塔周辺のざわめきを背中で聞きながら、シノンとウズメはヴァルハラ・ガーデンに入った。
扉が閉まるともう外のプレイヤーの声は聞こえず、その場は静寂に包まれていた。
「ふう、まあいつもの事なんだけど、かなり注目を浴びちゃったわね」
「いつもの事なの?」
「当然よ、だってうちはヴァルハラなんだから」
ヴァルハラの部分をアイドルに置き換えれば、
そのシノンの言葉はウズメにとってはとても分かり易かった。
「人気商売っていう部分もあるって事かぁ」
「ええ、そういうのは得意でしょ?」
「まあ確かにそうなんだけど」
ウズメはそう答えて苦笑した。
「それならやっぱり実力を付けないとかなぁ、
ヴァルハラの人気に乗っかってる状態なのは嫌だもん」
「その前向きさ、私は好きよ」
「ふふっ、ありがと」
二人は笑顔で会話をしながら階段を上っていく。
と、前から複数のプレイヤーの声がし、二人は立ち止まった。
「あら?あの声は………」
そして階段の上にキリトが姿を現した。
その後ろには、リズベット、シリカ、リーファ、レコン、クックロビン、ナタクの姿もある。
「うわっ、愛ちゃんだ!」
「おぉ………」
「まさかそうくるとは」
「驚きですね!」
一同は、ウズメの姿に驚いたような顔をした。
「本人………なんだよな?」
「は、はい!」
「ああ、うちは名前は呼び捨て推奨で、喋り方も普通でいいから。
ウズメ、ようこそヴァルハラへ」
「分かりまし………じゃない、うん分かった、これからお世話になるね!」
ウズメはそのキリトの言葉に嬉しそうに微笑んだ。
そしてシノンが当然の疑問をぶつけてくる。
「もしかして私達を出迎えに来てくれたの?」
「いや、たまたまだな。
丁度出かけようとしたタイミングでアナウンスが聞こえたからちょっと驚いたけどな。
シノンにも一応連絡はしたんだけど、その様子だと見てなかったか?」
「あ、ごめん、多分その前にログインしちゃってたかも」
どうやらキリトの連絡は、シノンにはニアミスで届かなかったようだ。
「で、もしかしてこれから狩り?それならウズメも一緒に連れてってあげたいんだけど」
「まあ狩りと言えば狩りなんだが………う~ん、まあいいか」
その問いに、キリトが奥歯に物が挟まったような返事をしてくる。
「何よ、煮え切らない言い方ね」
「悪い悪い、狩りは狩りでもちょっと特殊な狩りなんだよ」
「特殊?一体何を狩りに行くの?」
「今日はほら、クリスマスだろ?」
「ええ………あっ、まさか!」
「そのまさかだ。ハチマンが来れないのは残念だけど、
これから背教者ニコラスを狩りにいく」
その言葉にシノンはニヤリとした。
「それは是非ご一緒したいわ、もちろんウズメも行くわよね?」
「よく分からないけど、行ってみたいかも」
「オーケーオーケー、まだちょっと時間はあるはずだし、今のうちに装備を揃えちまおう。
ナタク、頼めるか?」
「任せて下さい」
こうしてナタクがウズメに装備を揃えてくれる事になり、
同時に戦闘スタイルをどうするか尋ねられたウズメはこう答えた。
「私、ダンスが得意だから、身の軽さを生かした戦い方が向いてる気がする」
「なるほど、ハチマンさんやユウキさんと一緒だね。
それじゃあ武器はこれ、装備はこの辺りかな」
初期状態故に、装備選びも特に迷う事なくすぐ決定し、
一同はそのまま三十五層の迷いの森へと向かった。
「うわぁ、いきなりこんな所に来ちゃっていいのかな………」
「大丈夫大丈夫、それにしてもせっかくのイベントなのに参加者はこれだけ?」
「いやほら、ソレイユの関係者はパーティー会場の片付けがあるみたいでさ」
「ああ、確かにそうよね、だからこのメンバーか」
その答えにシノンは納得した。
「それにしても随分おどろおどろしい場所ね」
「あっ、シノンも初めてなんだ」
「ここは解放されてから日が浅いから、まだだったのよね」
「私にとっては嫌な思い出が………」
その時シリカが苦々しい顔でそう言った。
「ここで昔何かあったの?」
「迷子になって死にかけました」
「あ、そうだったんだ?」
「そういえば話した事無かったっけな、それを俺が助けたのが、
シリカとの初めての出会いだったんだよ」
「へぇ、そうだったの………ねっ!」
シノンが感心したような顔をしながら、いきなり弓を放つ。
どうやら遠くに敵の姿を見つけたらしい。森の中だというのに問題なくその攻撃は命中し、
敵の姿が光の粒子と化して消滅する。その瞬間に、ウズメに大量の経験値が流れ込んできた。
「わっ」
「お?」
「あれ、経験値って敵のヘイトリストに乗らなくても入るようになった?」
「あ、今のは多分、敵から敵対心を誰も向けられてなかったからですね。
そういう時は全員に経験値が入るみたいです」
「ほうほう、よしシノン、ファーストルック、ファーストショットだ」
