迎えた二十九日、今日からしばらくオフの為、
愛はさくらやサキに買い物に誘われたのだが、
用事があるからとそれを断り、体調をしっかり整えてベッドの上で待機していた。
「今日は激しい戦闘になるって言ってたから頑張らないと………」
愛は昨日のライブが上手くいき、更に今度飯を奢るから、
フランシュシュのサインを二十枚くれないかと八幡に頼まれた為、
とても上機嫌であり、やる気も満々であった。
食事の事は、もちろん他のメンバーには伝えていない。
バレたらズルいと言われるのは間違いないが、そのくらいはまあご愛嬌だろう。
「そろそろかな、よし、リンク・スタート!」
愛は約束の時間の十分前にログインし、ヴァルハラ・ガーデンに姿を現した。
「あっ、ウズメさん、おはようございます!」
「ユイちゃん、おはよう!」
そんなウズメを出迎えたのはユイであった。
今回は黒アゲハことキズメルも出陣している為、
今はユイが、ヴァルハラ・ガーデンの一切を取り仕切っているのである。
「ハチマンさんから連絡がありました、もうすぐアルンに着くそうですよ」
「ありがとう、それじゃあ待ち合わせ場所に行ってみるね!」
「はい、お気を付けて!」
ウズメはそう言って軽い足取りで駆け出し、ユイがそれを見送った。
「移動中はハチマンと二人きりかぁ」
ウズメがウキウキなのは、もちろんそれが理由である。
この時間にアルンからキャンプまで移動を行う者が他にいなかった為、
ハチマンが一人で迎えに来て、道中はMGS方式で移動を行う予定になっているのである。
そして待ち合わせ場所に着いたウズメは、そこに見知った顔を見かけ、
上機嫌のまま挨拶をした。
「あっ、純子、おはよう!」
「駄目ですよウズメさん、ここでの私はピュアって名前ですからそう呼んで下さいね」
「あっ、ごめん!それじゃあピュア、おはよう!」
「はい、おはようございます」
二人は仲良く並んでニコニコ笑顔だったが、
ウズメはすぐに、この状態のおかしさに気が付いた。
「って、違う!え?え?純………じゃなかった、ピュアだっけ?あれ?何でここに?」
「今日からオフじゃないですか、
なのでいつもは行かないような所に遊びに行こうかなって思って………」
「へぇ、それでここなんだ………って納得するかぁ!」
ウズメはエキサイトし、いつもは絶対に言わないような口調でそう叫んだ。
「おいウズメ、目立つからあまり大きな声を出すんじゃねえよ、一体どうしたんだ?」
「あっ、ハチマン!それがね………」
「ハチマンさん、おはようございます」
そこに約束通りハチマンが現れ、ピュアの顔を見てぽかんとした。
「え、あれ、純子?」
「ピュアです」
「おっと悪い、ピュア?え?え?これってどうなってるの?」
「そんなの私が聞きたいわよ!」
「どうどう、落ち着け落ち着け」
「はぁ………はぁ………」
そしてピュアに対する二人の事情聴取が始まった。
「ピュア、アミュスフィアはどうしたの?」
「一昨日ソフトと一緒に買いました」
「その姿はどうしたんだ?」
「ネットで調べたら、ALOにフランシュシュの水野愛出現って記事があったので、
それなら私もと思ってこうしてみました」
「ここで私達が待ち合わせしてるっていつ知ったの?」
「昨日隣で話してたじゃないですか」
「そもそもよくこの場所に来れたよな」
「昨日の会話に出てきた単語を覚えてたので、場所を調べました。
ピコピコをやる前に攻略本を読むのは基本ですよね?まあ今は本じゃないですけど」
「「行動力………」」
二人は、ゲームの素人だったはずのピュアの思わぬ行動力にため息をついた。
別に迷惑だと思っているのではなく、戸惑っているだけであったが。
「でもどうしてこんな事を?」
「えっと、その………愛………ウズメさんを見ていて、私も興味が沸いたので………」
「ALOにか?」
「あ、いえ、その………」
ピュアは、『ハチマンに』という言葉が言えず、もじもじした。
それをどう間違って解釈したのか、次にハチマンが言ったのはこんなセリフであった。
「もしかしてヴァルハラに興味が?」
「え?あっ、はい!私も興味があるんです、ヴァルハラに!」
ピュアは丁度いい口実が出来たと喜び、強調するようにそう言った。
そんなピュアをウズメは訝しげに見ていたが、
ハチマンがそんなピュアを疑うはずもなく、話は勝手に進んでいく。
「で、俺達と一緒に行動しようとサプライズを仕掛けてみたと」
「サプライズ?ドッキリの事ですか?」
「「昭和か」」
ハチマンとウズメは思わずそう突っ込み、ピュアは顔を赤くした。
「………まあいいか、それじゃあピュアにもヴァルハラに入ってもらおう」
