ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1066話 イベントの始まり

 十二月二十六日、遂にこの日、ALOのバージョンアップが行われる。

ALOの場合、サーバーをダウンさせる事なくいきなり要素が追加される為、

予定時刻の正午には、多くのプレイヤー達がヨツンヘイムの各地に散らばっていた。

 

「おい、何か変わったものはあったか?」

「いや、まだ何も………」

「何かあるはずだ、とにかく探せ!」

 

 一方ヴァルハラのメンバー達は、アルンと現地に分かれ、情報収集に励んでいた。

 

「レコン、そっちの様子はどうだ?」

『それが、多くのプレイヤー達が、慌ててヨツンヘイムに向かってます』

「ほう?何か新しい情報でもあったのか?」

『それが、聖剣エクスキャリバーを報酬とするクエが発見されたと………』

「え、あれをか?」

 

 そのレコンから送られてきたメッセージを見て、さすがのハチマンも驚いた。

 

『はい、それに伴って、エクスキャリバーの所在も確認されたらしいです。

ヨツンヘイム奥の、空中宮殿の最下層………って言っていいのか、

逆三角形の迷宮の先端部分にあるのが外から見えると』

「………それをクエスト報酬に?クエストの発注NPCはどんな奴なんだ?」

『それがまったく普通の街の人間なんですよ』

「ほう?そのクエスト、受注してみたか?」

『はい、一応してみたんですけど、

内容はいわゆる敵を何匹倒せ系のクエストで、邪神族を二万匹倒せ、って事になってます』

「二っ………マジか、何だそれ………」

 

 その膨大な数にハチマンは呆れる他無かった。

 

『それと、確かに口ではエクスキャリバーを報酬に出すって言ってるんですけど、

コンソールからそのクエストを見ると、報酬の欄が???になってるんですよね』

「なるほど………とりあえず引き続き、

他に新たに登場したクエストNPCがいないか探してみてくれ」

『分かりました』

 

 レコンとのメッセージのやり取りを終えた後、

ハチマンは傍らにいたユキノに今の情報を伝えた。

 

「………という訳なんだが、ユキノはどう思う?」

「フェイクね、おそらくデタラメなクエストよ」

「やっぱりそう思うか?」

「ええ、だってイベントタイトルが、『神々からの贈り物』だったじゃない。

それを人間が報酬として提示するというのはおかしいわ」

「だよな………あ、そのNPCが神の変装って事は無いか?」

「それはシナリオの流れとしてはあるかもしれないわね。

でもあの時上から指示されたセリフはこうだったわ。

『それ故の静観じゃ、我らが安易に介入して、

妖精達に友好的な者までも、我らが殲滅してしまう訳にもいかぬでな』」

「よく覚えてるな、でも確かにそんな感じだったよな」

「なのでフェイクなのは間違いないわ、少なくとも神々が、

片方の種族に肩入れするというのはおかしいもの。

他にも、『いずれ人間達に下賜しようと思っていた我らの秘宝が、

邪神族と巨人族に盗まれたのだ』とか『アルンの地下で邪神族と巨人族が争っている』とか、

あのイベントの時に公開されたセリフとそのクエストとは矛盾するわ」

「分かった、それじゃあうちはもう少し待機だな、他の奴らにもその事を説明しておこう」

「それがいいと思うわ」

 

 二人は付近でぶらぶらと暇そうにしていた仲間達を集め、その情報について説明した。

 

「確かに理屈だとそうなるよな」

「あ~あ、真偽の分からない情報に右往左往しちゃうなんて、

これだから頭の足りない連中は嫌だよねぇ」

「ロビン、言いすぎ。でも確かにもうちょっと情報を疑ってかかれとは思うよねぇ」

 

 その会話の中、いきなりキリトが何かに気付いたようにハッとし、ハチマンに詰め寄った。

 

「待てよハチマン、今プレイヤーの標的にされてるのは邪神族だけなんだよな?」

「ああ、今のところはな」

「って事は、もしかしてこの瞬間にも、トンキーが襲われてるんじゃ………」

 

 その言葉にハチマンや他の者達もハッとした。

 

「確かに………」

「おいハチマン、どうする?」

「何人かメンバーを選抜して様子を見に行こう。

ユキノはここに残って情報の取りまとめをしてくれ。

向かうのは俺とキリト、アスナ、リーファ、シノン、マックス、後はリオンだな。

ユキノはサトライザーと相談して、何かあったらすぐに連絡をくれ」

「分かったわ、こちらの取りまとめは任せて頂戴」

 

