クルスと南が社乙会へのメールの処理をしていた頃、
薔薇は隣にある八幡の部屋を訪れていた。
「フラウ、いる?」
室内にはフラウと蔵人が居り、何事かとこちらを見てきた。
「あ、いたいた、ちょっと話があるんだけど」
そう言って薔薇は蔵人をチラッと見た。
「おや?席を外しましょうか?」
蔵人は空気を読んでそう言ったが、薔薇は首を横に振った。
「ううん、大丈夫。今から私がフラウに話す事を他に漏らさなければそれで」
「へぇ、分かりました、約束しましょう」
「ありがとう、手間が省けて助かるわ」
薔薇は蔵人にそうお礼を言い、続けてフラウにこう言った。
「ねぇフラウ、週末って暇?」
「じ、自分、友達とかいないんで暇ですね、デュフフ」
「そう、それなら私の主催する飲み会に参加しない?
あ、飲み会って言っても泥酔は禁止なんだけど」
その言葉にフラウはキョトンとした。
「の、飲み会なのに泥酔するなと?」
「ええ、そういう事よ、そして参加するのは全員女性という事になっているわ」
「ま、まさか、ゆ、百合の会!?」
「あはははは、違う違う、ある意味それと一番遠い集まりね、
その会の正式名称は、社長がモテすぎてむかつく乙女の会、通称社乙会よ。
要するに八幡に恋する乙女達の集まりね」
「ファッ!?」
さすがのフラウもその言葉に驚いた。蔵人は興味深げにこちらを観察している。
「え………ほ、本当に?」
「本当よ、今週末に社乙会の忘年会があってね、それへのお誘い」
「つ、つまり自分は八幡に恋している乙女に含まれると?」
「あら、違うの?」
薔薇にそう言われ、フラウはぐぬぬと唸りながら、僅かに頬を染めた。
「は、八幡が男と絡むのを妄想するのは好きだけど、
その相手が自分ってのも、あ、有りか無しかで言えば、あ、有り、凄く有り」
「なら決まりね、一緒にあいつへの愚痴を言いまくりつつ、
同時にその思いの丈をぶちまけましょう」
「あっ、はい、ぜ、是非」
ここで蔵人が、横から質問してきた。
「室長、その会には何人くらいが所属してるんで?」
「え~とね、これから明日香ちゃんの所に行くんだけど、
それで承諾をもらえれば全部で二十六人かしら。
まあ全員が忘年会に参加出来る訳じゃないだろうけどね」
「にっ………二十六!?」
「げらげらげら、凄えなボス、さすがです!」
フラウは目を剥き、蔵人はとても嬉しそうに笑った。
「針生君は本当に八幡の事が大好きなのね」
「大好き?いやいや、崇拝してますよ、実に面白い」
「この段階でそう思えるなら、もっと彼の事を知ったらどうなるのかしら」
「ほう?まだまだ俺の知らない事が沢山あると?望む所ですよ」
「そう、そういう事ならせっかくだし、八幡の秘密をいくつか伝えておくのもありね、
今から教えてあげるわ、何か質問があったら何でも答えるわよ」
「それは願ってもないですね、おいフラウ、この機会に色々教えてもらおうぜ」
「う、うん」
珍しくフラウが素でそう答えた。どうやら興味津々らしい。
「そうだ、せっかくだし明日香ちゃんもここに連れてきましょうか、
そろそろ秘書室に戻ってくる頃だと思うしね」
「あいつにも秘密を明かして構わないと?」
「ええ、問題ないわよ、専属と秘書は、出来るだけ多くの事を知っておくべきだと思うしね」
「確かにそうかもしれませんね」
「それじゃあちょっと待っててね」
薔薇はそう言って一度外に出ると、秘書室へと向かった。
その間、フラウと蔵人は顔を突き合わせて今の事について話していた。
「ま、まさかリアルハーレムを見られるとは胸熱」
「俺は別に驚かないけどなぁ、というかソレイユの女子社員は全員そんな感じでしょう?」
「た、確かに………」
フラウは今まで接してきた多くの社員達の事を思い出してその言葉に同意した。
