四人はポータルからトラフィックスへと戻り、その場でログアウトをした。
そして現実世界に戻った八幡は、
マンションからキットの所に向かう途中で薔薇からの連絡を受け、
ソレイユの自分の部屋に移動したのだが、そこでいきなり保に土下座されていた。
「………小猫が保が来てるって言うからとりあえずこっちに来たが、これはどういう事だ?」
「すまない八幡、何も言わずに僕と一緒にメイドになってくれ!」
「はぁ?意味が分からんのだが………、
今から出かけるからちょっと忙しいんだよな、詳しい話は今度でもいいか?」
「それは重々承知の上で頼む、時間は取らせない、この通りだ!」
「むぅ………」
八幡は困り果て、とりあえず保にこう言った。
「とりあえず立てって、メイドになれってのはどういう事だ?
もしかしてアイとユウに何か頼まれたか?」
「頼まれたって言われたらそうかもしれない。
あの二人がね、まだ病気が治るか分からない時に僕にこう言ったんだ、
もしこのまま病気が治ったら、八幡と一緒にメイドの格好をしたいってね。
だから伏してお願いしたい、その望みを果たす為に協力してくれ!」
「そういう事か………」
八幡は事情を理解し、これって断れない奴だよなと肩を落とした。
「………分かった、その頼み、引き受けるわ。
ただしその作戦が通用するのは今回だけだぞ、
土下座すれば俺が言う事をきくと、他の奴らに思われるのも困るからな」
「ありがとう八幡、恩に着るよ!」
だがただメイドの格好をさせられるのは業腹だと考え、
同時に八幡は保にこんな提案をした。
「その代わり、俺からも提案があるんだが………」
八幡はそう言って保の耳元で、こそこそと何か囁いた。
「なるほど、確かにそれは面白いね」
「だろ?俺達ばっかりが笑われるのは気に入らないからな、
この事をフェイリスに伝えておいてくれ」
「分かった、任せてくれ」
こうして保は晴れやかな顔で去っていった。
「さてと………」
八幡はそのまま秘書室に向かい、薔薇にこう言った。
「保の用件は済んだからちょっと行ってくる、小猫はナーヴギアの準備をしておいてくれ」
「分かったわ、任せて」
そして次に八幡は、ひよりに電話をかけた。
「お、ひよりか?三十分後に寮の前で待っててくれ、
グウェンを拾った後に迎えに行くからな」
『あ、ありがとうございます、お待ちしてますね!』
八幡はこれで準備よしと思い、そのままグウェンの家に向かった。
「鶴咲さん………ここだな」
グウェンの本名は、鶴咲芽衣美という。
八幡はその事を住所と一緒に送られてきたメッセージで知っていた。
家の門の前にはやや幼く見える少女が立っており、
八幡はキットから下りて、そちらに手を振った。
「よぉ、グウェンか?」
「そういうあんたはハチマンでいいのよね?」
「比企谷八幡だ、実名系で悪いな」
「あ、そうなんだ、私は鶴咲芽衣美よ、改めて宜しくね」
そう言いながら芽衣美は八幡に手を差し出してきた。
八幡はその手を握り返し、芽衣美を助手席へと案内した。
「ほれ、遠慮なく乗ってくれ」
「うわ、ガルウィング!?凄く高そうな車ね、もしかして政府からの援助金で買ったの?」
「ははっ、それじゃあ全然足りないさ、これは貰い物だ」
「貰い………って………」
芽衣美は絶句しつつ、お金というのはある所にはあるものだと思い、
そのままキットに乗り込んだ。そして他の者達同様にキットに話しかけられて驚き、
そこからは素直にこのドライブを楽しむ事にした。
「わぁ、わぁ、全然揺れないね」
「道の凹凸を検出して調節してるらしいぞ、なぁキット」
『はい、その通りです』
「嘘、何その高性能」
「ふふん、もっとキットを褒めてくれてもいいぞ」
「キット、凄い!」
『お褒めに預り光栄です』
そんな会話を繰り広げながら、芽衣美は流れる景色を見て、訝しげな口調でこう言った。
「ねぇ、こっちってソレイユの方角と違うんじゃない?」
「よく気付いたな、今向かってるのは帰還者用学校だ。もうすぐ見えてくると思うぞ」
「帰還者用学校?それって………」
「お、見えてきたな、それであそこにいるのが………」
「ル、ルクス!」
SAOでの姿とそっくりなので当然なのだが、芽衣美は一瞬で相手の正体を理解した。
「ひより、待たせたな」
「ありがとうございます八幡さん!それにグウェン!」
「ルクス!」
二人はそう言って抱き合い、八幡はそれを見て満足げにうんうんと頷いた。
「それじゃあ二人は一緒に後部座席に乗るといい」
「ありがとうございます、八幡さん」
「あ、ありがとね、は………八幡」
芽衣美は遠慮がちに八幡を名前で呼んだ。
特に八幡に何か言われた訳ではないが、ひよりに合わせたのだろう。
そう思った八幡も、敢えてこう返した。
「おう、どういたしましてだな、ひより、メイミー」
「ちょっと、何よそのあだ名!
