ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1049話 年末のバイト達

 今日は十二月二十一日、そしてその放課後、

ソレイユでは、今日もアルバイト達が熱心に働いていた。

年末は何かと出費が嵩む為、皆熱心である。

 

「よし、私が一位ね」

「二位か、まあまあかな」

「くそっ、このスピードスター様が三位だと………」

「まあまあ、そういう勝負じゃないんだからさ」

「あはははは、ここのバイトって凄く楽しいのね」

 

 上から順に、詩乃、保、風太、大善、そして芽衣美である。

そんな五人に、やっと勇人が追いついてきた。

今は飛行中、どのくらいのスピードまで耐えられるのか、

タイムアタック形式でデータを集めている最中である。

 

「くぅ、みんな早すぎ!特に姉御!」

 

 その瞬間に勇人の頭に拳骨が落とされた。

その光景を他の者達は、勇人も懲りないよなぁと思いながら楽しそうに眺めていた。

 

「だからその呼び方はやめなさい」

「仕方ないじゃん、姉御の顔を見てると自然と姉御って呼んじゃうんだよ!」

「ほらまた」

 

 詩乃はハーフパンツから伸びるスラッとした足を振り上げ、

勇人にげしげしと二発蹴りを入れた。ちなみに上は厚手のトレーナーを着ており、

一見するとかなり地味に見える。

 

「くぅ………」

「それじゃあ休憩にしましょうか、勇人、行くわよ」

「へ~い」

 

 そんな勇人に芽衣美が駆け寄ってきた。

 

「勇人君、大丈夫?」

「大丈夫だよ、メイミー姉、姉御の相手はもう慣れてるからさ。それに全然痛くないしね」

 

 芽衣美は今日が初めてのアルバイトであり、

勇人が芽衣美の事を何と呼ぶのか注目されていたが、

その呼び方は理央と同じ、()()、であった。

そして一同は、VR空間内の休憩所で揃ってマックスコーヒーを飲んだ。

以前も説明したと思うが、ここにはそれしかないのだ。

おかげでバイトを初期からやっている組は、

思いっきり甘い物に体が慣らされてしまっている。

 

「くっそ、姉御、速く飛ぶコツとかってあるの?」

「だからあんたは!」

 

 詩乃は怒声を発しつつ、それでも勇人に自分なりのコツを教えていく。

その優しい光景を見ながら、芽衣美は保に一つの疑問をぶつけた。

 

「ねぇ保君、いつもここで休憩するの?」

「ああ、いや、言いたい事は分かるよ。

確かにここで休んでもあんまり意味が無いんだけど、

勇人が一緒の時は、出来るだけここで一緒に休もうって決めてるんだ。

勇人はほら、中学生だからさ、直接本社に来てバイトって出来ないからね。

だから僕達は、別にちゃんとログアウトして、リアルで水分をとらないとね」

「そういう事か!うん、分かった!」

 

 ちなみに今日、芽衣美も寮の部屋からバイトを行っている。

風太と大善はいつも通り会社から、そして詩乃も、八幡が会社に顔を出すと聞いたらしく、

ワンチャンを狙って(というのが他の者の予想だが)、

今日は会社に来てバイトに参加していた。保も当然直接会社に来ている。

えるに会う為という理由もあるのでそれは当然だろう。

ここのバイト達はみな芽衣美に優しくしてくれ、

芽衣美は他の者達とすぐに打ち解ける事が出来ていた。

 

「さて、サンプルが足りてないみたいだし、もう一回くらい今のを………」

 

 詩乃がそう言いかけ、ピタリとその動きを止めた。

 

「ん?」

 

 芽衣美は首を傾げたが、そんな芽衣美に保がそっと耳打ちした。

 

「滅多に来ないんだけど、八幡がここに来ると詩乃はああなるんだよ」

「えっ、そうなの?」

「まあ見ててごらん」

 

 芽衣美の目の前で、詩乃が何か操作するようなそぶりを見せ、その姿が一瞬で変わった。

野暮ったいトレーナーはタンクトップに、

そしてハーフパンツがひらひらのミニスカートに変化する。

 

「うわ………徹底してる………」

「だろ?まあ突っ込まないでおいてあげてよ」

「う、うん」

 

 そして保の予想通り、八幡がその場に姿を現した。

 

「よぉ、やってるな」

「あ、あら、珍しいわね、来てる事にちっとも気付かなかったわ」

「………お前、最近は()()()()()()()()バイトをしてるのな」

「そ、そうよ、悪い?」

「いや、まあいいけどよ………」

 

 そう、詩乃は八幡に、途中で着替えた事がバレないように、

可能な限り八幡の接近を早く察知し、速攻で着替える事にしているのだった。

実に乙女らしく涙ぐましい努力である。

 

「で、今日はどうしたの?」

「いや、メイミーが初めてのバイトだって聞いたんでちょっと様子を見にな」

「ああ、そういう事」

「どうだメイミー、やっていけそうか?」

 

 八幡は芽衣美に優しくそう尋ねてくれ、芽衣美は嬉しそうに頷いた。

 

