「さ~て、順番に重い物を配置していくか、それじゃあアイ、とりあえず中へ」
八幡が号令をかけ、最初に藍子の部屋から家具や家電類を中心に配置を行う事となった。
「よし和人、ダンボールから出してどんどん運んでこうぜ」
二人は冷蔵庫や洗濯機などを藍子の指示に従って配置していく。
もっとも基本的に寮の部屋はどこに何を置くかが決まっているのでその通りに置く事が多い。
発泡スチロールやダンボールの処理は女性陣が行い、
コンセントに繋いだり位置の微調整は藍子自身が行っていた。
「さて、大体の配置はオーケーかな、アイの他に二人くらいこっちに残って、
細々とした物をしまっちまってくれ」
「それじゃあ私が」
「私もこっちに残りますね」
優里奈とひよりがこちらに残り、八幡達は、続けて木綿季の部屋に向かった。
こちらは藍子の部屋と同じ事をすれば大体オーケーなので、
先ほどよりもスムーズに事が進んだ。
「ふう、こんな感じか、それじゃあとりあえず俺と和人はゴミを指定の場所に捨ててくるわ」
「うん、残りは私達が何とかするね」
八幡と和人はそのまま外に纏めてあったダンボール等を何度かに分けて下に運び、
ついでに外をホウキで掃いて綺麗にした。
「さて、アイの部屋はどうなったかな」
藍子の部屋に戻ると、優里奈が部屋のあちこちを綺麗に拭いている所だった。
少し離れた所でひよりが台所周辺に物を配置している。
「優里奈、こっちはどうだ?」
「あっ、はい、大分片付きましたよ。それと八幡さん、
ここに薔薇さんの名前が書いてある荷物が忘れてあるみたいなんですが………」
「ああ、それは後で俺が処理しておくから気にしないでくれ」
「八幡、こっちこっち!」
そこに藍子が寝室から顔を覗かせて声をかけてきた。
「おう、今行く」
「八幡、それじゃあ俺はあっちを見てくるわ」
「悪い、頼むわ」
和人はそう言って木綿季の部屋に向かい、八幡は寝室に入った。
「さて、俺はどうすればいい?」
「そこのダンボールを荷解きしてほしいの」
「おう、分かった」
八幡は藍子の指示に従い、膝をついてダンボールを開封した。
「細々とした物が多いな、服はクローゼットにかけておけばいいよな?」
「うん、細かいところは後で私がやっておくわ」
「それにこれは抱き枕か、お前、本当に抱き枕が無いと駄目なんだな」
「そうなのよ、人肌のぬくもりが私を安眠させるの。
だから八幡もちゃんと私の抱き枕の役目を果たすのよ」
「抱き枕にぬくもりは必要ないというか、普通枕は冷たいものだろうが」
八幡はそう突っ込むと、次に衣類が入った袋を順番に開けていった。
「靴下………おい、こういうのはお前が自分でやった方がいいんじゃないか?」
「いいのいいの、そこは八幡に見られても平気な物しか入ってないから」
「まあいいか、それじゃあ適当に綺麗にしまっておくから、
気に入らなかったら後で自分で移動させてくれ」
「うん、それでいいわ、とりあえずダンボールを片付けたいだけだもの」
八幡はクローゼットの下にあるいくつかの収納に、綺麗に物をしまっていった。
「さて次はっと………」
根が素直な八幡は、与えられた仕事はきちんとこなそうと、
大真面目な顔で次の袋に手を入れ、中に入っていた布を取り出した。
「ん~、これは………」
そこには妙に柔らかく小さな布が入っており、八幡は若干警戒しつつ、その布を開いた。
「………ああ、良かった、ハンカチか、やっぱり女子はそれなりに数を持ってるんだな」
「まあローテーションで使うにしても、いくつかは無いとね」
その袋の中にはどう考えても十枚以上のハンカチが入っていると思われ、
八幡はさすがに多すぎないかと思いつつ、ハンカチを順番に収納の中にしまっていった。
だがそれは藍子によって張り巡らされた巧妙な罠であった。
ハンカチが出てきたせいで、警戒感がすっかり無くなった八幡は、
そのまま次、更に次と流れ作業のように布を取り出していき、
そして五枚目の布を無警戒で取り出した八幡は、
その大きさが、先ほどよりも大きい事を訝しみつつ、目の前でその布を広げてみた。
その瞬間にパシャッとシャッターの音がし、八幡は慌ててそちらを見た。
「撮ったど~!」
「なっ………」
何故藍子がそんな事をしたのか分からず、八幡は困惑しながら目の前の布に顔を戻した。
そこには見事なまでに三角形をした布があり、八幡は慌ててそれを手放した。
「おわっ!おいお前、ここには見られていい物しか置いてないって言ったじゃないかよ!」
「だから八幡に見られてもいいものじゃない。
ふふっ、私のパンツをじっと見つめる八幡の姿をついに写真に収めたわ!」
そう言って藍子はスマホを操作し、八幡はそんな藍子に襲いかかった。
「お、お前、とりあえずそれを消せ」
「ふふん、もう無駄よ、写真は既に送ってしまったわ、そのメールも既に削除済みよ」
「くそ、油断した………」
八幡はそう呟きつつ、藍子の頭に拳骨を落とした。
「い、痛い………」
「とりあえず写真は消させてもらうからな、
こっちはそろそろ良さそうだし、俺は木綿季の部屋に行ってくる」