でもまあいいわ、芽衣美じゃ呼びにくいだろうし、広い心で許します」
「おう、サンキューな」
三人はその会話に笑いながら、ソレイユへ移動を開始した。
道中ではひよりと芽衣美が楽しそうに話しており、
八幡はそれを邪魔しないように黙って車を走らせていた。
「さて着いたぞ、二人とも、こっちだ」
「は、はい!」
「お、お邪魔します………」
ひよりも芽衣美も当然こういった場所に来るのは初めてだった為、
かなり緊張している様子である。
そして受付に向かうと、そこではえるが一人で留守番をしていた。
「あ、八幡さん、お帰りなさい!」
「おう、遅番か?ウルシエル、かおりはもう帰ったのか?」
出かける時はかおりがいた為、八幡はえるにそう尋ねた。
「だからウルシエルじゃないってあれ程………かおりならもう帰りましたよ!」
「そうかそうか、ところでウルシエルさ、お前の彼氏候補に言っておいてくれよ、
あんまり無茶ぶりして俺を困らせるなってな」
いきなりそう言われたえるは、顔を真っ赤にしながらこう答えた。
「か、彼氏候補とか、別に保さんはそういうんじゃないですし!」
「俺は保とは一言も言ってないんだが」
「はっ!?た、確かに!八幡さん、私をはめましたね!」
「お前が分かり易すぎるんだっての。
保は自己評価が低いっぽいから、まあお前も頑張ってな、絶対に脈はあると断言しておこう」
「ほ、本当ですか?信じますよ、信じちゃいますからね!私、やる時はやりますよ!」
「おう、頑張ってな」
「はい!」
その会話に二人は目を点にさせたが、そのまま八幡に促され、
えるに頭を下げてその横を通り過ぎた。
「凄く綺麗な人………」
「ん?えるの事か?」
「うん、あんな美人の恋愛相談に乗ってあげてるの?男として悔しくないの?」
「芽衣美、八幡さんには明日奈さんっていう恋人がいるからね」
「えっ、もしかして閃光!?リアルで会えたんだ、それは本当におめでとう!」
芽衣美は当然アスナの事は知っており、八幡にお祝いの言葉を述べた。
「おう、ありがとな。ちなみにさっきのはただ冷やかしてただけだ、
あいつの彼氏候補とは友達なんだよ」
「え、あんたに友達なんかいたの!?」
「おい、それはどういう意味だ」
「だってSAOのハチマンって言ったら、ソロプレイヤーの代名詞だったじゃない」
「ぐっ、た、確かに返す言葉も無いが、今は昔とは違うんだよ!」
「そうなの、まあ良かったじゃない、私にはひよりしかいないんだし」
「ん?」
「芽衣美?」
その言葉が八幡とひよりは気になったが、その事は後で話す事にし、
三人はそのまま八幡の部屋へと移動した。
「………何この次期社長室って」
「気にするな、ただのギャグだ」
「こういうのってギャグで済ませていいものだとは思えないんだけど………」
「ソレイユってのはそういう会社なんだよ」
「………まあいいわ」
それで納得した訳でもないのだが、芽衣美は追及するのをやめ、大人しく部屋に入った。
そこで三人を待っていたのは薔薇である。
「あっ、ロザリアだ!」
「薔薇さん、こんばんは!」
「待ってたわ、ふふっ、まさかラフコフに参加してた女子が、
全員ここに集まる事になるなんて思いもしなかったわね」
「た、確かに私達以外の女子って見た事ないね」
「そ、そういえば!」
そんな薔薇に、八幡は冷静に突っ込んだ。
「女子って年じゃないだろお前………」
「ああん?」
その突っ込みを受け、薔薇は八幡の顔を下から見上げ、
まるでヤンキーのように睨みつけた。だがそんな攻撃は当然八幡には通用しない。
「それだそれ、そういうとこで年がバレるっつってんだよ」
「くっ、このまま生意気な事を言うその唇を奪ってやろうかしら」
「俺相手に出来るもんならやってみろ」
「言ったわね、言質はとったわよ!」
「おう、出来るものならな」
「くっ………」
薔薇はそれで悔しそうに引き下がると、満面の笑みを浮かべて二人に向き直った。
実に切り替えが早い事である。
「ひより、久しぶり、そしてえ~と………」
「鶴咲芽衣美だよ、宜しくね」
「私は薔薇よ、宜しくね」
「ちなみに下の名前は小猫だぞ、メイミー」
八幡にそう言われた瞬間に、薔薇は芽衣美に向かってこう言った。
「あら、あだ名を付けられたのね、ほんとお互い大変よね」
その素早さに八幡は呆れつつ、黙って薔薇の口を塞いだ。
「ん~!ん~!」
「おいメイミー、こいつの下の名前は本当に小猫だからな、あだ名なんかじゃない」
「そ、そうなんだ、かわいくていいと思うけど………」
「だよな、だがこいつはその事を気にしてるんだ、まったく困った奴だよな」
「んんんんん!んん~!」
それで八幡は薔薇の口から手を離し、薔薇は息を切らせながら八幡に抗議した。
「ちょっと、苦しいじゃない!」
「うっせ~な、お前の往生際が悪いのが悪い、俺は悪くない」
「きいいいい!」
そんな二人を見て、芽衣美はひよりにこう囁いた。
「この二人、随分仲良しなのね」
「うん、いつもこんな感じみたい!」
尚も漫才のようなやり取りを続ける二人を、
芽衣美とひよりは楽しそうに眺めていたのだった。