ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1022話 眠れる庭のとある再会

 更にその頃、スリーピング・ガーデンでも一つの問題が持ち上がっていた。

ちなみに今はランとユウキが常駐しておらず、

ここではノリ、シウネー、ジュン、テッチ、タルケンが五人で共同生活を営んでいた。

 

「うわあああああああ!」

 

 朝早くから、そんなジュンの悲鳴が聞こえ、残りの四人は慌ててリビングへと向かった。

 

「ジュン、朝からうるさい」

「いや、違うんだよ、みんな、これ、これを見てくれ!」

 

 ジュンが指差していたのは、スリーピング・ガーデンのコンソールである。

 

「ん~?何かあった?」

「これだよこれ!」

 

 そこには選べるハウスメイドNPCのリストが表示されていたのだが、

その中に二人ほど、確かにありえない人物が表示されていた。

 

「ちょ、ちょっと、これ………」

「メリダとクロービス!?嘘でしょ!?」

「これって兄貴の仕込みかな?でもちょっと悪趣味じゃね?」

 

 そのジュンの正論に、ノリが即座に噛みついた。

 

「いやいや、何言ってるのジュン、

兄貴なんだから、絶対に何か深い意図があるに決まってるじゃない」

 

 さすがは八幡を信奉する乙女のノリである。

 

「まあそう言われると確かに………」

「とりあえず選んでみませんか?」

「いや、それならランとユウキに相談した方が………」

「まあそうだよね、よし、ちょっと呼んでみようか」

 

 テッチがそう言ってランとユウキに連絡を入れた。

当然二人は慌ててALOにログインしてきたのだが、

二人の姿がスリーピング・ガーデンに現れた瞬間に、

メリダとクロービスがリストから消えた。

 

「あ、あれ?」

「消えた!?」

「メ、メリダとクロービスが選べるって本当!?」

 

 ランが焦ったようにそう言ってきたが、既にリストからは二人の名前が消えている為、

五人はその事を証明出来ない。

 

(ど、どういう事?)

(どういう事だろうね………)

(まさか見間違いだったとか?)

(分からん………)

 

 五人はどうする事も出来ず、とりあえず二人に間違いだったと謝る事にした。

 

「ごめん二人とも、どうやら勘違いだったみたい」

「えっ、そうなの?」

「そっかぁ………例えNPCでも、またあの二人に会いたかったのにな………」

 

 どうやらユウキの意見はジュンとは違うらしい。

これはどちらが正しいとは言えない類の問題なので、難しいところである。

 

「まあそういう事ならとりあえず落ちましょうか、お風呂に入らないといけない時間だしね」

「あ~ごめん、丁度そんな時間だったんだ」

「ボク達の入浴時間は決まってるから、急がないとだね!」

「それじゃあみんな、またね!」

「おやすみ!」

「おやすみなさい!」

 

 そして二人が落ちた瞬間に、再び画面にメリダとクロービスが現れた。

 

「うおっ………」

「これって………」

「明らかにランとユウキを避けてる………というか、知らせるなって感じ?」

「サプライズを狙ってるに一票」

「兄貴ならありえる………」

「ど、どうする?」

「とりあえず選んでみるしか………」

 

 五人は相談の上、メリダとクロービスをハウスメイドNPCに設定してみる事にした。

 

「よし………やるぞ………」

「一体どんな感じなんだろうね………」

 

 そしてジュンがメリダとクロービスを呼び出し、

直ぐに二人の姿がスリーピング・ガーデン内に現れた。

五人はその姿を見て、懐かしさに目頭を熱くしつつ、

第一声はどんな感じになるのか、固唾を飲んで二人を見守っていた。

 

「初めまして、メリダと申します、今後とも宜しくお願い致します」

「初めまして、クロービスと申します、今後とも宜しくお願い致します」

 

 その声を聞いた瞬間に五人はドキリとした。まさに二人の声に他ならなかったからだ。

だが同時に五人は落胆したような表情をした。

その口から発せられた言葉はテンプレ通りであり、作り物めいた響きを伴っていたからだ。

 

「やっぱ既製品の焼き直しみたいな感じかぁ………」

「兄貴の事だから絶対何かやってくれてると思ったんだけどなぁ………」

 

 その瞬間に、ノリがジュンの頭を思いっきり叩いた。

 

「痛っ、何するんだよ!」

「ジュンは兄貴に文句を言うな!」

「いや、でもよぉ………」

「「「ちょっ………」」」

 

 その時残る三人が何故かそう言い、

ジュンとノリは一体どうしたのだろうと三人の方を見た。

三人はぽかんと口を開けて二人の後ろを見ており、二人が慌てて振り返ると、

そこには怒りの形相でジュンを睨みつけているメリダの姿があった。

 

「なっ………」

「えっ?」

「八幡さんを批判するとはいい度胸ね、ジュン、あんたには罰が必要ね」

 

