「ふ~ん………こりゃまたシンプルなタイトルだな」

 

 その同人誌のタイトルは、『神々の庭の戦い』となっていた。

ページをめくるとそこでは、幾何学魔女という名前の女性が触手に陵辱されており、

八幡は思わずページを閉じた。何故なら横から理央が覗きこんでいたからだ。

理央は顔を真っ赤にし、八幡は困った顔で姫菜に尋ねた。

 

「海老名さん、これ、ここで見ないと駄目か?」

「うん、そうだね、だって多分それ、比企谷君達の事が書いてあると思うから」

「はぁ?」

 

 そう言われた八幡は、今度は理央にはばかる事なくページを開いた。

理央も真剣な顔になっており、恥じらいは一旦横に置いたようだった。

 

「神々の庭ってヴァルハラ・ガーデン?」

「氷の魔女?これってまさか雪乃か?」

「この妖精弓手ってどう見ても詩乃だよね?」

「黒剣?和人が女体化してやがる………って、まさか明日奈も出てるのか?」

「ううん、それっぽい子はこの本には出てないよ」

「そうか………」

 

 その言葉に八幡はほっとした。

 

「ま、まさか最初に見た幾何学魔女って、わ、私なんじゃ………」

 

 理央は顔を青くし、八幡から本を取り上げて該当するページを開いた。

 

「あ、それ、双葉さんだったんだ?」

 

 姫菜のその問いに、理央は涙目で頷いた。

 

「確かに似せてあるな」

 

 八幡が少し感心したようにそう呟いた。

 

「み、見るな!」

「別に本人じゃないんだからいいだろ」

「そ、それはそうだけど!」

「この胸の感じなんか、よく見てるなって思うよな、お前もそう思うだろ?咲太」

「あっ、はい、確かに双葉の胸ってこんな感じですよね」

 

 咲太のその言葉に、理央は慌てて自分の胸を隠した。

 

「あ、梓川の変態!」

「いやいや、健全な男の子っぽい反応だろ?」

「馬鹿、こっち見んな!これを見ていいのは八幡だけなんだから!」

「ごほっ、ごほごほっ………」

 

 その瞬間に八幡がむせた。他の者達は、生暖かい目で理央を見つめている。

 

「あ、あ、あ………」

 

 理央の顔は更に赤くなり、そんな理央に、フラウが止めを刺した。

 

「双葉氏、それなんてエロゲ?」

「嫌あああああ!」

 

 理央はそう言って絶叫し、

八幡は慌てて立ち上がると、四方に向けてペコペコと頭を下げた。

 

「さ、騒がしくしてすみません」

 

 そのまま座った八幡は、理央の頭を抱いてその口を塞いだ。

 

「はぁ、まったく見るなって言ったり見ろって言ったりちょっと落ち着けって、

周りの迷惑になるだろ」

「むがっ、むぐ!」

「まったくツンデレにも程があるお」

「むぐぐぐぐ、む~~~~!」

「フラウ、今のこいつを煽んなって」

「サーセン」

 

 八幡はしばらく理央の口から手を離そうとはせず、

そのせいで理央も段々落ち着いてきたようだ。

 

「ご、ごめん、ちょっと取り乱した」

「やっと落ち着いたか、それで海老名さん、どうしてこれを俺に?

こう言っちゃなんだが、こんなのは有名税みたいなもので、

名前も変えてあるし、外見も服装も似せてはいるが別物だし、

これを詰めるのはちょっと厳しいと思うが」

 

 八幡にしては穏やかな意見であったが、もしこの本に明日奈が出ていたら、

おそらく烈火の如くブチ切れていたであろう事は想像に難くない。

 

「ああ、うん、そういう事の為に教えたんじゃなくてね、本題はここからなの」

 

 姫菜はそう言ってコーヒーを飲んだ。

 

「その子は最初、その本をヴァルハラのファン本だと思ったんだって。

いくつかは出てるんだけど、ヴァルハラの本ってやっぱり少なくて貴重らしいの」

「まあ、それはそうだろうな」

「で、その子は興奮しちゃって表紙だけ見て中も見ずに買っちゃって、

そのサークルの人と一緒に記念写真も撮っちゃったみたいなのね」

「ふむ………」

「そりゃあ荒れるよね、ファン本じゃなくてアンチ本だったんだから。

で、その子がその後、この本は捨てるって言い出したから、

それじゃあ私が代わりに捨てておいてあげるよって言って持ち帰ってきたのがこれって訳」

「なるほどなぁ………」

「で、これがその写真。今度会ったら絶対文句を言うって言ってたから、

見かけたら教えてあげるよって言ってもらったの」

 

