「ハチマン君!」
最初に部屋に飛び込んできたのはレンであった。さすが、凄まじく移動速度が速い。
レンはシノンの矢を避ける為であろう、低い体勢をとっており、
その手にはデモンズガンが握られていた。
デモンズガンは、ALOとGGO、どちらでも使える事が最近確認されている。
『ハッ、新手か』
ケルベロスはレンがハチマン程強くはないと見抜いたのか、
鼻で笑ったようにそう呟くと、いきなりレンに向かって突撃した。
「わわっ」
レンは一瞬慌てたが、避けられないような速度ではなかった為、
余裕でその攻撃をかわした。
『ぬっ、ちょこまかと………』
ケルベロスはレンが突入してきた洞窟を背にし、唸り声を上げた。
「チャンスだ、レン、こいつを逃がすなよ」
「うん!」
ハチマンはそう言ってケルベロスに突撃し、レンはケルベロスが逃げられないように、
逃げ道となる方向に向けて銃を乱射した。
『誰が逃げるか!』
ケルベロスは余裕の態度でハチマンを迎え撃つ。
つまりは洞窟を背にし、足を止めて戦う事になる。だがそれは、ハチマンの思う壺であった。
『ぬっ』
ケルベロスは背後から攻撃の気配を感じ、横に飛び退いた。
その体の真横を再びシノンの放った矢が通過する。
『ちっ』
ケルベロスは舌打ちし、洞窟から離れようとしたが、
その瞬間にケルベロスの進行方向にレンの銃撃が降り注ぐ。
同時にハチマンがケルベロスに肉薄し、近接戦闘を挑む。
ケルベロスはその攻撃を爪で受け止め、その牙でハチマンの首を噛み切ろうと試みたが、
ハチマンとて凄まじいスピードの持ち主だ、その攻撃は当たらない。
『忌々しい妖精王め!』
ケルベロスは激高し、全力でハチマンに突撃しようと力を込めたが、
その時洞窟から白と黒の弾丸が飛び出してきた。
「ハチマン!」
「ハチマン君!」
「二人とも、こいつの足を狙ってくれ!」
その飛び出してきた二人、キリトとアスナは、ハチマンの言葉を聞いた瞬間に地面を蹴り、
ケルベロスの方へと方向転換をした。
二人はそのままケルベロスの横を掛けぬけ、ケルベロスの後ろ足を引き裂いた。
『また妖精王か!』
足の切断には至らなかったが、ケルベロスの機動力は明らかに落ちていた。
歩けはするが、力を溜めるのが困難そうに見える。
「ハチマン、こいつは?」
「この前話したフェンリルと対になるモンスターらしい、地獄の番犬、ケルベロスさんだ」
「へぇ、相手にとって不足無しだな」
「もふもふだけどかわいくない………」
『なっ………』
その言葉にケルベロスは絶句した。
「フェンリルさんの方がかわいかったね」
『な、何だと!?』
ケルベロスは再び激高し、その三つの首が咆哮を上げる。
「うるさい」
ここでやっとシノンが到着した。シノンは自在弓に矢を番えたまま走ってきたようで、
射線が通った瞬間に、ケルベロスの矢が刺さっていない、向かって右の首筋に矢を放った。
『ぐぎゃあああああああああ!』
これにはたまらずケルベロスも悲鳴を上げる。
左右の首から矢を生やしたまま、ケルベロスは憎悪の篭った視線をシノンに向けた。
『さっきから矢を放ってきていたのは貴様か、妖精騎士め』
「妖精騎士が何かは分からないけどそうよ、何か文句ある?」
『許さん』
ケルベロスはシノンをターゲットにし、左右に飛び交いながらシノンに向け突撃した。
自動である程度の機能不全が回復するのだろうか、その動きは当初と同じに戻っており、
よく見るとHPバーもある程度回復しているように見える。
「させない!」
そこに洞窟の中からセラフィムが飛び出し、その攻撃を盾で受け止めた。
だがケルベロスは止まらず、セラフィムは押し込まれていく。
「素じゃ止められないか………」
セラフィムは仕方なくアビリティを使った。
「アイゼン倒立!イージス全開!魔導斥力!」
