ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1042話 罰を下さい

 八幡の美優に対するお仕置きは、比較的穏やかに収束した。

だがもちろんそれで終わりという事はなく、

今美優は、香蓮と舞の間に座らされ、両側からお説教をされている真っ最中であった。

 

「どうして美優は、昔から考えなしにおかしな行動をするの?」

「八幡さんは優しいから許してくれるけど、迷惑をかけるのは駄目だよ美優」

「ご、ごめん、確かにちょっとやりすぎだったかも………」

 

 美優は素直にそう謝り、香蓮と舞も、八幡が矛を収めた以上、

あまりしつこく怒るのもあれだと思い、お説教を終えようとした。

だがその直後に放たれた美優の言葉は二人の想像を超えていた。

 

「やっぱりパンツはまずかったよね、せめてブラとかにしておけば………」

 

 その言葉にその場にいた四人は唖然とした顔をした。

その衝撃は、おそらく人生でベストスリーに入ると思われる。

それからしばらく四人が無言だった為、

美優の表情は、次第にびくびくしたものへと変わっていった。

 

「あ、あれ?私、何か間違えた?」

「美優?美優は馬鹿なの?ねぇ、本当に馬鹿なの?」

「八幡さん、北海道の人間がみんなこんな感じだと思わないで下さいね」

「ギャグだよな?ギャグなんだろ?さすがの俺もドン引きだわ」

「むしろどうしてそういう結論になったのか、美優さんの脳を解剖して調べたいです」

 

 あの穏やかな優里奈ですらこうなのだ、

美優の言葉が四人に与えた衝撃がいかほどのものか、お分かり頂けるだろう。

そしてさすがに優里奈にまでそう言われた事で、これはまずいと思ったのか、

美優は慌てて言い訳を始めた。

 

「え、えっと………も、もちろん冗談だってば!

あはははは、そんなクレオパトラみたいに、

パンツが無ければブラを食べればいいじゃない、みたいな事、本気で言わないって」

「突っ込みどころが多すぎて逆に困るんだが、

とりあえずクレオパトラじゃなくてマリー・アントワネットな、

更に言うと、彼女がそのセリフを言ったという証拠は何もない」

「ほええ、リーダーは博識だね!」

 

 場の雰囲気を誤魔化す為に、美優は八幡を持ち上げたが、

当然それで誤魔化せるはずもなく、八幡は美優にジト目を向けた。

 

「えっと………」

 

 じ~~~~~。

 

「あの………」

 

 じ~~~~~。

 

「コ、コヒー………」

 

 美優は助けを求めるように香蓮の方を見たが、香蓮も美優にジト目を向けていた。

さすがに親友にこんな視線を向けられるのはきつかったのだろう、

美優は即座にその場で土下座をした。

 

「すみません、私が間違ってました」

 

 美優、完全降伏である。

 

「はぁ………」

 

 そんな美優を見て、香蓮は深いため息をついた。

 

「まったく美優は………」

 

 そう言って振り返り、八幡に謝ろうとした瞬間に、香蓮の頭に天啓が舞い降りた。

 

(あっ、これってチャンスなんじゃ………)

 

 そうと決まれば一気呵成に攻め立てる、それが香蓮が、レンとして学んだ事であった。

 

「えっと、八幡君」

「ん?香蓮、どうした?」

「ほら、私は美優の保護者みたいなものじゃない?

って事は、今回の事は私にも大きな責任があると思うの」

「責任?別に香蓮にはなんの責任も無いと思うが………」

「ううん、あるの!」

 

 香蓮にしては珍しく、それはかなり強い口調であった。

 

「そ、そうか」

「うん、そうなの!だから私も美優に習って罰を受けないといけないと思うんだ」

「ば、罰?」

 

 八幡の中では先ほどの美優に対する行為はあくまでお仕置きであり、

罰と表現する程重いものではなかった為、そこで一瞬空白が生じた。

そこに乗っかってきたのが舞である。舞は香蓮の意図を正確に把握し、

自分もそこに便乗しようと突撃してきたのだ。

 

