ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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こちらは本日二話目になります、ご注意下さい!


第1052話 愛、覚悟完了

「ねこやへようこそ!」

「八幡さん、それ、私のセリフですから!」

「ははははは、早い者勝ちだ」

「意味が分かりません!」

 

 ねこやに入ってすぐに、八幡は楽しそうにアレッタと会話した。

 

「ところでアレッタ、三人なんだけど、空いてるか?」

「あっ、はい、それじゃあ個室へどうぞ!」

 

 アレッタは気を利かせてそう言い、クロがすぐに水を持ってきた。

 

「八幡、そろそろカレーの季節」

「おう、分かってるって、年内にもう一度くらい連れてってやるから」

「約束」

 

 クロは微笑みながらそう言うと、テーブルにメニューを置いた。

 

「クロちゃんの声、相変わらず何か頭の中に響くような感じよね」

「珍しい声の質をしてるね」

「だよな、それじゃあ注文を済ませちまうか、何でも好きな物を頼んでくれ」

 

 メニューの内容は普通の洋食屋だったが、愛はその方が落ち着けるので好きだった。

もっとも愛の好物は焼肉であり、嫌いなものは炭水化物だったりする。

 

「さて、二人はどうする?」

「私はビーフシチューかな」

「わ、私は焼肉定食ご飯抜きで!」

「えっ、抜きなの?」

「なるほど、炭水化物ダイエットか」

「いえ、その、単に嫌いなだけです」

 

 愛はもじもじしながらそう言い、二人は顔を綻ばせた。

 

「まあいいんじゃない?」

「でも適度にとらないと駄目だからな」

「は、はい、朝はパンなので大丈夫です!」

「ならいいだろ」

 

 八幡は、はははと笑いながらカツ丼を頼んだ。

 

「それじゃあクロ、頼むわ」

「うん」

 

 クロはカレー、カレーと楽しそうに呟きながら去っていく。

 

「………八幡さん、あの子とよくカレーを食べにいくの?」

「おう、カレー友って奴だな」

「へぇ、なんか楽しそう。そういえば八幡さんって、そういう友達が多いわよね」

「そういう?う~ん、ただ食事に行くだけってなら、

月一でうちの花の面倒を見てくれてる千佳と、

ここにお酒を卸してくれてる小春さんくらいだけどなぁ」

「私、焼肉が好きです!」

 

 その時突然愛がそう言い、二人はぽかんとした。

 

「あっ、ご、ごめんなさい」

「いや、愛さんは焼肉がそんなに好きなんだな」

「えっと………は、はい」

 

 愛は自分の行動に混乱していた。

 

(な、何で私はあんな事を………)

 

 八幡が複数の女性と食事に行っていると聞いただけで、

思わず立ち上がって叫んでしまったのだ。

こんな事は愛の今までの人生で一度も無かった事である。

 

「それじゃあ今度焼肉にでも行くか、さっき驚かせちまったお詫びもしないとだし」

 

 そこで愛はピンときた。これは麻衣と三人で行こうという意味に違いないと。

だがここで何か言う訳にもいかず、愛は思わず麻衣の方を見た。

麻衣はその視線を受け、クスっと笑うと、笑顔で八幡に言った。

 

「ごめんなさい、私は焼肉って苦手だから、愛ちゃんだけ連れてってあげて」

 

 さすがは麻衣、頭の回転が凄まじく速い。

 

「ん、そうか?それならフランシュシュの他のメンバーを………」

「あの子達も焼肉は嫌いですから!」

 

 その瞬間に愛は立ち上がってそう言い、恥ずかしそうに腰を下ろした。

 

「ご、ごめんなさい」

「なるほど、一緒に行ってくれる子がいないって事か」

 

 だがその行動は思わぬ良い結果を生み出した。八幡がそう勘違いしてくれたのだ。

 

