「目覚めたハチマンは最初、何をしていいのか分からなかった。
アスナには会えたけど、自分は目覚めたのに何故かアスナはずっと目覚めない。
しかもアスナには既に婚約者がいた、それがあの須郷だったの」
「えっ、何ですかそれ」
「親が決めた婚約者って奴ね、アスナは実は、あのレクトの社長令嬢だったの」
「おおう、政略結婚!」
「なるほど、ここであのクソが出てくるのか」
「でもそんなハチマンに福音がもたらされたの。
これは本当に偶然なんだけど、ハチマンの妹がALOで撮影した写真に、
アスナらしき人物の姿が写ってたのよ。
その分析の結果、それが本当にアスナだと確認されて、それでハチマンはALOを始めたわ。
………………ナーヴギアでね」
その言葉にさすがの三人も絶句した。
「え………な、何で?」
「アミュスフィアを入手する時間すら惜しんだのよ、手元にはナーヴギアがあったんだから。
でも逆にそのおかげでハチマンは、SAO時代のステータスのまま、
ALOにログインする事に成功したわ」
「ワオ、そんな事が?」
「ええ、実はナーヴギアを使ってログインすると、
SAO時代のキャラのステータスを引き継げるのよ。
そこからハチマンの快進撃が始まったわ。
キリト君と合流したハチマン君は、ALOをプレイしていたユキノ達とも合流し、
その強大な力で敵を蹴散らしながら、同時に協力者を集め、
アスナがいると思われる場所へと進軍していったわ。
目的はALOの央都アルンの中心部でグランドクエストをクリアし、
その先にいると思われるアスナの所にたどり着く事よ。
そしてハチマンはそれをやり遂げた。
クリアが不可能なレベルでどんどん激しくなる敵の攻撃の中、
外部からの協力もあって、遂に管理者スペースへの突入に成功したの」
「さすがはボスだな」
「簡単そうに言ってるけど、凄く大変だったんだろうね………」
薔薇はその言葉に頷いた。
「ええ、須郷がグランドクエストをクリアさせるつもりが無かった事は明らかよ。
だって本来クエストの続きが行われるはずの場所が、ただの管理スペースだったんだからね。
そしてアスナの所に向かう途中で、ハチマンは茅場晶彦と再会したの」
「ファッ!?」
「ど、どういう事!?」
「なるほど、スキャンされた後の彼がそこに………」
「最初は意思の疎通が困難だったらしいんだけど、
管理者オベイロンとして現れた須郷と対峙した辺りで彼の声が聞こえて、
管理者権限を奪ったハチマンは、そこで須郷をフルボッコにしたわ。
詳しい説明は省くけど、通常は感じないはずの痛みを普通に感じるようにしてね」
「うわ………」
「えぐい………」
「げらげらげら」
明日香とフラウはそう言いつつも、須郷に同情する様子はまったく見えなかった。
むしろその表情は嬉しそうに見える。
蔵人は取り繕う気はまったくなく、ただ楽しそうに笑っているだけだ。
「そして残された百人を、リズベットやアスナを含めて無事に全員ログアウトさせた後、
現実世界に帰還した八幡は急いで明日奈に会いに向かったわ。
でもALOで八幡に痛めつけられた須郷が、
病院で八幡を襲おうと凶器を持って待ち構えていたのよ」
「ファック、往生際が悪い」
「そこに駆けつけてくれたのが、彼の高校時代の知人達ね、
何故知人かというと、彼には高校の時は、友人がほとんどいなかったから………、
その駆けつけてくれた二人も、彼の中では知人という括りだったんだけど、
そこで協力して須郷を退けた結果、彼らはそこで初めて友達になったわ」
「リ、リアル胸熱展開………」
「そして八幡は無事に明日奈をその手に取り戻し、須郷は逮捕されて、
その後二人は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
「「「おお~!」」」
三人は感嘆し、パチパチと拍手した。
「今のが八幡帰還編ね、それじゃあソレイユ勃興編、行くわよ!」
「「「えっ?」」」
ぽかんとする三人を横目に、薔薇は再び語り始めた。
「こうして八幡は、残された百人事件を解決した英雄になった。
当時レクトの社員だったうちの社長は、そんな彼の受け皿を作ろうと考え、
レクトからALOの管理権をもらい、そのまま独立してソレイユを立ち上げたわ」
「あっ、そういう………」
「ヒャッハー!祭りの始まりだぜ!」
「最初は必ずしも余裕のある経営じゃなかったんだけど、
八幡が茅場晶彦から託された、ザ・シードを上手く活用する事で、
いくつかのゲームを立ち上げて、初期は何とかやりくりする事が出来たわ」
「ガタッ」
「ス、ストップ!」
「今聞き捨てならない言葉が聞こえなかったか?」
そんな三人に、薔薇は『ん?』と首を傾げてみせた。
「え?何が?」
「ええと………」
「す、凄く………ザ・シードです………」
「落ち着けフラウ」
あの蔵人ですら驚いているのだから、
今の薔薇の説明は三人にかなりの衝撃を与えたと思われる。
