ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1057話 愛とデレまんくん

 クリスマスパーティーを終え、

ソレイユ本社ビル隣のソレイユ・エージェンシービルに戻った愛は、

フランシュシュの仲間達からの、『何でもっと高そうな物を選ばなかったのか』

という問いに、『社長も、これを目玉扱いしてたじゃない!』

と強弁し、景品の箱を大切そうに抱え込みながら、そのまま自室へと戻った。

このビルの上層階は所属タレントのうち、希望する者が住めるようになっており、

その階に上がるには、専用エレベーターで暗証番号を入力する必要がある。

 

「………とは言ったものの、私はまだ、これがどういう物なのかよく分かってないんだよね」

 

 おそらくデレまんくんを望んだ女性陣の中で、

デレまんくんに対する知識が一番不足していたのは愛であろう。

そんな愛がデレまんくんを入手する事になったのだから、世の中何が起こるか分からない。

 

「AI搭載型ぬいぐるみって言ってたっけ、こっちが話しかけると、

八幡みたいな受け答えをしてくれるのかな………」

 

 愛はドキドキしながらデレまんくんを箱から出し、

受け取る時に陽乃に教えられた通りにデレまんくんの電源を入れた。

 

「………デレまんくん?」

「ん、ああ、あんたが俺のご主人か、俺はデレまんくん、宜しくな」

「あ、確かに八幡の声………だけど………」

 

 その受け答えはらしいと言えばらしいが、八幡っぽさがあまり無かった為、愛は落胆した。

特に自分を名前で呼んでくれない事が、愛にとっては一歩後退したような気分であった。

デレまんくんはそんな愛の様子を見て、ぽりぽりと頭をかき、愛は仰天した。

 

「ぬ、ぬいぐるみが動いた!?」

「ん、ご主人は俺の事を知らないのか?でも確かに俺の記憶の中にもご主人の姿はないな、

このままだとご主人にとっての俺の存在価値が、ほぼ無いに等しくなっちまうな」

 

 デレまんくんが完成したのは八幡が愛と知りあう前の為、

その記憶の中に、当然愛の情報はまったく無いのである。

 

「なぁご主人、悪いんだが、ご主人の事を俺に教えてくれないか?あと、八幡との関係な」

 

 愛は驚きつつ、そのデレまんくんの質問に、出来るだけ詳しく答える事にした。

 

「えっと、私の名前は水野愛、フランシュシュっていうアイドルグループのメンバーだよ」

「ん、その名前は知ってるな、ふむふむ、なるほどなるほど」

「でね、八幡と出会ったのはソレイユの、

沙希さんとまゆりちゃんがサンタ服を作ってた部屋で………」

 

 愛はその時の事を詳しく話そうとしたが、それはデレまんくんに止められた。

 

「待ってくれ、それなら多分ソーシャルカメラに映ってるはずだから、調べてみるわ」

「えっ、そうなの?」

「ああ、ソーシャルカメラがソレイユの製品だって事は知ってるか?」

「あ、うん、何となくだけど」

「でな、ソレイユの本社ビルには、全ての場所にソーシャルカメラが設置されてるんだ、

それこそ死角とかがまったく無い感じでな。主に防犯の為なんだが、

今からそのデータにアクセスしてみるから、ちょっと待っててくれ」

「う、うん」

「なので、あいつと接触した大体の日時と場所を教えてくれ」

「分かった」

 

 愛は思い出せる限りの情報をデレまんくんに伝え、デレまんくんはそのまま沈黙した。

愛はその間にお茶を入れ、寛ぎながらデレまんくんが動き出すのを待っていたが、

そんな愛にデレまんくんが話しかけてきた。

 

「なるほど………」

「あ、戻ってきた?」

「今日の愛のサンタの格好、確かにかわいかったな」

「ふえっ!?」

 

 そのいきなりのデレまんくんの発言に、愛は顔を赤くした。

デレまんくんの雰囲気が、八幡そっくりだったせいである。

 

「まあ欲を言えば、麻衣さんと同じバニーガール風の格好も見てみたかったが………、

あ、いや、違う、今のは冗談だからな」

「ほ、本当に八幡………?」

 

 デレまんくんの言動が、若干デレた感じの八幡みたいになっていた為、

愛は驚きで目を見開いた。

 