「八幡さんごめんなさい、美優の引率係として、私も罰を受けますね」

「いや、ちょっ………」

 

 この二人は当然八幡の膝の上に乗って甘えたいだけである。

ついでにマッサージでもしてもらえれば尚良いと考えていたが、

鈍い八幡はその事に思い当たらず、戸惑うばかりであった。

そんな八幡が二人の意図に気付いたのは、

二人が立ち上がり、八幡の膝の上に乗った瞬間であった。

 

「という訳で、反省してます!」

「罰を下さい!」

 

 そう言って八幡の右膝の上に香蓮が、左膝の上に舞が腰掛け、

八幡は仰天し、美優は驚いた顔で二人に何か言いかけた。だが二人の視線がそれを許さない。

思いっきりやらかした美優には、この場での発言権はないのだ。

 

「い、いや、二人とも、ちょっと落ち着けって」

「十分落ち着いてるよ、八幡君」

「さあ、思い切ってやっちゃいましょう!」

 

 ちなみに優里奈は完全に出遅れ、ぐぬぬ状態であった。

 

「くっ………何かいい言い訳は………」

 

 だがそんなに簡単にいい案を思いつけるはずもなく、もう膝も埋まってしまっている為、

優里奈もただ手をこまねいて、事態の推移を見守る事しか出来なかった。

 

「八幡君、とりあえず手を広げてみよう!」

「さあ、右手で香蓮を、左手で私を締め付けましょう!」

「えっ、えええええ?」

「ほら、右手はこっち!」

「左手はこっちです!」

 

 中々動かない八幡に対し、二人は強硬手段に出た。

自らの腰に八幡の手を回し、締め付け始めたのだ。

 

「八幡君、どう?」

「まあ当然の事ながら美優よりは細い………じゃなくて!」

 

 八幡はぶんぶん首を振り、何か言おうとしたが、そこにすかさず舞が割り込んできた。

 

「八幡さん、私はどうですか?」

「え?あ、おう、舞さんもやっぱり美優よりは細い………って、だからそうじゃなくて!」

 

 この時点で美優は、三角座りをしてぶつぶつと何か呟いていた。

よく聞くとダイエットだの腹筋だの、当然だのやっぱりだのという単語が聞こえてくる為、

おそらく二人よりも太い認定されて、激しくへこんでいるのであろう。

だが事実なのだから仕方がない。

 

「次は………えっとね、私、最近足腰が凄く張ってる気がするの」

「私も銃って意外と重いから、いつも肩がこるんですよね」

「お二人とも!その前にちょっと私の話を聞いて下さい!」

 

 ここがラストチャンスと見たのか、ここで優里奈が乱入し、

二人の手を引いて立ち上がらせ、部屋の隅へと引っ張っていった。

そのまま優里奈は二人の耳元でこしょこしょと何か囁き、

香蓮と舞は、その優里奈の言葉に、おおっ、という顔をした。

 

「なるほど………」

「それじゃあ任せた!」

「はい!」

 

 そして優里奈は振り返り、戸惑う八幡にこう言った。

 

「八幡さん、いつものマッサージ、今お願いします!今日は三人です!」

「い、いつものか………」

 

 そもそも八幡は、定期的に優里奈にマッサージを行っている。

これは明日奈も同じなのだが、正妻ゆえにおかしな行動をとる事が無い明日奈と比べ、

優里奈はかつて、八幡にあまりかまってもらえてないという理由で、

思いっきり大胆な行動に出た事があった。

その時の反省を踏まえ、八幡はまめに優里奈をかまう事にしており、

その一環としてマッサージをいつでもやってやると優里奈に言っている為、

こういった時に断る事が出来ないのである。

その為、今みたいに香蓮と舞に同じ事を同時に頼まれると、そちらも断る事が出来ない。

 

「わ、分かった、約束だからな」

「やった!それじゃあ三分後に寝室にお願いします!」

「八幡君、ありがとう!」

「八幡さん、宜しくお願いしますね!」

 

 三人はうきうきと寝室に向かっていき、残された美優は石像と化し、放置されている。

 

(う~ん、まあ逆に三人いれば、誰かが暴走する事は無いか)

