ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1047話 進む再編成

「お前の所とはもう終わりだ、だと………一体どうなってやがる………」

 

 頼朝はぶつぶつとそう呟き、陽乃は確認する手間が省けたと内心でほくそ笑んだ。

 

「ふ、ふざけるな、お前達の差し金だろう!」

「そうですが何か?」

 

 実は陽乃は先日、頼朝が経営する超大手芸能事務所、『秦プロダクション』の、

後ろ盾になっていた大物議員の金と女の問題を密かに嘉納大臣にリークし、

その秘匿と引き換えに、秦プロとの縁を切るようにと、閣下に()()()してもらっていた。

同時にそれは、嘉納派の勢力の拡大にも繋がっていた為、

嘉納はその陽乃のお願いを喜んで承諾したのだった。

その電話のタイミングが今だったという事である。

 

「ところでさっきの裏帳簿ですけれど、実はその子会社の社長さん、

もう警察に秦プロとの関係を全部自白しちゃってるらしいですよ」

「な、何だと………」

「あくまで噂ですけどね、う・わ・さ」

 

 そう言って陽乃はウィンクし、頼朝はぷるぷると震え始めた。

 

「このアマ………」

「あら、それが素なのかしら、きゃぁ、怖ぁい!」

「五体満足でここを出れると思うなよ!お前ら、もういい、殺せ!」

 

 随分と短慮な事だが、人生が破滅する瀬戸際にいる者の行動としてはありうるだろう。

そしてその言葉を合図に、頼朝の取り巻き二人が一瞬躊躇った後、一斉に懐から銃を抜く。

だがその手に持つ銃は、ガブリエルの警棒と清盛の仕込み杖に、一瞬で叩き落とされた。

 

「ぐわっ」

「ひいっ!」

「銃を抜くのが遅い」

「ぬるいのう」

 

 取り巻き二人は一瞬で無力化され、そんな二人に陽乃が言った。

 

「見てて分かったでしょう?こいつはもう終わりよ。

ところであなた達、実はもう警察がここに向かってるんだけど、

あなた達はこいつに銃を撃つ事を強要されたって私が証言してあげましょうか?

そうすればあなた達の罪はかなり軽くなると思うんだけど」

 

 まるで悪魔の所業であるが、その二人は陽乃の提案に飛びついた。

 

「それじゃあこいつを拘束しておいてもらえる?」

「は、はい」

「分かりました」

「お、お前らぁ!」

 

 頼朝は激高したが、もうどうしようもない。

 

「け、警察がすぐ来るなんてデマに決まってる、

お前達、俺と一緒に逃げよう!今なら間に合う!」

 

 頼朝がそう往生際が悪い事を言ったが、そんな頼朝にアルゴがPCの画面を見せた。

そこにはモニターを見ていた警察が、慌てて動き出すシーンが映っていた。

 

「こ、これは?」

「あそこにソーシャルカメラがあるだろ?

あれの奥にあるソーシャルカメラの少し前の映像だゾ」

 

 かなり遠いが、窓から見える位置に、確かにそのソーシャル・カメラは存在した。

 

「実はあそこのソーシャルカメラね、かなり遠くまで見えるように調整してあって、

今日警察の人が現地でテストをしてたんだけど、

そのせいでこの部屋の映像も、偶然映っちゃってたと思うのよね」

「は?」

 

 その陽乃の言葉に頼朝は呆然とした。

 

「いやぁ、たまたまあそこでテストをしてたなんて、偶然って怖いよナ」

「ええ、怖いわよねぇ」

「ぐ、偶然な訳があるか!」

「まあ確かにどこのカメラでテストをするか、決めたのは私だけどね」

 

 陽乃は、てへっ、といった感じで自らの頭を叩き、頼朝は発狂した。

 

「ふざけるな!そんな事が許されてたまるか!」

「そんな事言われても、あれはうちの製品だしねぇ、私がどこでテストしようが勝手でしょ」

「ソレイユを甘く見すぎじゃねえのか?ソーシャルカメラが普及したら、

そういった町の情報をうちが牛耳る事になるんだゾ」

「監視社会とか言われちゃうかもだけど、その判断もAIに全部任せちゃうつもりだしね」

「犯罪性が無ければAIが何か言う事もない、一般人にとっては犯罪が減って万々歳だナ」

「は~い、という訳で、あなたは現行犯で逮捕されま~す!具体的には殺人教唆かな?」

「く、くそっ、くそっ………」

 

 それからすぐに警察が訪れ、頼朝は連行されていった。

取り巻き二人も連れて行かれたが、陽乃がこの二人も被害者ですと主張した為、

おそらく起訴は免れると思われる。

 

「ボス、何であの二人を助けたんダ?」

「だってあの人達、銃を抜くのを躊躇ったじゃない、

多分あの社長に嫌々従ってたんだと思うのよ」

「なるほど、良く見てやがるナ」

 

 その後の調査でその二人に前科と呼べるものはなく、

ただガタイがいいからというだけで銃を持たされていたという事が分かり、

その二人は陽乃の計らいでソレイユに入社する事となった。

社内の警備担当として、彼らは正しい人生を歩み始める。

 

