ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1015話 理央の秋葉原散歩

「………まさか理央ニャンが八幡とのデートを断って残るとはニャ」

「だって萌郁さんに動いてもらってるのに自分だけ、何て無理だし………」

「理由はそれだけかニャ………?」

「う………ほ、他の本があったら早く見てみたいなって………」

「正直で宜しい、なのニャ!」

 

 残った理央とフェイリスは、ピンク色の会話を交わしていた。

八幡もまさかこんな事になっているとは想像すらしていないだろう。

姫菜からもらった同人誌は八幡がそのまま持ち去っていたが、それだけが救いである。

 

「さて、とりあえずお代わりはいるかニャ?」

「う、うん、お願いしようかな」

 

 とりあえずといった感じで理央は追加の飲み物を注文し、

フェイリスは二人分の飲み物を持ってきた。

 

「まだお店が暇だから、フェイリスも付きあうのニャ」

「うん、ありがとう」

 

 フェイリスは理央の隣に座り、二人はこれからどうするか、相談を始めた。

 

「フェイリスは同人誌とかには詳しくないんニャけど、

もしかして他にもああいった本があるのかニャ?」

「私もそっちには全然詳しくないんだけど、それなりにはありそうだよね」

「まあALOはプレイ人口が多いからニャ」

「あれ、フェイリスたんと双葉氏?」

 

 突然そんな声がかかり、二人がそちらを見ると、そこにはダルが立っていた。

 

「あれ、ダルニャン、いらっしゃいませなのニャ」

「珍しい組み合わせだね、一体どんな風の吹き回し?」

「あっ、そうだ、ダルニャンは同人誌の事に詳しいよね?

ALOの同人誌って結構数があったりする?」

「ALO?う~ん、まあそれなりかな、ちなみにGGOの本もそこそこあるお」

「そっちもあるんだ」

「丁度今、面白い本を見つけてきて八幡にあげようと思ってたところだお、こんな感じ」

 

 そう言ってダルが差し出してきたのは、GGOの源平合戦をモチーフにした、

全年齢向けの同人誌であった。

 

「へぇ、こんなのもあるんだ、ちょっと見せてもらってもいい?」

「もちろんだお!」

 

 ダルが得意げに持っていた同人誌を差し出してくる。

理央とフェイリスは、それを興味深げに見始めた。

 

「へぇ、噂には聞いてたけど、八幡の無双っぷりが凄いね」

「さすがに裏エピソードは載ってないけどかなり正確っぽい?」

「源氏軍の誰かが書いたんだろうね」

 

 裏エピソードとは、当然の事ながらシャナログアウト、ハチマンインからの流れである。

 

「でも最後の戦いの時に銃士Xが登場してるのはいいよね」

「あっ、未確認情報として、裏エピソードの動画の紹介はされてるのニャ」

「GGOの歴史的資料としては、価値ある一冊かも」

「八幡が喜びそうニャね」

「でしょ?そう思って即買いしたんだお」

「それはいい買い物をしたニャね、ダルニャンナイスニャ!」

「いやぁ、それほどでも」

 

 こういった場合にダルが実に頼りになる事が、この事からも分かる。

 

「で、ALOの同人誌だっけ?今は大体VRMMOでカテゴライズされてるから、

店に行ってその棚を探せばそれなりに見つかると思うお」

「そうなんだ、それじゃあ萌郁さんと合流してみよっかな」

「何?双葉氏も遂にそっちに目覚めたん?」

「そういう訳じゃないんだけどね」

 

 理央は苦笑しながら萌郁と連絡を取り、自分も手伝うと告げ、

ダルとフェイリスにお礼を言った。

 

「ありがとう、それじゃあ行ってくるね」

「あっ、待って理央ニャン、良かったらこれ、アキバの同人誌ショップのリストニャ

「えっ、そんなのがあるの?」

「お客さんに配る用のパンフレットがあった事を思い出したのニャ、

これを参考にするといいニャよ」

「ありがとう、凄く助かる」

「よく分からないけど探し物があるなら頑張って、双葉氏」

「うん、ありがとうダルさん!」

 

 そして理央は、そのままアキバの街へと繰り出していった。

 