「あ~………ええとね、ザ・シードは茅場晶彦作で、
その権利は八幡君に委任されて、好きなようにしろって言われたらしいんだけど、
八幡はそれを普通にフリーで拡散しちゃったの」
その言葉に三人は呆然とした。
「って事は………」
「今VRゲームが全盛期って言われてるのって、ボスのおかげか!?」
「まあそういう事になるわね」
「でもそれってかなりの商機を逃したんじゃ………」
その明日香の冷静な意見に薔薇は頷いた。
「そうねぇ、正直そう思うわ。
でも八幡も社長も、棚ぼた的にただ与えられた物を独占して稼ぐのを良しとしなかった。
その頃は多分二人とも、
仲間達を養える程度に会社を維持出来ればそれでいいと思っていたんじゃないかしら。
潮目が変わったのは、メディキュボイドの権利をうちが手に入れた事かしらね」
「そこでメディキュボイドですか」
「ええ、あれは当分は、他社には絶対に真似出来ないからね」
「絶対、ですか、それにも何か理由が?」
「それは簡単。メディキュボイドにはナーヴギアの技術が使われているからよ。
要するにあれは茅場晶彦の遺産なの」
「ガタッ」
「ス、ストップ!」
「今聞き捨てならない言葉が聞こえなかったか?」
「やだ、あなた達、それはさっきやったわよ」
薔薇はそう笑いながら、話を続けた。
「あなた達には必要な知識だと思うから教えておくわ。
事の始まりは、八幡の彼女である明日奈のご両親が、
京都にある結城本家の連中から嫌がらせを受けてたって事なの。
その時結城家は、都市伝説とされていたメディキュボイドをかなり真剣に探していたわ。
だからそれをネタに交渉すれば、
結城本家から明日奈の家への干渉を防げるんじゃないかって、
八幡がレクトの社長である明日奈のお父様から聞かされたのが事の発端ね。
ちなみにその頃にはもう、明日奈のご両親は、
須郷の事で反省したのか、二人の交際をむしろ積極的に推奨する立場に変わっていたわ。
そんな二人の役にたちたいと八幡が考えたのも当然よね。
そして八幡は、そのメディキュボイドという言葉に聞き覚えがあったの。
かつて茅場晶彦に紹介された神代凛子………フラウのお姉さんに気に入られて、
茅場晶彦の秘密研究所の番号を教えられていたのよ」
「むむむ、お姉ちゃんが逃亡生活を送ってた時だ………わ、私も政府の人に色々聞かれたし。
まあお姉ちゃんはしれっと姿を現して、
何のおとがめもなくソレイユの部長に収まりやがったけど」
フラウは当時の事を思い出したようで、とても嫌そうな顔をした。
「ふふっ、災難だったわね、
まあお姉さんが警察から追われなくなったのはメディキュボイドのおかげね。
あれの存在が国益になると思われたから、司法取引っぽく無罪放免になったって訳」
「な、なるほど、姉妹なのに初めて聞いた………」
そんなフラウの肩を、薔薇はポンと叩いた。
「当時茅場晶彦がどうなったのかを知る唯一の人物だと思われていた、
凛子さんを見つけ出したのが八幡の功績ね。
おかげでうちがメディキュボイドに対する権利を認められたわ」
「やっぱりボスは凄えな」
「それでうちの利益は一気に増大したわ。
その豊富な資金を研究開発に回し、更に牧瀬紅莉栖を招聘出来た事で、
うちは一気に世界最先端の技術を持つ企業になったわ。
最初は研究資金の提供の代わりに、
紅莉栖にメディキュボイドの安全性についてアドバイスをもらうとかその程度の話だったの。
でも紅莉栖は知ってしまったの、
ソレイユが、茅場晶彦の持っていた技術を継承しているという事を。
そして紅莉栖は茅場晶彦が残したAIに触れ、
それが元々彼女がやっていた研究と合わさって化学反応を起こしたわ。
ニューロリンカー計画、我が社が世界を制する切り札よ」
その言葉に三人は、背筋がゾクゾクするのを感じた。
「その詳細についてはいずれ三人にも実際に体験してもらうから、
その機会を楽しみに待っててね」
「世界征服ktkr!」
「普通世界制覇だなんて妄想で終わるものだけど、
なんか言葉では言い表せないリアリティがあるね、先輩」
「だな!ヒャッホー、最高にロックだぜ!ソレイユ最高!」
三人のテンションは天井知らずで上がっていた。そこに薔薇が更なる燃料を投下する。
「その紅莉栖をスカウトしてきたのもまあ、実は八幡なのよね」
「おおう………」
「やはりボスが神か」
「凄いよねぇ………」
「そしてうちは更に一歩踏み込んだわ。
メディキュボイドを運用するのに最適な建物をもパッケージとして提供出来るように、
雪ノ下建設を傘下に入れたの。そして詳しい説明は省くけど、
芸能事務所の倉エージェンシーも傘下に入れる事に成功したわ。
で、諜報部門を作り、警備部門を作り、今に至るとまあ、そういう訳ね。
これがソレイユの成り立ちよ、何か質問があったら受け付けるけど?」
基本情報は伝え終わったとばかりに、薔薇は三人にそう微笑んだのだった。