今の時刻は朝の八時四十二分になろうとしている。
その時八幡は仲間達と雑談していたが、同時に何度も外の様子を伺っていた。
「八幡君、どうしたの?」
「いや、アイとユウの奴、引越しに浮かれて寝坊とかしてないだろうなと思ってな」
「あ、そういえばまだ来てないね………ってもうこんな時間?
このままだと遅刻になっちゃう」
「どうすっかな、もし遅刻したら、先生に断ってあの二人を寮に叩き起こしに行くか………」
八幡がそう考えた時、二人が教室に駆け込んできた。
「はぁ、はぁ………」
「あ、危ない、セーフ!」
「まったくお前ら、ギリギリじゃないかよ、さすがに浮かれすぎだぞ」
呆れた顔でそう言ってきた八幡に、二人は声を合わせて反論した。
「「八幡のせいだから!」」
「へ?」
そう反論されるとは思ってもいなかったのか、八幡は間抜けな声を上げた。
「何でそうなる!」
「めりだちゃんのせいよ!」
「めりだちゃんのせいだから!」
「あっ」
それで八幡は、薔薇にめりだちゃんを持ってこさせ、
二人の部屋に置いてきた事を思い出した。
昨日マンションに戻った後にALOで色々やっていた為、忘れていたらしい。
「あ~あ~あ~、めりだちゃんが何かやらかしたのか?」
「私達、今日師匠と一緒に出かけるんだけど」
いきなりの話題転換に八幡は面食らった。
更にその言葉を発したのが木綿季だったら八幡はまったく迷わなかっただろうが、
藍子が言った為、八幡は若干迷う事になった。
「どの師匠だ?」
「えっと、ゼクシード師匠?」
「ああ、保か」
八幡は保が二人を誘うなんて珍しいなと思いつつ、
そういえば保は二人の病気が治ったら色々してやりたいと言って、
ソレイユでバイトを始めたんだったと思い当たった。
「そうかそうか、保の奴、二人の希望を全部叶えてやりたいとか言ってたっけな。
で、何でそこにめりだちゃんが関わってくるんだ?」
「めりだちゃんは、私達から師匠の話を聞いて、
どんな人か自分で調べたみたいなんだけど、
その時参考にしたのが、GGOの初期の動画だったの」
「………………ああ」
八幡が絡むとメリダが若干エキサイトしてしまう事を八幡は知っていた。
そんなメリダがその頃の動画を見たら、
何で八幡の敵と仲良くしているのかと怒る可能性はかなり大きいだろう。
「なるほど、それは大変だったな」
「まあでもメリダ、めりだちゃん、それにクロービスの事については感謝してるわ」
「八幡、ありがとうね!」
「おう」
八幡は多くを語らなかったが、二人はその短い言葉から、
八幡が自分達の事を大事に思ってくれているのだと改めて感じた。だが二人は放課後、
そんな優しい八幡にメイド服を着させる計画を実行する為の話し合いに行くのだ。
さすがは双子だけあって、二人は同時にその事に気が付き、
一瞬気まずそうに顔を見合わせたが、すぐに表情を改め、小さな声で囁き合った。
「まあそれはそれ、これはこれだよね」
「要するに甘い物は別腹なのよね」
八幡本人は、当然二人がそんな事を企んでいるとはまったく思っておらず、
後に保のせいで泣きを見る事になる。
そして迎えた放課後、二人は一旦寮に戻り、私服に着替えて部屋の外で合流した。
「それじゃあ行きましょうか」
「楽しみだね」
「二人とも、楽しんできなさいね」
めりだちゃんに見送られ、二人はうきうきした気分で仲良くメイクイーンへと向かった。
「ここが秋葉原かぁ」
「明らかに他の駅と雰囲気が違うねぇ」
二人は電車での移動は久々だったが、特に問題もなく秋葉原にたどり着いた。
「さて、師匠はどこかな」
「お~い、二人とも!」
きょろきょろしている二人を見付け、保がこちらに走ってきた。
「大丈夫?駅で迷わなかったかい?」
「うん、平気だった!」
「これが新宿駅や渋谷駅だったら分からなかったけどね」
「違いない」
三人は楽しそうに笑いながら、メイクイーンへと向かった。
普通だと保が先頭で、その後ろを二人がついていく形になると思うが、
今日は逆に、二人が並んで前を歩き、
