クリスマス会の夜、まだ興奮が覚めないうちに、芽衣美はALOにログインした。
何故今日なのかといえば、表向きは明日がハチマン主催のALOの大クリスマス会であり、
今日しか時間的余裕が無いという理由でグランゼにアポをとってもらったのだが、
裏の理由としては、二十四日にヴァルハラのメンバーの不在が万が一にもバレ、
グランゼが脊髄反射的に、採掘部隊を派遣しないようにする為であった。
「グランゼちゃんは………まあいないか、一応クリスマスだしね」
当のグランゼこと幸原りりすは、母親である幸原みずきの付き添いで、
政財界のクリスマス・パーティーに参加させられていた。
このパーティーは野党系のパーティーであった為、
嘉納大臣や柏坂大臣にはまったく関係がない。
もっとも与党系のパーティーもあるにはあったのだが、二人ともそちらはサボっている。
「さて、指定された酒場に向かいますか」
ALOにもGGOと同じく酒場が存在する。
当然メニューの中にもアルコールが存在するが、
どちらの場合も、自分に状態異常『ほろ酔い』を付加する事が出来る。
もっともこの状態異常は任意に解除する事が出来るようになっており、
ゲームとしての健全さを十分にアピール出来る程度のお遊び的な要素となっている。
「十九層のラーベルクかぁ………あそこって、雰囲気が不気味で嫌なのよね」
待ち合わせに指定されたのは、かつてアスナがオバケが出そうで怖いと言って、
ハチマンを宿に呼び、一緒に泊まってもらった階層である。
ちなみにプレイヤー達の間では、この層にホームを構えているギルドに参加しているだけで、
年齢イコール彼女いない歴だと認定されてしまうレベルでとにかく女性に人気がない。
新生ALOでこの層が解放された直後でも、その傾向はまったく変わらなかった程である。
「ここか………」
グウェンはいかにもといった感じの、どんよりとした雰囲気の酒場に足を一歩踏み入れた。
「さて相手はっと………、
まあそうよね、さすがにこんな所に他のプレイヤーなんていないわよね」
酒場の中にはひと組の集団しかおらず、全員がフードを被っていた為、
グウェンはもうこれ以外無いだろうと思い、その男達につかつかと歩み寄ると、
あらかじめ教えられていた合言葉を言った。
「赤ん坊」
「名付け親」
「かまどの上」
「卵の殻」
「オーケーみたいね」
「ああ、しかし悪趣味な合言葉だな」
「あら、元ネタを知ってるのね」
「グランゼに説明されたよ………正直気分が悪くなった」
「それには同意するわ」
「あいつは何でわざわざこういうのを選ぶのか………」
「あの人、そういう知識がある人がえらいと思ってるフシがあるのよ」
「はっ、要するに空気が読めないって事だな」
「困ったものよね」
どうやらグランゼは、この人達にも良くは思われていないらしい。
グウェンはその事を、心のメモに記入した。
「とりあえず自己紹介をしておこう。俺はシグルドだ」
「シグルド?もしかして強いって評判のシルフの人?」
「ああ、そうだ」
グウェンは敢えてシグルドを持ち上げたが、その作戦は成功だったようで、
シグルドは明らかに機嫌の良さそうな表情になった。
(噂通り、自尊心は高いみたいね)
「会えて光栄だわ、私はグウェンよ」
「グウェン?」
その時シグルドの横にいたプレーヤーが、そう言って首を傾げた。
「そうだけど、何か?」
グウェンは相手がロザリアの元取り巻きだと知りつつも、とりあえずとぼけておいた。
「あ、いや、昔の知り合いと同じ名前だったんでな。
なぁ昔、棺桶の上で笑ったりしてなかったか?」
(またストレートな聞き方ね、でもまあここは、肯定しておくべきかしら)
グウェンは余計な事は一切言わず、その言葉にただ頷いた。
「やっぱりか!俺はゴーグル、覚えてないか?」
(覚えてるわよ、なんとなくはね)
グウェンはそう思いつつ、当然覚えているという反応をした。
「ゴーグル?もしかしてロザリアちゃんの部下だった?」
「お前達、知り合いだったのか?」
「はい、SAO時代に同じ系列のギルドにいました」
「ほう?それは懐かしかろう」
「ですね」
グウェンはシグルドに、にこやかにそう答えた。
「って事は他の人も?」
「お、俺、コンタクト!」
「俺はフォックス!」
「テ、テールです」
「ビアードっす」
普段女性とほとんど接点が無いせいか、全員が前のめりでそう言ってくる。
「あ、そうなんだ、久しぶり!」
「「「「「久しぶり!」」」」」
「あれ、でもあと二人いたよね?確かヤサとバンダナ………だっけ?」
「ああ、あの二人は今追い込み中なんで、しばらく来れないんだよ」
「へぇ、仕事が忙しいのね、宜しく伝えておいて」
「ああ、分かった」
(なるほど、同人活動は二人だけでやってるのね、まあでもとりあえず、
五人が網にかかったって事で良しとしましょうか)