「えっ、本気?」
「お前だっていきなり入ったんだ、本人が望むなら別にいいだろ」
「ぐっ………」
ウズメは自分を引き合いに出され、何も言う事が出来なかった。
「は、はい、是非!」
「そうか、それじゃあちょっときついかもしれないが、これから一緒に狩り場に行こう」
「さすがに危なくない?」
「大丈夫です、私、回復魔法が使えますから」
「「えっ?」」
ピュアはそう言って呪文を唱え、見事に回復魔法が発動した。
もっともHPが減っていた訳ではないので分かりにくかったが、
ハチマンがその辺りの見極めを間違えるはずがない。
「マジだ………いつ覚えたんだ?」
「攻略本を見ました」
「そ、そうか」
「やっぱり最初に覚える魔法はホイ………」
「ス、ストップ、ストップだ!それは他社製品だからな?」
「あっ、ごめんなさい、確かにそうですね」
ピュアはそう言ってペロっと舌を出した。
「まあそういう事ならちょっと狩りに遅れちまうが、
ピュアが使える装備を調達してから向かうとするか」
「ありがとうございます!」
今のピュアは初期装備であり、まあそのままでも問題無いといえば無いのだが、
初期状態で装備出来、それよりも性能のいい物はそれなりにあるので、
今から向かうのがヨツンヘイムの奥地である以上、
何かあった時の為に装備を整えて生存確率を上げるのは必須と言える。
「それじゃあこっちだ」
「はい!」
ピュアは嬉しそうにハチマンの後をついていき、
ウズメも仕方ないといった感じでその後に続いた。
何だかんだいってもやはり二人は仲良しなのである。
その道中で、他のプレイヤーから注目を集めてしまうかと思われたが、
イベント中という事もあり、初期装備を売っているような店にわざわざ来る者もおらず、
ハチマン達に注意を向けてくる者がまったくいなかったのは幸いである。
「今ピュアが装備出来るのは、とりあえず杖はこれでいいとして、
これとこれ、あとこれ………はやめておいて、これくらいだな、
この辺りはそこまで性能差は無いし、どれを選んでくれてもいい」
「そのやめたのはどういう装備なんですか?私には装備出来ませんか?」
「いや、装備は出来るし性能も悪くないが、まあちょっとデザインがな………」
「ピュア、試着してみれば?装備の画面の右下にボタンがあるよ」
「あっ、本当ですね」
その時ウズメが何となしにそう言い、
ハチマンが止める間もなくピュアはその装備を手にとって試着モードを実行した。
その瞬間にピュアの装備が、下がミニスカートになっているビキニのようなものに変わった。
「うっ、ピュア、エロい………」
ウズメが思わずそうこぼし、ピュアは鏡を見て顔を青くした。
「あ、あ、あ………」
ピュアは慌てて試着モードを切り、その装備を黙って元の場所に戻した。
そしてピュアは、取り繕うような表情で二人に言った。
「おほん、な、なんだか水着だらけの水泳大会みたいでしたね」
その言葉に二人は、また昭和かという視線をピュアに向けたが、
その視線の意味を、ピュアは思いっきり勘違いし、慌ててこう言い訳した。
「ポ、ポロリはしませんからね」
「ピュア、落ち着いて。誰もそんな事は言ってない」
「うっ、ご、ごめんなさい」
顔を真っ赤にしてそう言うピュアに、
空気を読んだハチマンが、先ほど勧めた装備を渡してきた。
「それじゃあこの辺りから選んでみようか」
「は、はい!」
その中からピュアは、大人しめなチュニックタイプの装備を選び、
装備が整った為、やっと出発出来る事になった。
「よし、それじゃあ出発だ」
「うん!」
「宜しくお願いします」
そして街の外に出たハチマンは、ハッとして立ち止まった。
「もしかして二人とも、飛べなかったりとか?」
その問いにウズメはこう答えた。
「ちょこっとだけ練習してあるから大丈夫だよ。ああいうのは得意なの」
「そうか、ピュアはどうだ?」
「攻略本を見たから大丈夫です」
「え、マジで?」
「今やってみますね」
ピュアはそう言っていきなり飛び上がった。
その飛行はスムーズであり、ウズメと比べてもまったく遜色が無い。
「マジか………その攻略本っての、実はアルティマニアとかいう名前なんじゃないのか?」
「ふふっ、ご想像にお任せします」
「とにかく二人が飛べて良かった、それじゃあ行くとしよう」
「うん」
「はい」
ハチマンが先導し、その後にウズメとピュアが続いていく。
こうして三人の、思わぬ珍道中が始まった。
最初にピュアが試着したのは「ミコッテセパレーツ」、
今着ているのは「ララフェルカフタン」です。デザインに興味がある方はお調べ頂ければ!