ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1061話 リハーサル

 その日の昼過ぎから、ALOで着々とクリスマス会の準備が進められていた。

場所はヴァルハラ・ガーデンのあるコラル村の全域である。

ハチマンはかなり疲れていたが、それを表には出さず、熱心に指示をしていた。

 

「ハチマン、疲れてるんだろ?ちょっと寝てきたらどうだ?」

「ある程度準備が進んだらな………」

 

 ハチマンは、キリトがニヤニヤしながらそう言ってきたにも関わらず、

事務的な反応しか返してこなかった。

いつもなら反撃くらいはするところだが、今はとにかく疲労が激しいらしく、

そんな余裕はまったくなさそうだ。

そんなハチマンの様子を見て、キリトは呆れたような顔でアスナの方を見た。

 

「おいアスナ、さすがにこれは………」

「ヒュー、ヒュー」

 

 アスナはビクッとし、鳴らない口笛を吹きながら、そのまま逃げていった。

 

「あいつ………後でリズにお仕置きしてもらわないと」

 

 さすがに限度があるだろうと思いつつ、キリトはため息をついた。

 

「もうしばらくしたら無理やり落ちさせて、休ませるか………」

 

 最近は耐性もついてきて、こういった話でそう簡単に顔は赤くしないキリトであるが、

さすがに朝まで延々とというのは耐えられる羞恥心の範囲を超えているらしく、

そのお説教についてはリズベットに丸投げされる事となった。

一部の女性陣がぐぬぬ状態であったが、

そういった事に首をつっこむとろくな事が無いと思っている為、

そちらに関してはキリトは完全にスルーである。そんなキリトにシノンが声を掛けてきた。

 

「キリト、こっちはどんな感じ?」

「問題ない、他のギルドにも場所を割り振って、出店の準備もしてもらってる」

「まるでお祭りみたいね、ふふっ」

「正真正銘祭りだからな」

 

 ここでシノンがいきなり声を潜めた。

 

「HIAの方はどう?」

「問題ない、既に交代で見張りについてもらってる」

「確認係のアスモの方は?」

「そっちも問題ない」

「そう、それなら上手くいきそうね」

「いけばいいけどな」

 

 それでひそひそ話は終わり、キリトはシノンにそういえば、と切り出した。

 

「そういえばリズに聞いたんだけど、午前中、ウズメと遊んでたんだろ?どうだった?」

「ああ、それなんだけど、あの子、中々やるわよ」

「ほう?」

「敵にマシンガンを乱射してる時、敵に不意打ちをくらって、

キヨモリさんのカバーがギリギリになりそうな時があったんだけど、

ちゃんとその事に自分で気付いて、悲鳴を上げるでもなく普通に蹴っ飛ばして、

冷静にマシンガンの弾を叩き込んでたわ」

 

 キリトはその光景を想像し、軽く唸った。

 

「へぇ、そりゃ大したもんだ」

「最後に試しに二刀流っぽく短剣を使ってもらったんだけど、

結構さまになってたのよね。なので今度、ソレイユでバイトを兼ねて、

戦闘訓練をしてみたらどうかしらってお薦めしておいたわ」

「へぇ、あれをか、今度結果を教えてくれよ」

「ええ、ダル君と話はつけてあるから、今夜試しにやらせてみるつもり」

「おう、仕事が早いな」

「まあ本人の希望だから」

 

 その言葉通り、これは愛が自ら志願したものだった。

イベント開始直後は参加出来ないが、それまでに出来るだけ強くなっておきたいらしい。

シノンはそのまま他の仕事にかかり、キリトもキリトで自分の仕事に戻った。

それから一時間が過ぎ、大体の準備が終わったところで、キリトはハチマンに声を掛けた。

 

「おいハチマン、もう準備の方は十分だからそろそろ休憩してこいよ。

時間までに戻ってきてくれればいいからさ」

「そうか?それじゃあ後は頼むわ」

 

 そう言ってハチマンは素直にログアウトし、

ソレイユ社内の自分の部屋のソファーの上で目覚めた。八幡は朝、明日奈を送った後、

そのままマンションにというのは美優達にからかわれそうで嫌だった為、

直接ソレイユに向かい、そこで仮眠をとってから準備に参加したのである。

 

「ふぅ、飲み物でも買ってくるか」

 

 そう言って部屋から出た八幡は、自分の体が思ったよりも軽い事に気が付いた。

一応仮眠はしていた上に、ずっとソファーの上で横になっていたのだから、

まだ若い八幡の体力は、そこそこ回復してくれたようだ。

八幡はう~んと伸びをすると、水分を補給しようと部屋の外に出た。

 

「た、太陽が黄色く見えるな………」

 

 昨日は明日奈に蹂躙され、何の抵抗も出来なかった八幡は、

陽乃に一言抗議してやろうと思い、先に社長室へと向かった。

 

「おい馬鹿姉、昨日はよくもやってくれたな」

「あら八幡君、昨日はお楽しみだったみたいね、これも私のおかげよね、うんうん」

「そうだな、姉さんのおかげだな」

 

 八幡はそう言いながら、指をぽきぽきと鳴らして陽乃に近付いていった。

だが陽乃がそんな事でびびるはずもなく、逆に指をぽきぽきさせながら立ち上がった。

 

「あら、今日は私に相手をして欲しいの?

