「ここってどのくらいの長さがあるんだ?」
「地図から考えると大体二キロくらいだな、まあ短いはずだ」
「さっさと抜けちゃおうよ、狭い所って苦手なんだよね」
そのリオンの言葉は別に閉所恐怖症とかそういう事ではなく、
単純に武器の取りまわしについての言葉である。
シノンも同様に頷き、ハチマンはやや足を早める事にした。
「トンキーも狭い所は嫌か?」
「PUOOOONNNNNN!」
そのキリトの呼びかけに、トンキーがあまり元気がないようにそう答える。
「もしトンキーも大きくなるんだとすると、ここの天井の高さじゃじきに通れなくなるな」
ハチマンがそう冷静に感想を述べ、アスナもそれに頷いた。
「結構ギリギリだもんね。あっ、って事は、ここを通れない巨人も多そうじゃない?」
「かもしれないね」
リーファがそれに同意して頷いた時、先頭を歩くセラフィムが足を止めた。
「マックス、敵か?」
「いえ、前方に何か………あ、邪神族と巨人族が争ってます」
「形勢はどうなんだ?」
「互角に見えますね、プレイヤーもいませんし」
「もしかしたら、プレイヤーとつるんでる巨人はもうデカいのばっかりになっちまって、
ここは通れないのかもしれないな」
「かもしれません」
「ハチマン、ここなら射線がとれるわ」
その時シノンがそんな事を言い出し、愛弓シャーウッドを構えた。
「いいだろう、くれぐれもトンキーの仲間には当てるなよ」
「誰に向かって言ってるのよ」
シノンは弓に矢をつがえて構えを取ると、あっさりと敵に向かって矢を射た。
その矢は見事に邪神族を避け、巨人族に命中する。
「ふふん」
「はいはい凄い凄い」
「私ってば、もうあんたを超えたんじゃない?ねぇ悔しい?悔しいわよね?」
「はいはい悔しい悔しい」
「むぅ………」
シノンの煽りにハチマンはそう適当な返事を返し、戦闘の推移を見守った。
「あ、逃げた!」
「マジか!」
見ると巨人族は今の攻撃でこちらに気付いたのか、慌てて逃げ出していく。
その後を邪神が追い、一同は慌ててその後を追った。
「敵が逃げる事もあるんだな」
「みたいだね」
「何か他に要因があるのかもしれないけどな」
そのまま洞窟出口まで走りきった一同は、目の前に広がる激しい戦闘の様子に唖然とした。
「うわ、マジか………」
「何この人数………」
「ああ、ここって邪神の沸きが一番多いってゾーンじゃなかったっけ」
「見た感じ、巨人勢力が邪神の領域に攻め込んだって感じなんだろうね」
「おい、あれ………」
遠くから一体の巨人がこちらに向けて走ってきた。
その後ろにはプレイヤーの姿も多数見える。
「まずい、トンキー、上空で待っててくれ!」
「無駄な戦闘はしたくないしね」
「トンキーさえ逃がせば敵も足を止めるはず」
そう思っていた一同の予想は完全に外れた。
その巨人は足を止めず、こちらに猛然と向かってきたのだ。
「うお、何で………」
「もしかして、トンキーとパーティを組んでるせい?」
「それっぽいな、くそ、面倒な………」
ハチマンは他のプレイヤーの前で積極的に巨人を狩る気はなかったのだが、
こうなってはもう仕方がない。
「プレイヤーごとやるぞ!」
「「「「「「おお!」」」」」」
七人はそのまま武器を構え、そこに巨人が突っ込んできたが、
さすがにその後ろを走っていたプレイヤー達は足を止めた。
「うおっ、ヴァルハラだぜ」
「何で巨人と戦ってるんだよ!」
「もしかして邪神側についたのか?」
「何て馬鹿な事を………」
「馬鹿はどっちだ」
そう言ってハチマンがプレイヤーの前に立ちはだかる。
後ろでは他の者達が巨人と戦いを繰り広げていたが、
既に巨人は虫の息であり、やがて光の粒子となって消えた。
「………次はお前達の番だな」
「くそ、撤退、撤退だ!」
「二つ名持ちが多すぎなんだよ!」
「ちっ、後で吠え面かくなよ!」
そう捨てゼリフを吐いて、そのプレイヤー達は逃げ出していった。
今は一刻も早く本隊と合流したい為、ハチマンも特に追う事はない。
「よし、今のうちに俺達も離脱だ」
既に飛行禁止区域は抜けており、一同は宙へと舞い上がり、
トンキーと共に本隊が待機している高台へと移動を再開した。
「これから遭遇する巨人族は、全部こっちを狙ってくるのか?」
「かもしれないな、でもそれが普通だろ?」
「えっ?」
そのハチマンの言葉にキリトはハッとした。
「た、確かに!」
「まあとりあえず、もう邪神族の味方って事になっちまったんだ、
ここから何が敵で何が味方か慎重に判断していかないとな」
「だな!」
そして現地に戻った一同は、ユキノに何があったのかを説明した。
「へぇ、そんな感じになってるのね。クエストリストは確認してみたの?」
「あっ」
ハチマンはその言葉に意表を突かれ、慌ててコンソールからクエストを確認した。
そこには新たな一文が付け加えられており、こう書いてあった。
『敵性個体を討伐せよ、6/20000』
「確かに更新されてやがる………」
「そこには何と?」
「敵性個体を討伐せよ、だとさ。数も同じ二万で、討伐済みも六体になってるみたいだ」
「やっぱりそうなのね、実は私達の方も………」
ユキノが言うには、ハチマン達がトンキーと遭遇した頃に、