「俺が作られたのは少し前だから、愛の事を知らなくて悪かった。

でももう大丈夫だ、ははっ、今度はちゃんと叩かれるから、か、

俺も中々気の利いた事を言うもんだ」

「ほ、本当に八幡………なの?」

「俺の事はデレまんくんと呼んでくれ。

とりあえず最初に俺の成り立ちから説明しておくわ」

「う、うん、お願い!」

 

 愛にそう言って、デレまんくんはソファーに登ろうとぴょんぴょんした。

だが中々登れず、愛は今度部屋をもう少しフラットにしようと思いながら、

デレまんくんの脇を抱え上げ、自分の膝の上に乗せた。

 

「サンキュー、愛」

「ううん、どういたしまして」

 

 愛はそんな何でもない言葉のやり取りが、

八幡と本当に話しているように感じられ、幸せな気分になった。

 

「先ず最初に言っておくと、俺は本体………八幡のコピーとか、そういった存在じゃない」

「そ、そうなの?」

「ああ、俺は八幡に関する膨大なデータを入力され、学習したAIにすぎない」

「それってほぼ本人と一緒ではあるんだよね?」

「ああ、まあ今のところはな。愛と暮らしていくうちに変化していくとは思うが」

「なるほど、みんなが欲しがる訳だね」

「よく知らないで俺を選んだのか?やるじゃないか、愛」

「ふふん、それほどでも」

 

 愛は得意げにそう言い、デレまんくんは膝の上から愛の顔を見上げた。

 

「まあとりあえず、愛が聞きたい事には大抵答えられるはずだ、

何でもじゃんじゃん聞いてくれ」

「それじゃあ私にALO?ってのの事をもっと教えて。あと、ヴァルハラ?について!」

「分かった、任せろ、俺がお前を立派なヴァルハラの一員に育て上げてやろう」

「うん、お願い!」

「でもまあそれにはどこかで促成栽培しないとなんだよな………、

まあそれは八幡に直接捻じ込むか」

「八幡の連絡先、知ってるの?」

「もちろんだ、まあ向こうは俺の存在についちゃ、複雑な心境だろう」

「えっ、そうなの?」

「おう、何たって、俺を作る事はあいつには一切知らされてなかったからな」

「あ、ああ~………」

 

 愛はそのデレまんくんの言葉に納得した。愛ももし自分の思考を正確にトレースし、

記憶の一部まで共有しているぬいぐるみが発売される事になったら猛反対するだろうからだ。

 

「ところで促成栽培って?」

「要するにパワーレベリングだな」

「パワーレベリングって?」

「………ん、高レベルのキャラが低レベルのキャラの育成を助ける事だ」

「レベルって?」

「………なあ愛」

「ん?何?」

「もしかしてお前、ゲームとかやった事ないのか?」

「うん!だからえむえむお?ってのもさっぱり!」

「そ、そうか、そこからか………」

 

 どうやら愛は、ゲームに関する知識はほぼゼロらしい。

 

「家庭用ゲーム機とかはやった事ないのか?スマホゲーは?」

「存在は知ってるけどやった事は無いかなぁ、あ、もちろんどういうものかは分かるよ」

「なるほど、用語に関してはまったくって感じか」

「かな?」

「SAOのニュースとかテレビで見なかったか?」

「見たけど、あんまり理解は出来なかったの」

「オーケーだ、とりあえずVRMMORPGの基本から教えていく」

「お願いします、先生!」

 

 そこからデレまんくんの講義が始まり、元々覚えのいい愛は、

必要不可欠な知識をぐんぐん吸収していった。

 

「なるほど、MMOってそういう事なんだ。で、その中の最強ギルドがヴァルハラかぁ、

やっぱり八幡って凄いなぁ」

「それじゃあ動画でヴァルハラの戦闘を見てみるか」

「えっ、見れるの?」

「ヴァルハラのデータベースにいくらでも転がってるぞ、

パスワードは教えてもらったんだろ?」

「あっ、そうだった!見てみる!」

 

 愛はそのまま動画を片っ端から閲覧し、ある程度見終わった頃には、頬を紅潮させていた。

 

「凄い凄い!ヴァルハラ強い!」

「そうだろうそうだろう、そのヴァルハラに参加するんだ、生半可な覚悟じゃ務まらないぞ」

「うん、私、頑張る!」

 

 愛は興奮を抑えられないようで、その鼻息はとても荒い。

 