 そして本隊と分かれたハチマン達は、トンキーの棲家には多少遠回りにはなるが、

可能な限り最速で到着出来るように、

少し前に新設されたヨツンヘイムの飛行可能区域を通って全力で現地へと向かった。

 

 

 

「おい、ハチマン、あれ!」

「くそっ、トンキーが巨人に襲われてやがる!」

「でもプレイヤーの姿が見えないですね」

「それはラッキー」

 

 見るとトンキーは棲家にしている洞窟を背に、一体で五体の巨人族相手に奮戦していた。

入り口が狭いのが幸いしたのだろう、常に一対一で戦う事が出来ているので、

傷は負っているようだが簡単に倒されるような気配はない。

 

「トンキー!」

 

 キリトが大声でそう呼びかけ、トンキーもこちらに気付いたようだ。

 

「BUOOOOOOONNNN!」

 

 トンキーがこちらに答えるかのように咆哮し、その瞬間にコンソールが勝手に開き、

トンキーがハチマン達のパーティメンバーに加わった。

 

「え?」

「マジか」

「考えてる暇はない、みんな、やるぞ!」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 七人は背後から五体の巨人族に襲いかかり、一体ずつ順に殲滅していった。

さすがにこれだけのメンバーが揃っていると、その殲滅も容易い。

 

「トンキー!」

 

 無事殲滅を終えた後、キリトがトンキーに駆け寄り、

トンキーも甘えるかのようにキリトの体を鼻で撫でる。

 

「今回復するね」

 

 リーファが回復魔法をかけ、トンキーの傷は見る見るうちに癒えていった。

 

「ハチマン、どうする?」

「このままここにトンキーを置いておくのはまずいな、とりあえずみんなの所に戻ろう」

「オッケー!トンキー、俺達を乗せてくれよ!」

 

 キリトのその頼みに、トンキーは体を低くして答えた。

 

「乗っていいってさ」

「意思の疎通がちゃんと出来てるみたいだね」

「だな、とりあえず乗せてもらおう」

 

 何故トンキーに乗せてもらうのかというと、トンキーが飛行禁止区域も飛べるからである。

なので本隊のいる場所に、一直線で向かえるのだ。

 

「お、ユキノから連絡が………」

 

 その時ユキノ経由でレコンからのメッセージが届き、ハチマンはコンソールを開いた。

 

「ん、エクスキャリバーの場所が分かったみたいだな、マップが添付してある」

「おお、どこにあるんだって?」

「ここから近いな、ちょっと見てみるか」

 

 ハチマンがトンキーに方向を指示し、トンキーはそちらに向けてふわふわと飛んでいった。

 

「あれか?」

「プレイヤーが沢山いるな」

「まずいな、トンキー、ちょっとここで岩に擬態しておいてくれ、

俺達はちょっとあれを見てくるからさ」

 

 キリトがトンキーにそう頼み、トンキーは岩に擬態してその場に残った。

そして七人が空に浮かぶ城に向かっていくと、

その場にいたプレイヤー達が慌てて場所を開けた。

 

「おい、ヴァルハラだぜ」

「今頃来たのか、情報が遅いな」

「って事は邪神の取り合いがこれからきつくなるって事か?」

「まずい、みんな、戻るぞ!」

 

 一般プレイヤー達はそう言って次々と戻っていき、

この場に残るのは、ヴァルハラと他に数名のプレイヤーのみとなった。

どうやら空中宮殿の真下には行けないらしく、

外周から三十メートルくらいの部分は飛行禁止区域になっているようで、

一同はその外周ギリギリの辺りの空中で静止した。

 

「馬鹿どもが」

 

 セラフィムが去っていった連中を見て、冷たくそう言い放つ。

そしてハチマンに向き直ったセラフィムは、

先ほどまでの態度とは打って変わって甘えるようにハチマンにすがりついた。

 

「ハチマン様見て下さい、凄く綺麗ですね!」

「………お、おう、そうだな」

 

 その豹変っぷりにハチマンは苦笑しつつも、じっとエクスキャリバーを見た。

 

