日付は変わって二十日の夜、芽衣美はやっと入れるようになった学校の寮で、
開放感を満喫していた。要するにそれほど自宅にいるのが辛かったのである。
「はぁ………まさかこんな事になるなんて、八幡さんには本当に感謝しかないよ」
実はつい先ほどまで、芽衣美の歓迎会がこの部屋で行われていたのだ。
芽衣美は同世代の者達との交流を存分に楽しみ、
そして今、八幡の為に働くべく、ALOにログインしようとしていたのだった。
「さて、招待状は届いてるかな………?」
芽衣美はそう呟きながら、アミュスフィアをかぶった。
「最初はGWENでっと………リンク・スタート!」
グウェンは小人の靴屋にログインしてすぐに、ギルドのコンソールをチェックした。
そしてそこに一通のメッセージが届いているのを見付け、
ほくそ笑みながらグランゼを探した。
「グランゼ、いる?」
「あらグウェン、今日は遅かったのね」
「ごめん、ちょっと友達と盛り上がっちゃって」
「え?そう、あなたに友達なんていたのね」
「ぐっ………」
グランゼに悪気はなく、以前グウェンが自分には友達はいないと言っていたのを思い出し、
それでただ何となくそう口にしただけだったのだが、
こういう所がグランゼの一番の欠点と言える。これはおそらく母親に似たのだろう。
幸原議員もよく脊髄反射でツイッターで余計な事を呟いてしまい、炎上を繰り返している。
「はぁ………それにしても困ったわ、ここまで素材が入手出来ないなんてね」
小人の靴屋はヴァルハラの公開した採掘場には行かないと、早々に宣言してしまっていた。
これもまた、グランゼの悪い癖が出た結果と言える。
別にそんな宣言をする必要はなく、黙って採掘をしていれば良かったのに、
見栄が邪魔をして、脊髄反射で行かないと公に言ってしまったのだ。
「もういっそ、宣言を撤回して堀りに行けば?」
「そんな事出来ないわよ、格好悪い」
(この見栄っぱり)
グウェンはそう思ったが、もちろん口に出す事はない。
「それじゃあこっそり掘りに行けば?」
「それが無理なのよ、どの堀り場にもヴァルハラのメンバーがまめに顔を出してるし、
採掘ギルドの連中も、あちこちの堀り場に散ってるんだもの」
(お、ちゃんと作戦は機能してるみたいね、これなら………)
グウェンは今しかないと思い、グランゼに先ほど届いていたメッセージについて報告した。
「ねぇグランゼ、そういえばこんなメッセージがヴァルハラから届いてたよ」
「ヴァルハラから?どうやって?」
「多分メッセージの拡張機能を使って、
ギルドハウスのドアに直接接触して送ってきたんじゃないかな」
「あら、そんな事が出来るのね。で、どんな内容?」
「えっとね、二十五日の夜に、ハチマン主催でクリスマスパーティーを大規模にやるから、
参加しませんかっていう誘いみたい」
「クリスマスパーティー?へぇ、景気のいい事ね」
グランゼは嫌味っぽくそう言ったが、参加する気はないらしく、
すぐに興味の無さそうな表情をした。
(はぁ………)
グウェンはもう少し真面目にこの事の影響を考えろよと思いつつ、
グランゼの思考を誘導する事にした。
「グランゼ、それってチャンスなんじゃない?」
「というと?」
「だってほとんど付き合いの無いうちに招待状が来るくらいだよ、
当然採掘ギルドや他のギルドにも招待状が行ってるはずじゃない?」
「まあそれはそうね」
「って事は、二十五日に採掘する人は、ほとんどいないって事にならない?」
「あっ、た、確かに!」
グウェンに懇切丁寧に説明され、
グランゼはやっと今回の事がチャンスなのだと思い当たったようだ。
もっともそれがハチマンの戦略である為、結局踊らされているだけなのだったが。
「でさ、グランゼは招待に乗ってパーティーに参加する訳。
そうすれば、例えグランゼしか会場にいなくても、
多分小人の靴屋の他のメンバーも参加してるんだろうなって、
ヴァルハラだけじゃなく一般の人にも印象付けられるじゃない?
その間に部隊を動員して、堀りまくればいいって訳よ」
「それ、採用!」
グランゼは興奮した顔でそう言い、各所に連絡を取り始めた。
(ふふん、上手くいったね)
グウェンはハチマンの意図する通りに事を運べたと思い、満足した。
「それじゃあその線で先方に話を通しておくわ、アドバイスありがとう、グウェン」
「ん?先方って?」
グウェンはシグルド達やロザリアの元部下の事は知らず、
ただ小人の靴屋が単独で採掘を試みているとしか知らない事になっている為、
首を傾げる演技をしながらそう言った。
「あっ………そうか、その事は教えてなかったのね、
でも当日にはグウェンにも手伝って欲しいし………」
グランゼはぶつぶつとそう呟き、グウェンは余計な事を言わないように、
グランゼが自分から情報を伝えてくるのを辛抱強く待った。
「グウェン、実はね、採掘なんだけど、いつも外部に護衛を依頼しているのよ」
「あっ、そうなんだね、まあいいんじゃない?その方が効率的だろうしさ」
「それでね、二十五日には、連絡係を兼ねるって事で、
出来ればグウェンにも護衛に参加して欲しいから、
その前にどこかで先方と顔合わせをして欲しいのよね」
「オッケー、それくらいなら全然いいよ」
「ありがとう、助かるわ」
(助かるのはこっちなんだけどね!)