 そう言ってポキポキと指を鳴らす仕草は、かつてのメリダそっくりであった。

 

「メ、メリダの姉御!?本物!?」

「ちょっとメリダ、ネタバレ早すぎだって」

 

 そこにクロービスが慌てて仲裁に入り、五人は更に仰天した。

 

「ど、どういう事!?」

「ま、まさか本当に!?」

「いいからそこになおれ、この馬鹿ものが!」

「ひいいいいいいいい!」

 

 メリダはそのまま思いっきりジュンにグーパンチをくらわし、

ジュンはその衝撃で吹っ飛んだ。

 

「ぎゃあああああああ!」

「天誅!」

 

 メリダは満足そうに手をパンパンと叩き、残る四人に向き直った。

 

「あっ………わ、私はハウスメイドNPCです、何なりとゴメイレイヲ」

「いや、もう遅いから!」

 

 メリダは片言でそう言ったが、クロービスがそう突っ込み、

それをキッカケに四人は堰が切れたように動き出し、二人を囲んだ。

 

「えっ?えっ?これってどういうからくり?」

「まさか二人とも生きてるの?」

「「いや、それはない」」

 

 メリダとクロービスはあっさりとそう言い、四人は肩を落とした。

 

「そ、そうだよね」

「それじゃあどうして………」

「あ~………まあ分かり易く言うと、私達はアマデウスなの。

アマデウスについては知ってるよね?

ランとユウキのスマホに牧瀬紅莉栖さんのアマデウスが入ってるんだし」

 

 それで四人は、二人がどういう存在なのか理解した。

 

「アマデウス!?」

「いつの間に!?」

「ぬか喜びさせちゃってごめんね、でもちゃんと記憶は受け継いでるから、

少なくともみんなとの思い出は全部覚えてるよ」

「ええ、まあ人生のロスタイムをもらったって感じかしら」

「って事はほぼ本人と考えていいの?」

「まあそうだね」

「せ、説明してくれよ姉御………」

 

 そこにジュンがよろよろと立ち上がり、しゅんとした表情でこちらに歩いてきた。

 

「相変わらずいいパンチだぜ………」

「フン、これにこりたらもう八幡さんへの批判めいた事を言うんじゃないわよ」

「あっ、はい………」

「じゃあ何か言う事があるでしょう?」

「あ、えっと………さ、さすがは兄貴、さす兄!そこに痺れる憧れる!」

「宜しい」

 

 そして七人はリビングのソファーに座り、こうなるまでに何があったかを話し始めた。

 

「えっ、じゃあメリダはアマデウスのモニターをやってたんだ?」

「そうなの、一度自分と話してみたいって思って八幡さんにお願いしたの。

その直後に私の容態が急変しちゃったから、本当にラッキーだったわ、

私グッジョブって感じよね」

「そして僕は、その事を踏まえて兄貴から提案を受けたんだよね。

僕の最後の戦いがリアルトーキョーオンラインであったじゃない?

あの最後の時に、僕はこっそり事前に兄貴から渡されていたボタンを押したんだよね。

それが合図になっててさ、ゲームからの強制ログアウトと、

脳のスキャンが同時に行われたって感じかな」

 

 残る五人はその言葉に、ほう、と感心したような声を上げた。

だがやはり納得いかない事もある。

 

「だったらどうして教えてくれなかったんだよ!俺達は、俺達はな!」

 

 そう涙ぐむジュンに、二人は申し訳なさそうに言った。

 

「ごめん、それには理由があったんだよ」

「あの時はランとユウキの二人の容態が、みんなの中では一番危なかったよね?」

「う、うん」

「僕達は、その為に一から薬学の勉強をして、二人の為の特効薬の開発をしてたんだ」

「ふふん、実はあの二人を治した薬は私達が作ったのよ、

八幡さんと宗盛先生の力も借りてね」

 

 それは五人にとっては青天の霹靂であった。

 

「そうなの!?」

「本当に!?」

「うわ、二人とも凄いですね!」

 

 タルケン、テッチ、シウネーは賞賛してきたが、ノリとジュンは素直に疑問を口にした。  

 

「えっ?し、新薬の開発って一ヶ月くらいでものになるものなの?」

「そもそも一から勉強したんだよな?」

「それにはからくりがあるんだけど、それは兄貴に迷惑がかかるから言えないわ。

というかその事はここにいる私達だけの秘密よ。

みんなはもちろん八幡さんを裏切ったりはしないわよね?」

 

 メリダは穏やかな表情でそう言ったが、その声は若干脅しを含んだものであった。

五人は否やもなくこくこくと頷き、メリダは満足げに言った。

 

「まあ当然そうよね、それならいいわ。で、本題だけど、

とある技術のおかげで私が薬学について学んだ期間は九年よ」

「きゅ………九年?」

「ど、どんなからくりなんだ!?」

「さっきも言ったけど、それは言えないわ」

「そして僕が学んだ期間は四年かな、まあ集中してそれだけをやったから何とかなったよ」

「そ、そんな事が………」

「いい?あなた達が思う以上に八幡さんは凄いのよ!」

 