「ちゃんと歩くのは初めてだけど、雑然としてるなぁ………、

あ、あのメイド服の子、かわいい」

 

 理央は雑踏の中をわくわくしながら歩いていった。

ここに八幡がいれば尚良かったのだろうが、自分で断ってしまった以上、仕方がない。

 

「さて、萌郁さんは………」

 

 あと数分歩けば約束の場所に着くという位置まで来た頃、

萌郁は既に待ってくれていたようで、遠くにその姿が見えた。

 

「ごめんなさい、お待たせしちゃいました?」

「ううん、今着いたところ、それよりちょっとこれを見てみて」

 

 萌郁は理央を引っ張り、二人は人がいないベンチに腰を下ろした。

 

「うわぁ、これ全部ALOの本ですか?」

「うん、思ったより沢山あったから全部買ってみた。

ヴァルハラがネタだと思われるのも何冊かあったかな」

「凄い凄い!って、やっぱり十八禁のもありますよね………」

「それは仕方ない、でも残念ながら、セブンスヘルの同人誌は置いてなかった」

「あ、フェイリスさんにマップをもらったんですよ、

萌郁さん、行った所にチェックしてもらっていいですか?」

「そんなのがあったんだ、うん、分かった」

 

 萌郁がチェックしたのは二ヶ所ほどであり、まだ六店舗ほど残っている。

 

「どうしよう、分担します?」

「それがいいかも………年齢制限に引っかからない?大丈夫?」

「あ、大丈夫です、証明出来る物があるので」

「学生証は駄目だから気をつけて」

「それは大丈夫!」

「そう、それじゃあ………って、あっ」

「えっ?」

 

 萌郁がいきなりこちらに近付いてくる二人組を指差し、理央はそちらを見つめた。

 

「あ、あれ?師匠?」

 

 よく見るとそれは紅莉栖であった。

一緒にいるのは何度か見た事のあるオカリンこと岡部倫太郎~紅莉栖の彼氏である。

 

「クリスティーナ、そっちじゃない、こっちだ」

「ティーナ言うな!ってかしっかり案内しなさいよね!」

「お前が勝手に先に行ってしまうせいだろうが!」

 

 どうやら二人はこちらには気付いていないようで、

理央達から少し離れた所で口論を始めた。

もっともそれは口論というか、ただの痴話喧嘩なのだろう。

その証拠に紅莉栖は、嬉しそうにニマニマしながら頬を赤らめている。

 

「うわ、師匠がデレデレだ………」

「メスの顔」

「萌郁さん、言い方、言い方!」

 

 そんな二人の声は結構大きく、倫太郎がこちらに視線を向け、ギョッとした顔をした。

理央は慌てて唇の前で人差し指を立て、シ~ッというゼスチャーをし、

オカリンは黙ってそれに頷いた。紅莉栖はまだ二人には気付いていないのだが、

もし気付かれてしまうと面倒臭い事になりそうだと思ったのだろう。

こういった場合、紅莉栖は恥ずかしさを誤魔化す為に、

倫太郎に無茶ぶりをする傾向があるのだ。

 

「とりあえず行こう、クリスティーナ」

「あっ、ちょっと、そんなに強く引っ張らないでよ!」

「いいからさっさと行くぞ、こう見えて俺は忙しい男なんだからな」

「分かった、分かったから!」

 

 そして二人は去っていき、理央は今度このネタで紅莉栖をからかおうと心に誓った。

 

「ふう、びっくりした」

「ここは知ってる人がよく通りかかる」

「そ、そうなんだ?」

「うん、例えばほら、あそこ」

「あれ、あれって沙希さん?」

 

 その声が聞こえたのだろう、沙希がこちらに気付いて手を振ってきた。

 

「理央、萌郁、奇遇だね」

「沙希さんもアキバに来たりするんですね」

「それはこっちのセリフなんだけど」

 

 沙希はその理央の言葉に苦笑した。

 

「ほら、私はコスプレ衣装の布とかをよく買いに来るから」

「ああ、そういう!」

「それよりそっちは何でこんなところに?」

「えっと、ALO関連の同人誌がどのくらい出てるか、市場調査に………」

 

 まだ沙希にセブンスヘルの同人誌の事を伝えていいのか分からなかった理央は、

そう上手く言い訳をした。

 

「なるほど、お仕事の一環って奴?」

「仕事とまでは言いませんけど、まあ似たような感じです」

「ふ~ん、八幡に頼まれたの?

