ハチマンはウズメとピュアを置いていかないように、
スピードをセーブしながら飛んでいた。
必死になれば、二人ももう少し早く飛ぶ事は可能であったが、
さすがにそこまで無理をさせる気もなく、
ALOには空を飛ぶ敵はフロアボス以外は実装されておらず、飛んでいる間は敵も出ない為、
三人は雑談しながら適度なスピードで、ヨツンヘイムの中を飛行していた。
「しかしまさかピュアまでALOを始めるとはなぁ」
「ご、ごめんなさい、迷惑でしたか?」
「いや、そんな事はないから気にしなくていいって」
「ありがとうございます」
「俺の事も、ウズメみたいに普通にハチマンって呼んでくれてもいいんだけどな」
「すみません、性分なので無理かもです」
「あはははは、確かにピュアはそんな感じだよな」
そんな二人の仲良さげな雰囲気に危機感を覚えたのか、ウズメが会話に割って入ってきた。
「ハ、ハチマン、この前のライブ、どうだった?」
「ん?ああ、あれな、感動したわ、凄え良かった。正直次のライブも見に行こうと思ってる」
その評価の高さにウズメとピュアは頬を緩ませた。
「それじゃあ次の………」
ここぞとばかりにハチマンを招待し、アピールしようとしたウズメだったが、
その目論見はピュアによってあっさりと防がれた。
「やった、それじゃあ私、ハチマンさんの為に頑張りますね!」
「その気持ちは有難いが、ファンのみんなの為に頑張ってくれ」
「もちろんそれが普通の状態です、次はそれよりもっと頑張りますから」
「そ、そうか、まあ楽しみにしとく」
「はい!」
ウズメは口をパクパクさせながら、どうしてこうなったと頭を抱えていた。
(な、何であの奥手な純子が………)
ウズメはこの事態に納得出来ず、こっそりとピュアに話しかけた。
「ね、ねぇピュア、その、どうしてそんなにハチマンに懐いてるの?」
「えっ?だって、し、下着を見られちゃったんですよ?
もう他の人の所にはお嫁に行けないじゃないですか」
(そういう事かあああああああああ!)
それでウズメは、これまでのピュアの行動に全て納得がいった。
「あれは事故だったんだし、そこまで思いつめなくてもいいんじゃないかな」
「それじゃあウズメさんは、知らない殿方と事故でその、せ、接吻をしたとして、
その後それは事故だからと平気な顔でハチマンさんの前に立てますか?」
「うっ………」
そのピュアの正論にウズメは反論する事が出来なかった。
「ご、ごめん、確かに無理かも」
「ですよね」
ピュアはニコニコと微笑み、ウズメはどうしたものかと悩んだ。
(まあライバルになるならそれはそれでいいんだけど、
他の人達の事もあるしなぁ………………あっ!)
「ねぇピュア、ハチマンさんの周りにいる女の子達は、
本気で一夫多妻制を目指してるフシがあるんだけど、ピュア的にはそういうのっていいの?」
そのウズメの渾身の右ストレートは、あっさりとピュアのカウンターの餌食となった。
「ハチマンさんみたいな人なら、お妾さんを沢山囲うのって普通じゃないですか?
