ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1027話 予想もしない侵入者

 次の日の朝、時刻はまもなく七時になろうとしていたが、

まだ藍子と木綿季は抱き合いながら眠っていた。

 

「むにゃ………は、八幡、そんなとこ触っちゃ駄目だってば………」

 

 藍子がそんな寝言を言った瞬間に、藍子の頭にいきなり衝撃が走った。

 

 バシン!

 

「い、痛い!一体何なの!?」

「こら藍子、八幡さんをエロい夢に登場させんな!」

「そ、そんなの私の意思でどうにか出来る事じゃ………、

って、えっ、今喋ったのは誰?誰かいるの!?」

 

 藍子は慌てて飛び起き、きょろきょろと辺りを見回したがそこには誰もいない。

 

「ふわあぁぁぁぁ………アイ、うるさいってば」

 

 藍子が騒がしくしたせいか、木綿季もそれで目覚めたらしい。

木綿季は上半身を起こし、大きく伸びをしながらアクビをした。

そんな木綿季に藍子が慌てた声で言った。

 

「ユウ、この部屋に何かいるわよ!」

 

 木綿季はまだ寝ぼけ眼であったが、その言葉で一気に脳が覚醒した。

 

「えっ?な、何がいるの?」

「分からないけど、今私の頭を誰かが叩いたわ」

「えええええ?も、もしかしてオバケとか!?」

「かもしれないわね、どうしよう、部屋を変えてもらうべきかしら」

「そんなのいる訳ないでしょうが………」

 

 その声は背後から聞こえ、二人は慌ててそちらを見た。

 

「え?ぬ、ぬいぐるみ?」

「寝る前はこんなの絶対無かったよね!?」

 

 そこにはいつの間にか、手にハリセンを持ったぬいぐるみが置かれていた。

今木綿季が言ったが、当然二人にはそんな物を置いた記憶はない。

 

「何これ………」

「やっぱりオバケなんじゃ!?」

「でもこれ、誰かに似ているような………」

 

 藍子はそう言ってぬいぐるみに手を伸ばした。

その瞬間にそのぬいぐるみは、藍子の手をハリセンでバシッと叩いた。

 

「きゃっ!」

「ぬ、ぬいぐるみが動いた!」

「待って待って、これってもしかして、はちまんくんと同じ物じゃないの?」

「よく分かったわね、その通りよ」

「「うわああああ!」」

 

 二人は慌てて飛び起きると、部屋の隅へと避難し、そこで抱き合った。

いくらはちまんくんの存在を知っており、

自分達も少し前に人ぬいぐるみの中の人をやっていたとはいえ、

心当たりがないぬいぐるみのいきなりの出現にはやはり恐怖を覚えたのである。

 

「ふふん、サプライズは成功ね」

「あれ、そ、その声………」

「まさかメリダ!?」

 

 二人は何度目かのぬいぐるみの言葉を聞いて、やっとそれが誰の声なのか理解した。

 

「正解、私はめりだちゃんよ、しばらくここでお世話になるから宜しくね」

「「えええええ?」」

 

 めりだちゃんはハリセンを持った手をぴこぴこ振り、二人は絶叫した。

 

「っていうか何でハリセン?」

「ハリセンじゃない、これは虎撤よ!」

「意味不明なんだけど………」

「ああもう、うるさい!ほら、さっさと顔を洗ってきなさい!

今宵の虎徹は血に飢えているわよ!」

「「あっ、はい」」

 

 二人は反射的にそう言うと、洗面所へと駆け込んだ。

 

「ちょっとアイ、これってどういう事!?」

「というか、どうやって部屋の中に入ったのかしら………」

 

 二人はそう言いながら、そっとリビングを覗いた。

どうやらめりだちゃんは台所で朝御飯を作っているようで、

キッチンからは何かが焼ける音と鼻歌が聞こえてくる。

 

「一体いつ侵入されたのかしら」

「というかこれ、絶対に八幡の差し金だよね!?」

「あっ、ま、まさか………」

 

 藍子はそう言って再びリビングを見た。

そして薔薇が忘れていったという箱の口が開いているのを見て、

めりだちゃんがどうやって部屋に侵入したのかを知った。

 

「見なさいユウ、きっと小猫さんが忘れていったっていう箱に入っていたんだわ」

「そっか、あれは忘れていったんじゃなくて、

多分八幡に言われて届けにきただけだったんだ!」

「ぐぬぬ、八幡め、どうしてくれようか………」

 

 そう、()()()()藍子を見て、木綿季が首を傾げた。

 

「ん~?アイはめりだちゃんがいるのが嫌なの?」

「へっ?」

 

 その言葉に藍子はきょとんとした。

 

「………ううん、別に嫌じゃないわね」

「ならいいじゃない、八幡からのプレゼントだと思えば」

「確かにそうね」

 

