ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1031話 ちゃんと話をしてみろって

「えっ?」

 

 ルクスは突然名前を呼ばれた事に戸惑い、

その名前を呼んだ相手が真っ直ぐ自分に攻撃を仕掛けてこようとするのを見て固まった。

ルクスはそれなりに腕が立ち、こういった場合でも十分反撃は可能だったはずだが、

何故か今回はそれが出来ない。

 

「ルクス、覚悟!」

 

 相手の持つ武器が自分の目の前に迫ってきているにも関わらず、

ルクスは全く動く事は出来なかった。その頭の中では一つの考えがぐるぐると回っていた

 

(今の声、どこかで………)

 

「死ね!」

「させねえよ」

 

 そんなのんびりとした声と、バキッという音と共に、

グウェンの攻撃はあっさりと弾き返された。

それを成した人物は、お説教するような感じで隣のルクスに話しかけていた。

 

「おいルクス、お前なら今の攻撃なんざ簡単に防げるはずだろ、何故動かん」

「す、すみません、今の声に聞き覚えがあったような気がしてつい………」

「ほう?それじゃあこいつは知り合いか?」

「いえ、知らない人です………」

 

 ルクスはそう言ってグウェンの顔を覗き込みながら言った。

その事がグウェンはとても悲しかったが、本人はその感情に気付いていない。

そしてグウェンは自分の攻撃を防いだ者を睨みつけ、直後に顔を青くした。

 

「ハ、ハチマン………」

「俺の事は知ってんのか、というかそんなに真っ青になる癖に、

よく俺の前で攻撃を仕掛けてきたもんだよな」

「あ、あんたに気付いてれば攻撃なんかしなかったわよ!」

「ほう?俺が目に入らないくらいルクスにご執心だったって事か、だそうだぞ、ルクス」

「あ、あなたは誰ですか?」

 

 ハチマンにそう言われ、

ルクスは何かを期待するような目でグウェンを見つつ、そう質問してきた。

 

「私が誰だって、あんたには関係ないでしょ」

「関係なくなんかない!もしかして、もしかしてあなたは………」

 

 ルクスはそう言いながら涙を流し始め、グウェンはギョッとした。

 

「な、何よ………」

「あなたはもしかして、グウェンなの?」

 

 そのルクスの言葉にグウェンは目を見開いた。

まさかルクスが過去に裏切った、自分の事を覚えているとは思わなかったからだ。

 

「だったらどうだって言うの?」

「わ、私、私は………」

 

 そのままルクスが泣き出してしまった為、これ以上ここで騒ぎを起こすと、

採掘中の者達に気付かれると思ったハチマンは、グウェンを肩に担ぎながらこう言った。

 

「ルクス、場所を変えるぞ。この先の誰も来ない道の先に、安全地帯がある」

「は、はい!」

 

 こうしてグウェンはハチマンに連行され、安全地帯へと運ばれる事となった。

 

 

 

「で、ルクス、こいつはもしかして、昔お前が話してくれた、

どうしても謝りたい親友って奴か?」

「は、はい!」

「はぁ?親友?ふざけるんじゃないわよ」

 

 二人の会話を聞き、グウェンは即座にそう答えた。

 

「そ、そんな………」

「まあ経緯が経緯だ、こいつがそう思うのも仕方ないだろうな」

「ですよね………」

「あんた達は一体何を言ってるの?多少は事情を知ってるみたいだけど、

あの日、こいつが私の事を見捨てた時の事、私はまだ昨日あった事みたいに覚えてるわよ!」

 

 グウェンは二人にそう罵声を浴びせ、完全に居直ったような態度をとった。

そんなグウェンにルクスは黙って頭を下げた。

 

「あの時の私には勇気が足りなかった、本当にごめんなさい………」

「な、何で今更謝るのよ、何なのよあんたは!」

「とにかくごめんなさい………」

 

 そんなルクスにグウェンは戸惑っていた。この現状で、立場が強いのは相手の方である。

にも関わらず、ルクスは自分に謝る事しかしない。

グウェンは今まさに、混乱のただ中にあった。

 

「どういう事なの?」

「俺にそう言われても、俺はおおまかな話しか知らないからな」

「それでいいから説明してみて」

「そうだな………」

 

 ハチマンは少し迷った後、グウェンにこう尋ねた。

 

「なぁ、お前とルクスは、

同じようにラフコフに脅されてた仲間同士だったって事でいいんだよな?」

「ええ、それで合ってるわ」

「お前、その後ラフコフがどうなったか知ってるのか?」

「私達みたいな下部組織と共に壊滅したんでしょ?で、全員牢屋に入れられた」

「その程度か………」

「何よそれ!」

 