そもそも芸能人がお妾とかよくある事じゃないですか」
「ぐっ………」
(しょ、昭和の価値観がこんなに手強いなんて………)
ウズメは白旗を上げ、ピュアに負けないようにアピールしていこうと心に誓った。
そんな中、いきなりハチマンが飛行速度を落とした。
「そろそろ飛行禁止区域だ、ここからは歩きだな。
出来るだけ敵は避けるが、もし無理そうなら戦闘になるから辺りだけはしっかり警戒してな」
「うん」
「はい」
そのまま狭い通路に入った後、ハチマンは二人に話しかけた。
「まあせっかくだし、二人の経験値稼ぎにもなるから、
ウズメも好きに攻撃してくれてもいいぞ。ピュアは攻撃魔法か支援魔法は使えないのか?」
「火球の呪文は使えますよ、だってほら、二番目に覚える魔法はやっぱりギ………」
「一作目かよ!ってかストップだ、他社製品の事はとりあえず忘れような」
「そ、そうでしたね、ごめんなさい。
あっ、ところでハチマンさん、私、今日は早めにログインして街の観光をしてたんですけど、
何か巨大な狼が、プレイヤーを殺して回ってるって噂になってましたよ」
「巨大な………狼?」
「へぇ、そうなんだ?」
「はい、そうらしいです」
「それは貴重な情報だな、ありがとうな、ピュア」
「いえ、お役に立てたなら嬉しいです」
三人はそのまま歩いていく。
洞窟内は幻想的な雰囲気に包まれており、二人は目を輝かせた。
「うわぁ………」
「綺麗………」
「そうだな、いつもは通過するだけだからよく見てなかったけど、
そう言われると確かに綺麗だよな。せっかくだから記念………ん、待てよ」
ハチマンは何かを思いついたのか、そう呟いて足を止めた。
「どうしたの?」
「いや、記念写真でも撮るかと言おうとしたんだけどさ、
今の二人はリアルとまったく同じ顔をしてるだろ?」
「うん」
「ですね」
「その状態で装備を工夫して写真を撮ったら、
二人が本当にファンタジーの世界に入り込んだように見えるよな?」
「う、うん」
「えっと………」
二人は当たり前すぎて、ハチマンが何を言いたいのか分からなかった。
「そんな感じでうちに所属するタレントの写真集を出したら売れると思うか?」
「あっ、そういう………」
「それ、いけるんじゃないですか?」
「だよな、ちょっと企画を作らせてみるわ、もしやる事になったら頼むな」
「うん!」
「うわぁ、楽しそうですね」
二人は既に、やる気満々のようであった。
「まあそんな訳で、写真の撮り方を教えておくから、好きに撮っておくといい。
フランシュシュのみんなに見せてもきっと楽しんでもらえると思うしな」
「いいね、それ!」
「はい、そうします!」
ハチマンは二人にSSの撮り方を教え、狩り場までの道すがら、
二人は大量のSSを撮影する事となった。
「ストップだ、敵がいる。足音をたてないように俺の後についてきてくれ」
二人は返事を声に出さずに頷くと、そのままハチマンの後をついていった。
ハチマンは二人を先に行かせたり、自分が先に行って二人に移動のタイミングを指示したり、
色々な方法で敵を回避していった。実際ここまでまったく戦闘にはなっておらず、
二人はモンスターの行動に対するハチマンの知識に舌を巻いた。
「ハチマン、凄いね」
「ん、まあ慣れだ慣れ」
「こんな事、攻略本には書いてありませんでした!」
「むしろ書いてあったらビックリだが、
ピュアが言ってる攻略本ってのがどのサイトか凄ぇ気になるな」
「MMOトゥデイですよ?」
「ああ………」
(よく考えたらヴァルハラからもデータを提供しているし、他には無いよな)
「それなら納得だ」
「へぇ、私も見てみようかな」
「それがいい、あそこにはうちからもデータを提供してるからな」
「あっ、そうなんだ」
「おっと、ストップだ」
その時ハチマンが鋭い声でそう言い、二人は慌ててハチマンの後ろに隠れた。
「何かいたの?」
「おう、今回のイベント絡みの敵だな、レッサーデーモンって奴だ」
ここは小さな小部屋になっており、回避する手段は常に敵の背中側にいる事だろうが、
正直現実的な手段ではない。
「仕方ない、やろう。こいつは物理攻撃しかしてこないから、
まあ背中からチクチク攻撃してくれればいい」