その後ろで二人をガードしながら保が向かう方向を指示する形となっていた。
何故こんな形になったのかというと、最初は保が前を歩いていたのだが、
それだと藍子と木綿季が左右に分かれる事になり、
途中で藍子が色々な物に興味を示し、はぐれそうになったのに、
保も木綿季も気付かずに前に進んでしまうという事案が多発したせいである。
その後も藍子はふらふらしており、その度に保に止められる事となり、
そんな事を繰り返しながら、何とか三人はメイクイーンにたどり着いた。
八幡がいない為、フェイリスがその気配を感じて店内から飛び出してくる事もなく、
三人は普通にそのまま店内へと入っていった。
「お帰りさないませ、ご主人様、お嬢様方」
「あっ、すみません、予約していた茂村保と申しますが………」
「あっ、フェリスちゃんのお客様ですね、こちらへどうぞ」
出迎えてくれたのはまゆりであった。
三人はそのまま奥まった部屋に通され、すぐにフェイリスが部屋に入ってきた。
「三人ともお待ちしてましたニャ、今日はゆっくり寛いで欲しいのニャ」
ヴァルハラ・ウルヴズのメンバーの素顔等の情報は、
隠される事なくメンバーの間では公開されていた。
それ故にフェイリスは、相手がゼクシードだと疑う事もなく、
今こうして身内として話をしているのである。
「二人とも、好きな物を頼むといいよ。
ボクも一応GGOのトッププレイヤーだからね、それくらいの余裕はあるんだ。
まあ八幡程じゃないけどね」
「「ごちになりま~す!」」
二人はまったく遠慮する事なく嬉しそうにそう言うと、
それぞれ好きな物を注文した。
「フェイリスさんも同席出来るなら、僕が払うから好きな注文をどうぞ」
「ニャニャッ!?フェイリスにそんな事を言ったら、
一番高い物を注文しちゃうけどいいのかニャ?」
「あはははは、問題ないよ、何故なら僕はゼクシードだからね」
このゼクシード、どうやら三人の美人に囲まれている事で調子に乗っているようだ。
だが所詮メイド喫茶である為、そこまで高いメニューは存在しておらず、
バイトを頑張っている事もあり、保の懐にはまったくダメージは与えられなかった。
「それじゃあ情報の摺り合わせをしようかニャ」
「だね、最初に日にちだけど、今週の日曜日の夕方六時くらいはどうかな?
前の日に薔薇さん主催の何とかいう会があるらしくて、
その流れで人が多そうなんだよね」
「問題ないニャ」
「そうか、それじゃあそれでお願いしたい」
「任せるニャ!」
フェイリスは予約帳のチェックなどは何も行わず、
拍子抜けするくらいあっさりと、その保の申し出を引き受けてくれた。
実はフェイリスには、薔薇から事前にその可能性を示唆する連絡が入っていたのだ。
なのでフェイリスは、十九日に関しては、既に夕方から臨時休業扱いにする事を決めていた。
日曜日なので、普通にオープンすればかなりの利益が見込めたと思うが、
フェイリスにとって、八幡と一緒にいられる時間は、
利益と天秤にかけられる物ではないのである。
「それじゃあ人数は、その会の人数プラスアルファくらいでいいのニャ?」
その会~社乙会は一応秘密の会という扱いになっている為、
フェイリスは自分もそのメンバーである事はおくびにも出さず、
しれっとした顔で保にそう尋ねた。
「うん、その会の人数が二十人で、
今回はそこに明日奈さんと珪子さんと優里奈ちゃんが加わる形になったかな」
「里香ニャンは来ないのかニャ?」
「その日は和人とデートらしいよ」
「ああ~、なるほどニャ!、年末はイベントが目白押しだからニャ」
二十四日にはソレイユ主催のリアルのクリスマスパーティーがある。
二十五日にはハチマン主催のトラフィックスでのクリスマス会があり、
二十六日はALOのバージョンアップが行われ、その当日から攻略が始まる事になっている。
三十一日には八幡主催の身内のみご招待のリアルでの大忘年会がある。
なので二人がデート出来る日があるとすれば、確かに十九日くらいしかないのである。
