今日は十二月二十一日、そしてその放課後、
ソレイユでは、今日もアルバイト達が熱心に働いていた。
年末は何かと出費が嵩む為、皆熱心である。
「よし、私が一位ね」
「二位か、まあまあかな」
「くそっ、このスピードスター様が三位だと………」
「まあまあ、そういう勝負じゃないんだからさ」
「あはははは、ここのバイトって凄く楽しいのね」
上から順に、詩乃、保、風太、大善、そして芽衣美である。
そんな五人に、やっと勇人が追いついてきた。
今は飛行中、どのくらいのスピードまで耐えられるのか、
タイムアタック形式でデータを集めている最中である。
「くぅ、みんな早すぎ!特に姉御!」
その瞬間に勇人の頭に拳骨が落とされた。
その光景を他の者達は、勇人も懲りないよなぁと思いながら楽しそうに眺めていた。
「だからその呼び方はやめなさい」
「仕方ないじゃん、姉御の顔を見てると自然と姉御って呼んじゃうんだよ!」
「ほらまた」
詩乃はハーフパンツから伸びるスラッとした足を振り上げ、
勇人にげしげしと二発蹴りを入れた。ちなみに上は厚手のトレーナーを着ており、
一見するとかなり地味に見える。
「くぅ………」
「それじゃあ休憩にしましょうか、勇人、行くわよ」
「へ~い」
そんな勇人に芽衣美が駆け寄ってきた。
「勇人君、大丈夫?」
「大丈夫だよ、メイミー姉、姉御の相手はもう慣れてるからさ。それに全然痛くないしね」
芽衣美は今日が初めてのアルバイトであり、
勇人が芽衣美の事を何と呼ぶのか注目されていたが、
その呼び方は理央と同じ、
そして一同は、VR空間内の休憩所で揃ってマックスコーヒーを飲んだ。
以前も説明したと思うが、ここにはそれしかないのだ。
おかげでバイトを初期からやっている組は、
思いっきり甘い物に体が慣らされてしまっている。
「くっそ、姉御、速く飛ぶコツとかってあるの?」
「だからあんたは!」
詩乃は怒声を発しつつ、それでも勇人に自分なりのコツを教えていく。
その優しい光景を見ながら、芽衣美は保に一つの疑問をぶつけた。
「ねぇ保君、いつもここで休憩するの?」
「ああ、いや、言いたい事は分かるよ。
確かにここで休んでもあんまり意味が無いんだけど、
勇人が一緒の時は、出来るだけここで一緒に休もうって決めてるんだ。
勇人はほら、中学生だからさ、直接本社に来てバイトって出来ないからね。
だから僕達は、別にちゃんとログアウトして、リアルで水分をとらないとね」
「そういう事か!うん、分かった!」
ちなみに今日、芽衣美も寮の部屋からバイトを行っている。
風太と大善はいつも通り会社から、そして詩乃も、八幡が会社に顔を出すと聞いたらしく、
ワンチャンを狙って(というのが他の者の予想だが)、
今日は会社に来てバイトに参加していた。保も当然直接会社に来ている。
えるに会う為という理由もあるのでそれは当然だろう。
ここのバイト達はみな芽衣美に優しくしてくれ、
芽衣美は他の者達とすぐに打ち解ける事が出来ていた。
「さて、サンプルが足りてないみたいだし、もう一回くらい今のを………」
詩乃がそう言いかけ、ピタリとその動きを止めた。
「ん?」
芽衣美は首を傾げたが、そんな芽衣美に保がそっと耳打ちした。
「滅多に来ないんだけど、八幡がここに来ると詩乃はああなるんだよ」
「えっ、そうなの?」
「まあ見ててごらん」
芽衣美の目の前で、詩乃が何か操作するようなそぶりを見せ、その姿が一瞬で変わった。
野暮ったいトレーナーはタンクトップに、
そしてハーフパンツがひらひらのミニスカートに変化する。
「うわ………徹底してる………」
「だろ?まあ突っ込まないでおいてあげてよ」
「う、うん」
そして保の予想通り、八幡がその場に姿を現した。
「よぉ、やってるな」
「あ、あら、珍しいわね、来てる事にちっとも気付かなかったわ」
「………お前、最近は
「そ、そうよ、悪い?」
「いや、まあいいけどよ………」
そう、詩乃は八幡に、途中で着替えた事がバレないように、
可能な限り八幡の接近を早く察知し、速攻で着替える事にしているのだった。
実に乙女らしく涙ぐましい努力である。
「で、今日はどうしたの?」
「いや、メイミーが初めてのバイトだって聞いたんでちょっと様子を見にな」
「ああ、そういう事」
「どうだメイミー、やっていけそうか?」
八幡は芽衣美に優しくそう尋ねてくれ、芽衣美は嬉しそうに頷いた。
「うん、小学校の時にやったアスレチックみたいで凄く楽しい」
「そうか、それなら良かった」