「それは辛いよな、分かった、あんまりいい事じゃないのかもしれないが、

毎月一度くらいなら、俺が連れてってやろう」

「い、いいんですか!?」

「おう、他の子には内緒だぞ」

「は、はい!」

 

 愛はとても嬉しそうにそう言い、麻衣は密かにクスクスと笑った。

 

「おっと悪い、ちょっとトイレに行ってくるわ」

「あ、それならついでにマスターに、美味しい焼肉屋を知らないか聞いてみれば?」

「なるほど、それはいいな、それじゃあちょっと行ってくる」

「うん、ごゆっくり」

 

 そして八幡がいなくなった後、麻衣は愛にそっと囁いた。

 

「そんなに八幡さんの事が気になるの?」

「えっ?あ、いや、その………」

 

 愛はその言葉にもじもじした。この時点で確定なのだろうが、本人にまだその自覚はない。

何故なら愛は今まで一度も恋というものをした事が無いからである。

 

「でも八幡さんには彼女がいるわよ」

「えっ?」

 

 その瞬間に愛はぽろぽろと涙を流した。

 

「えっ?何これ………」

「さあ、何かしらね」

 

 麻衣は内心で動揺しつつも、何とか八幡が戻ってくる前に愛を宥めようとした。

 

「いい?確かに八幡さんには彼女がいるけど、

でも八幡さんの周りには、凄く沢山の女の子がひしめいてるのよ」

「凄く沢山?」

「うん、でね、その子達は、一夫多妻制を実現させようと、本気で考えているみたいなの」

「い、一夫………ええっ!?」

「だからもしあなたが彼を望むなら、

覚悟を持ってその女の子達の中に飛び込んでいかないといけないわ。その覚悟はある?」

「………わ、私には分かりません」

 

 愛は混乱状態にあったが、本人も気付かないうちに、その目は段々と据わっていった。

 

「ふふっ、まあ頑張って」

「頑張る………?」

 

 愛はしばらく黙っていたが、やがて晴れやかな顔でこう言った。

 

「よ、よく分からないけど、頑張ってみます」

 

 愛がその選択をしたのは、単に頑張ると口に出すと、心が楽になるからであった。

その気持ちを何と呼ぶのか愛が知るのは当分先になるのだろう。

平気で恋に関する歌を歌っているのに、何とも不思議な事である。

 

「それじゃあ顔を洗ってくるといいわ、

そんなに目を赤くしていると、八幡さんが心配しちゃうからね」

「は、はい!」

 

 愛はそう言ってトイレへと駆け込んでいった。それと入れ替わりに八幡が戻ってくる。

 

「あっ、お帰りなさい。愛ちゃんはちょっとトイレに行ったわ」

「ああ、マスターに色々聞いてるうちに入れ替わりになっちまったか」

「いい情報は聞けた?」

「バッチリだ」

 

 そう言って八幡は、子供のように笑った。

 

(無邪気よね、こういうところが女を狂わせるのかしら………)

 

 麻衣はそう分析しつつ、続けて八幡に言った。

 

「八幡さん、あの子の事、宜しくね」

「ん、美味い肉を食べさせて、ストレスを無くしてやればいいんだな、

ちょっと不安定だったみたいだし、それできっと元気になるだろ。

あ、愛さんは痩せてるし、太りすぎないように注意しないとか」

 

 その八幡のズレた言葉に麻衣は苦笑した。

決して鈍くないはずの八幡だが、自分が愛される事に関しては急に鈍くなる、

というか、考えないようにしているのだろう。

 

(自己評価が低すぎるのって、本当に難儀よね………)

 

 それからしばらくして愛が戻ってきた。その表情は晴れやかであり、

注文した品が運ばれ、焼肉定食を食べ始めた後は、その表情はもっと晴れやかになった。

 

「うわ、これ、美味しい!」

「だろ?マスターの仕事は一流だからな!」

「麻衣さん、私、ここの常連になる!」

「あは、ニックネームが付けられるように頑張ってね」

「ニックネーム?」

「ああ、ここの常連は、好物に合わせてお互いをニックネームで呼び合ったりするらしい」

「へぇ、どんな?」

「例えばうちの秘書室長は、ミルクレープって呼ばれてるらしいぞ。

で、あそこにいるのがメンチカツ、こっちがカツ丼だな」

「そうなんだ、分かった、私、焼肉って呼ばれるように頑張ってみる!」

「ははははは、まあ食べ過ぎないようにな」

「うん、今の身長が百六十センチで、体重が四十二キロだから、

それを基準に増えすぎないように頑張る!