それでセラフィムの後退は止まり、ケルベロスは不機嫌そうに唸った。
『ぐるるるる、高位の妖精ばかり出てきよるわ』
「何だ、知らなかったのか?お前が言う妖精王は全員、
そして妖精騎士の多分九割はお前の敵だぞ」
『何っ!?』
ハチマンは、妖精騎士とはセブンスヘヴンの二十位以内のプレイヤーの事だろうと思い、
ケルベロスに向かってそう言った。
そのせいかケルベロスはありえないという風に目を見開き、棒立ちになった。
その瞬間にハチマンとキリト、アスナの三人がケルベロスに肉薄し、
その背中に剣を突き立てる。
『ぐはっ………』
さすがのケルベロスも、その攻撃で大ダメージをくらう。
先ほどまでの強気はどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
『ま、まさか地上がそんな事になっていようとは、ぬかったわ』
「悪いな、とりあえず死んでくれ」
ハチマンは足を止めて攻撃に入り、キリトとアスナもそれに習う。
レンとシノンも仲間に当たらないような位置に遠隔攻撃を集中させ、
後ろ足の機能を完全に奪う事に成功した。
ここまでやれば、回復までにかなり時間を稼げる事だろう。
同時に五本あったHPゲージも、一気に半分近くまで削れている。
『貴様ら………』
そう憎々しげに言い放ったケルベロスは、
せめて背後から攻撃をくらわぬようにと壁を背にし、
その爪と牙で抵抗しようと試みたが、機動力の伴わないそんな軽い攻撃は、
セラフィムが難無く受け止め、ケルベロスが左右に攻撃をしようとしてもそれを許さない。
『何故だ、何故我がこんなに早くに倒されねばいかんのだ!』
「そんなの俺達の前に出てきちまったからに決まってんだろ」
『ぐぬ………』
「というか、わざわざ説明されないと分からないのか?
お前、レンの事を舐めて突っ込んできたよな?
それで逆に逃げ場を失っちまったんだ、要するにお前が愚かだったって事だ。
お前はあの時、俺と遭遇した時点で尻尾を巻いて逃げるべきだったんだよ」
『ふざけるな、実際貴様らは我よりも遥かに弱き者であろうが!』
「一人一人はお前より弱くても、仲間がいれば、お前なんか相手にもならないんだよ」
『くそっ、くそっ!』
(AIのNPCがここまで何度も激高するとは予想外だな。
案外これもプログラミングなのかもしれないが、俺にとってはまさに思う壺って奴だな)
ハチマンはそんな事を考えながら、突っ込んでくるケルベロスにカウンターをくらわせた。
そのタイミングでハチマンと呼吸を合わせた仲間達が、
ケルベロスに向けて一斉に攻撃をくらわせる。
その攻撃はあっさりとケルベロスのHPを削り切り、ケルベロスがどっとどの場に倒れ伏す。
『くっ、だが我は四天王の中では最弱、いずれ他の者達がお前達を………』
「ここでネタかよ!」
ハチマンは思わず突っ込んだが、ケルベロスはそのまま頭を垂れ、
雄々しく立っていたその三本の尻尾もだらりと垂れ下がり、完全にその動きを止めた。
「ふう………」
「何だったんだろうね、この子」
「思ったよりも強くなかったわね」
「それでもこのクラスなら、普通のプレイヤーにとっては脅威だろうさ」
「それじゃあ狩り場に戻りましょう、ハチマン様」
ケルベロスの死体を背に洞窟に向かおうとした一行だったが、
その時ハチマンが、何かに気付いたようにハッとした。
「いや、ちょっと待ってくれ、何でこいつ、消えないんだ?」
「あっ!」
「た、確かに………」
一同は確かにそうだと思い当たり、慌ててケルベロスの死体の方に振り向いた。
だが特に状態に変化はなく、確かにHPも完全にゼロになっている。
「………考えすぎか?」
「そういう演出なのかもしれないね」
「う~ん………まあいいか」