「で、八幡は参加を承諾してくれたのかニャ?」
「いや、これから直接出向いてお願いするつもりさ」
「直接!?何か策があるとかじゃないのかニャ?」
「それなんだけどね、最初は僕も、
何か策を練って八幡に参加してもらう方向で考えていたんだよ。
でも八幡の事を知れば知る程、そういった方向だとオーケーがもらい辛いって思ってね、
何よりおかしな事をすると、変なしこりを残すかもしれないだろう?」
その保の言葉に三人は頷いた。
「確かにその可能性は否定出来ないニャ」
「八幡は優しいからボク達の我侭をいつも聞いてくれるけど………」
「確かにそういうのの積み重ねはいずれ反動が来るかもしれないわね」
「だろう?なので今回は情に訴えつつ、正攻法でいく事にしたよ」
「正攻法?」
「ああ、アイとユウの二人の為だと思って、
今回は僕と一緒に泥を被ってくれと、土下座するつもりさ」
三人はその保の言葉に固まった。
「し、師匠、さすがにそこまでしてもらうのは………」
「いいんだ、これはボクが好きでやる事だからね」
「で、でもそれじゃあ師匠のプライドが………」
「プライド?どんな手段を使っても二人の望みを叶えるってのが僕のプライドさ。
何より自分よりも明らかに格上の人間に頭を下げる事で、
僕のプライドは傷ついたりはしない」
昔はあれほど敵対していたのに、保の八幡に対する評価が今は天元突破している事が、
この言葉からよく分かる。
「で、でも………」
「確かに師匠にもメイドになってもらおうって話してたから、その事は嬉しいんだけど」
「もう決めた事だから気にするなって、弟子は師匠の言う事は素直に聞くものだよ」
「う、うん………」
「それより三人に聞きたいんだけど、
僕が今言ったやり方で、八幡は参加してくれると思うかい?」
三人はその言葉に考え込んだ。
「確かに下手に策を練るよりは、そっちの方が可能性は高いと思うニャ」
「友達に土下座までさせて、その頼みを八幡が断る姿は想像出来ないかも」
「もっとも何度も使える手じゃないと思うわ、さすがの八幡も、
土下座さえすれば毎回何でも通るなんて思わせる訳にはいかないでしょうしね」
「ある意味奇襲、って感じになるよね」
「それなら良かった、八幡の事をよく観察してきた甲斐があったよ」
こういう所は、さすが理論派のゼクシードと言える。
「という訳で、その人数で予約をお願いしたい。
フェイリスさんも参加者の枠に入ってほしいから、その分も追加でお願い」
「分かったニャ、承りました」
保が想定している人数と、
フェイリスが把握している人数にはここにいる三人分の隔たりがあるのだが、
フェイリスはその事を説明せず、当日にサービスとして割り引くつもりでいた。
「で、料金なんだけど、こういった場合の相場はどんな感じになるのかな?
僕はそういうのに疎いから、教えてもらえると助かるんだけど」
「接客担当は必要ないから、三時間としてお一人様三千円ですかニャ」
「オーケーオーケー、それじゃあそれでお願いします」
こうして順調に話は進み、藍子と木綿季にしばらく楽しんでいくように伝え、
保は八幡との交渉の為に一人でソレイユへと向かった。
「八幡は来てくれるかニャ?」
「最悪画像を捏造して飾っておけばいいんじゃないかな」
「でも師匠ならやってくれる気がするわ」
その言葉通り、保は八幡の所に乗り込んだ後、
藍子と木綿季の望みなんだと言い張ってひたすら土下座をする作戦に出た。
さすがの八幡もこの攻撃にはたじたじになり、
条件付きではあるが、参加を承諾する事となった。
その事はすぐにメイクイーンに伝えられ、まだ話をしていた三人は喜びに沸き立った。
「やった~!」
「さっすが師匠、凄い凄い!」
「八幡には案外正攻法が効くんニャね」
そう言いながらもフェイリスは、
八幡から告げられたというその条件の事で頭がいっぱいであった。
(これはやりがいがありそうニャ………)
こうして日曜の夕方から、八幡を囲むメイドの会の開催が決定された。