「さて、メイミーのキャラを復活させる前にだ」
八幡はそう言って、真面目な顔で芽衣美の顔を見た。
芽衣美はその視線に気圧されながら、おずおずとこう言った。
「な、何………?」
「お前さっき、自分にはひよりしか友達がいないみたいな事を言ってたよな、
それはどういう事だ?」
「それはえっと………私って今、半分ニートだからさ………」
「ニート?お前、今いくつなんだ?」
「に、二十歳………」
「あ、私と同い年だね!」
ひよりがそう言い、それで逆に八幡は考え込んだ。
「って事は、SAOに入った時は十六だったって事だよな?
でもお前、今帰還者用学校にいないよな?何でだ?」
その八幡の言葉にひよりも薔薇もハッとした。
確かに芽衣美は本来なら帰還者用学校に通っていないとおかしいはずだ。
「え、えっとね、うちの両親って世間体を凄く気にする人でさ………、
帰還者用学校なんて体裁が悪いって言って、通わせてくれなかったんだよね………」
「え、マジかよ、お前の将来の事はどうでもいいって事か?」
「あ、う~ん、うちってコンビニをやってるんだけど、
多分将来はそこで働く事になると思うんだよね」
それで八幡は、確かに芽衣美の家の隣はコンビニだったなと思い出した。
「コンビニの店長って事か?」
「ううん、それは弟がやるだろうから、ただの店員………」
「はぁ?何だそれ?」
確かに最終学歴が中卒で良ければ、別に帰還者用学校に通う必要は無いが、
そこに芽衣美の意思がまったく反映されていない事に、八幡は怒りを覚えた。
「お前はそれでいいのか?何かやりたい事はないのか?」
「う~ん、まあ今のところは特に………」
その言葉に八幡は一瞬呆れたが、
そもそもそういう事を考える時間を与えられていないのだと思い直し、
改めて芽衣美にこう尋ねた。
「俺の聞き方が悪かった、自分の進む道は自分で決めたいとは思わないのか?」
「そ、それは思うよ、まだ何がやりたいとかは分からないけど、
でもそういうのを探せるように、色々勉強したいなって………」
その言葉に八幡は頷いた。
「なら俺が手伝ってやるから一緒に親を説得しよう。
なぁに、いざとなったら俺がお前を家から連れ出してやるさ、
それくらいの甲斐性は一応持ってるつもりだ」
その言葉にひよりが一瞬羨ましそうな顔をしたが、それはあくまで最終手段である。
「ほ、本当に?」
「おう、厚生労働大臣も防衛大臣も知り合いだ、
あまりいい事じゃないが、そっちから手を回す事も可能だ」
「そ、そうなの?」
「実はうちのお父さんが、その厚生労働大臣だったりして………」
ひよりが恥ずかしそうにそう言い、芽衣美は目を見開いた。
「そ、そうなんだ!?」
「う、うん」
「そっかぁ、それなら何とかなるのかな?」
「あくまでお前が望むなら、だがな」
「………………」
芽衣美はしばらく無言だったが、やがてスッキリしたような顔でこう言った。
「うん、今度は私を牢屋から連れ出して!」
「今度はって、お前を牢屋に入れたのは俺じゃないけどな」
「部下のした事は上司の責任じゃない!」
「その時俺は上司じゃなかったけどな」
そう言いながらも八幡は、黙って芽衣美に手を差し出した。
「分かった、お前を自由にしてやる」
「ありがとう!」
芽衣美は感極まった様子で八幡に抱き付き、
さすがの八幡もこの状況で芽衣美を突き放すような事はせず、黙ってそれを受け入れた。
「小猫、あらゆる人脈を使って話を進めてくれ、早ければ早いほどいい。
まあこの場合、基本権力をチラつかせて力押ししかないと思うけどな」
「分かったわ、任せて」
「八幡さん、私も手伝います!お父さんにお願いしてみますね!」
「おう、使える権力は総動員してやろう」
「はい!」
こうして薔薇は外へ出ていき、ひよりも親に電話をかけると言って一緒に外に出た。
「さて、それじゃあ本題だな」
「う、うん」
「とりあえずこれを見ろ、メイミー」
「これ?………………ひっ」
八幡が取り出したのはナーヴギアであり、芽衣美はそれを見て小さく悲鳴を上げた。
「まあそうなるよな、ちなみにこれに、人を殺す機能はもう付いてない、
そしてお前のキャラを復活させるには、お前がこれを被る必要がある」
「そ、そうなの?」
「おう、ナーヴギアが脳波からお前をグウェンだと検知して、
そこにお前を導いてくれるだろう」
「そういう事なんだね」
芽衣美はまだ少し震えながらも、ゆっくりとナーヴギアに手を伸ばした。
「本当に危険は無いんだよね?」
「おう、それは俺が保証する。ちょっと待ってろ、今証明してやる」
八幡はそう言うと、芽衣美が掴む前にナーヴギアを手に取り、いきなりこう叫んだ。
「リンク・スタート」
「ええっ!?」
直後に八幡の体は弛緩し、一分後に再び意識を取り戻した。
「すぐにログアウトしてきたわ、どうだ、安全だっただろ?」
「う、うん、わざわざありがとうね」
「いやいや、気持ちは分かるからな」