 本質を突いてきた木綿季のおかげで藍子はその事に気付き、

堂々とリビングへ戻り、めりだちゃんに声をかけた。

 

「めりだちゃん、来てくれて嬉しいわ」

「え~?何それ?素直な藍子とか珍しいね?」

 

 めりだちゃんはそう答えつつも、その声は嬉しそうであった。

 

「でもどうしてこんな事になったの?」

「それには先ずALOの話からかな。

最初はね、普通にAI操作のプレイヤーとして戻ってくるつもりだったのよ。

でも技術的に難しいらしくてね、ハウスメイドNPCならいけるって事で、

私とクロービスがスリーピング・ガーデンに紐付けられたんだけど………」

 

 この言葉から、ソレイユがまだ実現させていない技術を重村教授が持っている事が分かる。

さすがは茅場晶彦の先生という事なのだろう。

 

「その開発の後に、藍子と木綿季の引越しが決まってね、

八幡さんは、二人の事が心配になったのよ。

本当に二人が一人暮らしなんか出来るのかってね」

「ぐぬぬ………」

「失礼な!で、出来るよ!………………多分」

 

 その反応を見る限り、二人は内心ではあまり自信が無かったようだ。

 

「まあそんな訳で、急遽めりだちゃんとくろーびすくんの製作が決まったの」

「えっ?クロービスもここにいるの?」

 

 そう言って藍子はきょろきょろと辺りを見回した。

 

「ううん、いないわよ。だってほら、さすがに女の子の部屋に、

中身が男のぬいぐるみがいるってのはまずいでしょ?」

「あ、確かに………」

「でもまあ存在はしてるよ、多分いずれはジュン達の所に行くんじゃないかな?」

「ああ、確かにそれが妥当よね」

「ちなみに私のベースになったのは、あいこちゃんだからね」

「えっ?私?」

「その中身ね、()()は中に綿を詰めて、眠りの森に置いてきたんでしょう?」

「あっ、うん」

 

 あいこちゃんとゆうきちゃんは、中の機械部分を取り出した上で、

外側は普通のぬいぐるみとして縫製され、

今は眠りの森で、残りの五人の仲間を見守っているのだ。

 

「それじゃあくろーびすくんの中身はボクなの?」

「ボクと言われても困るけど、ゆうきちゃんの中身だね」

「そうなんだ、有効活用出来て良かったね」

 

 かつて自分が使っていた物が今は男に使われているという事を嫌がる女子もいると思うが、

木綿季はそんな風には思わないらしい。実に木綿季らしいと言える。

 

「まあそんな訳で、私が二人のお世話をする為にここに来る事になった訳。

それじゃあ二人とも、これを運んでね」

 

 メリダはぬいぐるみの手で器用に料理をこなしたらしい。

そして二人はメリダの作った朝御飯を美味しく頂いた。

 

「嘘、美味しい!」

「嘘とは失礼な………」

「変な意味じゃないの、だってめりだちゃんは、味見が出来ないでしょう?」

「ああ、そういう事。二人の好みは知ってるから、レシピから調節しただけよ」

「それでも凄いと思う」

「ふふん、おそれいったか!」

 

 こうしてめりだちゃんが二人の面倒を見る事となった。

もっともここまでサービスするのは今日だけである。

基本的にはかつての奉仕部と同じように、

二人に一人暮らしのコツを教えるのがめりだちゃんの役割となる。

 

「それじゃあ二人とも、学校に行く準備をしようか」

「あ、めりだちゃん、私達、今日はちょっと帰りが遅くなるからね」

「あれ、そうなの?」

「うん、師匠と一緒にメイド喫茶に行く事になってるんだよね」

「師匠?師匠って誰?」

「えっとね、ゼクシードっていう人!GGOの有名プレイヤーなんだよ」

「ほほう?」

 

 めりだちゃんは同時進行で検索をかけ、いくつかの動画を発見したが、

その動画がたまたま古い動画だった為、

訝しげな顔(ぬいぐるみ故にあくまで心の中ではだが)で二人にこう尋ねた。

 

「ねえ、確かシャナって八幡さんだよね?」

「ええ、そうよ」

「それがどうかしたの?」

「天誅!」

 

 めりだちゃんはそう言っていきなり二人の頭をハリセンで叩いた。

 

「きゃっ!」

「いきない何するの!」

「八幡さんの敵と仲良くするなんて、この不心得者どもが!

私がその性根を叩きなおしてあげるわ!」

「「えええええ?」」

 

 それから二人は今のシャナとゼクシードの関係をめりだちゃんに必死に説明し、

納得してもらうまでにかなりの時間がかかった。

そのせいで二人はこの日、遅刻になるギリギリで教室に駆け込む事になったのだった。


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