楽しいクリスマス会が終わった後、愛は自室のベッドで目を覚ました。
「う~ん………楽しかったなぁ」
「それは何よりだ」
「きゃっ」
そこには下を向いたデレまんくんが立っており、愛に着替えを差し出してきていた。
「どうして下を向いてるの?」
「いや、俺の見る物は映像として記録されるからな、
まあよほどの事が無い限りチェックはされないんだが、一応な」
その言葉の意味を理解し、愛は顔を赤くした。
「ち、ちなみにその映像を見る可能性があるのって………」
「そうだな、男だと本体くらいだな」
「………本体って、八幡だよね?」
「おう、そうだぞ」
「ならいいや」
愛はそう言って気にするのを止め、デレまんくんの前で普通に着替え始めた。
「おいおい、そんなサービスしちまっていいのか?」
「別にいいよ、もしかしたら責任とってくれるかもだし?」
「女は怖えな………だがそこがいい」
デレまんくんはそう言ってニヤリとした。(あくまで愛の主観だが)
とてもではないが、八幡には言えないセリフである。
「あれ、そういえば何で普通に外出用の着替えを?」
着替え終わった後、その事に気付いた愛はデレまんくんにそう尋ねた。
「ん、ああ、はちまんの奴から連絡があったんだよ」
デレまんくんが『はちまんの奴』と言う場合、それははちまんくんの事である。
ちなみに八幡本人の事は『本体』、デレまんくん一号はそのまま『一号』、
陽乃以外の前で絶対にその存在について触れる事は無いが、ペロまんくんは『ペロ』、
そしてクルスちゃんは『女狐』と表現される。
「そうなんだ、シノンの所のはちまんくんにも会ってみたいなぁ」
「まあいずれそういう機会もあるだろうよ」
デレまんくんはニヤリとしながら(あくまで愛の主観である)そう言うと、
留守は俺に任せろと言って愛を外に送り出した。
丁度その時部屋から純子が顔を覗かせた。どうやら二人の会話が聞こえたらしい。
「………愛さん、もしかして、八幡さんがいるんですか?」
「じゅ、純子?」
フランシュシュのメンバーの中で、愛と一番仲のいいのは紺野純子である。
純子は普通、仲間以外の他人の事は苗字で呼ぶが、
仲のいい愛がずっと八幡と呼び続けているので、
それに引きずられて八幡の事も、名前で呼んでいるのであった。
そんな親友とも呼べる純子に対し、愛は隠し事が出来なかった。
「あ~、えっとね、実はその………今話してたのはこの子なの」
「よっ」
そう言う愛の後ろから、デレまんくんが姿を現し、純子にぴょこぴょこと手を振った。
「や、やーらしか………」
そんなデレまんくんを見て、純子が思わずそう呟く。
「やーらしか?どういう意味だ?」
さすがに佐賀弁についての知識は無かったのか、デレまんくんが首を傾げる。
「あっ、ごめんなさい、サクラさんの喋り方が移ってしまって………、
えっと、かわいいとかそういう意味です………って、私今、ぬいぐるみと喋ってる………」
純子は呆然とし、愛は慌ててデレまんくんの事を説明した。
「………という訳なの」
「なるほど、愛さんがこれを欲しがったのにも納得です」
純子の喋り方は常に敬語であった。これは性分なので、もうどうしようもないらしい。
「で、愛さんはこんな時間にどこへ?」
「えっとね、ちょっとあっちのビルへ………」
そう言って愛が指差したのは、ソレイユの本社ビルであった。
「何か用事ですか?」
「うん、対人戦闘シミュレーターってのを使わせてもらえるみたいでさ」
「対人戦闘ですか?何の為にそんな物を?」
純子はその言葉に不安そうな顔をした。
「あ~………えっと、私ね、今度ALOっていうゲームを始めてさ、
それで人と戦う機会が出来たっていうか………」
「ゲーム?ああ、ピコピコですか?」
「ピ、ピコ………何?」
「ピコピコです」
「むぅ………」
純子の言動や使う言葉はかなり昭和テイストが漂う物が多い。
純子曰く、これは家庭環境によるものなのだそうだ。
純子は藍子や詩乃よりもより純粋な昭和ファイターなのである。
「これは実際に見てもらった方がいいね、純子、ちょっとあっちまで付き合って」
「もちろんです、最初からそのつもりでした」
どうやら純子は愛を一人で行かせるのが心配で、付いてきてくれるつもりだったらしい。
愛はそんな親友の気遣いに心が温かくなった。
「待ってて下さいね、今準備しますから」
「うん!」
そして二人は連れ立ってソレイユ本社ビルへと向かい、
デレまんくんがそれを見送った。ガードマンも愛について連絡は受けていたようで、
純子の事も入れていいか問い合わせをしてくれ、二人は無事に中に入る事が出来た。
「えっと、開発室って所に向かうんだよね」
「ここのボタンを押してくれって言ってたっけ」
二人は案内板の、開発室のプレートの下のボタンを押した。
『はい、こちら開発室』
「あっ、すみません、あの、私、水野愛………ですけど」
『エレベーターの扉が開くからそこに乗ってくれ、後は自動で付くからナ」
「あ、はい!」
インターホンの向こうから若い女性の声が聞こえ、
二人はその指示通りにエレベーターに乗った。
「何か緊張するね」
「そうですね」
二人は身を寄せ合いながらエレベーターから下り、
