ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1070話 復活の愛、そして純子は

 愛の明らかにおかしな様子を見て、

八幡は思わずブースから飛び出してステージ脇に行こうとしたが、

さすがにそれはまずいと思い、身を乗り出して愛の方を見た。

 

「愛………」

 

 八幡は心配そうにそう呟いたが、それでもライブは続いていく。

最初の曲は、前回ウズメとクックロビンがALOで披露した曲『あっつくなぁれ』であり、

八幡はこの後曲がどう進行するのかよく知っていた。

 

「もうすぐ曲の調子が変わるんですが、

その直前に愛が決めポーズをしないといけないんですよね………」

「そうなのか、ううむ………」

「愛、どうしちまったのかは分からないが、とにかく頑張れ………」

 

 そんな八幡を見ている者が一人だけいた。この曲で愛と共にメインを張る純子である。

純子はキッとした表情になり、いきなり前に出ると、

本来は愛と共に行うはずだった決めポーズをしっかりと決め、

同時に素晴らしい歌唱力を披露して、愛の分まで声を張り上げる。

 

「純子………」

 

 愛は思わずそう呟き、その目の前で間奏のアクションを決めた純子は、

優しい目で振りかえってそっと愛に手を差し出す。

 

「大丈夫、私がフォローしますから」

 

 それはアクションが苦手な純子に対し、多少失敗しても問題ないと、

愛が純子に練習段階からずっと言い続けてきた言葉であり、愛はハッとした顔をした。

 

「それにほら、八幡さんが心配そうな顔でこっちを見てますよ、

愛さんはそれでいいんですか?」

 

 その言葉で愛は慌てて八幡の方を見た。

その表情はとても心配そうであり、同時に愛の耳に、八幡の声が飛び込んでくる。

辺りは凄まじい音で溢れ返っているのに、何故かその声は、愛の耳まで届いた。

 

「愛、頑張れ!」

 

 思わず八幡と叫びそうになり、必死でその気持ちを抑えた愛は、それで完全に復活した。

 

「ごめん、もう大丈夫」

 

 愛は短くそう言って立ち上がり、

そこから素晴らしいパフォーマンスが繰り広げられる事となった。

 

「おっ、愛の目に光が戻りましたよ」

「そうか、それは良かった」

 

 八幡は安堵のあまり、崩れ落ちるようにソファーへと腰を下ろした。

 

「ふう、良かった、完全に復活したな」

「動きのキレがさっきまでと違って凄いな」

「どうも雷が怖いようでしたけど、多分昔、何かあったんでしょうね」

「かもしれないな、終わった後に、楽屋で労ってやるといい」

「………そうですね、そうします」

 

 そして曲が終わるという頃、再び大きな雷が落ち、照明が瞬いたが、

愛はそれでも動じず、最後までキッチリと自分のパートを歌いきった。

その直後に薄っすらとメンバー全員が光を帯びたようになり、

八幡は目をパチクリさせた。

 

「閣下、あれ………」

「演出なんだろうが、斬新だよな」

 

 そこから直ぐに次の曲が始まったが、

メンバー全員の声がボーカロイドのようになっていた為、

八幡だけじゃなく会場全体がどよめいた。

 

「おお?」

「八幡君、これは?」

「これも演出だと思いますけど、正直驚きました」

「ううむ、凄いね………」

 

 それからもフランシュシュの神がかったパフォーマンスが続けられ、

曲の最後に愛がピストルを撃つような構えをするシーンで満面の笑みを浮かべつつ、

通常は正面に向けられるその指を、あからさまに八幡に向けた。

 

「………おいおい、正直やめて欲しいけど、かわいいじゃないかよ」

「さすが八幡君、お盛んだねぇ」

「いや、だからやめて下さいってば」

「ははははは、別にいいじゃないか、アイドルに惚れられるなんて、実に羨ましいよ」

「いや、まあその………はあ………」

 

 嘉納にそう答えながら、八幡はとりあえず楽屋に行ったら説教から入ろうと心に誓った。

その後も事あるごとに愛だけでなく純子までもが八幡目掛けてパフォーマンスを行った為、

八幡は楽しみつつも、若干注目を浴びてしまい、途方にくれる事となった。

 

「何で純子まで………」

「あはははは」

 

 そして無事にライブが終わり、嘉納は満足そうに立ち上がった。

 

「ふう、今日は実にいいステージだったな、八幡君」

「ですね、最初は不安でしたけど、いざ終わってみると、やっぱり素晴らしかったです」

「八幡君はこれから楽屋だよな?悪いが俺は忙しいから、先に帰る事にするよ」

「分かりました、またこういった機会があったらご一緒しましょう」

「おう、それじゃあまたな、八幡君」

「はい、またです」

 

 八幡はそのまま嘉納と分かれ、一人楽屋へと向かった。

楽屋の前にいたマネージャーの巽に挨拶しつつ、そっと扉を開けると、

中では愛と純子の二人がメンバー達に囲まれており、

何となく事情を悟った八幡は、若干きまずい思いをした。

 

(これって俺のせいでもあるんだろうな………)

 

 八幡は、これで揉めるようならもう来ないようにせねばと考えたが、

状況はそれとはまったく違っていた。

 

「愛、純子、今日は凄いキレだったな!」

「もう本当についていくのが精一杯だったよ」

「指差したり視線を向けてたのって、例の八幡さんにでありんすね?」

「これなら次もその次も、八幡さんに来てもらわないとだね!」

 

(あ、あれ~?)