「う、浮気者!」
「意味が分からん」
早めに明日奈に言い訳しておくべきだろうと考え、
八幡はそのまま木綿季の部屋に向かう事にした。
「優里奈、ひより、後は任せた」
「あっ、はい」
「任せて下さい、もうすぐ終わりますから!」
そして八幡は木綿季の部屋に入り、明日奈に声をかけようとしたのだが、
そこでは丁度明日奈と木綿季がスマホを見ていた為、嫌な予感がした。
「あっ、八幡君」
その明日奈の口調が多分に同情を含んだものだった為、
八幡はそれで、藍子が写真を誰に送ったのか知った。
「ええと………」
「八幡君、ど、どんまい」
「お、おう、分かってくれるか………」
どうやら明日奈が怒っていないと分かり、八幡は安堵した。
「その写真はとりあえず消しといてくれ………」
「う、うん………」
「え~?消しちゃうの?」
「木綿季はああいう風に育っちゃだめだぞ」
「さすがにアイみたいにはならないって。
あ、でも写真は脳内フォルダーにちゃんと保存したからね!八幡のこのきょとんとした顔!」
「えっ、俺、そんな顔をしてたか?」
「うん、ちょっと見てみる?」
明日奈は藍子の下着を指で隠しながら八幡に写真を見せてきた。
「………間抜けな顔をしてるな」
「本当にきょとんとしてるって感じだよね、ふふっ」
そう言って明日奈は写真を消してくれた。
「これでおかしな写真は全部消えたか、元のは消してきたからな」
「そうなんだ」
明日奈は内心で、あの藍子がそんなに甘いかなと思ったりもしていたが、
まあこれはそこまで実害がある写真ではないと考え、その事は忘れる事にした。
おそらく藍子がこれを悪用する事はなく、あっても自分で楽しむ程度だと判断したからだ。
「さて、こっちの片付けの調子はどうだ?」
「うん、こっちも大体終わりかな、向こうより人数が多いしね」
「そうかそうか、よし、それじゃあそろそろ引越し祝いの買い出しに行くか」
「どっちの部屋に集まる?」
「アイの部屋でいいだろ、ユウの部屋を汚す訳にはいかないからな」
その言葉に明日奈はぷっと噴き出した。
「やだ、それって仕返し?」
「仕返しにもならない程度の嫌がらせだけどな、
残ったゴミは明日の朝にアイに自分で出させよう」
「まあそれくらいが妥当だね」
明日奈はふふっと微笑み、片付けに戻った。
「それじゃあ俺は、和人と一緒に買い出しに行ってくるわ。
ついでに残ったダンボールも全部出してくるからな」
「うん、お願い!」
「お~い和人、そろそろ買い出しに行こうぜ」
「オッケー、力仕事だな」
「あ、そうだ、ん~、里香と珪子、どっちか手があくようなら一緒に来てくれるか?
買い物に女子の意見も欲しいからな」
「あ、分かりました、それじゃあ私が!」
珪子の手が丁度空いたようで、
三人はそのままキットで近くのスーパーに買い物に出かけた。
珪子は産まれて初めてのキットの助手席である。
「うわぁ、うわぁ、ここに座るのが夢だったんですよ」
「あはははは、いつでも乗せてやるって」
「そうもいかないのが女の子の世界なんですよ!」
「そ、そういうもんか」
「はい、そうなんです!」
三人は笑いながらスーパーに行き、大量の物資を購入した。
その合間に八幡はピザのデリバリーを電話注文する。九人が楽しく飲み食いする分の料理を、
全部スーパーの出来合いだけで賄うのはさすがに面倒なのだ。
「よし、こんな感じか?」
「甘い物もこれならバッチリです!」
「飲み物はさすがに重いな、ちょっと先に行ってるわ」
「おう、頼むわ」
和人が先に飲み物を持って駐車場へ向かい、
八幡と珪子は残った品をビニールに入れ、後からキットに向かった。
「珪子、これからあの二人の事、宜しく頼むな」
「はい、任せて下さい!」
珪子は八幡に頼られ、とても嬉しそうにそう答えた。
珪子にとってはこんな機会は滅多にある事ではなく、
まるで新婚気分で八幡と並んで一緒に荷物を運んでいった。
「大丈夫か?重くないか?」
「はい、こっちは大丈夫ですよ!」
「そうか、足元に気をつけてな、珪子はよく転ぶからな」
「もう、私だって成長してるんですってば!」
そんなたわいなくも楽しい会話をしながら二人はキットの所に戻り、
荷物を積んで学校の寮へと戻った。
そこからまた、先ほどと同じように荷物を分担して藍子の部屋に運び込んだ。
「お、綺麗になったな」
おそらく明日奈達の部屋から持ってきたのだろう、
そこにはクッションが沢山並べられており、居心地がいいような空間が作られていた。
藍子は先ほどの抱き枕を抱いてご満悦な様子である。
「よ~し、買ってきた物を今のうち並べちまうか、
真ん中はピザが二枚置けるスペースを開けておいてくれよ」
「あ、注文したんだ?」
「おう、買い物中に頼んだからそろそろ届くはずだ」
果たして直後に部屋のインターホンが鳴り、藍子と八幡がピザを受け取りにいった。
当然支払いは八幡持ちである。
「よ~し、真ん中に置いてくれ」
そして宴会の準備が揃い、引越し祝いの会が楽しく行われる事となった。