「そしたら当日は、私が現場の情報を集約してグランゼに伝えたり、
逆にみんなに指示をした方がいいのかな?」
「そうね、そうしてもらえると私も楽で助かるわ。さすがにパーティーに参加しながら、
どこかにメッセージばかり送ってるってのは不自然だしね」
「うん、だよね」
「それじゃあ予定が決まったらまた連絡するわ、
それまでは部隊を出す必要もないから、いい採掘道具を揃えたりしておく事にするわ」
「オッケー、それじゃあ今日は落ちてのんびりしてるよ」
「ええ、いいアドバイスをありがとう、またね、グウェン」
「うん、またね、グランゼ」
そしてログアウトしたグウェンは、GWENからGWENNにキャラを変えた。
「ふう、ブランクがあるはずなのに、やっぱりこっちの方がしっくりくるなぁ」
そう言って体を動かした後、グウェンはハチマンにコンタクトをとった。
『グウェンの新しい装備は用意した、ヴァルハラ・ガーデンに来てくれ』
「えっ、本当に?」
グウェンは驚愕したが、すぐにうきうきとした足取りで、二十二層へと向かった。
「昔から興味があったのよね」
グウェンはわくわくしながらヴァルハラ・ガーデンに向かい、
入り口前に立っているルクスを発見した。
「あ、ルクス!」
「グウェン、待ってたよ!」
「ハチマンさんは?」
「いやぁ、ほら、さすがにハチマンさんが待ってるとなると、
注目されすぎちゃうかなって話になってね、たまたま近くにいた私が呼び出されたの」
「ああ~、確かにそうかも」
グウェンはその言葉に頷き、ルクスから仮入館証をもらい、
初めてヴァルハラ・ガーデンの土を踏んだ。
「ルクスは近くで何をしてたの?」
「えっと、二十二層で散歩?」
「あはは、ルクスらしいね。って、おお?小さい?」
「あは、まあそう思うよね」
そして螺旋階段を登ったグウェンは、思ったよりも小さな建物に驚き、
中に入ってその巨大さと壮麗さに再び驚いた。
「おお~………」
「グウェンちゃん、こっちこっち!」
グウェンはルクスに案内され、製作室へと足を踏み入れた。
「よぉ、待ってたぞ、グウェン」
「初めまして、ナタクです」
「自己紹介も今更だけど、リズベットだよ、ここではリズって呼んでね」
「私はスクナ、宜しくね」
そこにはヴァルハラの誇る職人三人衆が集まっており、
ハチマンはグウェンに刀身が透き通っている一本の剣を差し出してきた。
「悪い、さすがにハイエンド武器はまだうちでも行き渡ってなくてな、
その一つ下のランクの品になる」
「いやいやいや、ハイエンドなんか私には使いこなせないって、
この武器でも十分すぎるくらいだから!」
グウェンはその短剣を手に取り、透き通る刀身の美しさにため息をついた。
「うわぁ、綺麗………」
「はい、名を『光破』といいます」
「刀身が透けてるから、相手から見たら間合いが取りにくくて仕方ないだろうな」
「どう?気に入った?」
「うん!ありがとう!」
「ふふっ、どういたいまして」
そして次に、スクナが防具を差し出してきた。
「私からはこれ、『ヴァルハラ・アクトン、タイプS、森羅』かな」
それは何とも不思議な色合いをしていたが、その理由は直ぐに分かった。
「あっ、床と同じ感じの色になった」
「うん、ステルス性を重視したからね、SはスカウトのS、うちの制式装備の斥候版かな」
「うわぁ、凄い凄い!」
グウェンは基本、こういった特殊な装備には縁が無かった為、興奮状態となった。
「ありがとう、スクナさん」
「うん、役立ててね」
こうしてグウェンの装備が整い、続けてグウェンからの報告が行われた。
「ほうほう、それは上手くやったな」
「うん、我ながら完璧!」
「よし、これで二十五日には七つの大罪の誰が裏切り者か特定出来そうだ」
「まあそれには、あいつらがどれだけ参加してくれるかが重要になってくるんだけどね」
「………そういえばそうだな、よし、出来るだけ参加者を増やす作戦を考えよう」
「何かで釣るのが一番っぽいけど、中々ねぇ………」
「いっそ、全員に何か便利なアイテムを配るとか?
もしくはクリスマスの景品を豪華にするとか?」
「それだ、準ハイエンドクラスの装備をいくつか出すとしよう」
「そうすると、最悪でもあと四日だけど情報公開は早めにしたいから、
出来るだけ早くに素材も集めないとだね」
グウェンを味方に付けた事のメリットはかなり大きく、
こうして作戦は順調に進行していく。