グウェンはその事もハチマンに報告せねばと、再び心のメモにこの事を記入した。
「あっと、シグルドさん、つい盛り上がっちゃってごめんなさいね、
それじゃあ仕事の話をしましょうか」
「別に気にしなくていいんだが、まあそうだな、そうしよう」
グウェンは最初に、自分が連絡役をやると、六人に伝えた。
当然グランゼの指示だという事も強調している。
「なるほど、確かにその方がいいだろうな」
「で、予定採掘地点の地図がこんな感じ」
「………ほう?結構散っているのだな」
「うん、ややマイナーで、クリスマスならまあ人が来ないだろうって所を選んだみたい」
「分かった、このデータをコピーさせてもらっていいか?」
「これ、そのまま持ってっちゃっていいよ」
「話が早くて助かる」
シグルドは、グランゼと違って整然と話を進めてくれるグウェンに好感を持ったようで、
他の者達も似たような視線をグウェンに向けてくる。
「それにしても、こんなにコソコソしないといけないなんて、
グランゼも余計な宣言をしてくれたもんだよなぁ」
「こんなんじゃいつまで経っても装備が手に入らねえよ」
「話してても何か上から目線なんだよなぁ、あいつ………」
そうなると、当然批判の矛先がグランゼに向くのは避けられない。
話し方についてはグランゼは、彼女なりに気を遣っているつもりなのだが、
ここぞという時にどうしても上から目線になってしまうのは、
やはり母親の影響なのだろう。グランゼにとっては実に不幸な事である。
(グランゼも結構嫌われてるなぁ………、
まあ働きに対するリターンを渡してないんだから当然なんだけど)
小人の靴屋の職人達は、確かにそれなりの腕前を誇っているが、
いかんせん素材が無ければいい物は作り出せず、
日常的にいい素材を扱えないと、腕は上がらない。
それでもヴァルハラが勢力を伸ばす前は、この世の春を謳歌出来ていた。
他に有力な職人集団が無かったからである。
そうなると採掘ギルドも多少安く買い叩かれても小人の靴屋に素材を売るしかない。
そういった不満が徐々に蓄積された上の、今の状況である。
心ある者達は皆貴重な素材はヴァルハラに売り、小人の靴屋には回してくれないのだ。
「それじゃあ当日は、こんな感じで」
「ああ、良い素材が出てくれればいいな」
「ええ、本当に」
グウェンは自らに与えられた役割をしっかりと果たし、
シグルド達や元取り巻き達、そしてグランゼを、ずるずると底無し沼に引きずり込んでいく。
「それじゃあ明日、頑張りましょう」
「ああ、一緒に頑張ろう」
(ハチマンさん達が言ってたのとちょっと違う?このシグルドって人、何か普通だなぁ)
グウェンはそう疑問に思い、もう少し偵察を続ける事にした。
「それじゃあ私はここを出た所で落ちるから」
「ああ、確かにその方が待ち合わせには苦労しないだろうな」
「ふふっ、そういう事ね」
グウェンはそう言って酒場を出て、物蔭に潜んで中の様子を伺った。
グウェンが残っている事に気付かないまま、シグルド達は会話を続ける。
「さてゴーグル、味方はどれくらい集まった?」
「例えヴァルハラを敵に回してでも、とにかく強くなろうという向上心の強い奴を中心に、
今二百人を突破しました」
「チッ、二百人か、まだ足りないが、もう時間がない。
この俺様が率いる軍なんだ、明日までに可能な限り、どんどんスカウトするんだ。
イベント開始に合わせてギルドを創設し、一気に勢力を拡大するからな」
(さっきと態度が違う、やっぱりあれは演技だったんだ。
それにしても二百人かぁ、向上心の強い奴って事は、
ヴァルハラもそれなりに手こずる事になるかもしれないわね)
そう、シグルドは、今のままだとハチマンに復讐出来ない事を理解していた。
その上でシグルドは、個人の力不足を補う為に、力ある集団を作ろうとしていたのだ。
もちろんその傲慢さは健在であったが、今はそれを隠す術を身につけている。
そうなると、シグルドの話に耳を傾けようとする者は当然出てくるのだ。
なんといってもALOのプレイ人口は数万人規模であり、
探せばいくらでも、ヴァルハラと敵対してでも名を上げたいと思う者は見つかるのである。
もっともその急先鋒だった連合が、暴走に暴走を繰り返していた為、
そういった者達は同盟と同類に思われたくない為に、ほとんど表に出てくる事はなかった。
だが既に同盟は無く、もはやその心配も無くなった。
あと足りないのは、メンバーに与える為の武器防具と、
リーダーたるシグルドが持つべきハイエンド装備である。
それが手に入った時、シグルドは再び立ち、ヴァルハラの前に姿を現す。
ハチマンの手の平で転がされているとも知らずに。
ヴァルハラが何をしようと、一定割合は必ずアンチ。
そして合言葉についてですが、普通に『小人の靴屋』関連なので、
興味がある方は調べてみてもいいかもしれません。
ただ意味不明な上に、気分が悪くなるかもしれませんのでご注意を!