 

 

 そしてその次の日、陽乃達一行は、

朝から芸能界と関係のある、ヤクザ・暴力団関係の事務所を回っていた。

 

「こんにちは~、ソレイユでっす!」

「あ、お、おう、話は聞いてる、まあ入ってくれ」

 

 各事務所で陽乃は、ソレイユに脅しをかけようとした秦プロがどうなったかを、

()()()()()簿()()()()()()()()()()を見せながら懇切丁寧に説明した。

その帳簿や証拠が偶然それらの事務所に関わる資料だった為、

ほとんどの事務所は顔を青くし、何ヶ所かは実力行使をしようとしたが、

同時に陽乃がソレイユに敵対しない限りは永久に何もしませんと一筆書いた為、

ほとんどが穏便に陽乃の提案を受け入れ、

芸能関連で誰かを不幸にするような、度を超えた事はもうしないと約束してくれた。

もちろん一緒に行動していた清盛の存在も大きかった。

ほとんどの事務所のトップが高齢であり、その目の前を清盛がうろうろしただけで、

最終的に全ての事務所がソレイユに降伏する事となったのである。

こういう者達は、融通を利かせてくれる大手の医者に逆らう事は出来ないのだ。

もしそれをしてしまったら、今度は自分達が、

同じく結城病院にお世話になっている同業者に狙われる事になる。

傷を負う事の多い非合法活動の従事者にとって、

医者はそれほど影響力のある存在なのである。

ちなみに陽乃としては、ソーシャルカメラが普及していくに連れ、

こういった者達は、自分が直接手を下さなくても、

勝手に淘汰されていくだろうと考えている。

小さな芸能事務所については、裏社会からのちょっかいが無くなった分、

自力で頑張ってね、といった感じである。

その為この事件の後、関西に関してソレイユは、

旧秦プロダクション以外からの移籍を認めないようになった。

 

「ふう、終わった終わった」

「思ったよりも簡単だったな、ボス」

「まあ準備にそれだけ時間をかけたからねぇ」

 

 これで関西圏の芸能事務所の再編成はほぼ完了した。

もっともこれは、関西の芸能界が大手に牛耳られていたせいでこうも簡単だっただけで、

関東の事務所は小さなものが乱立している為、

そこに手を突っ込むのはかなり大変だと思われた。

 

「まあ徐々にいい影響が出ていくと思うから、

調査を続けつつ、しばらく様子見になるのかしらね」

「まあそうなんだろうナ」

「これで多少は風通しが良くなってくれればいいんだけど」

 

 そう呟く陽乃の顔は、達成感に満ちていた。

 

 

 

 そして日曜の午後、陽乃達は再び義経の下を訪れた。

 

「こんにちは~!いや、こんばんはかな?」

「やぁ、昨日から今日にかけて、随分派手にやったみたいだね」

「あはは、それほどでも」

「いやいや、おかげでいくつかの事務所から、

うちに合流出来ないかって打診が来てるみたいだよ。移籍希望もひっきりなしさ」

「あら、って事は早速社内に手を突っ込んだんですか?」

「ああ、所属タレントの所を回って謝罪行脚したから、

口コミでうちが変わったって評判になったみたいだね、社長もクビにしたよ。

これでもう今後は裏社会からの影響も少なくなるし、本当の意味での競争社会の始まりさ」

「それは健全になりますね」

「ああ、君達には本当に感謝してる」

 

 二人はそう言って笑い合った。

 

「残るは関東だね」

「ええ、まああっちのバックは基本大企業なんで、ちょっと面倒なんですよね」

「でも君達ならやれるんじゃないか?」

「どうでしょう、まあ少し時間がかかるかもしれませんが、地道にいきますわ」

「そういえば今日は清盛はいないのかい?」

「ええ、清盛さんは、昨日の今日で義経さんに会うのは嫌だから、先に帰るそうですわ。

うちの次期社長に早く褒めてもらいたいのかもしれませんけど」

「ああ、噂の彼か、それに関しては清盛が羨ましいよ、

医者ではなくともいい後継者を手に入れられたみたいだってね」

「良かったら今度ここに連れてきますわ」

「それは有難いね、是非私がまだ生きてるうちに頼むよ」

「はい、約束しました。さて、私も彼に褒めてもらわないと!」

「あはははは、それじゃあまたいずれ!」

「ええ、またです!」

 

 

 

 これがファンの間で芸能界令和事変と呼ばれる事件のあらましである。

もっともファンの目からは、遂に警察が芸能界に手を突っ込んだのだとしか思われておらず、

それに伴い多くのアーティストや俳優達の移籍が進み、

同時にソレイユ所属のアーティストが増えたせいで、

以前のように、街中から音楽が聞こえてくる頻度がやや増えたと、ただそれだけの話である。

芸能界はほんの少し風通しが良くなり、八幡は清盛に、

『じじい、よくやったな、お疲れ』と声をかけ、

所属アーティストが増えたせいで、ソレイユは本社ビルの隣のビルを買収し、

そこをソレイユ・エージェンシーの本拠地とする事となった。




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