「うん、小学校の時にやったアスレチックみたいで凄く楽しい」

「そうか、それなら良かった」

 

 そう言いながら八幡は、近くに来ていた勇人の頭を撫でた。

 

「八幡兄ちゃんも何かやってく?」

「ん、そうだな、たまには付きあうか」

 

 そう言いながら、八幡は風太と大善、そして保の顔をじっと見つめた。

 

「ん、どうした?」

「いや、思ったよりもお前達が大人しいなって思ってな」

「大人しい?何がだ?」

 

 その二人の反応を見て、八幡は一人頷いた。

 

「いや、そうか、詩乃から何も聞いてないんだな」

「どういう事?」

 

 当然風太と大善の視線が詩乃に向き、保はあわあわし始めた。

 

「いや、ちょっ………」

「ああ、あの事ならまだ言ってないわよ」

「「あの事?」」

 

 風太と大善は、不穏な空気を感じ取ったのか、詩乃に詰め寄ろうとした。

だが保が慌てたように、そこに割って入った。

 

「べ、別に大した事じゃないよ、うん」

「おい保、何を隠してやがる」

「いや、その………」

「まあ待て二人とも、ちゃんとスペシャルゲストを呼んでおいたから」

「「スペシャルゲスト?」」

 

 詩乃はそれで、八幡の意図を理解した。

 

「あら、やるじゃない八幡」

「いやぁ、保の困った顔がどうしても見たくてな」

「せ、性格が悪すぎだろ!」

「ははははは、そんなの昔からだろ」

 

 保の抗議もどこ吹く風で、八幡は時間をチェックしつつ、タイミングを計ってこう言った。

 

「はい、それではこちら、スペシャルゲストの登場です」

 

 事前に打ち合わせをしていたのだろう、

その瞬間に、その場に一人の女性が現れた、えるである。

 

「保さん!お疲れ様です!」

「え、えるさん、あ、ありがとう」

「私、あと一時間で仕事が終わりますから、受付ホールで待ってますね!」

「えっと、う、うん」

 

 その光景を見て、風太と大善が目を見開いた。

 

「お、おい八幡、ま、まさか………」

「いやいやいや、え、マジで?」

「おう、そのまさかだ。それじゃあみんな、今度付きあう事になったこの二人に拍手~!」

 

 それを受け、八幡と詩乃、勇人と芽衣美が拍手をする。

 

「うわ、おめでとう、保兄ちゃん!」

「よく分からないけど良かったわね、おめでとう保君!」

 

 そして風太と大善も、心の中で血の涙を流しながら二人を祝福した。

 

「お、おめでとう………」

「お、お幸せに………」

「ありがとうございます、保さんと二人で幸せになります!」

「えっと、その、何かごめんね」

「い、いや………」

「いいんだ、うん、所詮俺達はそういう星の下に生まれてきたんだ」

 

 八幡はそんな二人を見て、今度誰かに合コンでも開いてもらおうか、などと考えた。

 

「さて、それじゃあバイトを再開しましょっか!八幡、ほら、行くわよ」

「わ、分かったからそんなにくっつくなって」

「い・や・よ」

 

 詩乃は八幡の腕をガッチリホールドし、そのまま八幡を引っ張っていく。

えるは保を激励しつつ落ちていき、風太と大善も、その後をよろよろと付いていった。

 

「お~い勇人、メイミー、一緒にやろうぜ、タイムアタック」

 

 そして残された二人に八幡から声がかかる。

 

「う、うん、今行く!」

「待って~!」

 

 なんだかんだ、二人はとても楽しそうに八幡の後を追った。

そして詩乃が、八幡と二人でやると強硬に主張した。

要するに今の姿で飛ぶ姿を八幡以外に見られたくなく、

かつ、八幡に色々と見せつけたいのだろう。

 

「俺達は別に異論は無いぜ」

「ってか俺達が一緒だと逆にまずいだろ、やっぱり八幡と二人じゃないと」

「だね、まあ詩乃に食われないように頑張ってくれよ」

「食われるってお前な………」

 

 風太、大善、保は八幡にからかわれた仕返しとばかりに二人を隔離しようとし、

詩乃はそんな三人にこっそり親指を立てた。

そして突入後、八幡にスカートの中を覗かせる為に詩乃は本気で飛んだのだが、

残念ながら八幡には敵わず、詩乃の目論見は達成される事がなかった。

 

「ちょっと、何で手を抜かないのよ、そんなに私のスカートを覗きたくないの?」

「俺のせいにするな、お前が未熟なのが悪い」

「もう、もう!」

 

 それを見て勇人は大笑いし、再び詩乃に拳骨を落とされた。

そして八幡が去った後、詩乃は直ぐに服を元に戻し、

勇人はそれで、以前風太から聞いていた話は事実だったんだと、改めて実感する事になった。

芽衣美はそんな詩乃に、ドンマイと声をかけており、

八幡がつれないと嘆く詩乃を慰めていた。

芽衣美もどうやらここで上手くやっていけそうで何よりである。

今日もソレイユのバイト達は、笑顔に満ちている。




詩乃のバイト中の姿についての話が出たのは第904話ですね!

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