別にいいわよ、明日奈ちゃんには内緒にしておいてあげるから、

今日は私が八幡君を組み敷いてあげるわ」

 

 そう言う陽乃の目はかなり本気に見え、八幡は即座に撤退した。

 

「冗談だ冗談、こっちの準備は上手くいってる、これでやっと敵の正体が分かって、

イベント中もしっかり対策がとれるはずだ」

「え?ちょっと、何よそれ?そこは私と本気でやりあって逆に押し倒されて、

『悔しい………でも好きにして』って、思いっきり私に犯されるパターンでしょ!?」

「犯されるとかストレートすぎだろ!そういう事を言うんじゃねえ!」

「ええ~?この私のどこが不満なの?」

「不満も満足も無えよ、それじゃあ俺はしばらく休憩させてもらうからな」

「あ、それじゃあこれから隣のビルに見学に行ってみない?

今ね、フランシュシュのみんながリハーサルをしてるみたいなの」

「ほう?」

 

 八幡はその言葉に興味を惹かれた。

生まれてからこのかた、そういった物を見た事が一度も無いからである。

 

「面白そうだな、それじゃあ行くか」

「ええ、一緒に行きましょ」

 

 そう言って陽乃は八幡の腕にすがりついた。

 

「………何故腕を組む」

「え~?社内のみんなに社長と次期社長は仲良しですよってアピールしようと思って?」

「どこにそんな必要がある」

「え~?確かにそうだけどぉ………」

 

 陽乃は渋々八幡の腕から離れ、近くにあった自販機に向かった。

 

「それじゃあ昨日のお詫びにここは私が奢ってあげる」

「全部タダだろ、お詫びっていうならもっと誠意を示せ」

「仕方ないなぁ、何か考えとくわ」

 

 そう言って陽乃は八幡にスポーツドリンクを渡してきた。

さすがにこの状況でマックスコーヒーという選択肢は無かったようだ。

八幡はそれで水分補給をし、二人は一旦下におりて、隣のビルへと向かった。

 

「まだ一部のフロアは工事中なんだよな?」

「ええ、今出来ているのは各事務所とタレントの住む住居、

それに今からいくレッスンルームくらいで、仮眠室やら何やらの福利厚生関係がまだかしら」

「みんなに満足してもらえればいいけどな」

「そうね、愛ちゃんに満足してもらえればいいんだけど」

 

 陽乃にそう言われ、八幡は思わず陽乃の顔を二度見した。

 

「………何でそこで愛の名前が出てくる」

「だって、このビルで唯一の身内じゃない?そりゃ気になるわよ」

「ああ、そういう意味か」

 

 確かにこのビル内で、ヴァルハラに関わっているのは愛だけであり、

八幡はそれで納得したが、陽乃としては、八幡がアイドルと多く接する事で、

女性に対する心理的障壁がもっと低くなる事を期待していたのである。

 

「ここよ、さあ、邪魔にならないようにそっと中に入りましょ」

「だな」

 

 二人は入り口前に立っていたガードマンに挨拶をし、そっと扉を開けて中に入った。

中ではフランシュシュのメンバー達が曲を披露しており、

その見事さに八幡は、ほう、と感心したように息を吐いた。

倉社長とフランシュシュのマネージャーの巽幸太郎がこちらに向け、挨拶をしてくる。

二人はそれに挨拶を返し、陽乃は倉社長の所に向かい、

八幡は勧められるまま、近くにあった椅子に座った。

 

「愛の奴、頑張ってるなぁ………」

 

 フランシュシュのメンバーは、

源さくら、二階堂サキ、水野愛、紺野純子、ゆうぎり、星川リリィ、山田たえの七人である。

その七人が、見事な歌唱を披露しながら一糸乱れぬダンスを踊っている。

いや、たえだけが他からズレているが、これも演出の一つらしい。

とにかく今話題でこれから更に伸びると言われているアイドルグループであった。

 

「はい、そこまで、一旦休憩」

 

 そこで振り付け担当らしきスタッフから声がかかり、七人に飲み物が配られた。

 

「ふう………」

「くあ~、生き返るぜ!」

「………あっ!」

 