あ、でもスリーサイズが八十一、五十六、八十だから、

ウェストを増やさないように胸を増やせば………」

「ストップ、ストップよ!」

「え?」

 

 平気で個人情報を垂れ流す愛を、麻衣が慌てて止めた。

見ると八幡が顔を赤くしており、愛もそれを見て顔を赤くした。

 

「え、えっと………」

 

 気まずい沈黙の後、愛はおずおずとこう言った。

 

「む、胸はもう少しあった方が、八幡さん的にいいよね?」

「いやもっと気まずくなっちゃうだろ、そこは話題を逸らせよ!」

「ぷっ」

 

 その言葉に愛は思わず噴き出した。麻衣も続けて噴き出し、

最後には八幡も噴き出した。

 

「ぷっ、ぷぷっ」

「あはははは、あはははははは」

「麻衣さんも愛さんも、笑いすぎだって」

「そういう八幡さんも笑いすぎよ」

 

 それからしばらく三人は笑っていたが、やがて落ち着いたのか、食事を再開した。

 

「そういえば()()()()、イベントの事だけど」

「ん、アサギ、何か気になるのか?」

 

 麻衣がいきなり八幡の事を呼び捨てにした為、愛はぽかんとした。

ゲーム内モードでの会話に移行した為だが、そんな事は愛には分からない。

 

「あ、あの………」

「ん?どうしたの?」

「わ、私の事も、愛って呼び捨てにしてもらえますか?」

 

 アサギ、という言葉が麻衣のニックネームか何かだと判断した愛は、

考えた結果、二人の会話が落ち着いたのを見計らって八幡にそう頼んだ。

 

「ん、分かった、それじゃあ俺の事も八幡でいいぞ。喋り方も普通でいい」

「そ、それはさすがに………」

「別にいいじゃない、せっかくそう言ってくれてるんだから、試しに呼んでみなさいな」

「そ、それじゃあ………は、八幡!」

「おう、よく呼べたな、愛」

 

 八幡に愛と呼ばれた瞬間に、愛は胸がいっぱいになった。

 

「八幡、八幡、八幡!」

「呼びすぎだっての」

「あはははは、八幡!」

「おう」

 

 そんな愛を見て、麻衣は何か思いついたような顔をし、八幡にこう言った。

 

「ねぇハチマン、愛ちゃんって運動神経もいいし頭の回転も早いから、

試しにALOをやらせてみない?」

「ん、愛、そうなのか?」

「し、脂肪が少ないからダンスは得意、歌詞を覚えるのも得意かな」

「そういえば百六十で四十二だったか………」

 

 愛はその瞬間に、思わず八幡をバシっと叩き、八幡はクスクス笑いながらこう言った。

 

「今度はちゃんと叩かれてやったぞ、愛は手が早いな」

「う………い、意地悪!」

「まあ愛がALOをやってみたいってなら俺は構わない」

「私、やってみたいです!」

 

 向上心の塊である愛は、その言葉を理解しないまま、そう即答する。

そんな愛に苦笑しながら麻衣が頷いた。

 

「分かったわ、それじゃあ後で色々教えてあげる」

「ありがとう!」

 

 この事がキッカケとなり、愛はALOを始める事となった。

彼女はいずれ、歌唱スキルを得て、ユナと対峙する事となる。




という訳で、実はオーディナル・スケールの伏線でした!

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