 そう言って姫菜が見せてきた写真の中に写っていたサークルの男に八幡は見覚えがあった。

 

「ま、まさか………」

「ん、知ってる人?」

「いや、知り合いじゃないが、多分見た事はある、SAOの中でな」

「それって………」

 

 戸惑う姫菜に、八幡はこんな頼み事をした。

 

「海老名さん、ちょっとこの写真、俺に送ってくれないか?確かめたい事があるんだ」

 

 姫菜はそれを了承し、本人には絶対に迷惑をかけないという条件で八幡に送信してくれた。

 

「ありがとな、それじゃあこれを小猫に………」

 

 八幡はそのまま写真を薔薇の所へメッセージを添えて送り、すぐに返信がきた。

 

「やっぱりか………海老名さん、どうやらこいつらは、俺達の敵らしいわ」

「そうなの?私、役に立てた?」

「ああ、正直凄く助かる。ありがとな、海老名さん」

「ううん、比企谷君にはこれからもお世話になるんだから、役に立てたなら良かったよ」

 

 一見感動的なやり取りに見えるが、八幡はこいつらをどう詰めてやろうかと考えており、

姫菜はこれからも作品に出させてもらうね、という意味で言っている為、

実はまったく感動的なシーンではない。

 

「八幡、さっきの写真、薔薇室長に送ったの?」

 

 どうやら理央は、先ほど八幡が、小猫にと呟いたのが聞こえたらしい。

 

「おう、あいつの元部下だった七人組がいただろ?この売り子はそいつらの中の、

ヤサって奴とバンダナって奴で間違いないそうだ。

まさかとは思ったが、これでいい手がかりを掴めたな」

「そっかぁ、やったね!」

 

 八幡は理央に頷きつつ、姫菜にこう尋ねた。

 

「なぁ海老名さん、こいつら、冬コミにも出てくるかな?」

「そればっかりは何ともかな、でもまあ可能性はあると思うよ」

「そっか、それじゃあ冬コミにも人を送るか………、

でもその時期は丁度、ALOのイベント中だしな」

「そ、それなら私が行くお」

「八幡さん、俺も手伝います」

 

 その時その場にいたフラウと咲太がそう申し出てきた。

 

「二人とも………いいのか?」

「どうせ行くつもりだったのもあるけど、

は、八幡の敵は、専属である私の敵でもあるじゃない?」

「麻衣さんはその頃はそのイベントに参加するか仕事かのどっちかですし、

ヴァルハラの敵って事は麻衣さんの敵って事じゃないですか、だったら俺の敵ですから」

 

 二人のその言葉に、八幡は大きく頷いた。

 

「分かった、二人とも頼む」

「デュフフ、ミッションを達成したら、優しくしてくれても良くってよ」

「分かった分かった、約束な」

「俺も頑張りますよ、任せて下さい!」

「頼むぞ咲太」

「私達も、一応気にかけておくね」

「当日は売り子を雇ってもいいしね」

「ありがとう、海老名さん、葵さん。

その日はうちの連中も企業ブースを出してるはずだから、売り子に人も回せると思う」

 

 この時八幡が想定していたのはかおりとえるであった。

あの二人なら、立派に売り子をこなしてくれるだろう。

 

「しかしそういう事なら、確実に敵を引っ張り出す為にこっちも動くとするか………萌郁」

「うん」

 

 いきなり八幡がそう言い、後ろの席に座っていた誰かがスッと立ち上がった。

 

「あ、あれ、萌郁さん!?」

 

 理央が驚愕したのも当然だろう。そこにいたのは桐生萌郁、本人であった。

 

「ど、どうしてここに?」

「私は八幡のガード、常に傍にいる」

「そ、そうなんだ!?」

 

 その言葉に理央だけでなく、他の四人も驚愕した。

 

「比企谷君、凄いね………」

「こういうのって本当にあるんだ………」

「は、八幡さん、尊敬します!」

「ガタッ」

 

 そんな四人に苦笑しながら、八幡は萌郁に指示を出した。

 

「という訳で萌郁、小猫やFBと連携して、

この本を発行したサークルが冬コミに申し込んできたら、

確実に参加出来るように主催者に圧力………じゃない、手配しておいてくれ」

「い、今圧力って言ったよね!?」

「しかもコードネームっぽいのが出てきた!?」

「気のせいだ、うちは健全な企業だからな」

 

 八幡はニヒルに笑うと、決意の篭った目を一同に向けた。

こうしてALO内での作戦と平行して、敵の特定の為の作戦がリアルでも進む事になった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。