 

 八幡はそう考え、本当につらいのなら全身のコリをほぐしてやらないと、

などと真面目な事を考えつつ、きっちり三分後に寝室へと向かった。

 

「三人とも、入るぞ」

「は~い!」

 

 寝室の扉を開けると、三人がタンクトップにショートパンツという、

この季節にしてはかなりラフな格好でベッドに横たわっているのが見えた。

以前の優里奈のように、全裸にバスタオルのみだったらどうしようと思っていた八幡は、

その事に心から安堵する事となったが、実際問題今の三人の格好にもかなり問題がある。

何故ならタンクトップやショートパンツの隙間から、

見えてはいけないものが見えてしまうのは間違いないからだ。

だが八幡は前述したように、バスタオルだけよりはマシだ、などと思ってしまっており、

その事に関しての心理的ハードルはかなり下がってしまっている。

ちなみに八幡へのアピールに余念がない優里奈や、八幡を崇拝している舞はともかく、

こういった格好をするのにいつもはかなり勇気を必要とする香蓮は、

今はレンモードになっている為にいつもよりは平気な顔でベッドに横たわっていた。

八幡は女性陣に色々と調教されつつあるのだが、香蓮も同様なのだろう。

 

「それじゃあちょっと真面目にやるか」

 

 それからしばらく寝室には三人の嬌声が響き渡る事となったが、

八幡は平気な顔で施術を行っていた。その理由は簡単である。

一番多く八幡からのマッサージを受けている明日奈の声の方が、もっと大きいからだ。

要するに慣らされてしまっているのである。

明日奈は単に欲望に忠実に、かつ八幡にアピールする為に、

敢えて声を出すのを我慢していないだけなのだが、

その事がライバル達へのアシストになってしまっているのは皮肉な事だ。

三人は他の男が見れば、明らかに八幡を有罪認定するくらいには乱れてしまっていたが、

このくらいはまあ許容範囲だなと八幡が思ってしまっているのもまた問題である。

 

「三人とも、体の具合はどうだ?」

「ふあぁぁあぁ………か、肩が凄く楽になりました」

「あふ………わ、私も足腰の張りが無くなって絶好調、かな………」

「ふわぁ………体が………凄く軽いです………」

「そうか、それは良かった」

 

 八幡は満足げにそう頷いたが、信じられない事に、

その表情には欲望の欠片ひとつ浮かんではいない。

三人が顔を紅潮させ、切なそうに息を切らせているにも関わらず、

マッサージに関しては、むしろ女性に失礼まである程の、八幡の徹底っぷりであった。

 

「さて………うわっ!」

 

 三人へのマッサージを終え、リビングに戻ろうとそちらに顔を向けた八幡は、

ドアの隙間から恨めしそうにこちらを見つめる美優の姿を見付け、思わず悲鳴を上げた。

 

「八幡さん?」

「あっ………」

「美優………」

 

 その姿があまりにも哀れだった為、さすがの八幡もそのまま放置出来なかったようで、

黙って寝室の扉を開け、美優を中に招き入れた。

 

「お、お邪魔します………」

「はぁ………まあいい、美優もそこに横になれ」

「い、いいの?」

「その代わり、お前はもう少し大人になるんだぞ」

「あっ、はい………」

 

 この言葉を美優が曲解した為、後日またひと悶着あるのだが、

とにもかくにも今日のところは美優も全身のこりを丁寧にほぐしてもらう事が出来た。

 

「さて、それじゃあ風呂に入って寝るとするか」

「八幡さん、それじゃあ私は自分の部屋に戻りますね」

「おう、また明日な、優里奈」

 

 そのまま優里奈だけは自室へと戻ったが、

その足取りがややふらふらしていたのはご愛嬌である。

そして三人はそのまま一緒に入浴を済ませた。

風呂上りに美優が、コヒーの出汁をとっておきましたなどと余計な事を言い、

八幡に拳骨をくらったりもしたが、三人にとってはこの日は実に充実したものとなった。

 

 そして明日、いよいよ八幡がメイドデビューする事となる。




優里奈がやらかしたのは、第689話です!

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