「ここがスイルベーンか……」
「でかいな……」
「ええ、ここが私達シルフの領都スイルベーン。別名【翡翠の都】よ」
ハチマンとキリトは関心したように、辺りをきょろきょろと見回していた。
本来領都に別の種族が訪れた場合、攻撃される可能性もあるのだが、
幸い名の通ったプレイヤーであるリーファが一緒だったせいか、
特に絡まれたりするような事は無かった。
ハチマンとキリトは、リーファに聞こえないようにヒソヒソと言葉を交わした。
「何か、SAOの街と全然違うよな」
「これぞファンタジーって感じだな」
「ん?何か言った?」
ハチマンは慌てて誤魔化そうとした。
「いや、何ていうか、すごく綺麗な街だなって」
「中央にある塔が一番高いみたいだな」
「あの塔は風の塔って言うのよ。長距離を移動する時は、
必ずあの塔から飛び立って距離を稼ぐの」
「周りにも小さな塔が沢山あるんだな。あの塔と塔を繋いでる部分は通れるのか?」
「ええ、あそこが通路になってて、自由に通行出来るようになってるの」
「なるほどな。何か圧倒されちまうな……」
「スプリガンの領都は古代都市がモチーフなんだっけ?そんなに違う?」
二人はその質問に少し慌てた。当然行ったことが無いからだ。
ハチマンはとりあえず、無難な返事を返す事にした。
「ここと比べると規模は変わらないが、まあここよりはちょっと地味な感じだな」
「なるほどね。いつか行ってみたいなぁ。機会があったら案内してくれない?」
「お、おう、機会があったらな」
「その時は宜しくね」
リーファはそう言って微笑んだ。ハチマンとキリトは少し罪悪感を感じていたが、
それを察したのか、目立たないようにハチマンのポケットに入っていたユイが、
こっそりと二人に耳打ちしてきた。
「パパ、キリ兄、近くまで行く事が出来れば私が案内出来るので、心配ないですよ」
「おお……さすがユイ」
「とりあえず機会があるかどうかはわからないけど、すごい助かるよ」
「任せて下さい!」
おそらく行く機会は無いだろう。有ったとしても、全てが終わった後の話になると思うが、
とりあえずリーファの期待は裏切らなくてすみそうだと、二人は安堵した。
「それじゃ、まず装備を揃えましょう。店に案内するけど、予算はどれくらい?」
「あー、とりあえず無制限で」
その言葉を聞いて、リーファはポカンとした。
「二人ともお金持ちなんだ。休止する前に相当やりこんでたのね……」
「まあそんな感じだな」
「それじゃ、一番高性能な装備が置いてある店に案内するね」
「ありがとう、リーファ」
「二人はユキノの友達なんでしょう?という事は、もう私とも友達って事じゃない。
だからお礼なんか言わなくていいよ。友達の頼みなんだしね」
「まあでもお礼くらい言わせてくれよ」
「そう?それじゃ、どういたしまして」
三人は連れ立って、装備を売っている店へと向かった。
ハチマンとキリトもやはり男なので、こういった店に行くとテンションが上がるようだ。
あーでもないこうでもないと、色々な装備を手にとって楽しそうに選んでいた。
リーファも装備を見るのは大好きなようで、楽しそうにそこに参加していた。
「二人とも決まった?武器は一応あっちのスペースで試し振りが出来るけどどうする?」
「そうなのか。どうするキリト、ちょっと振ってみないか?」
「そうだな、いくつか試しに振ってみないと、後で違和感が出たら困るしな」
「それじゃ行きましょう」
リーファは二人を、店に併設された広場のような所に案内した。
「それじゃ、二人ともご自由にどうぞ。私は防具のコーナーにいるね」
「悪いな、あまり待たせないようにするからちょっと我慢しててくれ」
「大丈夫よキリト君。こういうのはしっかりと時間をかけて、
自分にピッタリ合う武器を選ばないといけないしね」
そう言ってリーファは店の中へと戻っていった。
「それじゃ、ちょっと振ってみるか」
「エリュシデータとダークリパルサーに似たバランスの武器を選んだつもりだけど、
こればっかりはなぁ……スターバーストストリーム、システムアシスト無しでやってみるか」
「丁度誰も見てないし、やるなら今のうちだぞキリト。
もし誰かに見られたら、悪目立ちしちまうかもしれないからな」
「よし……」
かつてキリトは少しでも剣を振る速度を上げるために、システムアシストに頼らずに、
何百回、何千回と色々なソードスキルの型を練習していた。
その経験があったためか、体が技をしっかりと覚えていたようだ。
キリトは問題なく、スターバーストストリームの太刀筋を再現する事が出来た。
