ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1065話 純&愛

 目の前にいきなり自分が登場した瞬間の、愛が驚く顔を見てみたいと、

この時の八幡は、やや意地悪な期待をしていた。

だが、いざ愛の目の前に立った八幡は、突然愛がこちらに駆け寄ってきた為、

逆に驚かされ、まったく動けなくなってしまった。

 

(ま、まさか問答無用でいきなり攻撃を?)

 

 八幡は一瞬そう考えたが、直ぐにその考えを否定した。

何故なら愛が、武器を放り出してこちらに走ってきていたからだ。

 

(愛は一体何を考えてるんだ………)

 

 その時愛が、走りながらいきなりダルに話しかけた。

 

「ダルさん、八幡にそっくりじゃないですか、正直驚きました!」

『え?あ、う、うん』

「これってどの程度、本人と一緒なんですか?」

『えっと………ま、まったく同じだお』

「そうなんだ、凄い凄い!」

 

(ダルの奴、何で本当の事を言わないんだ、いや、確かに合ってるんだけど!)

 

 八幡はそう思い、愛に話し掛けようとしたが、

その前に愛が、いきなり八幡の腕や胸板を触り始めた為、八幡は完全に固まった。

 

「おぉ………意外と筋肉質で、贅肉があんまり無さそう………」

『愛さん、ハレンチです!』

 

 その時外からそんな純子の声が聞こえてきた。ちなみに今の純子は真っ赤になっている。

 

「別にいいじゃない。わっ、ねぇ純子、腹筋が凄く硬いよ!」

『そ、そういうエッチなのはいけないと思います!』

 

 純子はそう言って手で顔を覆い、その場にうずくまった。

だが指の隙間から、愛の様子をチラチラと伺っている辺り、純子もお年頃という事か。

それに伴い他のスタッフ達も何だ何だと集まってくる。

愛がソファーに横たわり、八幡がその脇の床に寝そべっている状態で、

モニターを見て何が起こっているのか分からないスタッフは一人もおらず、

アルゴだけは画面を見て大笑いしていたが、

他の者達は、『何だ、またいつもの事か』という生暖かい視線を向けるばかりであった。

そんな状態の中、愛がいきなり八幡の顔を指差し、そのまま指をくるくると回し始めた。

 

(い、いきなり何だ?)

 

「私を好きになぁれ、私を好きになぁれ、なんちゃって」

 

 これには八幡もギョッとし、画面を見ていた他の者達もさすがにどよめいた。

ダルはぶつぶつと、『許さん………絶対に、絶対にだ』と呟いている。

さすがの純子もこれはまずいと思ったのか、慌てて愛に呼びかけた。

 

「愛さん違います、それは八幡さんです!」

「うん、だから八幡でしょ?」

「そうじゃなくて、そこにいるのは本当の本当に八幡さん本人なんです!」

「………………えっ?」

 

 愛はギョッとして八幡の顔をじっと見た。

 

「………八幡?」

 

 さすがの八幡も、この状況で何も言わない訳にもいかず、おずおずとこう返事をした。

 

「よ、よぉ」

「………」

「………」

 

 二人はしばらく無言だったが、愛がいきなりくるりと踵を返した。

愛はう~んと伸びをし、殊更に強調するようにこう言った。

 

「リハーサルはこんなものかなぁ、それじゃあ本番いこっか!」

 

 愛はそのまま武器を構えたが、その顔は凄まじく赤くなっている。

 

「さあダルさん、本番だよ本番!」

 

 愛は色々誤魔化すかのように、武器を拾ってあからさまにぶんぶんと振り回す。

さすがのダルも、直ぐに愛のフォローに入った。

 

「そ、それじゃあここからが本番だお!八幡、宜しく!」

「あ、ああ、分かった」

 

 そう言いつつも、八幡は棒立ちのままであった。

ALOの中ならまだしもここはソレイユのシミュレーターの中であり、

身体能力は個人の力量に左右されるはず。

そう思った愛は、先ほどの失態を誤魔化す為にもここで八幡に痛撃を与えておこうと考えた。

要するに、殴って忘れてもらう作戦である。愛はひとつ深呼吸し、それで目付きが変わる。

 

「行くよ!」

 

 愛はダンスの要領で左右に小刻みにステップを踏み、八幡にいい所を見せようと、

先ほどまでとは打って変わって積極的に八幡の懐へと飛び込んでいく。

 

(ほう?)