 どうやらグウェンは何も知らないに等しいらしいと考えたハチマンは、

少し迷った後に、事の顛末をグウェンに説明する事にした。

 

「俺達がラフコフの本隊を全滅させたあの日………」

「あっ、それじゃあやっぱりあんた、あのハチマンなんだ」

「隠しても仕方ないから言うが、その通りだな。

で、あの日、俺達は確かにラフコフのメンバーを全滅させたが、

リーダーのPoHだけは逃がしちまったんだ」

「えっ、そ、そうだったの?」

「その後もラフコフの残党を名乗るプレイヤーも現れたくらいだ、

闇に潜みながら、あいつらが復権の機会を狙っていたのは間違いないはずだ」

「………………」

 

 グウェンはその言葉に黙り込んだ。

それがどう自分に関係してくるのか分からなかったからだ。

 

「ところでお前、ロザリアってプレイヤーの事、知ってるか?」

「タイタンズハンドのリーダーの?もちろん知ってるわよ」

 

 いきなりハチマンがそう話題を変え、グウェンは戸惑ったが、

知っている名前だった為、とりあえずそう答えた。

 

「それは都合がいい、今本人をここに呼ぶからちょっと待ってろ」

「えっ?えっ?」

 

 そう言ってハチマンはどこかにメッセージを送り、

すぐに見知らぬ顔の一人の女性がこの場に駆けつけてきた。

 

「あっ、そこの採掘場にいた………」

「ハチマン、それにルクスも、一体どうしたの?」

「おうロザリア、こいつの事、覚えてるか?

どうやらお前と同じ、ラフコフの下部組織の人間だったらしいぞ」

「えっ、本当に?」

 

 ハチマンが自分の事を、CCじゃなくロザリアと呼んだ事で、

何か思うところがあったのだろう。

ロザリアは真面目な表情でじっとグウェンの顔を見た。

 

「………ん~、キャラが違うからもちろん見覚えはないんだけど、

女性プレイヤーって本当に数える程しかいなかったしね、もしかしてグウェン?」

「えっ?ほ、本物のロザリア?」

 

 グウェンは、あるいはハチマンがメッセージで、

ロザリアに自分の名前を教えていたのかもしれないと疑ったが、

次のロザリアの言葉でグウェンの疑いは吹っ飛んだ。

 

「牢屋じゃ隣同士だったわよね、SAOから解放されたあの日、

『生き残れた』って二人で喜び合って、

『いつか会えたらその時は一緒にお祝いしよう』って叫び合った事、まだ覚えてるわよ」

「本物だ!」

 

 グウェンはその言葉でロザリアが本物だと完全に信じた。

 

「お前、そんな事叫んでたのかよ」

「べ、別にいいじゃない、本当に嬉しかったんだもん!」

 

 そのロザリアの態度にグウェンは驚愕した。

どう見てもロザリアが、ハチマンにラブラブだという風にしか見えなかったからである。

 

「ねぇロザリア、あんたってこいつに牢屋に入れられたのよね、その事を恨んでないの?」

「はぁ?何言ってるのよ、そのおかげで私達は………、

ああそうか、あんたはあいつらよりも遅く牢屋に来たものね、

いいグウェン、牢屋に送られてきたラフコフの奴らが私に何て言ったか分かる?」

「それは初耳、何て言ったの?」

「『お前もいずれ殺すつもりだったが、命拾いしたな』よ。

多分私達が捕まってなかったら、遅かれ早かれあいつらに皆殺しにされていたでしょうね」

「えっ、嘘………」

 

 グウェンはその言葉に絶句した。その時ルクスがそんなグウェンの手を握りながら言った。

 

「グウェン、本当に生きててくれて良かった、

生きてるって信じてたけど、本当に良かった………」

「あら、二人は知り合いだったの?」

「え、ええ、まあ一応………じゃないわよ!確かに知り合いだけど、

私はあの日、血盟騎士団の連中に捕まってそのまま牢屋に放り込まれたわ。

でもそんな私をこいつは全然庇ってくれなくて、何もせず見殺しにしたのよ!」

「何甘えた事を言ってるのよ、だってあんた、オレンジメンバーだったんでしょ?