 その時愛が八幡に気付き、他の者達もそれに釣られてこちらに目を向けてきた。

愛はそのまま全力ダッシュでこちらに走ってきたが、

激しいダンスを踊った直後だったせいか足をもつれさせ、

そのまま八幡の方に突っ込んできた。

 

「きゃっ!」

「お、おい!」

 

 八幡はそんな愛をしっかり受け止め、たまに明日奈にしてあげるようにくるっと回転し、

無理な止まらせ方をさせて怪我をしないように、そのまま無事に着地させた。

 

「「「「「「おお~!」」」」」」

 

 他の六人からそんな声が聞こえ、同時に拍手が沸き起こる。

 

「お前さ、別に俺は逃げないんだから、あんな凄い勢いで走ってくるんじゃねえよ」

「う、うん、ごめんね」

 

 愛はペロっと舌を出して謝り、当然のように、そのまま八幡の隣に座った。

 

「見に来てくれたんだ?」

「お、おう、うちの社長に誘われてな」

「そうなんだ、嬉しい」

 

 愛ははにかみながらそう言い、八幡は思わず顔を赤くさせた。

その瞬間に八幡の視界に何かが映り、八幡はその何かを軽く手ではたいた。

 

「おっと」

「うわっ!」

 

 その何かは、二階堂サキの拳であった。

サキはバランスを崩したが、八幡がスッと立ち上がってサキの腰に手を回し、

愛とは反対の椅子にサキをそっと座らせた。

 

「ほえ………」

「もう、いきなり何をするのよ!」

「いや、うちの愛にちょっかいを出す男と拳で語ってみようかな、とか思ったんだけどよ」

 

 サキはぽかんとしたままそう言い、

メンバーの中では一番落ち着いているように見える紺野純子と山田たえが八幡に謝った。

 

「ご、ごめんなさい」

「サキ、いきなり何するの」

「いや、別にいいって、むしろ元気があっていいんじゃないか」

 

 八幡は苦笑しながらそう答え、サキも悪びれずにこう言った。

 

「いやぁ、まさかあんなにあっさりと防がれるなんてな」

「というか怪我でもしたらどうするんだよ」

 

 その言葉に、一瞬サキは、この状況で自分の心配?と思ったが、それは勘違いであった。

何故なら続けて八幡がこう言ったからだ。

 

「大切な時期なんだから、もっと自分を大切にしろよ」

「ふぇっ!?」

 

 サキはそういった事は言われ慣れていないのか、驚いた顔をした後、

素直に八幡に謝ってきた。

 

「あ~………そうだよな、わ、悪い」

 

 そんなサキに、八幡は笑顔で手を差し出した。

 

「俺は比企谷八幡だ、

みんなの事はうちでしっかりバックアップするから、これから宜しくな」

「おう、宜しく!」

 

 そして愛以外の六人も自己紹介を済ませ、

八幡はフランシュシュのメンバー達と仲良くなる事が出来た。

 

「休憩時間が終わっちまうな、みんな、ちゃんと水分補給をするんだぞ」

「あっ、そうだった!」

「やばいやばい、しっかり休まないと」

 

 そう言って一同は八幡の周りに腰を下ろし、愛は若干頬を膨らませていたが、

そんな愛をからかいながら、ファーストコンタクトは和やかな雰囲気で進んだ。

そしてリハーサルが再開された後、八幡が見ているせいで気合いが入ったのか、

愛の気迫は凄まじかった。結局八幡はリハーサルに最後まで見入ってしまい、

いつの間にか隣に戻ってきた陽乃に冷やかされる事になった。

 

「八幡君、随分熱心にたえちゃんとサクラちゃんの胸を見てるわね」

「そんな所は見てねえよ、ってか悪い、つい見入っちまった」

「彼女達、凄いわよねぇ」

「おう、こういうのを見るのは初めてだが、正直感心した」

「特に愛ちゃん………」

「だな、まあこっちばっかりチラチラ見てるから、そこは後で怒っておこう」

「あはははは、モテる男はつらいわね」

「はぁ?そういうんじゃないだろ」

「えっ?」

 

 陽乃はそう答えた八幡を二度見した。

 

(本当にこの男は、もう少し女性関係での自己評価が高く出来ないものかしらね)

 

 そしてリハーサルが終わり、メンバー達を労った後に帰ろうとした八幡を愛が呼び止めた。

 

「八幡、あのね、お願いがあるんだけど」

「ん?」

 

 愛はそのまま主催者枠でコンサートを見に来てくれないかと八幡にお願いし、

八幡はそれを快諾した。

 

「ALOのイベントが始まってるが、まあそれくらいは構わないだろ」

「いいの?ありがとう!」

 

 こうして八幡は、生まれて初めてアイドルのコンサートを見に行く事になったのだった。




さすがに他のメンバーに誰も喋らせないのは無理でした。
山田たえちゃんも普通のようですね!

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