 

 その動きの切れの良さに驚きつつも、八幡は的確にその刃を止めていく。

ガキン!ガキン!と二度の刃音が辺りに響き渡り、単純な攻撃は通用しないと見るや、

愛は上半身だけをフェイントぎみに右にスライドさせ、その反動でいきなり左に飛び、

更に左足を踏ん張って八幡に再突撃した。

 

「おおっ?」

 

 八幡は攻撃の最中に愛が足を止めない事に感心した。

 

「いいぞ、愛、その調子だ」

 

 その攻撃を再び防ぎながら、八幡は愛にそう声をかけた。

だが愛はその声に反応せず、攻撃に没頭している。

 

(とんでもない集中力だな………)

 

 愛は縦横無尽に動き、八幡はその攻撃を難無く防いではいたが、

その回転はどんどん上がっていき、

ただ防いでいるだけだとそろそろ攻撃をくらいそうになってきた。

 

(最初はどうなる事かと思ったが、これは鍛え甲斐がありそうだ………)

 

 八幡はそう思いながら、愛の動きに合わせて軽く一歩を踏み出した。

刃の合わさる、カン!という先ほどよりも軽い音と共に、愛がよろける。

 

「あれっ?」

「まあただ速いだけだとこうなる」

 

 八幡は愛の攻撃にカウンターを合わせてその動きを止めると、

即座に愛の背後に回り、その首筋に剣を向けた。

 

「ここまでだな」

「嘘っ!?」

「確かに愛は動けるが、それはまだ戦闘の動きじゃない。

まあ能力値さえ上がれば、今のままでも中堅どころに勝てるくらいにはよく動けてるけどな」

「くっ、悔しい………」

「ヴァルハラのメンバーとしては物足りないレベルだな。

まあでも一からスタートするようなもんなんだ、気にするな」

「う、うん」

 

 攻め手こそ少ないが、日ごろからレッスンで鍛えられているのだろう、

愛の動きは素人とは思えない程速かった。だが逆に言えば、それはただ速いだけである。

動きも現実世界で可能な程度の動きでしかない。

 

「それじゃあレッスンを開始するか」

「また、一から………ヴァルハラ、かぁ………うん、お願いします」

 

 それから愛は、ここでは自分がもっと動ける事を知り、

体の稼動域を限界まで広げる事で、

見ている純子が驚くほどの立体的な動きが出来るようになり、

八幡から、このまま成長すればよっぽどの相手じゃない限り負けないようになれるという、

お墨付きをもらう事が出来た。もっとも八幡には、まだ一撃も与えられていないままであり、

いつか八幡の体に自分の攻撃をかすらせようというのが当面の愛の目標となった。

こうして愛はまた少し強くなり、今日はここまでという事でシステムからログアウトした。

 

「う~ん、結構楽しかったなぁ」

「愛たん、お疲れ!」

「あ、ダルさん、お疲れ様です」

「結構やるじゃないか、驚いたゾ」

「ありがとうございます」

「愛さん、まさかあんな動きが出来るなんて、本当に驚きました」

「まあ現実だとあそこまでは無理だけどね」

 

 純子にそう苦笑を返した後、愛はソファーから降りようとした。

 

「あっ、愛さん、ちょっと待って下さい、足元に………」

「ん?」

 

 愛は足元にあった何かを踏みそうになり、

慌ててその物体を()()()()()()()()()()()()()()()

その物体、八幡が目を覚ましたのは、まさにその瞬間だった。

 

「ん、何だ?随分暗いな」

「えっ?」

「え?」

 

 愛は足元から八幡の声が聞こえた為、驚いてそちらを見た。

足元には八幡らしき人物が横たわっていたが、

その顔は愛が履いているスカートの陰になり、確認する事が出来ない。

 

「あれ、八幡?」

「いいっ!?」

「あっ」

 