「まあフラウはその中でも選ばれた一握りって事だ、おめでとう」
「あ、ありがと?」
「可能なら俺も参加してみたい所だけど、さすがに性転換するのはちょっとな」
「あはははは、あ、あんたも色々振り切っちゃってるね」
「しかしボスの秘密って何だろうな」
「何だろうね」
その時再びドアがノックされた。秘書室はすぐ隣だし、薔薇が戻ってきたのだろう。
「は、はい、どうぞ」
「お待たせ、明日香ちゃんを連れてきたわ」
「ど、ど~も~、これから密談すると聞いて、やって参りました~!」
そう言いながらも、明日香はやや緊張しているように見えた。
「げらげらげら、何でお前、そんなに緊張してんの?」
「いや先輩、それはするでしょう、密談だよ密談?ただでさえ毎日驚かされてるのにさ」
「まあ座れよファッキンガール、お前には悪い話じゃないと思うぞ」
「う、うん」
「室長もこちらにどうぞ」
「あら、ありがとう、針生君」
そして四人は車座になり、最初に薔薇が明日香を社乙会に勧誘した。
「………という訳なんだけど、明日香ちゃんも来る?」
「あ、はい、ぜ、是非!」
明日香は前のめりでそう答えた。とても興味を惹かれたからである。
「うん、それじゃあ参加って事で、さて、それじゃあ八幡の秘密を開示しましょっか」
薔薇はそこで一拍置き、三人の顔を見渡しながら言った。
「もちろんその覚悟はあるわよね?」
「もちろん、と言いたいところですが、何か証が必要ですか?」
「ううん、本人達の意思確認だけで十分よ、もし裏切ったら、社会的に抹殺するだけだしね」
「問題ありません、俺はここから離れるつもりはまったくありませんからね」
フラウと明日香もうんうんと頷き、薔薇は相好を崩すと、いきなりこう切り出した。
「八幡がSAOサバイバーなのは、薄々察してるわよね?」
「ええ、それはまあ、帰還者用学校に通ってるって聞いてますからね」
「その中でも、ふ、普通じゃないのは分かる」
「そもそもこの会社が普通じゃないよね」
「あはははは、確かにそうね。さて、順番に話していきましょうか」
そう言って薔薇は居住まいを正すと、真面目な顔をした。
「ハチマンは元々アーガスで、SAOのテストプレイヤーのバイトをしていたらしいの。
高校二年の時ね」
「ほう?」
「それで茅場晶彦と知り合いだったと?」
「そうらしいわ。だけどハチマンは、何も知らされないままSAOを始めて、
そのままあの中に閉じ込められたの。形としては、茅場晶彦に裏切られた形になるわ。
随分と仲が良かったみたいだしね。ちなみにそこで最初に会ったのがアスナよ」
「おおう、運命の出会い」
「ちょっと羨ましい………」
「その後、キリト君という親友と出会い、三人はSAOの攻略組として、
次第に頭角を現していったわ。最初は攻略組の中で孤立していたみたいだけど、
それでも彼らは出来るだけ犠牲者を出さないように、慎重に、慎重に攻略を進めていったわ」
その時フラウがゴクリ、と唾を飲み込んだ。
この中ではゲームに関しての知識が一番あるのはフラウな為、
絶対に死ぬ訳にはいかない条件で初見突破を続ける事の困難さに思い当たったのだろう。
「噂には聞いているかもしれないけど、途中で殺人ギルドとかとも戦いながら、
それでもハチマンは、仲間達と共にクリアを目指して戦い続けたわ」
「殺人ギルド、本当にあったんだ………」
「ええ、下部組織だったけど、私もその一員だったもの」
「えっ?」
「室長もSAOサバイバーだったんですか?」
「そうね、罪にこそ問われていないけれど、私は人殺しよ、
私は一生その十字架を背負って生きていく事になるわね」
さすがの三人も、そんな薔薇に何も言えなかった。
「そして迎えた七十四層で多くの犠牲者が出て、その流れでハチマン達は、