「キリト、アスナ、あれ………」

「確かに前に見たエクスキャリバーだな」

「ぶっちゃけここで管理者権限を使ったら、多分この手の中に現れるよな」

「どうかな、さすがにアルゴさんが何とかしてるんじゃない?」

「まあそんな無粋な事をする気はないけどな」

 

 他の者達が興味津々でエクスキャリバーを眺めている最中、

三人はそんな会話を交わしつつ、同時に嫌そうな顔をした。

 

「やべ、須郷の馬鹿の顔も一緒に浮かんじまった………」

「ちょっと気持ち悪い………」

「最悪だな………」

 

 それで用事も済み、一同はこの場を離れる事となった。

上がどうなっているのかも見たかったのだが、

どうやら最下層部分より上には行けないらしい。

 

「待ってろ、必ず手に入れてみせるからな」

 

 キリトはそう言い、ハチマンはそんなキリトに突っ込んだ。

 

「別にお前にやるとは一言も言ってないけどな」

「えっ!?」

「冗談だ冗談、もし手に入ったらちゃんとキリトにやるから心配すんなって」

「でもそうすると、彗王丸の分離機能は必要なくなっちゃうわね」

「確かにそうだな、リズに新しい武器を作ってもらって、それは誰かに引き継がせるか?

そうすれば分離・合体に回してる分のエンチャントが他に回せるしな」

「確かに………うん、考えておくよ」

 

 キリトはちょっと寂しそうに彗王丸を見ながらそう言った。

 

「さて、トンキーの所に戻るか」

「他にも何か情報が来てるかもだしね」

 

 一同はそのままトンキーに乗り、再び本隊の居場所に向けて飛ぶ事となった。

その道中の事である。

 

「おいハチマン、あれ………」

「何だあれ?随分大きな巨人だな」

「周りのプレイヤーと共闘してるのか?」

「共闘というよりは、便乗して邪神族を倒してるみたいじゃない?」

 

 下で巨人族とプレイヤー達が、共に邪神族を狩っている姿があちこちで見られる。

巨人族の大きさは何故かまちまちであり、ハチマンはその事実に首を傾げた。

 

「ん、あれ………七つの大罪じゃないか?」

 

 その時キリトがそんな事を言い出した。

 

「今のうちみたいに、巨人とパーティを組んでるんじゃないか?」

「かもしれないな」

「アルヴヘイム攻略団じゃなく七つの大罪単独なのか」

「確かにアル冒とかスプリンガーさん達はいないみたいだな」

 

 そんな中、一人後ろで回復役をしていたアスモゼウスとハチマンの目が偶然合った。

アスモゼウスはこちらを二度見した後、狼狽したようにハチマンにメッセージを送ってくる。

 

『な、何で邪神に乗ってるのよ!』

「お前に言う必要はない、ってかお前達と一緒にいる巨人、他よりも大きくないか?」

『一緒に敵を倒してると成長するみたいなの、だからみんな喜んでるわ』

「ほう?それはいい情報をもらった、まあ頑張れ」

『ヴァルハラは邪神族を狩らないの?』

「まだ決めてない」

『そうなんだ』

 

 上空の様子に気付いたのはアスモゼウスだけだったようで、

アスモゼウスはその事を特に仲間達に報告せず、こちらに小さく手を振った。

そのうちその姿も見えなくなり、

ハチマンがアスモゼウスから聞いた話を仲間達に伝えると、キリトが興奮し始めた。

 

「それじゃあもしかして、トンキーも育ってるんじゃないのか?」

「かもしれないな、トンキー、そうなのか?」

 

 その問いかけに、トンキーは何となく頷いているような仕草をした。

 

「これは育ててみたくなるな」

「進化とかしないかな?」

「ふふっ、夢が広がるね」

 

 その時いきなりトンキーが下降し始めた。

 

「ん、何だ?」

「ハチマン君、どうやらあそこは飛び越せないみたい」

 

 見ると前に山脈があり、さすがのトンキーもその上は飛び越せないようだ。

下には洞窟が口を開けており、その中を通るつもりなのだろう。

 

「………洞窟か、他のプレイヤーとかち合わなければいいけどな」

「ハチマン様、もしかち合ったらどうします?」

「そんなの殲滅するに決まってるだろ」

「ですよね」

 

 セラフィムは嬉しそうにそう言うと先頭に立ち、

そのまま一同は、トンキーを囲むような布陣で洞窟へと侵入していった。


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