 その時八幡がそんな声を上げ、同時に愛も気が付いた。

スカートで八幡の顔が見えないという事はつまり、

今自分が八幡の顔を思いっきり跨いでいるのだという事を。

 

「きゃっ!」

 

 愛は小さく悲鳴を上げ、その場に座り込んだ。

そうすると必然的に、八幡の上に思いっきり座る事になる。

 

「ぐほっ………」

 

 そのお尻による攻撃は八幡の腹部を直撃し、八幡は悶絶した。

 

「あっ、ごめん!」

 

 愛は反射的に謝り、腰を浮かせて手を八幡の顔の横についた。

そうすると今度は八幡に床ドンしているような格好になってしまう。

そのせいでお互いの顔が凄まじく近くなってしまったが、

愛に覆いかぶさられている八幡は、まだ悶絶ぎみだった為に動く事が出来ず、

愛は愛で、八幡にスカートの中を見られたせいで頭がぐるぐるしており、

二人とも完全に動けなくなってしまった。

アルゴはそれを見て再び大笑いし、ダルは壁の方を向きながら、

許さない、絶対にだ、と再び呟き始め、周囲の者達も再び二人に生暖かい視線を向けた。

そんな中、ただ一人動いたのが純子であった。

 

「あ、愛さん、ハレンチです!」

 

 今日二度目のハレンチが炸裂し、純子は愛を起こそうとそちらに駆け寄った。

その声で先に八幡が正気に返る。目の前には愛の顔があり、

力が抜けているせいか、徐々にその唇が、八幡の唇に近付いてくる。

八幡はこのままだとやばいと思い、慌てて愛に呼びかけた。

 

「愛、おい愛!」

「………あっ!」

 

 それでやっと自分と八幡の状態に気付いたのか、愛が慌てて顔を上げる。

だがそのタイミングが悪すぎた。愛の後頭部が、

折り悪くこちらに駆け寄ってきた純子の顎にクリーンヒットしたのだ。

 

「ぎゃっ!」

 

 純子がアイドルにあるまじき悲鳴を上げ、そのまま愛の方に倒れ込む。

 

「おわっ!」

「きゃっ!」

 

 愛はそのまま今度は八幡の足の方に背中から倒れ、純子がその上に倒れ込む。

 

「ご、ごめん純子、大丈夫?」

「え、ええ、何とか………」

 

 愛が純子にそう呼びかけ、純子は体を起こそうとした。

 

「うおっ………」

 

 その時後ろの方から八幡の悲鳴にも似た声が聞こえ、

純子はどうしたんだろうとそちらを見た。

だが八幡の顔は、()()()()()()()()()()()見る事が出来なかった。

つまりは今八幡の顔は、純子のスカートの中にあるのだった。

 

「あ、あ、あ………」

 

 純子は途端にパニック状態に陥り、その場で気絶した。

まさに阿鼻叫喚の地獄………いや、八幡にとっては天国かもしれないが、

八幡をとりまく状況は、まさにカオスの一言であった。

 

「は、八幡の浮気者!」

「浮気ってお前さぁ………」

 

 八幡はそう言いながら、何とか純子のスカートの中から脱出した。

 

「………参ったなこりゃ」

「参ったのはこっちだお!何だよそのラッキースケベ!

しかもお相手がアイドル二人とか、一体どうなってるんだお!」

 

 ダルが激しく抗議してきたが、もちろんわざとやった訳ではない為、

八幡としてはため息をつく他はない。

 

「………とりあえず純子さんを連れて帰らないとか、愛、部屋まで案内してくれ」

「あっ、う、うん」

 

 八幡はそう言って純子を抱え上げ、愛はそれを見て、心底羨ましそうな表情をした。

 

「いいなぁ………」

「そ、それなら僕が、愛たんを運びましょうか?むしろ運ばせて下さい!」

 

 横からダルがそう言い、開発部の他のメンバー達は、ダルを勇者を見るような目で見た。

 

「あ、えっと、ごめんなさい、そういうのは事務所的にNGなんです」

 

 それに答えたのはまさかの八幡であり、開発部の全員が爆笑した。

 