そう言いながら八幡は、近くに来ていた勇人の頭を撫でた。
「八幡兄ちゃんも何かやってく?」
「ん、そうだな、たまには付きあうか」
そう言いながら、八幡は風太と大善、そして保の顔をじっと見つめた。
「ん、どうした?」
「いや、思ったよりもお前達が大人しいなって思ってな」
「大人しい?何がだ?」
その二人の反応を見て、八幡は一人頷いた。
「いや、そうか、詩乃から何も聞いてないんだな」
「どういう事?」
当然風太と大善の視線が詩乃に向き、保はあわあわし始めた。
「いや、ちょっ………」
「ああ、あの事ならまだ言ってないわよ」
「「あの事?」」
風太と大善は、不穏な空気を感じ取ったのか、詩乃に詰め寄ろうとした。
だが保が慌てたように、そこに割って入った。
「べ、別に大した事じゃないよ、うん」
「おい保、何を隠してやがる」
「いや、その………」
「まあ待て二人とも、ちゃんとスペシャルゲストを呼んでおいたから」
「「スペシャルゲスト?」」
詩乃はそれで、八幡の意図を理解した。
「あら、やるじゃない八幡」
「いやぁ、保の困った顔がどうしても見たくてな」
「せ、性格が悪すぎだろ!」
「ははははは、そんなの昔からだろ」
保の抗議もどこ吹く風で、八幡は時間をチェックしつつ、タイミングを計ってこう言った。
「はい、それではこちら、スペシャルゲストの登場です」
事前に打ち合わせをしていたのだろう、
その瞬間に、その場に一人の女性が現れた、えるである。
「保さん!お疲れ様です!」
「え、えるさん、あ、ありがとう」
「私、あと一時間で仕事が終わりますから、受付ホールで待ってますね!」
「えっと、う、うん」
その光景を見て、風太と大善が目を見開いた。
「お、おい八幡、ま、まさか………」
「いやいやいや、え、マジで?」
「おう、そのまさかだ。それじゃあみんな、今度付きあう事になったこの二人に拍手~!」
それを受け、八幡と詩乃、勇人と芽衣美が拍手をする。
「うわ、おめでとう、保兄ちゃん!」
「よく分からないけど良かったわね、おめでとう保君!」
そして風太と大善も、心の中で血の涙を流しながら二人を祝福した。
「お、おめでとう………」
「お、お幸せに………」
「ありがとうございます、保さんと二人で幸せになります!」
「えっと、その、何かごめんね」
「い、いや………」
「いいんだ、うん、所詮俺達はそういう星の下に生まれてきたんだ」
八幡はそんな二人を見て、今度誰かに合コンでも開いてもらおうか、などと考えた。
「さて、それじゃあバイトを再開しましょっか!八幡、ほら、行くわよ」
「わ、分かったからそんなにくっつくなって」
「い・や・よ」
詩乃は八幡の腕をガッチリホールドし、そのまま八幡を引っ張っていく。
えるは保を激励しつつ落ちていき、風太と大善も、その後をよろよろと付いていった。
「お~い勇人、メイミー、一緒にやろうぜ、タイムアタック」
そして残された二人に八幡から声がかかる。
「う、うん、今行く!」
「待って~!」
なんだかんだ、二人はとても楽しそうに八幡の後を追った。
そして詩乃が、八幡と二人でやると強硬に主張した。
要するに今の姿で飛ぶ姿を八幡以外に見られたくなく、
かつ、八幡に色々と見せつけたいのだろう。
「俺達は別に異論は無いぜ」
「ってか俺達が一緒だと逆にまずいだろ、やっぱり八幡と二人じゃないと」
「だね、まあ詩乃に食われないように頑張ってくれよ」
「食われるってお前な………」
風太、大善、保は八幡にからかわれた仕返しとばかりに二人を隔離しようとし、
詩乃はそんな三人にこっそり親指を立てた。
そして突入後、八幡にスカートの中を覗かせる為に詩乃は本気で飛んだのだが、
残念ながら八幡には敵わず、詩乃の目論見は達成される事がなかった。
「ちょっと、何で手を抜かないのよ、そんなに私のスカートを覗きたくないの?」
「俺のせいにするな、お前が未熟なのが悪い」
「もう、もう!」
それを見て勇人は大笑いし、再び詩乃に拳骨を落とされた。
そして八幡が去った後、詩乃は直ぐに服を元に戻し、
勇人はそれで、以前風太から聞いていた話は事実だったんだと、改めて実感する事になった。
芽衣美はそんな詩乃に、ドンマイと声をかけており、
八幡がつれないと嘆く詩乃を慰めていた。
芽衣美もどうやらここで上手くやっていけそうで何よりである。
今日もソレイユのバイト達は、笑顔に満ちている。
詩乃のバイト中の姿についての話が出たのは第904話ですね!