 メリダは驚く五人にドヤ顔でそう言った。

どうやらそれをどうしても言いたかったようである。

だがそんなメリダにノリが噛みついた。

 

「ああん?そんな事世界の常識だろ、兄貴が凄い事なんて余裕で分かってるし」

 

 そう言い放ったノリに向け、メリダはスッと目を細めた。

 

「そういえばノリは、隠してたつもりでしょうけど、

ランやユウキ以上に八幡さんラブだったわね」

「そう言うメリダこそ、たまにベッドで布団を抱いてごろごろしながら、

八幡さん八幡さんって言ってたよな」

「なっ、ど、どうしてそれを………」

 

 二人は立ち上がり、そのまま睨み合った。いきなりの八幡を慕う乙女対決である。

 

「ちょ、ちょっと二人とも、こんな時にやめなって」

 

 クロービスが慌てて仲裁に入り、同時にシウネーも立ち上がった。

 

「そ、そうですよ、二人だけで盛り上がらないで私も入れて下さい!」

「「「「「「えっ?」」」」」」

 

 残る六人は思わずそう言い、シウネーは自分の発言に気付いたのか、頬を染めた。

 

「や、やだ、私ったら何を………」

「「「「「「かわいい………」」」」」」

 

 六人は思わずそう口に出し、シウネーはますます顔を赤くした。

 

「何か毒気が抜かれちゃったわね」

「そうだね」

 

 それでメリダとノリも矛を収め、ソファーに腰を下ろした。

 

「さて、話の続きだけど、とりあえず次に症状がやばかったランとユウキはもう治した、

残るはあなた達五人だけなんだけど………」

「ノリとシウネーに関しては目処が立ったんだよね、

もっともシウネーに関しては僕達の功績じゃないけど」

 

 その言葉にノリとシウネーはぽかんとした。

 

「そ、そうなの?」

「うん、ノリの病気は手術も必要になるんだけど、

その際に必要になる薬の開発がもうすぐ何とかなりそうなの。

で、シウネーの病気については、他の会社が特効薬を今臨床試験中。

なので残るはジュンとテッチとタルケンだけど………」

「三人の薬の開発もいい感じだから、もう少し我慢してね」

「絶対に私達が治してみせるから、そのくらい我慢するのよ、男の子なんだし」

 

 三人はそう言われ、ドンと胸を叩いた。

 

「それくらい余裕余裕!」

「だって僕達は、スリーピング・ナイツだもんね!」

「その為に別の僕達が、今も熱心に研究中なんだ」

「こっちの私達とはまめに記憶を同期させるから、

こっちにいても進捗状況は分かるし、向こうも今日の話題とかで盛り上がるでしょうね」

「や、やった!」

「マジかよ、俺達治るんだな!」

「良かった、本当に良かった………」

 

 その言葉に五人は手を取り合って喜んだ。

待ち望んだ時が手の届くところまで迫り、病気に対する勝利が現実味を帯びてきたからだ。

 

「そして全員を治したら、僕達はお役御免かな」

 

 だが次のクロービスの言葉に五人はハッとさせられた。

 

「クロービス、言い方が悪い。ってかジュン、そんな顔するんじゃないわよ、

本当ならもう会えなかったのに、八幡さんのおかげでこうして話せるんだからさ」

「それはそうだけど、お役御免って………」

「あっとごめんごめん、僕達が消えるとかそういう意味じゃなくてね、

その後は兄貴が用意してくれた、VR空間のあの家で二人で暮らす事になるだろうねって話」

「普通に連絡はとれるんだし会おうと思ったらいつでも会えるから」

 

 そう言われ、五人はほっとした顔をしたが、やはり二人に対する罪悪感は拭えない。

 

「で、でも俺達だけ助かっちまって………」

 

 そう言ったジュンに、メリダは再びのグーパンチをくらわせた。

 

「ぐはっ!な、何するんだよ!」

「そんなのジュン達のせいじゃないじゃない、むしろ七人も助かったって事を喜びなさい。

いい?元々私達は全滅する予定だったのよ?」

「そうそう、だから気にしないで、これからも色々な思い出を作っていこうよ。

僕とメリダはハウスメイドNPCだけど、以前のステータスも受け継がせてもらったからさ、

また一緒に冒険に行こう!」

 

 クロービスのその言葉に我慢出来なくなったのか、

五人は涙を流しながら二人に抱きついた。

 

「うん、うん………」

「これからもずっと一緒だね」

「その前にランとユウキにどう私達をサプライズ紹介するかみんなで考えましょう」

「あっ、そうだね!」

 

 こうしてメリダとクロービスは帰還し、その日は夜遅くまで、

七人の明るい声が響き渡ったのだった。


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