唯一電気が付いている部屋へと向かった。
愛が部屋の扉をノックすると、中から体の大きい男性が顔を覗かせた。
「お、来た来た、こんな風にアイドルのお二人とお目にかかれて光栄です!」
その男性、ダルはそう言って二人に敬礼した。
「こんな時間にごめんなさい」
「いいっていいって、詩乃たんのお願いですし?」
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ」
ダルに案内され、二人は部屋の中に入ったが、
そこではまだ多くのスタッフが仕事をしていた。
明日がバージョンアップ当日なので、今日は徹夜での仕事になるのである。
ちなみにその後は交代で休む事になっている。
「お、来たな、オレっちはアルゴだゾ」
「あっ、ヴァルハラの………」
「そうそう、これから仲間として宜しくナ」
「うん!」
愛はアルゴの事はもちろん資料で知っていた。
「で、そっちが見学の子だナ」
「こ、紺野純子です、初めまして」
「それじゃあまあそこに座ってくれな、今ダルが使い方を説明するからヨ」
アルゴのその勧めに従い、二人はソファーに腰を下ろした。
「それじゃあこの対人戦闘シミュレーターの使い方だけど、
まあ難しい事は何も無くて、最初に使う武器を選んで、
敵の戦闘タイプと強さを選んで、アミュスフィアを起動させるだけだお」
「うわ、そんなに簡単なんだ」
「後は外から設定を変えられるから、こっちに話しかけてくれればいいお。
攻撃をくらっても別に痛くも何ともないから、好きに動いてね」
「ありがとうございます!」
早速愛がチャレンジする事になり、純子はモニターでその様子を見学する事になった。
「………最近のピコピコは凄いんですね」
「はい、最近のピコピコは凄いんです」
ダルはその純子の言葉に笑顔でそう返した。
さすが変態紳士を自称するだけの事はあり、その受け答えには淀みがない。
しかもピコピコという言葉の意味もしっかり理解している。
そしてモニターに愛と敵の姿が映し出され、アルゴも休憩がてら、その様子を見学に来た。
「どれどれ………おお?ハー坊と同じスタイルか?」
「かな?」
「相手はオーソドックスな剣士タイプか、強さも弱め、まあ無難なところだわナ」
その時部屋の扉が開き、八幡が顔を覗かせた。
「よっ、やってるか?って………純子さん?どうしてここに?」
「あっ、八幡さん!」
「ハー坊?どうした?」
「陣中見舞いってやつだな、で、これはどういう状況だ?って、そこに寝てるのは愛か?」
八幡が愛の事を呼び捨てにした為、純子は一瞬それを羨ましく思い、
慌ててぶんぶんと首を振ってその考えを打ち消した。
「あの、愛さんが、対人戦闘シミュレーターってのを使わせてもらうって言ってここへ。
私はその付き添いです」
「まあそういう事だな、愛ちゃんはどうやら、ハー坊の為に早く強くなりたいらしいゾ」
「なるほどなぁ、で、どんな感じだ?」
「まだ初戦だから何とも」
「ふむ………」
四人はそのまま画面に見入った。その中では愛と敵が対峙していたが、
先に動いたのは敵の方であった。
敵は大上段から愛に斬りかかってきたが、愛はその攻撃をあっさり避け、
すれ違い様に両手の剣で、敵の胸をあっさりと切り裂いた。一瞬での決着である。
『ごめんなさい、敵の設定が弱すぎました』
「だね、一段階………いや、三段階敵の強さを上げるお」
『お願いします』
モニターからの愛のその言葉にはダルが対応した。
そして再び戦いが始まったが、今度の敵は突きを主体に攻めてきており、
愛は中々攻撃に移れない。だがそんな愛を、八幡は賞賛した。
「随分しっかりと避けてるな」
「だな、しかも避け幅が小さいゾ」
「でもこれはあれだな、自分から攻めに行くコツがまだ分かってない感じか」
「そうなんですか?」
純子が八幡にそう尋ねてくる。
「ただ相手の攻撃を避けて反撃するのは結構簡単なんだ、
相手が隙を見せたらそこに思いっきり攻撃を叩き込むだけだからな。
だが自分から攻めるとなると、これは適当にすると反撃をくらっちまう。
相手の攻撃を誘ったり体勢を崩したりと、
何をすればいいかっていう色々な知識が必要になるんだよな」
「なるほど………」
愛は結局敵の突きを紙一重で見切り、
無防備な敵の背中に手に持つ剣を叩き込んで勝利した。
「ふ~む、おいダル、アミュスフィアを出してくれ」
「むむ、了解だお」
「どうするんですか?」
「ああ、ちょっと愛を鍛えてやってくるわ、まあ見ててくれ」
「は、はい!」
そして八幡はアミュスフィアを被り、愛が寝ているソファーをチラリと見た。
「さすがにソファーに二人は無理だな、床に寝るとするか」
「あ、それなら私、膝枕でもしましょうか?」
ここで純子の天然が炸裂した。
「い、いや、それは悪いからいい、
純子さんはここでモニターを見て楽しんでてくれればいいから」
「あっ、私ったら、恥ずかしい事を………」
そんな二人の姿に、ダルとアルゴは生暖かい視線を向けた。
「そ、それじゃあ行ってくる」
八幡はそう言って逃げるようにソファーの横の床に寝そべり、
次の瞬間、モニターの中に八幡の姿が現れた。