ハチマンはそう言ってなんら気負う事なくスタスタと敵に近付いていった。
途端に敵が、ハチマンに反応して襲ってくる。
ハチマンはいきなり敵にカウンターを決めて大きくよろけさせ、
二人の方に振り向いて、こういう時に攻撃するように伝えようとしたが、
いつ移動したのだろうか、いきなり敵の背後にウズメが現れ、
先日教えた通りの流れるような剣さばきで敵の背中を滅多切りにした後、
その背中を踏み台にしてポン、と背後に飛んだ。
直後に横から威力は低いがピュアの火球が着弾する。
「おお、いいコンビネーションだな」
敵は怒り、咆哮したが、それすらもハチマンはカウンターに利用し、
敵が顔を上げたその勢いに合わせて敵の足を払い、
敵がバンザイのような格好のまま無様に地面に倒れ込む。
ハチマンがそのまま敵の右足を集中的に攻撃し、切断に成功すると、
あとは片足でのろのろと無理に立ち上がろうとする敵の背後目掛け、
ウズメとピュアが攻撃を叩き込む。
ウズメはともかくピュアの攻撃はほとんどダメージを与えられていないが、
攻撃のコツを掴む練習としてはこの戦闘は悪くないだろう。
そしてレッサーデーモンはハチマンの攻撃で消滅し、
勝利を喜んでいたのも束の間、いきなりハチマンが何かに気付いたような顔で、
これから向かうのとは別の横道の方を見た。
「ハチマン、どうかした?」
「何か来る、隠れるぞ」
ハチマンは二人を両脇に抱え、一目散に目的地に通じる道へと飛び込んだ。
「うわわわわ」
「ゃん」
「二人とも腰が細すぎだろ………よし、ここだ」
二人をその場に下ろしたハチマンは、そっと広場の方を伺った。
二人もハチマンに習ってそっと広場を覗き込み、
次の瞬間に、横道から二頭のオルトロスが広場に飛び込んできた。
「何だ、オルトロスかよ」
だがその二頭は広場の中央で静止し、来た道の方を向いて唸り声を上げた。
「ん、まだ何か来るのか?」
そして横道の奥から、オルトロスより二周りは大きい獣が姿を現した。
「あれは………まさかフェンリルか?」
「もしかしてあれが噂の巨大な狼ですか?」
「多分そうだろうな」
そして三人の目の前で、フェンリルはあっさりと二体のオルトロスを踏みつけ、
その体を牙で引き裂いた。
「おいおいマジかよ………逃げるぞ二人とも」
だがそんな暇もなく、フェンリルは鼻をひくつかせたかと思うと、こちらの方を見た。
「チッ、見つかったか」
そう言ってハチマンは立ち上がった。
「ウズメ、ピュア、この道を真っ直ぐ行けば、俺達のキャンプに着く。
途中二ヶ所くらい敵がいるかもしれない広場があるが、
抜けられそうならそこを抜けて、もし無理そうなら、
ウズメがうちの誰かにメッセージを送って迎えに来てもらうんだ」
「ハ、ハチマンはどうするの?」
「俺はあいつの足止めをする」
ハチマンはそう言いながらコンソールを操作し、
その姿が赤いオートマチック・フラワーズへと変化した。
その背中には、『覇』の文字が書かれている。この格好を見るのはウズメも初めてであった。
「それがハチマンの本当の装備?」
「おう、あとこれだ」
そしてハチマンの左腰に光の輪が現れる。
以前はそこに、ネタ武器のワイヤーソードが括りつけられていたが、
今はそれは右腰に移動しており、左腰には光の円月輪が装備されているのだ。
そして背中には雷丸が差さっており、ハチマンは静かにその雷丸を抜いた。
「よし、二人とも、走れ」
「嫌よ」
「お断りします」
だが二人はそのハチマンの指示に逆らった。
「ハチマンを置いていくなんて嫌」
「そうですよ、それよりは今のうちに助けを呼んで、それまで粘る道を考えましょう。
私も頑張って回復しますから」
「あのクラスの敵が相手となると、さすがの俺もあんまり持たないと思うぞ」
「そしたらそこで一緒に死ねばいいじゃない」
「ええ、三人で川の字になって死にましょう」
「………やれやれ仕方ない、ウズメ、メッセージは頼むわ。
それじゃあ三人であいつに挑むとするか」
ハチマンはそう言って、その巨大な狼に向けて一歩を踏み出した。
『待て、七人の妖精王の一人よ、我に敵意はない』
だが何人ものプレイヤーを葬っていると噂になっていたそのフェンリルは、
まったく敵意を見せず、ハチマンに向けてそう言ったのだった。