「マスター、今日って何の集まりなんですか?」
「おう、八幡の旦那のファンクラブみたいな集まりらしいぞ」
「そうなんですか!へぇ、私もいつか入れるといいなぁ」
「とても興味深い」
遊戯室に料理や飲み物を運びながら、
ソレイユ社員食堂『ねこや』のアルバイトのアレッタとクロは、
ねこやのマスターとそんな会話を交わしていた。
「あ、マスター、それにアレッタちゃんにクロちゃん、
今日は我侭を言ってしまってごめんなさいね」
そんな三人を出迎えたのは、社乙会会長の薔薇であった。
「いえいえ、むしろこんな大口の注文を頂いてありがとうございます」
「わぁ、結構人がいるんですね!」
既に遊戯室の室内は人で溢れていた。その全てが美人と言っていい女性であった為、
アレッタは驚きで目を見開いた。
「美人ばっかり………」
「え~?アレッタちゃんだってかわいいじゃない」
「そんな事ないです、私なんて全然ですよ!」
アレッタはそう言って手を前に出し、わたわたと横に振った。
「そういえばアレッタちゃんもクロちゃんも、
卒業してもそのままねこやで働きたいって言ってるんだって?」
「はい、もし可能なら、ですが」
「一生八幡と一緒にいたい、主にカレー的な意味で」
アレッタはともかく、八幡に定期的にカレーを食べに連れていってもらっているクロの、
八幡への懐きっぷりはかなりのレベルのようだ。
「マスター、もしそうなった場合、どうなの?」
「そうですね………」
ねこやの店員はソレイユの雇っているバイト扱いであり、マスターは正社員となるが、
売り上げに応じた成果給が毎月こまめに支給されている状態である。
その成果給についてはバイトも例外ではない。
資金的に余裕のあるソレイユの社員達はねこやをまめに利用してくれる為、
それを差し引いてもまだ数人は人が雇えるくらい、ねこやは健全経営を続けていた。
「まったく問題ありません、バイト代が固定給に変わっても大幅に黒字ですよ」
「そう、それじゃあ八幡から許可が出たら、卒業し次第正式採用って事で」
「やった、ありがとうございます!」
「これで八幡とずっと一緒」
薔薇はそんな二人を微笑ましく眺めていた。
薔薇は料理はどちらかというと得意なのだが、家事をする時間的余裕があまりなく、
ねこやに通う頻度がかなり高い為、二人と交流する機会はかなり多いのだ。
そのせいで私情も若干混じっているが、二人の働きぶりもちゃんと考慮した上で、
事前に陽乃の許可もとって、今回このような判断を下したのである。
「そういえば噂だと、コアな常連には料理の名前がついてるんだって?」
「ええ、まあ常連さんの間で勝手にそう呼びあっているだけですけどね」
「メンチカツ、エビフライ、テリヤキ、ロースカツ、チョコレートパフェまでいるのよね、
ふふっ、楽しそうでいいじゃない。いずれ私も何かの名前で呼ばれたいわ」
「………実は室長は密かに『ミルクレープ』って呼ばれてますけどね」
ここでマスターからのカミングアウトがあり、薔薇は顔を赤くした。
「あれは既製品で申し訳ないと思ってるんですが、作るのはさすがに厳しくて………」
「そ、それはいいのよ、す、凄く美味しいし」
「そう言って頂けると。おっと、そろそろ配膳しますね、時間ももうあまり無いですし」
「そうね、それじゃあお願いします」
今日の料理はバイキング形式で、
遊戯室に作られた休憩用のカウンターに料理とお酒が並べられる。
料理は温かい物は温かく、冷たい物は冷たいまま提供出来るように工夫されており、
飲み物に関しては無料自販機があるので問題なく、
酒類はアイスペールに入れて並べられる形となっている。
もっとも社乙会は泥酔禁止なので、その量は少ない。
そして配膳が終わり、三人が出ていくと、遂に社乙会の忘年会が開始された。
ちなみに入り口は中から施錠され、誰も入れないようになっている。
これは万が一、八幡がふらっと訪れた時の対策であり、
当然社乙会の三文字はどこにも書いてはいない。
「それじゃあみんな、今日は集まってくれてありがとう。
今日の参加者は全部で二十二人、社乙会もここまで大きくなりました、本当にありがとう」
その薔薇の言葉に大きな拍手が上がる。
「それじゃあ最初にいくつか議題を片付けてしまいましょっか、
最初はクルスから」
「はい」
その言葉でクルスが立ち上がり、前に出た。