いきなりヴァルハラのメンバー全員に同じクエストが表示されたらしい。
「ギルドで共通なのか………」
「そうみたいね、まあリーダーの選択が反映されるのかもしれないけれど」
「しかし敵性個体?巨人族じゃないのか?」
「そういう事みたいね、巨人族、邪神族、
それ以外のモブで討伐数が増えるのかどうか、調べないといけないわ」
「だな、アルゴもこの一連のイベントは今年中には絶対に終わらないって言ってたから、
まあゆっくり確実に課題をこなしていくとしよう」
丁度その時レコンからユキノにメッセージが届いた。
『ユキノさん、こっちで受けたクエストが勝手に破棄されてて、内容が変わってるんですが』
それでハチマンは、レコンが既に別のクエストを受けていた事を思い出した。
「なるほど、こっちが優先されるんだな」
「しかもあっちのクエストは、ギルド間で共有されないみたいね。
こっちのリストに邪神討伐クエストは表示されなかったもの」
「って事はこっちが当たりか?」
「その可能性が高いと思うわ」
「とりあえずレコンに、クエストを受けたNPCがどんな反応になっているか見てもらおう」
レコンはその指示に従って早速動き、NPCに話しかけてみたところ、
そのNPCは、『チッ』と舌打ちするだけで全く反応しなくなった事が確認された。
その後、街で情報収集をしていたレコンとコマチの討伐数が、
こちらと連動してちゃんと増えているのかを確認したところで、
ハチマンはレコンとコマチに撤退指示を出した。
丁度その頃、スリーピング・ナイツの七人が、ヴァルハラに合流してきた。
「ハチマン聞いた?何でも今回のクエストは、邪………」
そこまで言いかけたランは、トンキーと目が合った。
お互いパチクリとまばたきをし、次の瞬間にトンキーがいきなりランに襲いかかった。
「き、きゃああああああ!」
「えっ?」
「どういう事だ?」
キリトは必死にトンキーを宥め、トンキーは渋々といった感じで一旦攻撃をやめた。
だがキリトが前からいなくなったら直ぐにスリーピング・ナイツに攻撃を仕掛けるだろう。
それくらいトンキーはエキサイトしていた。
「ハチマン、これは一体どういう事?」
「それはこっちが聞きたいわ、
っていうかお前達、もしかして街で邪神討伐のクエストを受けてないか?」
「あ、うん兄貴、ついさっき受けてきたところだぜ!」
「そのせいか………」
ハチマンとユキノはそのままスリーピング・ナイツを遠くに引っ張っていき、
情報の摺り合わせを行う事にした。
「おいお前達、コンソールを可視化してお互いのクエストの内容を確認しよう」
「えっ?もしかして別にクエストがあるの?」
「そういう事だな、まあこっちのは自然発生的な奴だけどな」
「どこかで受けた訳ではないの?」
「そういう事だ、とりあえず内容を見せっこしよう」
そう言ってハチマンはランが見せてきたクエスト内容を覗き込み、
レコンが言っていたのと同じ事を確認すると、自分のクエスト内容を七人に見せた。
「えっ?何これ?」
「敵性個体?邪神族でも巨人族でもなく?」
「………もしかして、俺達やっちまった系?」
「分からないが、とりあえずうちはこの方針で進める事にした」
「「「「「「「っ………」」」」」」」
七人は無言で頷き合うと、そのクエストをいきなり破棄した。
「こんなのは、ぽいっと」
「危ない危ない、騙されるところだったわ」
「だからもう少し慎重に検討しましょうって言ったのに」
「何言ってるんだよ、いきなり受けちまったのはランだろ?」
「で、兄貴、どうすればそのクエストを受けられるの?」
「正確な条件は分からないが、俺達の場合は………」
ハチマンはスリーピング・ナイツに当時の状況を説明した。
「なるほど………」
「どうするべきかな?」
「試しに近くで戦ってるプレイヤーごと巨人をぶっ倒してみるか?」
「それはやめた方がいいわね」
その意見はユキノが止めた。
「それで私達が邪神族に味方している事が分かると、
他のプレイヤー達にも本当に今の状態でいいのか怪しまれる事になってしまうわ。
なのでなるべくバレないように、これからヨツンヘイムの奥に向かって、
邪神族と巨人族が争っている場所が無いか探しましょう。
その辺りなら他のプレイヤーもほぼいないでしょうしね。
そこでまあ、もし誰かいるようならそのギルドごと殲滅しても良いのだけれど、
とりあえず巨人族と戦ってみて、クエストを受けられるか試してみればいいわ」
「なるほど、確かに多くのギルドに軌道修正されるのは避けたいところだな」
「そういう事よ」
二人はニヤリとし、それで方針は決まった。
「もし駄目なら色々試してみるしかないわね」
「そういう事だな、まあお前達ならヨツンヘイムの奥に行っても平気だろ。
結界コテージもちゃんと持ってるよな?」
「うん、大丈夫」
「これ、フィールドで落ちる時は本当に便利だよね!」
「それじゃあレコンとコマチと合流したら、とりあえずヨツンヘイムの奥地を目指すぞ」
それから休憩も兼ねて交代で落ちた後、三十分後に二人が合流し、
ヴァルハラとスリーピング・ナイツの連合軍はヨツンヘイムの奥地へと侵攻を開始した。