「ぐぬぬ………ぼ、僕は愛たんに聞いてるんだお!」

「あ、えっと、ごめんなさい、そういうのは事務所的にNGなんです」

 

 そこで愛が八幡と同じ事を言い、ダルはその場に崩れ落ちた。

 

「は、八幡なら許されるのか………」

「それじゃあみんな、今日はバージョンアップで苦労をかけるが宜しく頼むわ」

 

 純子を抱えた八幡はこれ以上絡まれるのは御免だとばかりにダルをスルーし、

そう言って開発部の者達を激励した後、愛と共に去っていった。

 

「くっ………八幡と僕、何が違うのか………」

「体重?」

「体重だナ」

「体重ですね」

「ぐぬぬ………」

 

 ダルの呟きに全員からそう突っ込みが入り、

ダルはこの日から食事の量を若干減らす事にした。

 

 

 

「しかしソレイユと同じ敷地内に目的地があって助かったな」

「そうだね、八幡と純子が噂になっちゃうもんね」

「だな、さすがにそれはやばいからなぁ………」

「私が相手だったら何の問題もないけど、さすがに純子が相手だとね」

「いやいや、どっちも問題だろうが」

「え~?何で?」

 

 心底意味が分からないという顔をする愛に、八幡は説教ぎみにこう答えた。

 

「お前はアイドルで俺は一般人だ、人気商売なんだからもっと危機感を持て」

「チッ、はいはいアイドルアイドル」

「え、何その舌打ち、ってかアイドルだよね?」

「あはははは」

「笑って誤魔化すなっての」

 

 何だかんだ、すっかり仲良しな二人である。

 

「ん、あれ?」

「どうした?」

「今純子が自分で動いたような………」

「そうか?気のせいだろ?」

「う~ん、そうかなぁ………」

「それよりお前、リハーサルの時こっちばっかり見てただろ、もっと真面目にやれ」

「げっ、バレてたんだ………」

「当たり前だろ、あれだけ見られれば誰でも気付くわ」

「ごめんなさい反省してま~す」

「ちっとも反省してるように聞こえねえよ」

 

 二人はそのままエレベーターに乗って愛がパスワードを入力し、

愛と純子の部屋がある階へと上がった。

 

「純子の部屋がここ、私の部屋は隣ね」

「オーケーだ、それじゃあそろそろ純子さんを起こすか」

 

 八幡がそう言って純子を軽く揺らすと、純子はすぐに目を覚ました。

 

「あっ、うちの前まで運んでくれたんですね、ありがとうございます、八幡さん」

「あ~………えっと、恥ずかしい思いをさせちまって何かごめんな」

「いえ、あれは事故ですから気にしないで下さい」

 

 純子はそう言って八幡に微笑むと、そのまま下におろしてもらい、

自分の足で立ち上がった。そんな純子を愛がじっと見つめる。

 

「………愛さん、どうかしましたか?」

「………ううん、何でもない」

「それじゃあ俺は帰るわ、二人とも、ライブはちゃんと見に行くから頑張ってな」

「うん!」

「はい!」

 

 そのまま八幡は去っていった。

 

「それじゃあおやすみなさい、愛さん」

「あっ、待って純子」

 

 そう言って部屋に入ろうとした純子を愛が呼び止めた。

 

「どうしたんですか?」

「………ねぇ純子、やっぱりずっと前から起きてたよね?」

「………どうしてそう思うんですか?」

「だって八幡だとはいえ、男にお姫様抱っこされてたんだよ?

純子が騒がないなんてありえない!」

 

 その問いに、純子は頬を染めながら下を向き、こう答えた。

 

「………八幡さんって、何か王子様みたいですよね」

「えっ?」

「ライブ、楽しみですね。それじゃあまた明日です、愛さん」

「あっ、ちょっと!」

 

 そのまま純子は部屋に入ってしまい、愛は純子の部屋の扉に向けて呟いた。

 

「ま、まさかのライバル!?」

 

 当の純子は扉の内側に寄りかかってその言葉を聞いており、

顔を赤くしながらはにかんでいたのだった。


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