三人だけでボスと戦わなくてはいけない状況に追い込まれたんだけど、
見事にそのボスを撃破したの」
ヒュゥ。
蔵人が思わず口笛を吹いた。
「その絡みで遂に八幡は、攻略組のトップにいたギルド、
『血盟騎士団』の参謀に抜擢されたわ。ちなみにアスナは当時、そこの副団長だったの。
ところが血盟騎士団の内部には、アスナに横恋慕していた、
殺人ギルドの影響を受けていた団員が潜んでて、
八幡と南のお父さんを暗殺しようとしたのね」
「えっ、み、南さんのお父さんもSAOにいたんだ」
「そうなのよ。でも八幡はその相手を逆に罠にはめて返り討ちにし、
それを理由に一時的に血盟騎士団から離れ、その時にアスナとゲーム内で結婚したのよ」
「ああ、そういう流れで………」
「でもそんな二人の生活も長くは続かなかったわ。
二十五の倍数の層は、とにかくボスが強い仕様になってたらしくて、
当然二人もその戦いに駆り出される事になったの。
まあ当たり前よね、二人と親友のキリト君は、
SAOの最高戦力である四天王と呼ばれてたんだから」
「四天王………なるほど」
蔵人はどうやらSAOの四天王の噂は聞いた事があったらしい。
「神聖剣、黒の剣士、閃光、銀影、ですよね?」
「ええそうよ、神聖剣が血盟騎士団のリーダーのヒースクリフ、黒の剣士がキリト君、
閃光がアスナ、そして銀影がハチマンね。
で、七十五層の戦いの前に、ハチマンはとある仮説を思いついたのよ。
その仮説を証明する為に色々と動いた結果、ハチマンはついに、ある事実にたどり着いたの。
そう、血盟騎士団の団長であるヒースクリフが、実は茅場晶彦だったという事実にね」
三人はその言葉に驚愕した。世間は知らない真実がそこにはあった。
「攻略組のメンバー達がほとんど麻痺させられる中、
ハチマン達三人ともう一人、ネズハ君というプレイヤーが、茅場晶彦に挑んだわ。
その最中にアスナが死に、ハチマンが死んで………」
「えっ?」
「で、でも生きてるよね?」
「ええ、ゲーム内の死亡からナーヴギアが発動するまでには十秒の余裕があってね、
その事を突き止めていたハチマンは、全てをキリト君とネズハ君に託し、
二人は見事に十秒以内に茅場晶彦を撃破して、SAOはそこでクリアされる事になったわ」
「た、たった十秒!?」
「なるほど、それが百層まで行ってないのにゲームがクリア扱いになった理由でしたか」
「ハ、ハチマン達が凄すぎる………」
「本当にね」
薔薇は苦笑しながらそう言い、続けてこう言った。
「それを合図にして、茅場晶彦は自分の脳のスキャンを始めたらしいわ。
可能性に賭けたんでしょうね。そしてそれは成功し、
茅場晶彦は肉体の死を乗り越えて電子の海に潜ったの。
その最中に、少しだけ直接話す時間があったらしいけど、何を話したかは聞いてないわ」
「そ、それがあの茅場晶彦………」
「先輩、それって?」
明日香は茅場晶彦のアマデウスの事を知らない為、そう尋ねてきた。
「ああ、お前はまだ知らなくていい、そのうち知る機会もあるでしょうよ」
「ふ~ん………」
明日香は納得し難い表情をしたが、この場でそれ以上突っ込む事はしなかった。
「その後に起きたのが、残された百人事件ね」
「ああ、そういえばありましたね」
「須郷とかいう人が逮捕されてたよね」
「ええ、あれは須郷が一部のプレイヤーのログアウトを阻害して、
人体実験に使おうとした結果、起こされた事件ね」
その薔薇の話に、三人は嫌悪感を露にした。
「ファック」
「あの爬虫類男、死ねばいいのに」
「ちなみに身内だと、アスナとキリト君の彼女のリズベットがその百人の中にいたわ。
だからハチマンは、アスナを助け出す為の戦いに、すぐに身を投じたの」
その言葉は驚きを伴って三人に広がっていった。薔薇の話は続く。