 

 八幡は予想と違う展開に驚きつつ、そっと中に声をかけた。

 

「みんな、お、お疲れ様」

「あっ、八幡!」

「八幡さん!」

 

 その声を聞いた瞬間に、愛が八幡に駆け寄ってきた。負けじと純子がそれに続く。

他のメンバー達も駆け寄ってきたが、二人の邪魔をしないように気を遣っているようだ。

 

「八幡、心配させてごめんね?」

「あ、おう、あの時はマジで心配したわ、あんまり聞く事じゃないのかもしれないが、

雷に対して何か悪い思い出でもあるのか?」

「うん、実はね………」

 

 愛の話によると、子供の頃、一緒に遊んでいた友達が、

愛の目の前で雷に打たれて死んでしまったらしい。

それから愛は、雷に対してトラウマを抱えてしまっているとの事だった。

 

「そうか、そんな事が………」

「でももう大丈夫、八幡のおかげだね、ありがと」

 

 愛はそう言って微笑んだが、八幡は純子の方を見ながらそれを訂正した。

 

「それを言うなら純子のおかげだろ?」

「あ、うん、もちろん!でもね、あの後も私、正直雷が怖かったんだよ。

でもその度に八幡の顔を見て勇気を奮い立たせたの」

「あ~………まあそういう事なら役に立てて良かったわ」

 

 あのパフォーマンスはどうやらそういう事だったらしい。

八幡はそれならまあ説教はやめておくかと思い、そこで首を傾げた。

 

「あれ、そうすると純子のパフォーマンスは………」

 

 純子はその言葉にビクッとした後、顔を赤くして下を向いた。

 

(ええ~………)

 

 そんな八幡と純子を、愛は頬を膨らませながら見ており、

他の者達は三人に生暖かい視線を向けていた。

 

「えっと………」

 

 場は生暖かい雰囲気に包まれていたが、最年長のたえが素早くそれをフォローした。

 

「今日は八幡さんのおかげでとてもいいパフォーマンスが披露できました。

この後簡単な打ち上げがあるんですが、良かったら参加して頂けないでしょうか」

「あ、うん、まあ平気だけど………」

「やった、それじゃあ直ぐに撤収準備をしちゃいますから、待ってて下さいね」

「あっ、はい」

 

 それから少し待たされた後、八幡はフランシュシュのメンバー達と共に、

ソレイユ・エージェンシーのビル内での本当にささやかな打ち上げに参加した。

そしてその後、いざ帰るという時になって、八幡は愛に呼び止められた。

部屋が近い純子も愛の後ろに控えている。

 

「八幡、明日から暇になるから、私もALOのイベントに参加するね」

「お、そうか、そういえばそっちの連絡もしないとな」

 

 八幡は愛に、今どうなっているかの説明をし、純子はそれを、何となしに聞いていた。

 

「待ち合わせはヴァルハラ・ガーデンでいいとして、その後はアルンの………」

「うん、分かった!」

「それじゃあ明日は朝八時に………」

 

 その会話を聞きながら、純子は昨日買って部屋に置いてあるままになっている、

とある機械の事を考えていた。

 

「………子、純子!」

 

 その時自分の名前を呼ぶ声がして、純子は我に返った。

 

「あっ、ごめんなさい、どうしました?」

「八幡が帰るって言うから一緒に見送る?って言ったんだけど」

「あ、はい、行きましょう!」

 

 そして八幡を見送り、自分の部屋に戻った後、純子はまだ開封していなかった、

その機械の箱を開けた。

 

「アミュスフィア………最近のピコピコはこんな形なんだ………」

 

 そこからもう夜も遅いというのに、純子は部屋に置いてあるノートパソコンを開き、

頑張って覚えた八幡と愛の会話を思い出しつつ、

つたない手付きながら、インターネットで調べ物を始めた。

 

「なるほど、さっき言ってたのってこういう………」

 

 それから純子はアミュスフィアを被り、一時間ほどかけて、何かの作業を行った。

 

「これで良しっと、後は明日、アルンの………」

 

 純子はそう呟きつつ、満足した様子で目覚ましをかけ、

そのまま眠りについたのであった。




けれどゾンビメンタルSAGA

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