ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1075話 将を射んと欲すれば

「ハチマン、おっはよう!」

「おはようございます、ハチマンさん」

「ハチマン兄ちゃん、おはよう!」

「プリンです、今日はお世話になります」

 

 待ち合わせ場所にいたのはウズメとピュア、そしてベルディアとプリンであった。

ベルディアとプリンに関しては、

この機会に出来るだけ経験値を稼いだ方がいいとスプリンガーが提案してきた為、

日高商店が年末休みに入った事もあり、

二人が可能な限り狩りに参加してもらう事になったのである。

その流れでの、今日の体術スキル取得のお誘いであった。

そこでウズメとピュアの顔をまともに見たベルディアとプリンは当然驚愕した。

 

「えっ、嘘!ハチマン兄ちゃん、何で純愛がここに?」

「フ、フランシュシュのお二人ですよね!?」

 

 ベルディアとプリンは基本テレビはあまり見ないが、

食事時だけは普通にテレビを点けているらしく、

その時からフランシュシュ絡みのニュースはチェックしているらしい。

なので先日のクリスマスパーティーの時、

二人はフランシュシュ本人に会えて、随分と感動していたものだった。

 

「「純愛?」」

 

 その言葉に二人は顔を見合わせ、クスッと笑った。

一部でそう呼ばれているのは知っていたものの、

面と向かってそう言われたのは初めてだったからだ。

 

「ベル、この二人の正体は秘密だからな」

「あっ、やっぱりそういう事なんだ!」

 

 ベルディアは予想はしていたのか、嬉しそうにそう言った。

 

「こちらはウズメ、こちらがピュアだ」

「ベルディアです、宜しくお願いします、ウズメ様、ピュア様!」

「ちょっ………普通の呼び方でいいからね?」

 

 さすがに様付けは嫌だったのだろう、ウズメが慌ててそう言った。

 

「えっと………それじゃあウズメ姉とピュア姉?」

「うん、そのくらいがいいかな」

「分かった、それじゃあそれで!」

 

 五人は自己紹介を終え、野を超え山を超え、二層の奥深くへと向かっていった。

その道中でベルディアが、他の四人にいきなり爆弾を放り込んた。

 

「ねぇ、ウズメ姉とピュア姉も、

うちの母さんみたいにやっぱりハチマン兄ちゃんの事が好きなの?」

 

 その言葉に他の四人全員が咳き込んだ。

 

「ベル、あんた何を言ってるの!」

 

 プリンはむせながらベルディアの頭をぽかんと殴り、ウズメは顔を赤くしてあわあわした。

ハチマンは我関せずとばかりに知らん振りである。

そんな中、一人笑顔を保っていたピュアは、余裕を持った表情でベルディアに答えた。

 

「そうですよ、だからベル君も、私の事を本当のお姉ちゃんだと思っていいですからね」

 

 ピュア的には、将を射んと欲すれば先ず馬から、

ハチマンを射んと欲すれば先ずベルディアから、という事なのだろう。

 

「も、もちろん私もベル君の本当のお姉ちゃんだよ!」

 

 焦ったウズメも急遽参戦である。ここで引くのはさすがにまずい。

ハチマンが二人をジト目で見てきたが、そんな事は気にしていられない。

今ここで重要なのは、ベルディアから真の姉認定される事である。

 

「お、俺なんかが弟でいいの?」

 

 だがベルディアの反応は二人が思っていたのと違い、何となく自虐的なものであった。

さすがにアイドル相手に安易な返事は出来なかったのだろう。

二人は母性本能を刺激され、ベルディアの手を握りながら言った。

 

「もちろん!」

「もちろんです!」

 

 ベルディアはその答えに一旦は喜びかけたが、

直前で踏みとどまり、じっとハチマンの方を見た。

ハチマンとしては、下手に話を振られて認めてしまうのは色々まずい為、

三人の事は三人に任せようと思っていたのだが、

ベルディアにそんな男女の機微が分かるはずもなく、

許可を求めるような目で見られてしまっては、ハチマンにはもうどうする事も出来ない。

ハチマンはせめてもの抵抗で黙って頷き、ベルディアは嬉しそうに二人に答えた。

 

「うん、分かった、ウズメ姉ちゃん、ピュア姉ちゃん!これから宜しく!」

 

 ウズメとピュア、○○姉、のリオンクラスから、

○○姉ちゃん、のセラフィムアスナクラスにまさかの昇格である。

 

「うん、これから宜しくね、ベル君」

「そうですね、ハチマンさんと一緒に一生仲良くしましょう」

 

 ピュアがよりえげつない表現を使ってきた為、ハチマンは頭を抱えた。

 

「若いっていいなぁ………」

 

 その時一人乗り遅れたプリンがそう言って、さりげなくハチマンの腕を抱いた。

ギョッとするウズメとピュアを横目に、プリンはハチマンをぐいぐい引っ張っていく。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「あ、あの、プリンさん、別に腕を組まなくても………」

「うふふ、ほら、早く早く」

「ちょ、ちょっと!」

 

 そんな二人をベルディア達三人が慌てて追いかける。

洞窟に入るとさすがに並んでは歩けない為、プリンはハチマンの腕を解放した。

そのまま目的地に通じる縦穴に到着し、

ハチマンが先に降りて残りの四人をフォローする事になった。

 