そんなの捕まって当然じゃないのよ。

私なんて、カーソルはグリーンだったのに捕まったのよ!」

「そ、それはそうだけど………」

 

 間接的に他のプレイヤーを追い込んで殺していたとはいえ、

確かにカーソル自体はグリーンだったロザリアにあっさりとそう言われ、

グウェンは鼻白んだ。確かにそうなのだが、そう言われても素直に納得は出来ないのだ。

 

「で、でもこいつは………」

「結果的にそのおかげで命拾いしたんじゃないの?」

「それはそうかもだけど………」

 

 その時ハチマンが、横からこう言ってきた。

 

「俺が口を出す事じゃないかもだけどよ、

お前の事を、ルクスは名乗られなくても覚えてたじゃないかよ。

ちょっとはその気持ちも汲んでやって、ちゃんと話をしてみろって」

「………………ま、まあ、話くらいなら」

 

 結局のところ、グウェンもルクスの事を信じたかったのだろう。

だがグウェンはその気持ちを拗らせてしまっていた。

これを解きほぐすには、やはり直接言葉を交わす以外の選択肢は無いのだ。

そのまま二人は少し遠くに離れ、熱心に語り合っていた。

ハチマンとロザリアはそれを遠くで見守っていたが、

やがて二人は手を握り合ったままこちらに歩いてきた。

 

「ごめんなさいハチマンさん、私が間違ってました」

「ハチマンさんごめんなさい、私達、仲直り出来ました!」

「そうか、それなら良かったわ」

 

 二人は自分達の気持ちを正直に伝え、そのまま和解できたらしい。

 

「それでハチマンさん、グウェンがハチマンさんに話があるそうなんですが………」

「おう、何だ?」

「えっと、実は私、今小人の靴屋でお世話になってるんだけど………」

「ほう?」

 

 ハチマンはその言葉に目を見開いた。

 

「で、話って何だ?」

「えっと、グランゼが色々動いてるみたいだから、気をつけて」

「それは知ってるぞ、シグルドとかと組んで何かやろうとしてるんだろ?」

「シグルド?誰?」

「ん?シグルドの事、知らないのか?」

「ええ、私は主に、職人達への連絡役をしているからね」

「ふむ………」

 

 ハチマンは、どうやらグウェンは小人の靴屋の中枢にいる人物ではなさそうだと思い、

グウェンを利用するのもどうかと思ったのか、こう頼んできた。

 

「なぁグウェン、お前さ、小人の靴屋のメンバーだって事は、

中には親しい奴もいるんだよな?

とりあえずうちが小人の靴屋の動きに気付いてるって事は、

そういった奴らには黙っててくれないか?」

「へ?情報を流さなくていいの?」

「いや、だってお前さ………」

 

 ハチマンは困ったような顔をした。ルクスとの関係を盾に、

グウェンに気が向かない事をさせるつもりはまったく無かったからだ。

そこまでしなくても、何とでもなるという自信を持っていたという理由もある。

 

「………もしかして私に気を遣ってくれてるの?」

「そりゃまあ、なぁ………、

いくらルクスの友達だからといって、スパイをさせる訳にはいかんだろ」

「それなら大丈夫、私、グランゼの事は好きじゃないから」

「そ、そうなのか?」

「うん、だってあいつ、自分が全て正しいって思ってるところがすごく鼻につくんだもん」

 

 グウェンのその言葉に三人は噴き出した。

 

「グウェン、ぶっちゃけすぎ!」

「でもその気持ちは何となく分かるわ」

「いや、本当にそうなんだって、だから私の事は気にしなくていいよ、

ルクスの為になるならいくらでもスパイをやるよ!」

「そう言ってもらえるのは有難いが、

事が終わった後に、あいつらに恨みを持たれる可能性が………ん、待てよ」

 

 ハチマンは何かに気付いたような顔をし、ハッとした。

 

「なぁグウェン、お前さ、ルクスみたいにSAO時代のキャラをもう一度使う気はないか?

そうしたら今のキャラは封印しても問題なくなるだろ?」

「もしそれが可能なら是非そうしたい所だけど、そんな事不可能でしょ?」

「もしお前がそれを望むなら、何とかしてやれなくもない」

「本当に?それじゃあ是非お願いしたいわ」

「その前に、お前今、どこに住んでるんだ?」

「東京だけど………」

「そうか、それは都合がいいな、この住所に今から来れたりしないか?」

 

 そう言ってハチマンは、グウェンにメッセージを送った。

 

「ここ?え~と………えっ、これ、ソレイユの本社じゃない?」

「おう、それで合ってるな」

「可能は可能だけど………」

「もしお前が家の住所を教えてくれるなら、俺が迎えに行ってやってもいい。

まあ俺の事が信用出来るなら、だけどな」

 

 グウェンはそう言われ、困った顔でルクスの顔を見た。

ルクスはそんなグウェンに力強く頷いた。

 

「大丈夫だよ、グウェン」

「分かったわ、それじゃあここに迎えに来て」

「ここか。分かった、直ぐに車で迎えに行くわ」

「うん、お願い」

 

 こうしてグウェンがソレイユを訪れる事が、電撃的に決定した。


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