そのまま一行は去っていき、狩り場へと向かった。
「ハチマン!」
「ハチマンさん!」
最初に駆け寄ってきたのはウズメとピュアであった。
二人は左右からハチマンに抱き付き、アスナは頬を膨らませたが、
二人の行動が欲望から来ているのではなく、本当にハチマンを心配していたように見えた為、
その不満を飲み込み、大人しく二人にハチマンの隣を譲ってあげた。
「良かった、本当に良かった………」
「悪い、心配かけたな」
「べ、別に心配なんかしてなかったけど」
「こんな事言ってますけど、ウズメさん、ずっとそわそわしてたんですよ」
「ちょ、ちょっとピュア!」
「ははっ、とにかく俺は大丈夫だから、安心して狩りに励んでくれ」
ハチマンはそう言って休憩の為、その場に腰を下ろした。
二人は今回の事で、早く強くなりたいと思ったのか、その言葉に素直に頷く。
アスナに気を遣ったのか、既にハチマンからは離れている。
「あ、そういえばベルとプリンさんは?」
「ベル君はあっちでユイユイさんにタンクの事を教わってます。
プリンさんはその横で楽しそうに武器を振りまわしてますね」
「むむっ」
その言葉に反応したのはセラフィムだった。
「まずい、このままではユイユイにベル君が取られちゃう」
セラフィムは慌てて戦場に向かい、ウズメとピュアも笑いながらその後に続いた。
「ハチマン君、それじゃあ私も行ってくるね」
「おう、狩りの最中に助けに来てくれてありがとな」
「丁度休憩してた人達だけで向かったから大丈夫だよ」
「そうか、俺もしばらくしたら参加するから、まあ無理しないようにな」
「うん!」
この頃にはアスナの機嫌は戻っていた。
ウズメとピュアが自分に気を遣ってくれたのが分かったのだろう。
「それじゃあ後でね!」
「おう」
それから少し休んだ後にハチマンも狩りに参加し、
この日の討伐数は、実に四千まで伸びる事となった。
「みんな、お疲れ!それじゃあ順番に落ちてくれ」
ハチマンはそう言って歩き出し、アスナはそんなハチマンを呼び止めた。
「あれ、ハチマン君は落ちないの?」
「ちょっとさっきのケルベロスの様子だけ見てから落ちようと思ってさ」
「そっか、それじゃあ私は先に落ちて、ご飯の用意をしておくね」
「おう、頼むわ」
今日はアスナもマンションに参加である。
明日はソレイユで、ヴァルハラの関係者を集めた忘年会が行われる為、
その準備にスムーズに参加出来るように、
女性陣の多くが優里奈と八幡の部屋に分かれて泊まっているのである。
ちなみに八幡は今日は本社内の仮眠室に泊まる予定であった。
さすがに今日は、女性陣を寝室のみに押し込めるのは厳しいからである。
そして次々と仲間達が落ちていく中、
洞窟を進むハチマンに、ウズメとピュアが追いついてきた。
「ハチマン、私達も行くよ!」
「ん、そうか?別にただ見るだけだぞ」
「ほら、やっぱり自分達が関わった敵がどうなったのか、見届けたいじゃないですか」
「確かにそうか、それじゃあ三人で散歩といくか」
そのまま三人はケルベロスの死体が転がっているはずの部屋に向かった。
距離的には大した距離ではない為、すぐに到着する。
ケルベロスの死体はそのまま鎮座しており、ハチマンは何も無かったかと安堵した。
「わぁ!わんわん!」
「いや、子供かよ!」
ウズメが嬉しそうにそちらに走っていき、ハチマンは苦笑しながらそう言った。
「………えっ?ね、ねぇハチマン、これって………」
その時ウズメが呆然としたような声を上げた。
「ん、どうした?」
「これ、中身が無いよ?」
「そうなんですか?」
「………へ?」
ハチマンとピュアが、慌ててケルベロスに駆け寄る。
「何だこれ………」
そこにあったのは、まるで脱皮したかのように、背中の部分が二つに割れた、
ケルベロスの死体だった