「ベル、いいぞ!」

「う、うん!」

 

 ベルディアは縦穴を滑り降りていき、出口付近で上手く減速をした。

この辺りはさすが男の子である。

 

「大丈夫か?」

「うん、余裕余裕」

 

 ベルディアはそのまま見事に着地を決めた。

この辺りはバイトで鍛えられた成果だと言える。

自由落下に比べれば、こんなのはぬるいとしか言えないのだ。

 

「きゃっ」

 

 続けてプリンが滑り降りてきたが、そのプリンをベルディアがあっさりと受け止めた。

 

「母さん、大丈夫?」

「え、ええ、驚いたわ、ベルは随分力持ちなのね」

「いや母さん、ゲームの中だからであって、

リアルで受け止めるのは絶対に無理だからね。だって母さん意外と重………」

 

 その瞬間にプリンはベルディアの頭を思いっきり殴り、ベルディアは沈黙した。

 

「ベル、今何か言った?」

「い、いいえ、何も言ってません、母上………」

 

 ハチマンにはもちろん聞こえていたが、大人なので普通に気付かないフリをした。

そして次にウズメが滑り降りてきたが、ウズメは空中で体を捻り、

まるで体操の選手のように、見事に着地を決めた。

 

「おお、やるなウズメ」

「ウズメ姉ちゃん、格好いい!」

「ふふん、これくらいはね」

 

 ウズメは鍛えられたせいもあり、もうかなり動けるようになっているようだ。

そして最後にピュアが滑り降りてきた。

ピュアも運動神経は悪くないのだが、ゲーム内で普通じゃない動きが出来るほど、

まだALOに慣れてはいない為、当然のように体勢を崩してしまう。

 

「オーライ、オーライ」

 

 そんなピュアをハチマンが見事に受け止めた。

 

「あ、ありがとうございます」

「いやいや、このくらいどうって事ないさ」

 

 ピュアはそんなハチマンを見て頬を赤らめ、ウズメは完全にぐぬぬ状態になった。

 

「くっ、完全にしくじった、アピールの仕方を間違えた………」

「姉ちゃん、ドンマイ」

 

 ベルディアに慰められたウズメは、ハッとした顔でベルディアにそっと尋ねた。

 

「ね、ねぇベル君、ハチマンって、女の子のどんな部分に興味がありそう?」

「兄ちゃんが?えっと………」

 

 その問いにベルディアは困った。ハチマンとそういう話をした事が無かったからだ。

結果、口に出したのは、尊敬する詩乃の言葉であった。

 

「姉御が前、『ハチマンってば本当に私の足が好きよね』って言ってた」

「足………美脚アピール?うん、それならいける!」

 

 ウズメは今、ショートパンツ姿な為、問題なくハチマンにアピールする事が可能である。

ピュアは長めのズボンな為、その点に関しては確実にウズメが有利である。

 

「それじゃあとりあえずみんな、クエを受けてくれ。その後は記念撮影な」

「「「「記念撮影?」」」」

 

 一同は首を傾げたが、ハチマンが何も言わない為、そのままクエストを受けた。

当然四人の顔にはヒゲが書かれ、ハチマンは無駄にいい笑顔で四人に言った。

 

「よし、みんないい顔だ、それじゃあ撮影といこう」

 

 ベルディアとプリンはハチマンの予想通り、お互いの顔を見て笑い合っていたが、

ウズメとピュアの反応はあまり芳しくはなかった。

というか、あっさりと受け流されたような感じであった。

それもそのはず、二人はCM撮影やガタリンピック出場で、

おかしな格好をする事には慣れており、この程度で顕著な反応を示す事は無いのである。

だがその時ウズメが動いた。ここはピュアを出し抜く絶好の機会だと判断したのである。

 

「にゃぉ~ん」

 

 ウズメはそう鳴き声をあげながらハチマンに抱き付き、その頬に自分の頬を擦り付けた。

 

「ごろごろ」

「おいこら、いきなり何を………」

「にゃにゃっ?」

 

 そう首を傾げるウズメは非常にかわいらしく、ハチマンは思わず頬を赤らめた。

 

「ウ、ウズメさん、ハレンチです!」

 

 ピュアはそう苦情を述べたが、そこまでだった。

もちろんピュアには同じ事など性格的に出来はしない。

 

「それじゃああの岩を砕いてくるニャン」

 

 ウズメはそう言ってハチマンを座らせ、

その目の前で美脚っぷりをアピールしてから岩の方に向かった。

そのせいで、ピュアが有利だった先ほどまでの状況は、

今はおそらくイーブンくらいまで戻っているだろう。

そう手応えを感じ、満足したウズメは、岩を目の前にした瞬間に頭を切り替えた、

それを眺めていたハチマンの横にプリンが立つ。

 

「二人ともやるわねぇ」

「はぁ、まったく困ったもんです」

「二人とも本当にかわいいし………アイドルだし」

「は、はぁ………」

「なので私としては、岩砕きくらいは負けられないわね」

「あ、えっと、頑張って下さい」

「兄ちゃん、俺も頑張るよ!」

「おう、頑張れよ、ベル」

 

 こうして四人は一心不乱に岩を殴り始めたのだった。


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