「って事は、八幡はこれを被ったんだね、ヴァルハラの強さの秘密が少し分かった」
「おう、少し反則かもしれないが、俺達の二年間を無駄にするのは嫌だったからな」
「うん、その気持ちは私にも分かるよ」
そう言って芽衣美はナーヴギアを手にとり、頭に被った。
「そういえばな、お前は多分、SAOで最後にいた座標に飛ばされる事になると思う。
でもSAOとALOだと座標の設定が違っててな、
俺達はシルフ領の空中だったが、今は多分アルン郊外の空中に放り出されるはずだ。
まあそんなに高い位置じゃないと思うが、その時は慌てないように注意するんだぞ」
「そうなんだ、何から何までありがとうね、このお礼は必ずするわ」
「そうだな、いずれ働いて返してくれればいい」
「ふふっ、任せて」
この時の言葉が芽衣美の進路に影響を与える事になるのだが、
この時の二人はそんな事をまったく意識してはいなかった。
そして芽衣美は躊躇いなくこう叫んだ。
「リンク・スタート!」
そして懐かしいエフェクトが脳内に流れ、途中で停止した。
「あ、あれ?」
その理由は直ぐに分かった。目の前に、名前の設定画面が現れたからだ。
「あ~、そっか、私が新キャラを同じ名前にしちゃったから、
名前を変える必要があるんだ………」
表示されている今の名前はGWENとなっており、
芽衣美は少し考えた後、最後にもう一つNを付け足した。GWENNの誕生である。
「これで良しっと」
こうして読み方は同じだが綴りだけが違う新生グウェンが誕生し、
直後にグウェンは浮遊感を感じた。
「あっ、本当に空中だ」
グウェンはそのまま滑らかな挙動で宙を舞い、空中で辺りを見回した。
「あ、アルンが見える」
遠くにアルンが見えたがそんなに遠くはなく、
グウェンは即時ログアウトが出来るように、そちらに向けて飛び立った。
「この距離なら五分くらいかな」
グウェンはそう思い、その間に今の自分のステータスを確認しようと考え、
コンソールからステータス画面を呼び出してみた。
「わお、今のグウェンよりずっと強い………」
装備の欄はバグっていた為、グウェンは躊躇いなくそのアイテムを全部捨てた。
「昔使ってたのと同じ感じの武器をハチマンにねだろっと、
それくらいは許してもらえるよね」
グウェンはそう含み笑いをしつつ、飛ぶ速度を上げた。
「うん、いい感じ!」
グウェンはすぐにアルンに到達し、そこでログアウトをしようとして手を止めた。
視界に知り合いの姿が映ったからだ。
「グランゼ………と、あれは知らない人ね」
グウェンはやや緊張しつつ、グランゼの方に近寄っていった。
そしてグランゼと目が合った瞬間にグウェンの心臓の鼓動は跳ね上がったが、
グランゼはただこちらに会釈をしてくるのみであり、グウェンも反射的に会釈を返した。
(気付かれなかったか、まあそうだよね)
そのままグランゼとすれ違い、グウェンは今の自分の姿を確認してから落ちようと思い、
噴水へと向かってそこに自分の顔を映してみた。
「わっ、完全に一緒じゃないけど、結構似た顔になってる」
そこには懐かしさを感じさせる顔が映っており、グウェンは身を震わせた。
「うん、ここからリスタートだね、今度こそこの姿で冒険を………」
グウェンは満足げにそう呟くと、そこでログアウトした。
「おう、お帰り」
「お帰り、芽衣美!」
「ただいま!」
芽衣美の晴れやかな表情を見て、
二人は芽衣美が無事に昔のキャラを取り戻したのだと理解した。
「どうだった?」
「うん、凄く懐かしかった!」
「そっかぁ」
「それに強かった!」
「ふふっ、良かったね、芽衣美」
「うん、ありがとう、ひより!それに八幡!」
この後、早速両親の説得の為に芽衣美の家に向かう事となり、
そこでひよりの父である健が待っていた事で芽衣美は混乱したが、
その後、八幡と健が二人がかりで両親を説得してくれ、
一切の経済的負担をかけないという条件で、
芽衣美は無事に帰還者用学校へと通える事になった。
これはもちろん八幡の負担であったが、大した額ではない為八幡は気にしなかった。
どうせかかるといっても、制服代と月々の小遣いくらいである。
だが芽衣美はさすがに恐縮したのか、それくらいはバイトをすると言い出し、
即日ソレイユで、つまりは自宅でバイトをする事が決定された。
ここまでの流れはさすがはソレイユ、恐ろしく仕事が早い。
「良かったな、芽衣美」
「嘘みたい、まさかさっきの今でこんな事になるなんて………」
「学校には明後日から通えるからな、ちなみにひよりと同じクラスだぞ」
「本当に?やった!」
「鶴咲さん、ひよりと仲良くしてやってね」
「は、はい、ありがとうございます、大臣!ひより、明後日から宜しくね!」
「うん、宜しくね、芽衣美!」
こうして芽衣美の生活は激変する事になった。
今週は家からの通いだが、来週頭には寮にも入れる事となり、
芽衣美は八幡の為に、頑張ってスパイ活動をしようと改めて心に誓った。