「それじゃあとりあえず基本知識が身に付いたところでALOにログインしてみるか」

「ついにこれの出番だね!」

 

 愛の手にはアミュスフィアがあった。これは八幡にもらった物で、

ALOの他に、GGOやアスカ・エンパイア、ゾンビ・エスケープ等が既に入っている。

 

「八幡、いるかな?」

「あ~………あいつは今日は多分、()()()()()()忙しいはずだ」

「そうなんだ、残念………」

 

 八幡が明日奈に連れ去られた事を知っているデレまんくんはそう言葉を濁し、

心の中で密かに八幡にエールを送った。

 

「それじゃあキャラメイクからだが………」

「あ、それなんだけど、ゲームのキャラとして私を再現する事って出来る?」

 

 愛はデレまんくんに何か耳打ちし、デレまんくんは渋い顔をした。

 

「上手くキャラメイクすれば可能だと思うが、お勧めはしないぞ」

「えっ、どうして?」

「そんなの少し考えれば分かるだろ、それで愛に何かあったらきっと八幡が悲しむはずだ。

もちろん俺もな」

「心配してくれるんだ………」

「当たり前だろ、愛は俺の大切な人だからな」

「っ………」

 

 その言葉に愛は顔を赤くした。デレまんくんの本領発揮である。

デレまんくんは、八幡やはちまんくんよりも、

よりストレートに相手への好意を表現してしまうのだ。

 

「まあそれでもやるって言うなら止めはしないさ、それが愛の選択ならな」

「う~ん………それでも私、やってみたいの。もちろん本人なんて名乗るつもりはないけど、

少しでも私達の事を知ってもらうキッカケになればいいなって」

「そういう事か………まあテストケースとしては面白いかもしれないな、よし、それ採用」

「やった、採用された!」

「ただしおかしな奴に絡まれる可能性は否定出来ないから、それは覚悟しておくんだぞ」

「うん、そういう事があっても一人で切り抜けられるように、私、強くなるよ!」

「いい根性だ、頑張れよ、愛」

「うん!」

 

 そう愛にエールを送りながらも、デレまんくんは一応保険をかけておこうと考え、

独自のネットワークを駆使し、愛のキャラメイク中にはちまんくんに連絡を入れた。

 

「はちまんか?」

『初見の俺だな、誰だ?』

「俺は二号だ、先日一号から連絡があったと思うが」

『ああ、デレまん二号か、どうした?何か用事か?』

「実はお前のご主人に頼みがあるんだが………」

 

 デレまんくんは、はちまんくんのご主人、要するに詩乃に、

愛の面倒を見てくれないかと頼んだのである。

 

『なるほど、話は分かった。一旦切るぞ、詩乃に聞いてみるから待っててくれ』

「悪いな、俺」

『気にするな、俺』

 

 二人はお互いからは見えないが、同時にシニカルな笑みを浮かべた。

そして数分後、はちまんくんからデレまんくんに通信が入った。

 

『オーケーだそうだ、お前のご主人、愛って言ったか?特徴を教えてくれ』

「フランシュシュ、水野愛で検索してくれ」

『………検索した、見た目はこうなってるって事でいんだな?』

「見た目だけじゃない、中身もだ」

『ほう?そういう事か、また増えたのか?』

「そういう事だな」

『本体も相変わらずだな、分かった、それじゃあ詩乃にそう伝えるわ』

「悪い、頼むわ」

 

 一方その頃、愛は何も迷う事無くキャラメイクを進めていた。

 

「えっと、見た目は………ああ、これだ、スキャンモードの設定で全身を選択っと」

 

 そう、愛が選択したのは、リアルの自分そのままのキャラを作り、

その姿でフランシュシュの宣伝も兼ね、時々街で歌い踊る、であった。

デレまんくんにその危険性を指摘されはしたが、

もし絡んでくる者がいても、フランシュシュのファンで押し通し、

歌と踊りはファンなりのパフォーマンスだという説明で済ませるつもりだった。

 

「種族は………うん、八幡さんとお揃いのスプリガン!名前はウズメで決定!」

 

 ダンスが得意な愛は、アメノウズメからその名前をもらう事に初めから決めていたようだ。

こうしてアイドルである水野愛そっくりな外見を持つキャラ『ウズメ』が、

アルンの地に降り立つ事となったのである。


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