「先に見つけて先に撃てって事よね?どこぞの戦闘機みたいに」
志乃や茉莉に教えてもらったのだろう、シノンは妙に玄人っぽい事を言うと、
そのまま見かける度に敵を屠っていく。
ウズメはキリトのアドバイスを受け、それをステータスに振っていき、
戦闘経験こそ無いが、既に初心者の域を脱する程に成長していた。
「私、まだ何もしてないんだけどいいのかな?」
「いいのいいの、早くハチマンの役にたてるようになりたいでしょ?」
「う、うん!」
「とりあえず新しい装備が必要ですね、それじゃあこれを」
ナタクがそう言って新しい装備を渡してくる。
「準備がいいのね」
「まあこうなると思ってましたから」
ナタクは事も無げにそう言った。その辺りの気配りはさすがである。
「おいシノン、そろそろストップだ、目的地が近い」
「沸く場所が分かってるの?」
「分かってるっていうか、とりあえず昔俺が倒した場所に向かってるんだけどな」
「よく覚えてますね!」
「まあ………忘れられる事じゃないからな」
キリトはそう言って、少し切なげな顔をし、リズベットはそっとキリトの手を握った。
「キリト、大丈夫?」
「ああ、問題ない。思い出に負けたりなんかしないさ」
キリトはそう言ってリズベットに微笑み、しばらく歩いた後、足を止めた。
「………………ここだ」
「いないわね」
「外れ?」
「あっ、待って」
その時いきなりカランコロンと鐘の音が響き渡り、
シャンシャンシャンという音と共に、空にソリの轍のような二筋の光が流れ、
直後に上空から背教者ニコラスが降ってきた。その姿にウズメが大きく目を見開く。
「ハチマンさんがどうしてここに!?」
「「「「「「「ぶっ」」」」」」」
そのウズメの言葉に皆は思わず噴き出した。
「ウズメちゃん、もしかして動画で見たの?」
「あっ、う、うん!あれってハチマンさんだよね?」
「逆かな、ハチマンの変身は、あいつの姿を参考にしてるんだ」
「あっ、そういう………」
ウズメは自分の勘違いに顔を赤くし、
シノンがドンマイとばかりにウズメの肩をポンと叩いた。
「どうする?キリト一人でやる?」
「いや、前はハチマンとアスナにアイテムを分けてもらいながらだけど、
それでも一応ソロで倒したから、今日はみんなでやろう」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
キリトの指示に従い、全員が戦闘体勢をとる。
といってもウズメにはまだ手出し出来ない強さの敵なので、
ウズメはこの場で教えてもらった簡単な魔法をキリトにかける事で、
ヘイトリストに名前を載せる事となった。
「とりあえずウズメさんは僕の隣に」
「り、了解!」
ウズメはナタクの隣に陣取り、こうして戦闘が始まった。
さすがにこのメンバーだと削りも早く、敵のHPは順調に削れていく。
「………こいつ、こんなに弱かったんだな」
「まあ一対一とは全然違うでしょ」
「そうだな、今は頼れる仲間が沢山いるからな」
ニコラスは、気持ち悪い笑い方をしながら斧を振り回し、精一杯抵抗してきたが、
結局大きな見せ場も無いまま、一同の手によってあっさりと倒される事となった。
「やった、倒した!」
「メリー・クリスマス!」
「まあフィールドボスくらいかな?」
「それよりはちょっと弱いかもですね」
「さて、ドロップアイテムの確認をしようぜ」
そのキリトの言葉に一同は、それぞれのアイテム・ストレージを確認した。
最初に声を発したのはリズベットである。
「あ、蘇生結晶だって」
「インフォメーションはどうなってる?制限時間の記載は?」
「特に無いかも、リメインライトに使用出来るって書いてあるだけね」
「なるほど………」
キリトは一瞬悔しそうな顔をした。おそらく昔の事を思い出したのだろう。
だがすぐに頭を振って、普通の顔に戻った。
「他には何か無いか?」
「あ、あの、私にこんな物が!」
ウズメが焦った顔で、キリトにアイテムを差し出してきた。
「ん、何だこれ?ニコラスブレイド?」
「何それ、どんな性能?」
「………一日一回ニコラスになれる、だそうだ」
「………」
「………」
「あ~………攻撃力は一線級からちょっと落ちるけど、
戦闘スタイル的にも丁度いいみたいだし、これはウズメに進呈かな」
「いやいやいや、私、何もしてません!」
「いいからいいから、入団祝いだと思ってもらっときなよ」
「そうそう、遠慮しなくていいって」
「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて………」
ウズメはそう言いながら、ニコラスブレイドを大切そうに胸に抱えた。
ちょっと見た目はアレだが、ハチマンとお揃いというのが、ウズメはとても嬉しかった。
こうして今年の背教者ニコラス討伐はあっさりと幕を閉じ、ウズメは少しだけ強くなった。