休みの日に仕事を言いつけるなって私から言っといてあげようか?」

 

 こういう所はさすがというか、実に姉御っぽい発言である。

 

「ううん、大丈夫、半分趣味みたいなものだから」

「そう、それならいいんだけど」

 

 沙希はそう言って微笑み、店員の女の子と約束しているからと言って去っていった。

どうやら店員と知り合いになるほどよく買い物に来ているようだ。

 

「本当に知り合いが多いんだ………」

「他にもあそこにいる二人組は、面識は無いけど実は知り合い」

 

 そう言って萌郁がくいっと顎で指し示した先には、

背中に『滅』の字の入ったお揃いのポロシャツを着た青年が二人いた。

まごうことなきペアルックであるが、

これは数年前に流行った有名な鬼退治のアニメのポロシャツであり、

デザインもいい為に、そういったおかしな扱いをされるようなアイテムではない。

 

「面識が無い知り合いってどんな知り合い?」

「こっちが一方的に調べてあるだけ、でもその事は秘密だから声はかけられない」

「えっ、だ、誰?」

「ユージーンって人と、そのお兄さん」

「えっ、あれってユージーン将軍なんだ………」

 

 萌郁は直接の面識はないが、そういった情報はしっかりと把握しているようだ。

さすがは『ルミナス』のメンバーである。

 

「本当に沢山いるね」

「うん」

「それじゃあとりあえず地図を見て分担を決めちゃおう」

「うん、そうしよ」

 

 二人はそのまま二手に別れ、それぞれ目的の物を買い漁った。

フェイリスにあげる用と、八幡への報告用もしっかり分けてある。

買い物時に理央が身分証明を求められたのは一店舗だけであったが、

その店で理央は、軽い幸運に恵まれた。

 

「それじゃあ身分証明書の提示をお願いします」

「あっ、はい、それじゃあこれで」

「拝見しますね………えっ?」

 

 理央が見せたのはソレイユの仮社員証明書であった。

 

「ソレイユの方でしたか、なるほど、だからALO関連の同人誌を………、

もしかして市場調査の一環とかですか?」

「え、ええ、まあそんな感じです」

 

 その問いは明らかに店員が深読みしすぎであったが、

否定するのも面倒なので、理央はとりあえず適当に肯定しておいた。

それが結果的に理央のファインプレーとなった。

 

「あ、それじゃあ売れなくてしまってある在庫もチェックしますか?」

「えっ、いいんですか?」

「はい、今お出ししますね」

「お、お願いします!」

 

(ラ、ラッキー!)

 

 そしてその中に、果たして理央の求めたセブンスヘルの同人誌が紛れ込んでいた。

どうやら店頭に無かったのは不人気だったかららしい。

 

「ありがとうございます、いい資料が手に入りました」

「いえいえ、お役に立てて良かったです、これからもいいゲームを作って下さいね」

 

 理央は萌郁と再合流し、その成果を報告した。

 

「それは………ラッキーだったね」

「うん、あの店員さんに感謝かも」

「それじゃあメイクイーンに戻る?」

「かな?」

 

 そのまま二人はメイクイーンに凱旋し、

フェイリスと共に戦利品のチェックを始めた。

 

「ALOの同人誌って結構あるんニャね」

「うん、思ったよりもあったね」

「それにしても、セブンスヘルの本をよく見つけたニャね、

ダルニャンでも知らなかったのに」

「本当に運が良かったと思う」

「でもこの内容………」

「まさかの室長本とはね………」

 

 そこに描かれていたのはALOをプレイしていないはずのロザリアを、

八幡が陵辱するという物であった。

『十字架女王』の作画にはかなり気合いが入っており、

その見た目は薔薇にそっくりである。

 

「………一応室長に報告すべき?」

「かも?」

 

 そして次の日、理央と萌郁は二人でこの事を薔薇に報告した。

その結果、帰ってきたのはまさかのセリフであった。

 

「これの是非は、次の社乙会の場で判断する事にしましょう」


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