「おお、さすがはキリト。特に問題は無さそうか?」
「ALOにはソードスキルは無いから、まずスムーズに攻撃と攻撃を繋げる事を重視して、
後は敵の動き次第で臨機応変に変化させてく事になりそうだ」
「攻撃力とかの補正が無いのが痛いくらいか。バランスはどうだ?」
「武器の重さのバランスもいいと思う。すごく懐かしい感じがする」
「あの頃と比べても、見ていてほとんど違和感を感じなかったな」
「ハチマンの方はどうなんだ?」
「俺の場合は、あまり重さとか関係無いからまあ問題ない。
左だけ敵の攻撃に力負けしないように、やや重いのを持つくらいだな」
「その短剣に決めるのか?」
「そのつもりだ。しかしキリトの武器、ちょっと大きくないか?」
「いやー、重さで決めたらちょっとサイズが大き目になっちまったんだよな。
まあリーチが伸びた事だけしっかりイメージしとけば大丈夫だと思う」
「なるほどな。でもそれだと、一本しか背中に背負えないな」
「まあ仕方ないさ。本番の時はあらかじめもう一本出しておくよ」
そう言ってキリトは、支払いを済ませた後に片方の剣をストレージに収納し、
もう片方の剣を背中に背負った。
「でも二人とも一発で決まるなんて、お互いそういう感覚は錆び付いてないみたいだな」
「体が覚えててくれて良かったよな。それじゃリーファの所に戻ろうぜ」
「了解」
二人はリーファと合流し、今度は防具を選び始めたのだが、
二人ともデザインよりは、動きやすさと色を重視で選んだため、
こちらはあっさりと決まった。言うまでもなく二人とも黒い装備を選んでいた。
「二人とも、防具は黒いのを選んだのね」
「キリトはともかく、俺は実用性も考えて黒にしたんだけどな。基本暗殺タイプだしな」
「暗殺タイプ、ね……」
「さっき俺の戦闘スタイルは見ただろ?」
「確かにはっきりと目撃したわけじゃないけど、闇にまぎれて敵を討つみたいな、
そんな感じだったねハチマン君は」
「キリトは基本ガチンコタイプだから、色が黒なのは完全に趣味だよな、趣味」
「そうなんだ」
「ま、まあそれは否定出来ない……」
「ふふっ、それじゃ装備も整ったみたいだし、風の塔にでも行ってみましょうか」
「おう。出来れば一度飛んでみたいところだな」
「男の子なんだから、二人とも高さにびびったりしないでよね」
「だってよキリト。びびるなよ」
「ハチマンこそびびるなよ」
「あは、それじゃこっちよ」
二人はリーファに案内されて、風の塔を上っていった。
頂上に着くと、そこにはまさに絶景と呼べる景色が広がっていた。
「うわ、さすがにここまで来るとすごい景色だな」
「翡翠の都か……名前の通り、美しい街だよな」
「自慢の都だからね!」
「ああ、確かにこれは自慢していいな……ん?」
「ハチマン君、どうしたの?」
「誰かがこっちに近付いてきてるぞ」
その言葉を聞いたキリトとリーファは、先ほど上ってきた階段の方を見た。
人影は見当たらなかったが、しばらくすると、数人の男が階段を上ってくるのが見えた。
「驚いた、随分遠くからわかるのね、ハチマン君」
「まあ、それが取り柄だからな」
「リーファちゃ~ん!」
「あれ、レコン?シグルド達も一緒なのね」
どうやら上ってきたのはリーファの知り合いのようだった。
ハチマンとキリトは会釈をして、後方へと下がった。
「リーファちゃん、ここにいたんだね」
「レコン達はこれから狩り?」
「うん、まあそんな感じ」
「おいリーファ、お前俺達の誘いを断って、スプリガンごときと一緒に何をしてるんだ?」
リーファはその言い方にカチンと来たが、とりあえず事情を説明しようとした。
「これはユキノの……」
そんなリーファの返事を待たずに、シグルドは言葉を被せてきた。
「お前は俺のパーティメンバーだ。いつも勝手な事ばかりしてんじゃねえよ」
「なっ……」
場の雰囲気が険悪になりそうなのを察知して、レコンが慌てて割って入った。
「リ、リーファちゃん、明日は狩りに参加出来るんだよね?」
「……ごめん、明日もこの二人を案内しないといけないの」
その返事を聞いたシグルドは、苛立たしげにリーファに向かって言った。
「おいふざけるなよ。お前は黙って俺の言う事を聞いてりゃいいんだよ」
この言葉にはさすがに頭にきたのか、リーファはシグルドに食ってかかろうとした。
だがそのリーファとシグルドの間に割って入った者がいた。それはキリトだった。
「キリト君、危ないから下がってて」
「大丈夫だ」
キリトはリーファにそう声をかけると、シグルドに向かって言った。
「そっちこそふざけるな、リーファはお前の道具じゃないぞ」