「私は先日こんな光景に遭遇しました」
そう言ってクルスが語り出したのは、先日の会議の前の、八幡とめぐりの事であった。
「………という訳で、めぐりさんから発せられる雰囲気は、
八幡様を大幅に癒してくれるようです。八幡様はこの現象を、
自ら『めぐりっしゅ』と名付けられました」
その瞬間に参加者達がどよめいた。
「確かにめぐり先輩は昔からそんな感じだったけど………」
「ヒッキーがわざわざ名付けたって事は、本当っぽいよね」
「それを再現出来たら私達の大きな武器になりそうですね」
そして普段は特定のゲーム機の映像を大写しする為に用意されている遊戯室のモニターに、
めぐりの普通の顔、怒った顔、柔らかい笑顔の三つが表示され、
参加者達はその写真を元に、ああだこうだと真面目に議論を交わしあった。
「フラウ、これって………」
初参加の中でも特に八幡との関わりが薄い明日香は、
この光景に付いていけず、フラウにそう話しかけたが、
どうやらフラウはこういうくだらない事に真面目に取り組むのが好きらしく、
いきなり立ち上がって意見を述べたりし始めた。
「むぅ、まだ私には分からない世界だ………」
この時はそう言っていた明日香も、回を重ねるごとに染められていき、
いずれ自ら議題を提出したりするようになる。
「さて、結局仮説がいくつか提示されただけに終わりましたが、
これについては研究続行という事にしたいと思います。次、理央!」
「はい」
次に指名された理央が立ち上がり、スッと前に出る。
「報告です、実は先日、八幡にこんな物をもらいました」
そう言って理央は、チェーンに通したおもちゃの指輪を掲げ、
参加者達は先ほどよりも大きくどよめいた。
「ゆ、指輪!?」
「何て凄いお宝なの!?」
「一体どういう経緯で?」
理央はその質問を受け、この指輪を手に入れた経緯の説明を始めた。
「実は先日大野財閥の晶さんと春雄さんと、
八幡と一緒にゲームセンターに行く機会がありました。
その中に、中に何が入っているか分かりませんと書いてある、
いわゆるガチャガチャがあったんです」
理央がそこまで言った時点で、なるほど、それで、という声が広がる。
理央はその言葉に頷きながら、話を続けた。
「八幡がこういうのが好きだって事は皆さんよくご存知だと思います。
で、八幡がわくわくした顔でそれを回し、そして出てきたのがこのおもちゃの指輪です。
八幡は、『何だこれ、ほれ理央、良かったらやるよ』と言って、
このお宝を無造作に差し出してきたんです」
「お~!」
「それはラッキーだったね!」
「理央、おめでとう!」
そして大きな拍手が上がり、理央は照れた表情でそれに答えた。
「でもどうして指じゃなく、チェーンに通してるの?」
その結衣の疑問はもっともであり、それについても理央は詳しく説明した。
「実はその後、大野ご夫妻からこんな話があったんです」
理央はそう言って、二人の記念である指輪の話を披露した。
「おお………」
「大感動巨編!」
「いいなぁ、そういうのって憧れるよね」
先ほどは付いていけないと言っていた明日香でさえ、この話には素直に感動していた。
「そっかぁ、おもちゃの指輪って簡単に壊れちゃうもんね」
「それでそうしたと………」
「そういう指輪って、もうほとんど見ないよね」
「リング状の物なら指輪じゃなくてもいいかもね」
「だねぇ、でもそういう機会は中々………」
そんな会話が交わされ、理央の代わりに薔薇が一歩前に出た。
「という訳で、私から理央に『指輪の先駆者』の称号を与えます。
みんな、もしそんな機会がありそうなら、
理央に続けるように頑張ってそのチャンスをモノにしましょうね!」
その言葉に全員から賛同の声が上がる。理央はいい報告が出来たと胸を撫で下ろした。
「さて、せっかく理央がここにいる所で私も含めて関連の報告です。
これに関しては、フェイリスと萌郁にも協力してもらいました」
その薔薇の言葉で二人が立ち上がって頭を下げる。
「見て欲しいのはこの本よ、『神々の庭の戦い』『十字架女王』の二冊の同人誌!
これを書いたのは、私の元部下の七人の中の誰か。
さあ、みんなでこの本の内容を確かめて頂戴!」
その言葉に一同は、悪い意味でどよめいたのであった。
めぐりんについての話が出たのは827話ですね。
理央が指輪をもらったのは896話です。