VRゲームに生まれて初めてログインした愛ことウズメは、
驚いた表情できょろきょろと辺りを見回した。
「凄くリアル………今のゲームってこんな感じなんだ………」
ウズメは自分の体のあちこちを触り、その感触のリアルさを確認しつつ、
どうにか自分の顔を見れないかと思い、近くにあった噴水へと向かった。
「どれどれ」
そこには紛うことなき自分の顔が映っており、水面に上半身を写してみても、
それが自分の姿ではないという違和感は、どこからも感じられなかった。
「うん、オッケーかな」
ウズメはそう呟き、とりあえずこの街を回ってみようと思い、歩き出した。
「街の案内図みたいな物は無いのかな………」
だが当然そんなものはなく、ウズメは全て手探りで街の探索をする他はなかった。
「ここは何の店だろ、食べ物屋さん?へぇ、ここで物を食べたらどうなるんだろ」
ウズメはそんな事を呟きつつ、事前にデレまんくんに教わっていたやり方通り、
コンソールを開いてそこに書かれている所持金の欄を確認した。
「………たったこれだけか、まあ始めたばっかりなんだし当たり前だよね。
でもこれで食べ物を注文するのはいけそう………、
いやいや、駄目駄目、これで最低限の装備を整えないといけないんだから」
ウズメは真面目な顔でそう呟くと、武器や防具を売っている店を探そうと、
より賑やかな方へと足を向けた。
おそらくそういった店があるとすれば、賑わっている場所だと思ったからである。
「露店が並んでる………この辺りかな?」
ウズメは人ごみの中を、きょろきょろしながら歩いていく。
周りは男性プレイヤーがほとんどだが、そんなウズメの姿を見て、
一部のプレイヤーが驚いた顔をした。
それも当然であろう。それなりに有名になってきているフランシュシュのメンバーである、
水野愛が見た目もそのままに歩いているのだ、注目を集めない方がおかしい。
「おい、あれってフランシュシュの水野愛じゃね?」
「まさか本人じゃないよな?」
「いやいや、さすがにそれは無いだろ」
「って事は熱心なファンか」
「よくあそこまで再現したよなぁ………」
「まあ女なのは間違いないんだし、ちょっと声でもかけてみるか?」
場の雰囲気がそんな流れに傾きかけたその時、
ウズメに近付こうとしていたプレイヤー達は、いきなりその足を止めた。
一人のプレイヤーが、ウズメに向かって駆け寄ってきたからである。
「お、おい、あれ、必中だぜ」
「まさか必中も水野愛のファンとか?」
「もしかして知り合いか?」
とにもかくにもそれで他のプレイヤー達はウズメに声をかけるのを止め、
様子を伺うモードになった。そしてシノンがウズメの肩にポンと手を置き、声をかける。
「や、やっと見つけた………」
「はい?」
ウズメはキョトンとしながら首を傾げ、シノンは思わずこう呟いた。
「う………や、やっぱりかわいい………」
「ありがとうございます、え~っと………」
ウズメはアイドルとしての癖で笑顔でお礼を言い、直ぐに目を細めた。
シノンの顔が、記憶を刺激したからである。
「確かどこかで………あれ、そのマーク………」
シノンの着ているヴァルハラ・アクトンに書いてあるマークを見て、
ウズメがあっと声を上げた。
「そう、確か………イロハさん?」
「確かにケットシー繋がりだけど、残念ながら違うわね」
「あれ………それじゃあシリカさん?」
「う~ん、私、あの二人ほど小さくないんだけどな」
二度間違えられたが、シノンが気を悪くした様子はまったくない。
そもそもこの短時間で、メンバーの顔と名前を全部覚えている方がおかしいからだ。
「ちょ、ちょっと待って下さいね、顔にペイントが無いからアルゴさんじゃなくて、
語尾にニャが付かないからフェイリスさんじゃない………、
あっ、分かった、シノンさん、シノンさんですね」
「正解、何度か間違えたとはいえ、もうそれだけの名前を覚えてるなんて凄いわね。
それと私の事はシノンでいいわよ」
「それじゃあ私はウズメで!」
「ウズメ………?もしかしてアメノウズメ?」
「うん、私、ダンスは得意なの」
「なるほど………ウズメ、これから宜しく」
「うん、宜しく!」
こうして二人は無事合流し、シノンは人目を気にして移動を急ぐ事にしたのか、
ウズメの手を引いて歩き出した。
「えっと、これからどこに?」
「ヴァルハラ・ガーデンよ、今のうちにメンバー登録しておいた方が後々楽だしね」
「あっ、う、うん」
ここでシノンが声を潜めてウズメに話しかけた。
「でもその姿、本当に思いきった事をしたものよね」
「や、やっぱりそうかな」
「まあでもそういうのを否定する人は、うちにはいないけどね。自己責任の範囲内だろうし」
「よ、良かった………」
そのシノンの言葉にウズメはホッとした。
内心ではハチマンに怒られるんじゃないかと心配していたからだ。
「まあうちは敵も多いし、最低限自衛出来るくらいに、急いで強くならないといけないわね」
「やっぱりそうだよね………初心者にお薦めの狩り場とかある?」
「まあ私に考えがあるから任せて頂戴。とりあえずあそこ、あれが転移門よ」
「あ、あそこに入るの?光がうねうねしててちょっと怖い………」
「いいからさっさと入りなさい」
「きゃっ!」
シノンはウズメの襟首を掴んで門に放り投げ、ウズメの視界は一瞬で変わった。
そこは光溢れるフロアであり、辺りは緑一色であった。
「うわぁ、明るくて綺麗なところだねぇ」
「でしょう?このフロアのフィールドにはモンスタ-も出ないのよ」
「おお、私でも散歩が出来る!」
ALOという世界に興味津々なウズメだったが、
さすがにこのまま散歩に行くような事はしない。
「それじゃあこっち」
「うん」
ウズメはシノンに導かれ、直ぐにヴァルハラ・ガーデン前へと到達した。
「えっ、何これ………」
そこは希少なはずの女性プレイヤーで溢れており、ウズメは目を丸くした。
(これって出待ちみたいな感じ?ゲームの中でもこういうのってあるんだ………)
ウズメはその光景に圧倒されたが、シノンは気にせず塔の方へと歩いていく。
「あっ、必中様よ」
「残念、ハチマン様はいないかぁ」
「待って、あの連れてる子、どこかで見たような………」
「もしかして水野愛?」
「誰それ?」
「フランシュシュっていうアイドルグループのメンバーだよ」
「あっ、そうなんだ、もしかして熱心なファンなのかな?」
幸か不幸か、ウズメの事を本人じゃないかと疑う者はほぼ皆無であった。
それもまあ当然の事だろう、普通ウズメのような行いをする者はいない。
そしてシノンが塔のコンソールを操作し、ウズメに手招きした。
「それじゃあここを押してみて」
ウズメがボタンを押すと、周囲に恒例のアナウンスが響いた。
『このプレイヤーを、仮メンバーとして登録しますか?』
その瞬間に、いつものように周囲がざわついた。
「イエス」
シノンが短くそう答え、システムもそれに答えた。
『プレイヤーネーム、ウズメ、を、仮メンバーとして登録しました』
「やった、仮メンバーになれた!」
「いやいや、もちろんこれで終わりじゃないわよ。ほら、もう一度」
「えっ?あ、うん」
そして周囲の者達が見守る中、ウズメが再びボタンを押し、
辺りにアナウンスが響き渡った。
『このプレイヤーを、正式メンバーとして登録しますか?』
「イエス」
『プレイヤーネーム、ウズメ、を、正式メンバーとして登録しました』
そのまま二人は中に入っていき、その場のざわめきは最高潮に達した。
このニュースは一瞬でネット中を駆け巡り、ウズメの顔写真と名前が掲示板に踊った。
ちなみに後の雑誌のインタビューで、愛はこう答えている。
『そういえば、愛さんの偽者が、ALOにいるみたいですね』
『………ああ、その話なら知ってます』
『ご存知でしたか、もしかして既に何か対応を?』
『いいえ、特には?』
『えっ?黙認ですか?』
『………そういうの、何か楽しそうだしいいじゃないですか』
『おお、愛さん、心が広いですね』
この事について、そのプレイヤーの行いが、
愛のイメージダウンに繋がるのではないかと危惧するファンも当然存在したが、
そういった意見はALOプレイヤーによって片っ端から否定されていく事になる。
曰く、『ウズメはヴァルハラのメンバーなんだから、そんな事あるはずがない』
こうしてウズメはアイドルにある意味公認されたプレイヤーとして、
気兼ねする事なく歌と踊りのパフォーマンスをALO内で披露していく事になるのだが、
その正体が明かされる日が来るのかどうかは定かではない。
ちなみのちなみにそのインタビューの後、
愛はフランシュシュの仲間達に本当に大丈夫なのかと心配され、
実は本人だとカミングアウトしてしまい、その流れで仲間達がヴァルハラについて調べ、
そのリーダーがハチマンと言う名前だと発覚したせいで、
以後、愛は仲間達から生暖かい目で見られる事となったのであった。